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Ⅱ.
14.好みの差で埋まらないものもある。
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星咲は居心地の悪さを吹き飛ばそうと、わざとらしい咳ばらいをして、
「コホン……逃げてるってどういうことよ。好みの差ってあるでしょ?」
「まあ、あるな」
「じゃあ」
「でもそれはあくまで補助的なものだ」
「どういうことよ」
「簡単だ。お前、ミシュランにも載っている超有名ラーメン店のラーメンと、その辺のスーパーで投げ売りにされている、メーカーの気が狂ったよく分からん味のカップラーメン、どっちが美味いと思う?」
「そ、それはミシュランの方」
「だろ?で?そこには好みの差は無いのか?」
「そ、それは流石にレベルが違い過ぎるでしょ」
俺はびしっと星咲を指さして、
「それだ」
「ど、どれよ」
「明らかにレベルが違うなら、好みの差が存在する。けれど、それがちょっと縮まってくると、どういう訳か、好みの差だけで決まるようなことを言いだす。そこが逃げてるって言ってるんだ」
星咲は明らかに納得がいかないという表情で、
「な、なんでよ。ある程度の作品なら、後は好みで決まるってこともあるでしょう?」
「確かに、それはある」
「だったら」
俺は星咲の言葉を遮り、
「ある!あるが、それは決して「質の差」を無効化するものじゃないってことだ」
「どういうことよ」
「そうだな……例えば話の質が百点の作品があったとしよう。それと十点の作品はよほど後者の方が好みでなければ前者の方が上だと判断されるだろう。ただ、それがもし、九十点と八十五点だった場合、人によっては前者よりも後者の方が好きだということはある。その意味での好みの差はある。しかし、しかしだ。その二つの作品はあくまで九十点と八十五点だ。好みの差で「好き・嫌い」は分かれるにしても、根本の根本。人の心に訴えかける能力には絶対、上下がある」
星咲が食い下がる、
「で、でも、九十点と八十五点なら好みの差次第で、どっちが好きかが覆ることがあるってことでしょ?それなら」
「そのくらいの点差なら、ってことだ。お前の「好みには差がある」は、九十点とそうだな……六十点程度を埋められるというありもしない幻想だ。そんなことはありえない。時代だの受けやすいだのなんだのってのはあくまで「そこそこ近いレベルの作品同士」で起こる話であって、圧倒的な差の前では起きる話じゃない。お前が今主張しようとしているのは、その類のものだ、ってことだ」
それを聞いた星咲が再び立ち上がり、
「アンタそれって……」
その時だった、
「お客様、お冷のおかわりはいかがですか?」
「おお、司。帰ってたのか」
二見だった。
服装は私服だったが、エプロンだけ付けて、お冷のポットを手に持っていた。
「うん。ただいま。零くんも、いる?お冷のおかわり」
「んじゃ、貰おうかな」
「はーい。よろこんでー」
二見はそう言うと、俺の手元にあったコップにそれはそれは慣れた所作で水を注いでいく。
俺のコップに水を注ぎ終わると今度は星咲に対して、
「星咲さんも。いる?お冷」
「え、あ、ええ。お、お願い、します?」
「はーい。よろこんでー」
と、まあ、気合が入っているのか入っていないのか分からない返事と共に、二見は星咲のコップも水で満たしていく。
ちなみに気が付かなかったがこちらは既に空になっていた。頼んでいたコーヒーすらも空になっている。どうやら俺の書いたあらすじ(仮)を読んでいる時に飲み干したらしい。そういや、さっきテーブルぶっ叩いたのに何も零れなかったもんな。
二見はそのポットをテーブルの上に置いて、
「んで、どうでした、星咲さん」
「は、はい?」
突然話を振られる星咲。思い切りよく立ち上がったはずだったのにも関わらず、いつのまにか着席しているし、振り上げられるはずだった手は、先ほど二見に水を注いで貰ったカップをがっちりと握っていた。完全にペースを奪われた格好だ。
二見は更に続ける。
「や、零くんの書いた話、どうだったのかなって。一応、私もちょろっとは目を通したんだけど、全部は見てなくって」
それを聞いた星咲はテーブルの上にあったクリアファイルを手に取り、
「あ、じゃあ、これいる?」
「おい、勝手にあげるな」
星咲は俺の方をそれはそれは文句しかない目つきで見つめ、
「いいじゃない。データはあるんでしょ?」
「ある。あるけど、それなら猶更お前が持ってないと意味ないだろう。司が見るってんなら、データで送ればいいだけの話だからな」
「あ、それはいいや」
「まさかの受け取り拒否!?」
二見が淡々と、
「受け取り拒否っていうか、私が読みたいっていうよりも、星咲さんの感想を聞いてみたかっただけだから」
星咲が自分を指さして、
