聖なる愚者は不敵に笑う

蒼風

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Ⅲ.

22.ベランダ越しの本音。

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 その日の夜。

 風呂から上がり、自室へと戻ると、

「……ん?」

 電話だった。

 相手は……考えるまでも無い。俺に対して、電話なんてコンタクトの取り方をしてくる人間は一人しかいない、

 俺は通話状態にして、

「……ご用件は?」

「窓、開ける。ベランダ、出る。私、居る」

「片言で話すな。切るぞ」

「わあ、待って待って」

「冗談だ。ベランダだろ?」

「うん」

「通話は切るぞ」

「おっけー」

 短い単語同士のやりとり。名前を聞くこともしない。それが幼馴染の距離感、なのだ。

「で?なんの用だ?」

 上着を羽織り、ベランダに出ると、その先には二見ふたみがいた。

 神木かみき家と、二見家。

 二軒はベランダからベランダに飛び移れるレベルの距離感にあった。神木家が二階建て。二見家が三階建て。ただし、二見曰く三階は居住スペースというよりは室内にある物置きに近いということで、実質二階半、らしい。

 そんな二軒の向かい合う部屋。二階の一室がそれぞれ、俺と二見の部屋となっている。まあ、実際には二見の部屋は三階にあったらしいのだが、俺と話がしやすい二階に移動した……というのはあきらさんの弁。本当かどうかは分からない。ただ一つ言えるのは、俺と二見はこうして、ベランダ越しに何気ない会話をしてきた、ということくらいで、

「いや、ちょっと話したかっただけ」

 嘘だ。

 二見がこうやって俺にわざわざ電話をするときは十中八九、俺から「聞き出したい内容」がある。

 だけど二見はそれを俺には言わない。それを言うと俺がガードを固めるのをよく分かっているから。だって、二見が聞きたいことは、大抵俺が一番聞かれたくないことで、

れいくんは、さ。もし、だいちゃんが、零くんの話で漫画描きたいって言ってくれたら、嬉しい?」

「それは……まあ、嬉しいだろうな」

「それは嬉しいんだ」

「そりゃそうだろ。だって、アイツ、他の人間が書く話に興味ないじゃん」

 二見は苦笑いしながら、

「あはは……それは確かに」

 そう。

 俺ら四人は基本的にお互いの「面白い」「面白くない」を信用している節がある。要はお互いがお互いの「審美眼」を認めているところがどこか、ある。

 ただ、その中でも、安楽城の「足切りライン」はずば抜けて高いのだ。

 いや、違う。表面上だけを見れば安楽城が一番、優しい。他三人が余り評価しない作品についても「……でも、ここはいい」と言って認めようとする。救いの手を差し伸べる。

 けれど、逆に彼が本気で「オススメ」という作品は本当に少ない。どの作品も「この辺がよくてこの辺が駄目」という反応で一貫している。そして、オススメ出来るかと問われると決まってこう答えるのだ。

「……人による」

 最初は本当に好みの問題だと考えているのだと思っていた。ただ、ある程度付き合ううちに、安楽城の「人による」は、彼個人にとっては「どうでもいい」に近い感情であることが分かってきた。

 そして、その「どうでもいい」が「面白そう」に変わる基準は、極めて不明瞭で、極めて厳しい。彼が絵を描きたいと思うのであれば、そのラインは超えている可能性が高いだろうから、それは光栄なことだし、素直に嬉しいだろう。そんなことが起こりえるのかは分からないが。

 静寂。

 どこかで誰かがゴミ箱をひっくり返す。またどこかで飲み会帰りの集団が馬鹿笑いする。夜更けすぎの宅配便がチャイムを鳴らす。

「零くんはさ、」

 二見が切り出す。

「……ホントに、書かないの?」

「……それは、原作としてってことか?」

「そうでもいいし、そうじゃなくてもいい……けど」

「なんでそんなことを言うんだ?」

「それ……は、だって、零くんは凄い詳しいし」

「言っただろ。見る側と作る側じゃ全然スキルが違うって」

「でも……!」

「それに、さ。絵を描くにしたって、描けるやつをイラストとしてつけるにしたって、文章で勝負するにしたって。時間もかかる。仮に一作品出来たとして、今度はそれが評価される必要がある。司なら分かってるだろうけど、俺は、そういうの信用してないから」

「それ……は」

 言葉に詰まる。

 まあ、そうだろう。だって一番近くで見てきたわけだから。俺が如何に「人に期待しない」かを、二見はよく知っているはずだ。
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