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Ⅴ.
31.平等な不平等。
しおりを挟む 待ち合わせ場所は、高橋の住んでいる隣町の駅前で設定した。身バレを防ぐのはもちろんのこと、仕事でよく赴く場所だった、土地勘のある隣町を使うことにした。
駅前にある噴水前を待ち合わせにしたが、他にも数人同じように待ち合わせに使っているのが女性ばかりなので、すぐに相手が自分と分かるだろう。
サイトのメッセージのやり取りでは、中山くんとのやり取りに負けないくらいに盛り上がった。しかも、向こうから逢いたいなんて言ってくるとは思わなかったので、高橋の胸は必然的にワクワクしていた。あまりにも興奮して、20分前にここに到着してしまったくらいに。
そわそわしながら待っていると、駅構内から出てきた長身の男性が辺りを見渡すように、しきりに首を動かしているのが目に留まった。
少しだけ長い前髪を七三分けにして、癖のある柔らかそうな毛先が吹いている風になびいていた。その髪の下にある面差しは、見惚れてしまいそうになるくらいに整ったものだった。
(衝撃的だった中山くんのダイナマイトボディが霞んでしまうくらいに、神々しいほどのイケメンじゃないか)
「あの、石川さんですか?」
予想を超えた事実に茫然自失していると、遠慮がちな感じの声で話しかけられた。長身の彼が見下してくる視線が、どこか戸惑っているようにも見える。
「はるくん、かな?」
自分同様に、ネットでのやり取りの中で彼がイメージしたであろう人物との違いに、多少なりとも戸惑いがあるのかもしれないと考え、好印象を与えるべくいきなり大笑いしてみせた。
嘘笑いでも涙が滲むので、それを拭ってから口を開く。
「はるくん、想像以上にすっごくイケメンで驚いてしまったよ。コメントはいつも思い詰めていて、死にそうな感じの文字の羅列だったから、もっさりとした根暗なイメージを抱いていたんだけど。これほど真逆だとは思わなかった」
「石川さんのコメントには、すっげぇ助けられました。悩んでいるのが、バカらしくなるくらい」
「ははっ。掲示板では偉そうなことを言ってるけど、実際はこんな小さいオッサンが書き込みしたのを知って、えらく失望しただろ?」
後頭部をばりばり掻きながら告げると、慌てた様子で顔の前で手を横に振る。
「20代後半は、オッサンじゃないと思います。それに石川さんがとてもいい人なのは、今までのやり取りで分かっていますから。失望なんてしません」
(こっちの思惑通りに受け取ってもらえて、嬉しい限りだよ――)
じっと見つめてくる眼差しから、青年が慕っている様子がひしひしと伝わってきた。
「コーヒーが上手い店を知ってるんだ。そこに行こうか」
相手に主導権を握らせないように先に口を開いて、場所の移動を提案した。直接話を聞いてやり、更に親密度を高めた上で、深い関係に移行させる。高橋の常とう手段のひとつだった。
仕事の合間に休憩で使っていた喫茶店に赴き、一番奥まった席に向かい合わせで座ってから、コーヒーを注文する。
その後、メッセージに書いていた嘘の経歴を口にする高橋に対し、信頼しきって胸の内を次々と明かしていく美麗な青年がすっかり騙されている姿に、時折笑みが浮かびそうになる。それを誤魔化すのに苦労していたそのとき、「トイレに行ってきます」と青年が席を立った。
店の入り口近くにあるトイレに入っていくのをしっかりと確認してから、すかさず目の前の席に腰かけ、彼が持っていた小型のリュックに手を伸ばす。手前にある小さなポケットやあちこちに手を突っ込むうちに、薄くて硬いケースに触れた。
摘まんでそれを取り出してみると、免許証や学生証が収められていた。
自分と同じ出身の大学に通っていることや、住所と本名がそれで判明したのだが――ここに来て3時間近く経っている。彼が胸の内を散々晒しているのにも関わらず、本名を明かしていないことにはじめて気がついた。
