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Ⅰ.
10.謙虚さはとうにゴミ箱に捨てた。
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「そ。いくつかあらすじっていうか、ざっくりとした設定だけ考えてみたからさ。面白いかどうかを判別してほしいんだ。これなら大丈夫だろ?」
そんな提案を安楽城は、
「……必要ないと思うけどなぁ……」
と言いつつも受けてくれた。
つくづく思う。
安楽城の、俺に対する全幅の信頼は一体どこから来ているのだろうか。
そりゃ確かに、俺が細かなチェックをしたことによって、筋が通るようになって、「読み切りだと面白い」の評価から脱することが出来たかもしれない。彼の編集と同様に、その才能を最初から認めていたのも確かだ。そして、その編集からの俺への信頼が厚いこともあるのかもしれない。
しかし、それにしたってである。
確かに、俺自身は間違ったアドバイスをしたことがあるとは思えない。それは自信がある。が、その根幹にあるのは安楽城の構想であって、俺の着想は混じっていない。言ってしまえばちょっとアシストしただけで、作品の大半は安楽城がいなければ成立しないものだ。
にも拘わらず、安楽城は、短い付き合いでしかない俺に対して妙に信頼を寄せている節がある。これが可愛い女子ならよかったのに。まあ、見た目だけなら女子顔負けだとは思うけど。女装とかしたら映えそう。
と、そんな余計なことを考えていると、安楽城は、自分の方に向けていた俺のノートPCをこちらに向け直して、
「……大体いいと思う」
「ほんとかぁ」
あまりの高評価ぶりに、俺だけでなく、二見までもが驚きを隠せない。というか君、ずっとここにいるね?仕事はいいの?
それでも安楽城は淡々と、
「……他の人がどう思うかは分からないけど、僕は好き。後は、彼女も、こういうの好きだと思う」
彼女、というのは恐らく安楽城の編集さんを指していると思われる。
思われる、というのは簡単で、安楽城は基本的にそのあたりが適当だ。自分の脳内に浮かんだ人物が男性なら「彼」だし、女性なら「彼女」なのだ。
最初はそのあたりを把握するのに苦慮したけど、最近はすっと分かるようになってきた。なんでかって?そもそも安楽城の交友関係が激狭だからね。この場面で出てくる「彼女」っていったら、あのちょっと頼りなくって、編集者としての能力は皆無に近いけど、原石を見分けるセンスだけはありそうな編集さんで間違いない。
元はと言えば彼女がここ、喫茶二見の常連だったのだけど、今ではどっちかというと安楽城の方がよく来ている印象がある。まあ、俺もいつもいるわけじゃないから入れ替わりになってる可能性もあるけど。
二見が粗を探すように、
「え、ホントに?ホントに面白いの?いいんだよ?零くん、別に怒ったりしないから。自分の作品をけなされたくらいでキレたりしないと思うし。仮にキレても、私が対処するから」
「俺の扱い酷くない?」
そんな二見の心配をよそに安楽城はさらりと、
「……僕は好き、かな。人を選ぶかもしれないけど、それくらいの方が良いと思う」
「人を選ぶって、具体的には?」
「……主人公が、結構独特」
二見が俺に向かって、
「そうなの?」
「独特なぁ……」
正直、微妙なところではある。
独特という評価を下すのであれば、当然独特ではない──つまり、王道な主人公像というものが存在することになる。それが一体どういうものを指し示すかは分からないが、もし仮に、よくある少年漫画の主人公をそうだとするのであれば、そこからは確かにかけ離れているとは思う。
ただ、
「まあ、通常よくある少年漫画的な主人公とは確かに違うとは思うが、それより魅力的だと思うぞ、こっちの方が」
「え、具体的にはどんな感じなの?」
その疑問に安楽城が、
「……割と普通にナルシスト」
「うわ……」
二見がお盆を持って二、三歩後ずさる。
「いや、なんでそこで引くんだよ」
「や、だって、それって零くんそのものでしょ?」
「失礼な。誰がナルシストじゃ誰が」
「でも、自分のことは好きでしょ?」
「まあ、嫌いになったことはないな」
「で、自分はカッコいいと思ってる」
「カッコいい……とまでは思ってないけどな。でも、カッコ悪いと思ったことはない」
「んで、自分が正義だと思ってる」
「当たり前だろ。自分の人生の正義は自分自身以外に何があるんだ」
「ほらー」
「なんだその反応は。いいだろ、別に。妙にネガティブで後ろ向きで、全方位から好意を向けられてるのに、うじうじしてるやつのほうが嫌だろう」
「えー……私はもうちょっと謙虚な方が良いけどなぁ」
「謙虚(笑)」
「え、ここ、笑うとこ?」
そんな会話をしっかりと聞いていたのかは分からないが、安楽城が横から、
「……僕は神木、カッコいいと思うけどな」
「よし、結婚しよう」
「……うん、いいよ」
「いや、冗談だよ、冗談」
「……なんだ」
実に残念そうな表情で自らのタブレットを弄り始める安楽城。割と付き合いは長い方だし、これでも最初に比べれば大分細かな感情の機微を読み取れるようになってきたとは思うが、この手の冗談だけは読み切れない。
もしかして、本当に俺のことを恋愛的に好きで、結婚まで考えていたりするんだろうか。うーん……それはちょっと重たいなぁ……そもそも結婚って二文字が重たい。そういうのはもっと、にっちもさっちもいかなくなってから考える話だろう。十代のアオハル真っ盛りな時はそんなこと考えずに馬鹿に恋愛してた方が良いと思うんだよね。
そんな提案を安楽城は、
「……必要ないと思うけどなぁ……」
と言いつつも受けてくれた。
つくづく思う。
安楽城の、俺に対する全幅の信頼は一体どこから来ているのだろうか。
そりゃ確かに、俺が細かなチェックをしたことによって、筋が通るようになって、「読み切りだと面白い」の評価から脱することが出来たかもしれない。彼の編集と同様に、その才能を最初から認めていたのも確かだ。そして、その編集からの俺への信頼が厚いこともあるのかもしれない。
しかし、それにしたってである。
確かに、俺自身は間違ったアドバイスをしたことがあるとは思えない。それは自信がある。が、その根幹にあるのは安楽城の構想であって、俺の着想は混じっていない。言ってしまえばちょっとアシストしただけで、作品の大半は安楽城がいなければ成立しないものだ。
にも拘わらず、安楽城は、短い付き合いでしかない俺に対して妙に信頼を寄せている節がある。これが可愛い女子ならよかったのに。まあ、見た目だけなら女子顔負けだとは思うけど。女装とかしたら映えそう。
と、そんな余計なことを考えていると、安楽城は、自分の方に向けていた俺のノートPCをこちらに向け直して、
「……大体いいと思う」
「ほんとかぁ」
あまりの高評価ぶりに、俺だけでなく、二見までもが驚きを隠せない。というか君、ずっとここにいるね?仕事はいいの?
