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Ⅴ.
30.見た目は不審者、中身は変人。
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隠善洸太朗は教師である。
普段の身だしなみや、言動からすると、深夜の繁華街で飲んだくれた挙句、その辺で泥酔し、警察の御厄介になる、質の悪い酔っ払いと遜色ないのだが、これでもきちんと教職の免許を持っているし、授業もするし、担任だって持っている。
ぱっと見では分かりにくいが年齢は三十歳前後。俺たちの高校に赴任してきたのが数年前で、それ以前の経歴は、彼自身が語ろうとしないため、一切が不明。
髪はぼさぼさ、髭は反り忘れなのか伸ばしているのかがいまいち判別出来ないレベルのことが殆どで、唯一服装だけが、それなりに生活感があるものの、それ以外はホームレスですと言われても納得のいく風貌をしていて、こんな身なりで国語を教えるってんだからまた驚く。どっちかというと、浮世離れした数学者っぽい(偏見)見た目をしてるんだけどな。
そんな、謎の方が多い隠善だが、実のところ、俺との出会いは学校ではない。
あれは高校に進学する少し前。伊万里によって何故か連行された、編集者仲間なんかの飲み会の参加者の一人、だったのだ。
最初は隠善の風貌もあってやや距離を取っていたが、話してみるとあら不思議。これがまた、随分と気が合う。
気が付けば俺はすっかり仲良しになり、何故か連絡先までゲットして、別れるという、相手が女性なら恋にでも発展しそうなイベントを、三十路付近のおっさんと発生させたのだが、それから実に数か月も経たないうちに、意外過ぎる形で再会を果たしたのだった。
つくづく思う。そういうイベントは可愛い女子と起きて欲しいと。いや、これはこれで面白い物語だとは思うんだけど、やっぱりこういう再開から恋って始まるものだから。少なくともラブコメだと。そういう恋がしてみたいわけよ。分かる?この気持ち。
と、まあそんなわけで、気の合う友人と再会しただけでなく、その友人の担任も務めるということになった隠善は、
「出席とか、まあ、ある程度なら誤魔化してやるよ」
などというトンデモ発言を切り出してきたのだ。
正直、バレたらお互い大変なことになりそうな気がしないでもないが、そもそ高校卒業の資格に対して特に重きを置いていない俺と、教師としてもどっちかといえば腰かけ程度で赴任している隠善という、考える限り最悪のコンビは、後々のことを一切気にすることもなく、今に至っている。
ま、とは言っても、今のところはあくまで「ギリギリアウトの当落線上」くらいのペースで登校してるわけで、実際に「やっぱそんな不正は出来ない」ってなったとしても、全然問題は無いんだけどね。
そんなわけで、担任と生徒というよりは、友達同士に近い距離感の隠善が開口一番、
「珍しいな。お前、人助けなんて質じゃないだろ?」
これである。
ちなみに今いるのは、「談話室1」といういかにもな名前と、それなりにこじゃれた内装を整えた一室である。普段は進路相談なんかに使われている部屋なのだが、今日はこうして生徒と教師が話し合う場として使われている。
時間はホームルームまっただなか。隠善は、ホームルームをするよりも、俺たちのいざこざを解決する方が先と判断したようで、取り合えず問題の中心点に居たであろう俺と、星咲をこの時間に呼び出したのだ。その星咲はと言えば、
「…………なんで私が…………」
終始こんな感じである。
部屋の中にはゆったりとした二人掛けソファーが一対あり、その間にテーブルが鎮座するという実に分かりやすい構成で、部屋の奥側に隠善。手前側に俺と星咲が座るという形になっている。
俺は隠善と仲もいいし、そもそも何か後ろめたいことがあるとは思っていないし、ホームルームよりはこっちの方が面白いだろうという、恐らく隠善と同じ理由でここに座っているため、特に文句はないが、星咲の方はさっきから俯き加減で、それこそ俺が耳を澄ませなければ聞こえない声でぶつぶつと文句を言っている。
そんな星咲に隠善が、
「んで、当のお姫様に聞くけど、そもそもなんであんな大事になってたんだ?」
ちなみに、隠善は基本的にため口である。と、いうか、敬語を使ったのを見たことが無い。他の教師に対しても、である。
さらに言えば(俺が言えた口ではないのだが)まあまあ口も悪い。流石に生徒の両親に対しては普通だと思うのだが、どうしてもその絵面が想像出来ないのもまた事実である。つくづく適当さがにじみ出る男だ。
「それは……ちょっと色々あって……」
星咲が口ごもると、隠善はすぱっと切り替えて、
「で、神木。具体的に何があったんだよ」
「それがだな……」
それから俺は、俺目線での「さっき起きたこと」を隠善に説明した。途中、星咲から訂正と妨害の中間位のツッコミが入ることもあったが、隠善はそれを含めて静かに聞き入っていた。
そして、全ての説明が終わった段階で出た言葉が、
「それ、今持ってる?」
「え?ま、漫画ですか?持ってますけど……」
「見ていいか?」
「ま、まあ、大丈夫、です、けど」
星咲は戸惑いながらも隠善に対して漫画を手渡す。
俺には分かる。