手にしたものを元に戻して、颯爽と自分の席に戻る。
自分のことを俺様という言葉を使って、付き合う友人を選別している用心深い青年だからこそ、無意識に注意し、あえて本名を明かしていないのかもしれない。
(さて、その警戒心をどうやって崩していくか――)
顎に手を当てて考えている最中に、柔らかく微笑んだ青年が戻ってきて席に着く。高橋が触れたリュックの位置が微妙に変わっていたことに気がつかないのか、目の前にある冷めたコーヒーを口にした。
どこまで警戒されているのかを試してみた工作だったが、そのガードが簡単に崩せることを、彼の行動で確証する。
「ねぇはるくんは、アッチのことには興味がないの?」
頑丈に見せかけた脆い心を鷲掴みして崩すべく、高橋は流暢に言葉を発した。
「そのことについては……ちょっとくらい、なら」
突然なされた、卑猥な質問に困ったのだろう。頬を桜色に染め、何度も目を瞬かせる。初心なその様子を心の中で嘲笑いながら、どんどん押していこうと考えた。
「そんなの普通だよ。男なんだから性欲があって当たり前だし、適度にヌかないとつらいしさ」
「はあ。そうですね」
「教えてあげようか、男同士のアレ」
高橋の誘い文句に頭が混乱したのか、美麗な青年は口を開けっ放しにして、ぽかんとした表情を浮かべる。
「や、でも……」
困惑する青年の顔を凝視した、高橋の視線をやり過ごすべく、顔を俯かせたのを確認してから、見えるように手を伸ばした。
「はるくん、手を出して」
(――次々なされるお願いに、頭がついていかないだろう。ゆえに指示に従うしかない)
首を小さく傾げながら、恐るおそる差し出してきた右手を手荒に掴まえ、両手を使って優しくそっと包み込む。こういう緩急のつけ方が、相手の心を手玉に取るテクニックとしてよく使っていた。
「とても綺麗な手をしているね」
言うなり躊躇なく、親指を口に咥えてやった。
「ちょっ!?」
突然の奇行に青年は慌てて周囲を見渡したが、奥まっている席での行為を、誰も気にする奴なんていやしない。
駅前にある噴水前を待ち合わせにしたが、他にも数人同じように待ち合わせに使っているのが女性ばかりなので、すぐに相手が自分と分かるだろう。
サイトのメッセージのやり取りでは、中山くんとのやり取りに負けないくらいに盛り上がった。しかも、向こうから逢いたいなんて言ってくるとは思わなかったので、高橋の胸は必然的にワクワクしていた。あまりにも興奮して、20分前にここに到着してしまったくらいに。
そわそわしながら待っていると、駅構内から出てきた長身の男性が辺りを見渡すように、しきりに首を動かしているのが目に留まった。
少しだけ長い前髪を七三分けにして、癖のある柔らかそうな毛先が吹いている風になびいていた。その髪の下にある面差しは、見惚れてしまいそうになるくらいに整ったものだった。
(衝撃的だった中山くんのダイナマイトボディが霞んでしまうくらいに、神々しいほどのイケメンじゃないか)
「あの、石川さんですか?」
予想を超えた事実に茫然自失していると、遠慮がちな感じの声で話しかけられた。長身の彼が見下してくる視線が、どこか戸惑っているようにも見える。
「はるくん、かな?」
自分同様に、ネットでのやり取りの中で彼がイメージしたであろう人物との違いに、多少なりとも戸惑いがあるのかもしれないと考え、好印象を与えるべくいきなり大笑いしてみせた。
嘘笑いでも涙が滲むので、それを拭ってから口を開く。
「はるくん、想像以上にすっごくイケメンで驚いてしまったよ。コメントはいつも思い詰めていて、死にそうな感じの文字の羅列だったから、もっさりとした根暗なイメージを抱いていたんだけど。これほど真逆だとは思わなかった」
「石川さんのコメントには、すっげぇ助けられました。悩んでいるのが、バカらしくなるくらい」
「ははっ。掲示板では偉そうなことを言ってるけど、実際はこんな小さいオッサンが書き込みしたのを知って、えらく失望しただろ?」
後頭部をばりばり掻きながら告げると、慌てた様子で顔の前で手を横に振る。
「20代後半は、オッサンじゃないと思います。それに石川さんがとてもいい人なのは、今までのやり取りで分かっていますから。失望なんてしません」
(こっちの思惑通りに受け取ってもらえて、嬉しい限りだよ――)
じっと見つめてくる眼差しから、青年が慕っている様子がひしひしと伝わってきた。
「コーヒーが上手い店を知ってるんだ。そこに行こうか」
相手に主導権を握らせないように先に口を開いて、場所の移動を提案した。直接話を聞いてやり、更に親密度を高めた上で、深い関係に移行させる。高橋の常とう手段のひとつだった。
仕事の合間に休憩で使っていた喫茶店に赴き、一番奥まった席に向かい合わせで座ってから、コーヒーを注文する。
その後、メッセージに書いていた嘘の経歴を口にする高橋に対し、信頼しきって胸の内を次々と明かしていく美麗な青年がすっかり騙されている姿に、時折笑みが浮かびそうになる。それを誤魔化すのに苦労していたそのとき、「トイレに行ってきます」と青年が席を立った。
店の入り口近くにあるトイレに入っていくのをしっかりと確認してから、すかさず目の前の席に腰かけ、彼が持っていた小型のリュックに手を伸ばす。手前にある小さなポケットやあちこちに手を突っ込むうちに、薄くて硬いケースに触れた。
摘まんでそれを取り出してみると、免許証や学生証が収められていた。
自分と同じ出身の大学に通っていることや、住所と本名がそれで判明したのだが――ここに来て3時間近く経っている。彼が胸の内を散々晒しているのにも関わらず、本名を明かしていないことにはじめて気がついた。
手にしたものを元に戻して、颯爽と自分の席に戻る。
自分のことを俺様という言葉を使って、付き合う友人を選別している用心深い青年だからこそ、無意識に注意し、あえて本名を明かしていないのかもしれない。
(さて、その警戒心をどうやって崩していくか――)
顎に手を当てて考えている最中に、柔らかく微笑んだ青年が戻ってきて席に着く。高橋が触れたリュックの位置が微妙に変わっていたことに気がつかないのか、目の前にある冷めたコーヒーを口にした。
どこまで警戒されているのかを試してみた工作だったが、そのガードが簡単に崩せることを、彼の行動で確証する。
「ねぇはるくんは、アッチのことには興味がないの?」
頑丈に見せかけた脆い心を鷲掴みして崩すべく、高橋は流暢に言葉を発した。
「そのことについては……ちょっとくらい、なら」
突然なされた、卑猥な質問に困ったのだろう。頬を桜色に染め、何度も目を瞬かせる。初心なその様子を心の中で嘲笑いながら、どんどん押していこうと考えた。
「そんなの普通だよ。男なんだから性欲があって当たり前だし、適度にヌかないとつらいしさ」
「はあ。そうですね」
「教えてあげようか、男同士のアレ」
高橋の誘い文句に頭が混乱したのか、美麗な青年は口を開けっ放しにして、ぽかんとした表情を浮かべる。
「や、でも……」
困惑する青年の顔を凝視した、高橋の視線をやり過ごすべく、顔を俯かせたのを確認してから、見えるように手を伸ばした。
「はるくん、手を出して」
(――次々なされるお願いに、頭がついていかないだろう。ゆえに指示に従うしかない)
首を小さく傾げながら、恐るおそる差し出してきた右手を手荒に掴まえ、両手を使って優しくそっと包み込む。こういう緩急のつけ方が、相手の心を手玉に取るテクニックとしてよく使っていた。
「とても綺麗な手をしているね」
言うなり躊躇なく、親指を口に咥えてやった。
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