聖なる愚者は不敵に笑う

蒼風

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Ⅲ.

23.大事なのは努力ではなく血筋である。

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「仮に、仮にだ。世の人間が皆、つかさや、安楽城あらき伊万里いまりさんくらいの審美眼を持っているってんなら、描いてみようかって気持ちになることもあるとは思うよ。でも、そうじゃないだろう。見ろよ、その辺の本屋に並んでる漫画でも、ラノベでも、なんでも。あれでいいと思ってる、あんなんで面白いと思ってるプロに、それに文句の一つも言わないで売り上げなんていう何を評価するかも分からない数字を取り出して批評した気になってる自称評論家だらけだ。そんな奴らのために、俺が時間を使って物語を作る?ないない。そんなことをしたら、俺がやつらに合わせることになるだろう」

 二見ふたみが何度か口ごもったうえで、

「……で、でもだいちゃんは?大ちゃんは認められてるよ?」

「あいつの書く主人公は、世間受けするんだよ。読んでるなら分かるだろ。前向きで、ちょっと不器用だけど、努力だけは人よりずっとしてて。世の読者様はそういうのを求めてるんだよ。自分が主人公と同じだって思いこみたい。共感したいからな」

「じゃあ」

「でも、俺が書こうとしたら、そういう主人公にはならない。安楽城の書く話は好きだし、あの主人公であれだけ面白い話に仕立て上げてるのはあいつの力量だとは思う。だけど、俺がそれをやると、ただただ俺の嫌いなやつがメインでちやほやされてる話になる」

 再びの静寂。

 どこかで誰かが自販機に礼を言われる。

 二見が、

「……れいくんは、零くんは、どんな主人公が好きなの?」

「そうだな……取り合えず、努力と勝利が直結するのは嫌かな」

「……また、少年漫画を全否定してきたね」

「そうか?今別にそんなに厳格じゃないらしいけどな、三原則」

 友情・努力・勝利。有名な三原則だ。

 最も、よーく見てると、そんなことない作品ばっかりだけどな。勝利は良いにしても、努力や友情よりも、そもそも凄い血縁だったり、超運が良かったりすることの方が多いし。

 そんなもんだ。凡人がいくら努力したって、友情ごっこに浸ったって、勝利はない。あるとすれば、本来ならば敵でも何でもない人間を敵に見立てた「正義の味方ごっこ」の勝利だけだ。鑑賞する角度を変えれば「いじめ」とも言う、な。

「ま、そうだな……特にこだわりは無いが……強いて言うならちゃんとカッコいいのがいいかな」

「零くん的には、世の主人公はカッコよくないと」

「もちろん。むしろ、あれをカッコいいと思う感性の方がどうかしてるだろう。やたらに夢見がちで、一人無茶に突っ走って。すっころんで大けがして周りに迷惑をかけたと思ったら、闇堕ちして、極端な破滅思想に走ってみたり。そんなものの何がカッコいいんだよ」

「んじゃさ、零くんのカッコいいと思う人って……誰?」

「俺がカッコいいと思う人…………」

 俺は暫く考え続けた上で、

「…………俺?」

「はい、しゅーりょー。おやすみー」

「終わるな終わるな。冗談だって」

「ほんとかなぁ……」

 じっとりとした視線を向ける二見。まあ、うん。半分は本気だけど。

「ま、俺自身がカッコいいかどうかはさておいて……それ以外だと本気で思いつかないな」

「思いつかないの?ほんとに?」

「ああ」

「え、パパさんとかは?」

「誰の?司の?」

「違うよ、零くんのだよ」

「あー……」

 俺は少しその行動を思い浮かべ、

「無いかな」

「酷」

「酷くない。別にいいだろ。感謝はしてるんだから。でもそれと人間的な「カッコいい」は別の話だ」

「頑張って働いてるのに?」

「司。俺が汗水たらして働いている人間に対して、目を煌めかせて「かっこいい……」って言ってる絵面、想像してみ」

 二見は目を瞑り、暫くして、

「想像した」

「どうだ?」

「ミョーに綺麗な色のキノコでも食べたのかなって思う」

「だろ?」

 そう。

 それが俺だ。

 好きなことは面白くて刺激的な物語シナリオで。嫌いなのは凡庸で退屈な現実リアル

 普通に高校に通って、大学に行き、幼馴染とそのまま結婚し、二人で喫茶二見を切り盛りしていく。そんな未来も確かに転がっているだろう。そんなことを今、二見にいったら、表面上は嫌な反応を見せるだろうし、俺の性格が性格だから、好きだと伝えたとしても、それがもし本当の想いだとしても、きっと最初は聞き入れては貰えないだろう。

 それでも最終的には今の関係性が、そのまま家族という形にスライドする。きっとそんな未来もあるはずだ。
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