隠善もまた、星咲の描いたものがどれだけのレベルかで、事態に対する対応を決めようとしている、と。
普段の身だしなみや、言動からすると、深夜の繁華街で飲んだくれた挙句、その辺で泥酔し、警察の御厄介になる、質の悪い酔っ払いと遜色ないのだが、これでもきちんと教職の免許を持っているし、授業もするし、担任だって持っている。
ぱっと見では分かりにくいが年齢は三十歳前後。俺たちの高校に赴任してきたのが数年前で、それ以前の経歴は、彼自身が語ろうとしないため、一切が不明。
髪はぼさぼさ、髭は反り忘れなのか伸ばしているのかがいまいち判別出来ないレベルのことが殆どで、唯一服装だけが、それなりに生活感があるものの、それ以外はホームレスですと言われても納得のいく風貌をしていて、こんな身なりで国語を教えるってんだからまた驚く。どっちかというと、浮世離れした数学者っぽい(偏見)見た目をしてるんだけどな。
そんな、謎の方が多い隠善だが、実のところ、俺との出会いは学校ではない。
あれは高校に進学する少し前。伊万里によって何故か連行された、編集者仲間なんかの飲み会の参加者の一人、だったのだ。
最初は隠善の風貌もあってやや距離を取っていたが、話してみるとあら不思議。これがまた、随分と気が合う。
気が付けば俺はすっかり仲良しになり、何故か連絡先までゲットして、別れるという、相手が女性なら恋にでも発展しそうなイベントを、三十路付近のおっさんと発生させたのだが、それから実に数か月も経たないうちに、意外過ぎる形で再会を果たしたのだった。
つくづく思う。そういうイベントは可愛い女子と起きて欲しいと。いや、これはこれで面白い物語だとは思うんだけど、やっぱりこういう再開から恋って始まるものだから。少なくともラブコメだと。そういう恋がしてみたいわけよ。分かる?この気持ち。
と、まあそんなわけで、気の合う友人と再会しただけでなく、その友人の担任も務めるということになった隠善は、
「出席とか、まあ、ある程度なら誤魔化してやるよ」
などというトンデモ発言を切り出してきたのだ。
正直、バレたらお互い大変なことになりそうな気がしないでもないが、そもそ高校卒業の資格に対して特に重きを置いていない俺と、教師としてもどっちかといえば腰かけ程度で赴任している隠善という、考える限り最悪のコンビは、後々のことを一切気にすることもなく、今に至っている。
ま、とは言っても、今のところはあくまで「ギリギリアウトの当落線上」くらいのペースで登校してるわけで、実際に「やっぱそんな不正は出来ない」ってなったとしても、全然問題は無いんだけどね。
そんなわけで、担任と生徒というよりは、友達同士に近い距離感の隠善が開口一番、
「珍しいな。お前、人助けなんて質じゃないだろ?」
これである。
ちなみに今いるのは、「談話室1」といういかにもな名前と、それなりにこじゃれた内装を整えた一室である。普段は進路相談なんかに使われている部屋なのだが、今日はこうして生徒と教師が話し合う場として使われている。
時間はホームルームまっただなか。隠善は、ホームルームをするよりも、俺たちのいざこざを解決する方が先と判断したようで、取り合えず問題の中心点に居たであろう俺と、星咲をこの時間に呼び出したのだ。その星咲はと言えば、
「…………なんで私が…………」
終始こんな感じである。
部屋の中にはゆったりとした二人掛けソファーが一対あり、その間にテーブルが鎮座するという実に分かりやすい構成で、部屋の奥側に隠善。手前側に俺と星咲が座るという形になっている。
俺は隠善と仲もいいし、そもそも何か後ろめたいことがあるとは思っていないし、ホームルームよりはこっちの方が面白いだろうという、恐らく隠善と同じ理由でここに座っているため、特に文句はないが、星咲の方はさっきから俯き加減で、それこそ俺が耳を澄ませなければ聞こえない声でぶつぶつと文句を言っている。
そんな星咲に隠善が、
「んで、当のお姫様に聞くけど、そもそもなんであんな大事になってたんだ?」
ちなみに、隠善は基本的にため口である。と、いうか、敬語を使ったのを見たことが無い。他の教師に対しても、である。
さらに言えば(俺が言えた口ではないのだが)まあまあ口も悪い。流石に生徒の両親に対しては普通だと思うのだが、どうしてもその絵面が想像出来ないのもまた事実である。つくづく適当さがにじみ出る男だ。
「それは……ちょっと色々あって……」
星咲が口ごもると、隠善はすぱっと切り替えて、
「で、神木。具体的に何があったんだよ」
「それがだな……」
それから俺は、俺目線での「さっき起きたこと」を隠善に説明した。途中、星咲から訂正と妨害の中間位のツッコミが入ることもあったが、隠善はそれを含めて静かに聞き入っていた。
そして、全ての説明が終わった段階で出た言葉が、
「それ、今持ってる?」
「え?ま、漫画ですか?持ってますけど……」
「見ていいか?」
「ま、まあ、大丈夫、です、けど」
星咲は戸惑いながらも隠善に対して漫画を手渡す。
俺には分かる。
隠善もまた、星咲の描いたものがどれだけのレベルかで、事態に対する対応を決めようとしている、と。
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