9 / 55
Ⅰ.
8.上手い速い面白い。
しおりを挟む
安楽城は俺の向かい側に座ると、
「牛乳で」
「かしこまりました。今、お冷とおしぼりお持ちしますね~」
二見はそれだけ言って去っていく。
「……なんかあった?」
「さあ?気分じゃない?」
「……そう」
安楽城が不思議がるのも無理はない。俺と安楽城が友人のような関係、ということは当然ながら、二見と安楽城もまた、友人のような関係性ということになり、いつもの応対は、
「ん、りょーかい。お水とおしぼりもってくるねー」
というものなのだ。それが今日は実にビジネスライク。しかも、語尾は「お持ちしますね~」とちょっと伸ばしている。テンションも高そうだ。いつもがいつもだから、やっぱり気になるのだろう。俺から言わせてみると「その日の気分じゃない」という感じなのだけど。
そんな俺の受け答えに満足したのかどうかは分からないが、安楽城は鞄からタブレット端末を取り出したうえで、二、三操作をしてから俺に向けて、
「……はい。今回の」
「はやいな、もう出来たのか」
「……一応」
安楽城は基本速筆だ。しかもそんじょそこらの速筆とは訳が違う。それこそ、週間連載レベルのページ数とクオリティは一日あれば出来上がるのだそうだ。
正直信じがたいことだが、実際、俺が今、目を通そうとしているそれが実際に紙に印刷されるのは大分先のことなになるはずだ。この間渡されたのが確か夏ごろのやつだったはずだし。今、まだゴールデンウィーク前なのに。
俺は差し出されたタブレットを受け取って、
「んじゃ、拝見させてもらいましょう」
「……ん、任せた」
安楽城はそう言って、別のタブレットを取り出して、そちらで絵を描き始める。
本当に不思議な存在だ。俺の目に映る安楽城は何か絵や漫画を描いているか、牛乳を飲んでいるか、パフェをつついているかの概ね三択で、それ以外のことは殆どしない。
漫画を読んだりゲームをしたりということは一切なく、そういったものに対する興味を聞いたこともない。どころか会話……もっと言えば言葉そのものを発する機会がかなり少なく、俺や二見に対しても「しゃべる方」だと担当の編集さんはいう。
そのあまりの意思表示の少なさに彼女が困り果てていたところで、俺が間に入る形になった、というのが、この「編集者ごっこ」が始まった一つの理由だったりもするくらいだ。
それに加えて見た目もまた独特だ。
肩ほどまで伸びている、細く、それでいて綺麗な髪は「切るのがめんどくさい」という理由で伸びていることが多く、たまに二見が家の二階に連れ込んで切ってやっているが、そうでもしない限り、本当に自由勝手に伸びていく。
顔立ちも実に端正な上に中性的なため、服装次第では性別が分かりにくいがれっきとした男性で、着飾ればそれこそホストやモデルでもやっていけそうな気配すらある。
にも拘わらずファッション類に対する興味は皆無で、身に着けるものは基本的に白いワイシャツと黒のスラックスと一貫していて、それ以外のものを身に着けているのを見たことが無い。
それが好きで着ているのか、興味がないけど、取り合えず整って見えるものをと思って揃えたものなのかは俺も知らない。
聞いたら答えてくれそうな気もするが、それをするほど踏み込もうとも思ってないし、恐らく安楽城自身も踏み込まれたいと思っていないだろう。それが俺や二見と、安楽城の関係性。
素性に関しても分からないことの方が多く、分かっているのは本名と連絡先、それにその類まれなる創作センスだけだ。実に無機質な関係性。だけど俺からするとそれくらいの方がちょうどよかった。
やがて俺は「今回の分」を読み終わり、タブレットを差し出して、
「うん。全体的に良いと思う。ただ、気になるところがひとつだけあって。最後の方でネタ晴らしみたいに情報だしてたけど、両親に関する話は以前にやってるから、初出しみたいにすると違和感があるな。んで、それに引っ張られる感じで主人公の反応も変わってるから、そこだけ変えればいけるかな」
「……分かった」
安楽城はそれだけ言うと、差し出されたタブレットを受け取って、いくつか操作すると、手元のタブレット端末用のペンで何かを書き加えたのち、再び俺に対して差し出して、
「……これでどう?」
「どれどれ」
受け取ったタブレットには、先ほど俺が読んでいた漫画の台詞部分に赤で文字が書き足されていた。その内容は俺が指摘した部分を反映したもので、これに沿って絵の方を直せばきっとしっくりくる内容になるであろうことが見て取れた。
なので、俺は再びタブレットを渡し返し、
「おっけー。これに合わせる感じで修正すれば大丈夫だと思う」
「ん、分かった」
実のところ、そこだけを修正すればいい話ではない。
絵に関してもそうだし、その前にあったやりとりも含めて。それ以外にも修正しなければならないところは沢山ある。
ただ、それらの微修正は、今のやりとりで全て「頭に入った」ことになるようで、次に出来上がるものはきちんとした出来になっていることが殆どなのだ。そして、それらの下書きも下書き、棒人間による会話劇状態のものは、これからものの小一時間で作り上げてしまう。それが安楽城帝という作家なのだ。改めてとんでもない話である。
「牛乳で」
「かしこまりました。今、お冷とおしぼりお持ちしますね~」
二見はそれだけ言って去っていく。
「……なんかあった?」
「さあ?気分じゃない?」
「……そう」
安楽城が不思議がるのも無理はない。俺と安楽城が友人のような関係、ということは当然ながら、二見と安楽城もまた、友人のような関係性ということになり、いつもの応対は、