それでも安楽城は淡々と、
「……他の人がどう思うかは分からないけど、僕は好き。後は、彼女も、こういうの好きだと思う」
彼女、というのは恐らく安楽城の編集さんを指していると思われる。
思われる、というのは簡単で、安楽城は基本的にそのあたりが適当だ。自分の脳内に浮かんだ人物が男性なら「彼」だし、女性なら「彼女」なのだ。
最初はそのあたりを把握するのに苦慮したけど、最近はすっと分かるようになってきた。なんでかって?そもそも安楽城の交友関係が激狭だからね。この場面で出てくる「彼女」っていったら、あのちょっと頼りなくって、編集者としての能力は皆無に近いけど、原石を見分けるセンスだけはありそうな編集さんで間違いない。
元はと言えば彼女がここ、喫茶二見の常連だったのだけど、今ではどっちかというと安楽城の方がよく来ている印象がある。まあ、俺もいつもいるわけじゃないから入れ替わりになってる可能性もあるけど。
二見が粗を探すように、
「え、ホントに?ホントに面白いの?いいんだよ?零くん、別に怒ったりしないから。自分の作品をけなされたくらいでキレたりしないと思うし。仮にキレても、私が対処するから」
「俺の扱い酷くない?」
そんな二見の心配をよそに安楽城はさらりと、
「……僕は好き、かな。人を選ぶかもしれないけど、それくらいの方が良いと思う」
「人を選ぶって、具体的には?」
「……主人公が、結構独特」
二見が俺に向かって、
「そうなの?」
「独特なぁ……」
正直、微妙なところではある。
独特という評価を下すのであれば、当然独特ではない──つまり、王道な主人公像というものが存在することになる。それが一体どういうものを指し示すかは分からないが、もし仮に、よくある少年漫画の主人公をそうだとするのであれば、そこからは確かにかけ離れているとは思う。
ただ、
「まあ、通常よくある少年漫画的な主人公とは確かに違うとは思うが、それより魅力的だと思うぞ、こっちの方が」
「え、具体的にはどんな感じなの?」
その疑問に安楽城が、
「……割と普通にナルシスト」
「うわ……」
二見がお盆を持って二、三歩後ずさる。
「いや、なんでそこで引くんだよ」
「や、だって、それって零くんそのものでしょ?」
「失礼な。誰がナルシストじゃ誰が」
「でも、自分のことは好きでしょ?」
「まあ、嫌いになったことはないな」
「で、自分はカッコいいと思ってる」
「カッコいい……とまでは思ってないけどな。でも、カッコ悪いと思ったことはない」
「んで、自分が正義だと思ってる」
「当たり前だろ。自分の人生の正義は自分自身以外に何があるんだ」
「ほらー」
「なんだその反応は。いいだろ、別に。妙にネガティブで後ろ向きで、全方位から好意を向けられてるのに、うじうじしてるやつのほうが嫌だろう」
「えー……私はもうちょっと謙虚な方が良いけどなぁ」
「謙虚(笑)」
「え、ここ、笑うとこ?」
そんな会話をしっかりと聞いていたのかは分からないが、安楽城が横から、
「……僕は神木、カッコいいと思うけどな」
「よし、結婚しよう」
「……うん、いいよ」
「いや、冗談だよ、冗談」
「……なんだ」
実に残念そうな表情で自らのタブレットを弄り始める安楽城。割と付き合いは長い方だし、これでも最初に比べれば大分細かな感情の機微を読み取れるようになってきたとは思うが、この手の冗談だけは読み切れない。
もしかして、本当に俺のことを恋愛的に好きで、結婚まで考えていたりするんだろうか。うーん……それはちょっと重たいなぁ……そもそも結婚って二文字が重たい。そういうのはもっと、にっちもさっちもいかなくなってから考える話だろう。十代のアオハル真っ盛りな時はそんなこと考えずに馬鹿に恋愛してた方が良いと思うんだよね。
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