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Ⅶ.
41.だから人は努力を愛する。
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俺は腕を組んで考え込んだ……いや、考え込んでなんかない。だって悩むまでも無いから。
正直なところ、やればいいことなんて明白だ。
なにせ今回求められているのは「星咲が孤立しているという事態の解消」だ、決してクラス全員が仲良しこよしに手をつなぎ、全員がクラスTシャツを着て笑顔で記念撮影をするみたいな、頭のネジが数本外れた世界の実現を望まれているわけじゃない。
もしかしたら小此木の脳内にはそういう未来図が描かれているかもしれないけど、そんなことは知ったことじゃないし、何よりもまず俺がその輪に加わりたくない。
まあ、それ以前に、小此木と作った誓約書にはきちんと「星咲詩音をクラスに馴染ませる」って内容が書いてあるから、それ以外をやる必要性なんて微塵もないわけで、それを実現させる、手っ取り早い方法が一つだけある。
あるのだが、
「司」
「ん、何?」
「もし俺が、「星咲をクラスに馴染ませる代わりに、代償として、三匹の全員ないしは一部を孤立させるって言ったら、どう思う」
「それは……零くんらしい解決法だなって思うけど」
「じゃあそれを小此木が聞いたら?」
「多分……っていうか絶対嫌がると思う」
「はい、この瞬間俺の出せる案は無くなりました」
「うわぁお」
二見は感心と驚きと軽蔑をざっくりと混ぜ合わせた反応をする。伊万里が、
「他の人を孤立させると、その星咲さん?って人がクラスに馴染むの?」
「人間の結束にとって、一番効果的な手法は、共通の敵を作ることですからね」
「また、はっきりと言ったね……」
「でも事実でしょう。人間はいつだって共通の敵を探している。別にその人物のことを大して知らないのに。いや、大して知らないからこそ、不祥事を起こせば叩き、ネット上でちょっとでも不味い発言をすれば、言葉尻をひっとらえて炎上させる。その団結は共通の敵によってなし得られるんですよ」
伊万里が食い下がり、
「そういうのは私も見たことある……け、けど、あれってあんなことになるんだろうね?」
「皆一緒」
「みんないっしょ?」
伊万里がオウム返しする。
ちなみに二見は「また始まった」という表情で見ているし、安楽城に至っては俺のほうになど目もくれずにタブレットで絵を描き始めてしまった。ううむ、実に愛想笑いの下手な集団だ。いや、そもそもしようとしないだけかもしれないけど。
だ けどまあ、こういう時に素直に聞いてくれる伊万里もだが、清々しいくらい「興味ない話題は話さえ振られなければ聞かない」という一貫性のある安楽城も、俺は割と好きだったりする。下手くそな演技で「分かったふり」をされるよりはよっぽどいい。
あれ、誰が得するんだろうな。こっちからしたら興味ないの丸わかりなんだけど、誤魔化せると思ってるんだろうか。かわいそうに、頭が残念なのね。
そんな残念モブとは違い、きちんと耳を傾けてくれる優しい大人の代表格である伊万里に対して(一応二見も表向きは聞いてくれてるけど)だけ、俺は話を続ける。
「そう、皆一緒。人間っていうのはね、皆一緒だと信じてるんです。生まれた時は皆同じスタートライン。よーいどん。そこからどれだけ頑張ったかで成功が決まる。そう思い込みたい。だけど、歳を取るごとに段々とその能力に差が出てくる。自分が頑張って練習して、漸く投げられるようになった変化球を、ちょっと握りを教えたらすぐに投げられる癖に、野球には全く興味がないやつがいたりする。当たり前です。人間っていうのは生まれた時から全員違う。なんかの歌詞にあるでしょう。元々特別なオンリーワンってね。その歌詞はみんな知ってるくせに、何故か自分はナンバーワンになりたがる。なれない自分を認めたくない。だから、人間っていうのは、人と一緒の行動をすることで安心したいんです。そっか、自分は劣ってないんだ。努力不足でもないんだ。よかったよかった」
そこで言葉を切って、手元の水を一気に飲み干し、
「で、その共感を得るために、人は共通の敵を作る。その学校版が「いじめ」ということです。ちょっと変なやつを「劣っている」「攻撃していいことにする」ことで、自分は「優れた人間である」という間違った自意識と、「皆一緒なんだ」という共感が得られる。それは学校を出ても一緒。形が変わるだけで、人間が共感の為に、マイノリティを攻撃するのは常です」
そこでもう一度言葉を切って、
「ただ、今回の場合は大人数対一ではない。被害者は星咲で、加害者はあの三匹だ。他の人間は自分が巻き込まれて、三匹……もっと言うとボス猿に攻撃されるのが嫌だから、遠巻きに見ているだけの傍観者。その傍観者がどう思っているかは分かりません。ただ、星咲に対して実際に手を下していないのなら、恐らくは「面倒ごとに巻き込まれたくないから」という思いが強いだけでしょう。そうだとすれば、どうすればいいかは答えは簡単です。あの三人の数的有利を無くせばいいんです」