「ん、りょーかい。お水とおしぼりもってくるねー」
というものなのだ。それが今日は実にビジネスライク。しかも、語尾は「お持ちしますね~」とちょっと伸ばしている。テンションも高そうだ。いつもがいつもだから、やっぱり気になるのだろう。俺から言わせてみると「その日の気分じゃない」という感じなのだけど。
そんな俺の受け答えに満足したのかどうかは分からないが、安楽城は鞄からタブレット端末を取り出したうえで、二、三操作をしてから俺に向けて、
「……はい。今回の」
「はやいな、もう出来たのか」
「……一応」
安楽城は基本速筆だ。しかもそんじょそこらの速筆とは訳が違う。それこそ、週間連載レベルのページ数とクオリティは一日あれば出来上がるのだそうだ。
正直信じがたいことだが、実際、俺が今、目を通そうとしているそれが実際に紙に印刷されるのは大分先のことなになるはずだ。この間渡されたのが確か夏ごろのやつだったはずだし。今、まだゴールデンウィーク前なのに。
俺は差し出されたタブレットを受け取って、
「んじゃ、拝見させてもらいましょう」
「……ん、任せた」
安楽城はそう言って、別のタブレットを取り出して、そちらで絵を描き始める。
本当に不思議な存在だ。俺の目に映る安楽城は何か絵や漫画を描いているか、牛乳を飲んでいるか、パフェをつついているかの概ね三択で、それ以外のことは殆どしない。
漫画を読んだりゲームをしたりということは一切なく、そういったものに対する興味を聞いたこともない。どころか会話……もっと言えば言葉そのものを発する機会がかなり少なく、俺や二見に対しても「しゃべる方」だと担当の編集さんはいう。
そのあまりの意思表示の少なさに彼女が困り果てていたところで、俺が間に入る形になった、というのが、この「編集者ごっこ」が始まった一つの理由だったりもするくらいだ。
それに加えて見た目もまた独特だ。
肩ほどまで伸びている、細く、それでいて綺麗な髪は「切るのがめんどくさい」という理由で伸びていることが多く、たまに二見が家の二階に連れ込んで切ってやっているが、そうでもしない限り、本当に自由勝手に伸びていく。
顔立ちも実に端正な上に中性的なため、服装次第では性別が分かりにくいがれっきとした男性で、着飾ればそれこそホストやモデルでもやっていけそうな気配すらある。
にも拘わらずファッション類に対する興味は皆無で、身に着けるものは基本的に白いワイシャツと黒のスラックスと一貫していて、それ以外のものを身に着けているのを見たことが無い。
それが好きで着ているのか、興味がないけど、取り合えず整って見えるものをと思って揃えたものなのかは俺も知らない。
聞いたら答えてくれそうな気もするが、それをするほど踏み込もうとも思ってないし、恐らく安楽城自身も踏み込まれたいと思っていないだろう。それが俺や二見と、安楽城の関係性。
素性に関しても分からないことの方が多く、分かっているのは本名と連絡先、それにその類まれなる創作センスだけだ。実に無機質な関係性。だけど俺からするとそれくらいの方がちょうどよかった。
やがて俺は「今回の分」を読み終わり、タブレットを差し出して、
「うん。全体的に良いと思う。ただ、気になるところがひとつだけあって。最後の方でネタ晴らしみたいに情報だしてたけど、両親に関する話は以前にやってるから、初出しみたいにすると違和感があるな。んで、それに引っ張られる感じで主人公の反応も変わってるから、そこだけ変えればいけるかな」
「……分かった」
安楽城はそれだけ言うと、差し出されたタブレットを受け取って、いくつか操作すると、手元のタブレット端末用のペンで何かを書き加えたのち、再び俺に対して差し出して、
「……これでどう?」
「どれどれ」
受け取ったタブレットには、先ほど俺が読んでいた漫画の台詞部分に赤で文字が書き足されていた。その内容は俺が指摘した部分を反映したもので、これに沿って絵の方を直せばきっとしっくりくる内容になるであろうことが見て取れた。
なので、俺は再びタブレットを渡し返し、
「おっけー。これに合わせる感じで修正すれば大丈夫だと思う」
「ん、分かった」
実のところ、そこだけを修正すればいい話ではない。
絵に関してもそうだし、その前にあったやりとりも含めて。それ以外にも修正しなければならないところは沢山ある。
ただ、それらの微修正は、今のやりとりで全て「頭に入った」ことになるようで、次に出来上がるものはきちんとした出来になっていることが殆どなのだ。そして、それらの下書きも下書き、棒人間による会話劇状態のものは、これからものの小一時間で作り上げてしまう。それが安楽城帝という作家なのだ。改めてとんでもない話である。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/youth.png?id=ad9871afe441980cc37c)
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/essay.png?id=5ada788558fa89228aea)
男性向け(女声)シチュエーションボイス台本
しましまのしっぽ
恋愛
男性向け(女声)シチュエーションボイス台本です。
関西弁彼女の台本を標準語に変えたものもあります。ご了承ください
ご自由にお使いください。
イラストはノーコピーライトガールさんからお借りしました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる