聖なる愚者は不敵に笑う

蒼風

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Ⅰ.

7.天才は案外細かいことが苦手。

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 確かに、安楽城あらきのセンスは一級品だ。それは間違いない。

 ただ、それ以前の部分に問題がありすぎるのもまた事実だ。張ったはずの伏線を忘れて、全く辻褄の合わない話を作ったり、逆に同じ説明を数話またいで何度もしてみたり。その辺りが実に適当なのだ。

 そのせいもあって、「読み切りではもんすごいんだけど、連載になるととんでもない」という評判があった作家で、とあるきっかけで、喫茶二見に訪れて、俺と出会い、結果として俺が編集者まがいのことをするようになってから上手くいくようになった……なんて経緯もあったりするんだけど、それはまあ、また別の話。

 とにかく、センスこそあるが、それ以外に大分問題があるのは事実で、相手をあっと言わせるプロット作りなんてことに対するアドバイス役としては不適な気がする。と、いうか、そもそもプロットらしいものを書いていたのを見たことがない。仕方がないので、俺がメモって設定資料を作っているくらいだ。

 本当は彼についている編集がやるべきことなのだが、いかんせんあちらはあちらで新人で、そこまで手が回らないらしく、「やってくれると助かる」なんて言われるものだから、なし崩し的に「編集者もどき」の仕事をしているのが実情だ。

一応給料に近いものも出ている(直接ではないが)ので、良しとしているが、いずれ何らかの問題になるんじゃないかという気がはしている。

 まあ、そもそも才能の原石きちんと見極めて、正しく磨いて輝かせられない方が終わってるとは思うんだけど、世の中はそんなことよりもカビの生えた「決まり事」が大事な人種も数多くいるからな。なんともままならない。

 と、まあ、安楽城磨かれた原石の話はさておいて、

「だってあいつ。プロット作ったことないだろ」

「え、そうなの?」

「多分な。俺、あいつからプロットとか、設定資料みたいなの受け取ったことないもん」

「でも、れいくんが駄目だしして、書き直してってやるんでしょ?それはどうやってやりとりしてるの?」

「アイツ、その初稿も漫画の形にして寄越すんだよ」

「ええ……手間じゃないのかな」

「さあな。ただ、俺が読んでる間にアイツがタブレット使って絵描いてるのちらっとみたことあるんだけど、早かったぞ、動きが。んで、迷いがない。多分あれ、殆ど下書きらしい下書きしないで描いてるな」

「そ、そんなこと出来るの?」

「さあ?ただ、一つ言えるのは、あいつに文字のプロットって概念は多分ない、ってことだけだな」

「はぁ~……」

 二見ふたみは感心し、

「私、サイン貰っておこうかな」

「それがいいぞ。ついでに俺のサインもプレゼントしようじゃないか」

「あ、それはいいです」

「何故だ。俺も関わってるんだぞ?」

「だって、零くんのサインだったらいつでも貰えるもん」

「わお、扱い悪ぅい」

「そんなことないよ。書いてもらったらちゃんとメル○リに出すし」

「転売前提!?」

 俺のツッコミを「冗談冗談~」と軽くいなす二見。

 そんな、見慣れたやり取りをしていると、「カランコロン」という音と共に扉が開きお客が店内へと入ってくる。

 二見はすぐさま、

「あっ、いらっしゃいませ~」

 よくもまあ、こんなにすぐスイッチを入れられるなと感心する。

二見は、直前まで俺とどんな会話をしていたとしても、客が店内に入ってくれば「いらっしゃいませ~」と言って出入り口付近まですすすっと寄っていく。それだけではない。店内で呼び鈴が鳴れば「はぁ~い、ただいま~」と言って、これまたささっと対応する。

 喫茶二見はそれなりの面積があり、二階もある。当然ながら二見以外の従業員がおり、彼ら彼女らは、二見がここでアルバイトのようなことをする前からずっと働いているのだ。きっと二見は、ずっとその働きぶりを見てきたのだろう。だからこそ、最近になってから働き始めたはずなのに、これだけ動けるのだ。

 正直凄いと思うし、密かに尊敬している部分でもあるのだが、それを本人に言うと、死ぬほど調子に乗るので言わないことにしている。そういうのは、タイミングがあるのだ。

 と、二見の接客業スピリットについて考えていると、

「零くん、噂をすればほら」

「ん」

 気が付くとそこには二見と、安楽城──漫画家・安楽城みかど先生がいた。先生とは言っているが、歳は俺とそこまで大きくは変わらない(安楽城の方が年上ではあるけど)なので、俺としては「友人」という感覚の方が近い。

 ちなみに本名は佐藤さとう大地だいちという全く珍しくもなさそうなものなのだが、それで呼ぶと当人のテンションが当社比で二割ほど落ちるため、俺はいつも「安楽城」と呼んでいる。

 音だけならそちらの呼び方も「あらき」になり、そこまで目新しさはないと思うのだが、彼の耳を通して脳内に到達するまでに、平凡な「あらき」という音声は、ちょっと珍しい「安楽城」という苗字に変換されるらしい。なんとも都合がいい話だが、人間、得てしてそんなものなのかもしれない。
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