正直なところ、やればいいことなんて明白だ。
なにせ今回求められているのは「星咲が孤立しているという事態の解消」だ、決してクラス全員が仲良しこよしに手をつなぎ、全員がクラスTシャツを着て笑顔で記念撮影をするみたいな、頭のネジが数本外れた世界の実現を望まれているわけじゃない。
もしかしたら小此木の脳内にはそういう未来図が描かれているかもしれないけど、そんなことは知ったことじゃないし、何よりもまず俺がその輪に加わりたくない。
まあ、それ以前に、小此木と作った誓約書にはきちんと「星咲詩音をクラスに馴染ませる」って内容が書いてあるから、それ以外をやる必要性なんて微塵もないわけで、それを実現させる、手っ取り早い方法が一つだけある。
あるのだが、
「司」
「ん、何?」
「もし俺が、「星咲をクラスに馴染ませる代わりに、代償として、三匹の全員ないしは一部を孤立させるって言ったら、どう思う」
「それは……零くんらしい解決法だなって思うけど」
「じゃあそれを小此木が聞いたら?」
「多分……っていうか絶対嫌がると思う」
「はい、この瞬間俺の出せる案は無くなりました」
「うわぁお」
二見は感心と驚きと軽蔑をざっくりと混ぜ合わせた反応をする。伊万里が、
「他の人を孤立させると、その星咲さん?って人がクラスに馴染むの?」
「人間の結束にとって、一番効果的な手法は、共通の敵を作ることですからね」
「また、はっきりと言ったね……」
「でも事実でしょう。人間はいつだって共通の敵を探している。別にその人物のことを大して知らないのに。いや、大して知らないからこそ、不祥事を起こせば叩き、ネット上でちょっとでも不味い発言をすれば、言葉尻をひっとらえて炎上させる。その団結は共通の敵によってなし得られるんですよ」
伊万里が食い下がり、
「そういうのは私も見たことある……け、けど、あれってあんなことになるんだろうね?」
「皆一緒」
「みんないっしょ?」
伊万里がオウム返しする。
ちなみに二見は「また始まった」という表情で見ているし、安楽城に至っては俺のほうになど目もくれずにタブレットで絵を描き始めてしまった。ううむ、実に愛想笑いの下手な集団だ。いや、そもそもしようとしないだけかもしれないけど。
だ けどまあ、こういう時に素直に聞いてくれる伊万里もだが、清々しいくらい「興味ない話題は話さえ振られなければ聞かない」という一貫性のある安楽城も、俺は割と好きだったりする。下手くそな演技で「分かったふり」をされるよりはよっぽどいい。
あれ、誰が得するんだろうな。こっちからしたら興味ないの丸わかりなんだけど、誤魔化せると思ってるんだろうか。かわいそうに、頭が残念なのね。
そんな残念モブとは違い、きちんと耳を傾けてくれる優しい大人の代表格である伊万里に対して(一応二見も表向きは聞いてくれてるけど)だけ、俺は話を続ける。
「そう、皆一緒。人間っていうのはね、皆一緒だと信じてるんです。生まれた時は皆同じスタートライン。よーいどん。そこからどれだけ頑張ったかで成功が決まる。そう思い込みたい。だけど、歳を取るごとに段々とその能力に差が出てくる。自分が頑張って練習して、漸く投げられるようになった変化球を、ちょっと握りを教えたらすぐに投げられる癖に、野球には全く興味がないやつがいたりする。当たり前です。人間っていうのは生まれた時から全員違う。なんかの歌詞にあるでしょう。元々特別なオンリーワンってね。その歌詞はみんな知ってるくせに、何故か自分はナンバーワンになりたがる。なれない自分を認めたくない。だから、人間っていうのは、人と一緒の行動をすることで安心したいんです。そっか、自分は劣ってないんだ。努力不足でもないんだ。よかったよかった」
そこで言葉を切って、手元の水を一気に飲み干し、
「で、その共感を得るために、人は共通の敵を作る。その学校版が「いじめ」ということです。ちょっと変なやつを「劣っている」「攻撃していいことにする」ことで、自分は「優れた人間である」という間違った自意識と、「皆一緒なんだ」という共感が得られる。それは学校を出ても一緒。形が変わるだけで、人間が共感の為に、マイノリティを攻撃するのは常です」
そこでもう一度言葉を切って、
「ただ、今回の場合は大人数対一ではない。被害者は星咲で、加害者はあの三匹だ。他の人間は自分が巻き込まれて、三匹……もっと言うとボス猿に攻撃されるのが嫌だから、遠巻きに見ているだけの傍観者。その傍観者がどう思っているかは分かりません。ただ、星咲に対して実際に手を下していないのなら、恐らくは「面倒ごとに巻き込まれたくないから」という思いが強いだけでしょう。そうだとすれば、どうすればいいかは答えは簡単です。あの三人の数的有利を無くせばいいんです」
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