「わ、私の?」
「そう。どうだった?面白かった?」
「そ、それは……」
ほう。
これは良いかもしれない。
「コホン……逃げてるってどういうことよ。好みの差ってあるでしょ?」
「まあ、あるな」
「じゃあ」
「でもそれはあくまで補助的なものだ」
「どういうことよ」
「簡単だ。お前、ミシュランにも載っている超有名ラーメン店のラーメンと、その辺のスーパーで投げ売りにされている、メーカーの気が狂ったよく分からん味のカップラーメン、どっちが美味いと思う?」
「そ、それはミシュランの方」
「だろ?で?そこには好みの差は無いのか?」
「そ、それは流石にレベルが違い過ぎるでしょ」
俺はびしっと星咲を指さして、
「それだ」
「ど、どれよ」
「明らかにレベルが違うなら、好みの差が存在する。けれど、それがちょっと縮まってくると、どういう訳か、好みの差だけで決まるようなことを言いだす。そこが逃げてるって言ってるんだ」
星咲は明らかに納得がいかないという表情で、
「な、なんでよ。ある程度の作品なら、後は好みで決まるってこともあるでしょう?」
「確かに、それはある」
「だったら」
俺は星咲の言葉を遮り、
「ある!あるが、それは決して「質の差」を無効化するものじゃないってことだ」
「どういうことよ」
「そうだな……例えば話の質が百点の作品があったとしよう。それと十点の作品はよほど後者の方が好みでなければ前者の方が上だと判断されるだろう。ただ、それがもし、九十点と八十五点だった場合、人によっては前者よりも後者の方が好きだということはある。その意味での好みの差はある。しかし、しかしだ。その二つの作品はあくまで九十点と八十五点だ。好みの差で「好き・嫌い」は分かれるにしても、根本の根本。人の心に訴えかける能力には絶対、上下がある」
星咲が食い下がる、
「で、でも、九十点と八十五点なら好みの差次第で、どっちが好きかが覆ることがあるってことでしょ?それなら」
「そのくらいの点差なら、ってことだ。お前の「好みには差がある」は、九十点とそうだな……六十点程度を埋められるというありもしない幻想だ。そんなことはありえない。時代だの受けやすいだのなんだのってのはあくまで「そこそこ近いレベルの作品同士」で起こる話であって、圧倒的な差の前では起きる話じゃない。お前が今主張しようとしているのは、その類のものだ、ってことだ」
それを聞いた星咲が再び立ち上がり、
「アンタそれって……」
その時だった、
「お客様、お冷のおかわりはいかがですか?」
「おお、司。帰ってたのか」
二見だった。
服装は私服だったが、エプロンだけ付けて、お冷のポットを手に持っていた。
「うん。ただいま。零くんも、いる?お冷のおかわり」
「んじゃ、貰おうかな」
「はーい。よろこんでー」
二見はそう言うと、俺の手元にあったコップにそれはそれは慣れた所作で水を注いでいく。
俺のコップに水を注ぎ終わると今度は星咲に対して、
「星咲さんも。いる?お冷」
「え、あ、ええ。お、お願い、します?」
「はーい。よろこんでー」
と、まあ、気合が入っているのか入っていないのか分からない返事と共に、二見は星咲のコップも水で満たしていく。
ちなみに気が付かなかったがこちらは既に空になっていた。頼んでいたコーヒーすらも空になっている。どうやら俺の書いたあらすじ(仮)を読んでいる時に飲み干したらしい。そういや、さっきテーブルぶっ叩いたのに何も零れなかったもんな。
二見はそのポットをテーブルの上に置いて、
「んで、どうでした、星咲さん」
「は、はい?」
突然話を振られる星咲。思い切りよく立ち上がったはずだったのにも関わらず、いつのまにか着席しているし、振り上げられるはずだった手は、先ほど二見に水を注いで貰ったカップをがっちりと握っていた。完全にペースを奪われた格好だ。
二見は更に続ける。
「や、零くんの書いた話、どうだったのかなって。一応、私もちょろっとは目を通したんだけど、全部は見てなくって」
それを聞いた星咲はテーブルの上にあったクリアファイルを手に取り、
「あ、じゃあ、これいる?」
「おい、勝手にあげるな」
星咲は俺の方をそれはそれは文句しかない目つきで見つめ、
「いいじゃない。データはあるんでしょ?」
「ある。あるけど、それなら猶更お前が持ってないと意味ないだろう。司が見るってんなら、データで送ればいいだけの話だからな」
「あ、それはいいや」
「まさかの受け取り拒否!?」
二見が淡々と、
「受け取り拒否っていうか、私が読みたいっていうよりも、星咲さんの感想を聞いてみたかっただけだから」
星咲が自分を指さして、
「わ、私の?」
「そう。どうだった?面白かった?」
「そ、それは……」
ほう。
これは良いかもしれない。
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