朱に交われば紅くなる2

蒼風

文字の大きさ
上 下
17 / 29
chapter.10

36.静かなる異変。

しおりを挟む
 帰り道。

 あおいが唐突に、

「ねえ、紅音くおん

「ん?」

朱灯あかりちゃん……月見里やまなしさんはさ、なんで先輩たちの方についていったと思う?」

 疑問を投げかけてきた。

 それはさっきまで紅音が考えても分からなかったことだ。

 だから、

「正直に言っていいか?」

「いいよ」

「分からん」

 それを聞いた葵がぽつりと、

「これだからヘタレボッチは」

「聞こえてるぞー」

 葵はそんな苦情もどこ吹く風で、

「紅音はさ、色んなことが見えてるわりに、一番大事なことを見落とすよね、いつも」

「なんだよ、急に」

「なんでも」

 葵は空を見上げる。紅音もつられて視線を移す。すっかりと暗くなった夜空。曇り空ということもあって星はほぼ見えないが、月を見るくらいなら出来る。

 葵は視線を下ろし、

「ま、頑張りな。いざとなったら、葵ちゃんが付いてるから」

「そうか。それは心強いな」

 沈黙。

 そんな間を嫌うかのように、ブブブっとバイブレーションが響く。

「あ、私のだ」

 葵が鞄からスマートフォンを取り出して、少し操作をすると、

「おっと」

「どうしたんだ?」

 鞄へとしまい込み、

「ごめん。ちょっと買い物してかなきゃいけなくなっちゃった」

「買い物?」

「そ。買い物。だから、寄り道してかなきゃ」

 紅音はごく自然な流れで、

「だったら俺も手伝」

「大丈夫だって。私一人で。じゃ、まったねー」

 と、一方的に決定を押し付けて、早足で立ち去る。向かう先は今紅音たちが歩いてきた道。恐らくは駅前のスーパーまで戻るのだろう。

 少し離れたところからぶんぶんと手を振ってくる。紅音が軽く手を振って返すと、それを返事として受け取ったのか、小走りで元来た道を去っていく。

 静寂。

 ある程度時間が遅いとはいえ、都会の夜道だ。物音は絶えない。車の走る音、コンビニのドアが開く音、行き交う人の喋り声、遠くから聞こえる笑い声、民家のテレビがニュースを読み上げる音。様々な音が耳に入ってくる。

 ただ、紅音の周りは、紅音の周りだけは一切の音もなく、それらとは正反対だ。世界から隔絶されたような雰囲気。
 
 その理由は明白だ。

 優姫ひめだ。

 優姫が一言も発していない。なんなら紅音たちの後ろを数歩遅れてついてきていた。先ほどまではそれでも良かったかもしれないが、今は紅音と二人きりだ。仲が悪いわけでもない家族が、別々に、距離を取って歩くことは無かろう。

 そう思った紅音は歩調を落とし、優姫の隣に並ぶ。その様子はやはりどこか変だ。とはいえ、その原因は一切分からない。なにせ、表情が暗い優姫、というのがそもそもかなり珍しい。笑顔が基本。それが優姫のスタイルのはずだ。

 どうしたものか。紅音はずっと考えていた。

 ただ、結局大したことは出来ない。

 と、いう訳で、

「そういえば、さ」

 話しかける。

 大丈夫だ。会話のうちからきっと答えは見えてくるはずだ。原因が紅音であれば時間はかかるかもしれないが、それでもきっと大丈夫だ。謝れば許してくれるはず。

 そんな語り掛けに優姫はややびくっとして、

「な、なに?」

 大丈夫。

 少しづつ糸口を探っていこう。

「最近、二人で話すことって少なかったよな、と思ってさ」

 そう。

 ここ最近、紅音の周りは実にあわただしい。

 いや、むしろ騒がしいと言ってもいいかもしれない。

 もちろん、元から騒がしい面々に囲まれていたと言うことは出来る。ただ、その中に身を投じるような生活はしてこなかった。

 明日香先輩にしても、葉月先輩にしても、付き合いはあくまで浅く。そして、深入りしない。それが紅音のスタイルだった。

 だからこそ、最終的には学生相談室に落ち着くし、学校では冠木と、家では優姫と顔を合せることが多くなっていく。必然の話だ。

 それがどうだろうか。

 今ではこうやって、機会がないと優姫と、二人で話すこともないくらいだ。まあ、以前でもそこには八雲やくもあおいという付属物がついていることも多かったが。

 そんな彼女も、今はいない。

 話を聞くなら今が絶好のチャンスだ。

「なあ、優姫」

「な、なあに?」

「なにか、悩んでるんじゃないのか?」

「…………」

 沈黙。

 まあ、この程度で話してくれるくらいならばそもそも一人で抱え込んだりはしないはずである。

 自慢ではないが、紅音はそこそこ妹から相談を持ち掛けられていると思うし、それこそ兄としてその相談を解決もしてきたつもりだ。

 ただ、それはあくまで「優姫が、紅音に話せば解決する」と判断したものに限る。
それこそ女性特有の話は、紅音ではなく葵にするようにしている節があるし、そうでなくとも紅音に相談をしてくれない場合はまま、あるものだ。

 だからこそ、無理やりに話を聞こうとは思わないし、それによって優姫の悩みが解決に至ると思っていない。彼女には彼女なりの考えがあるし、相談しないことにも理由があるし、尊重されてしかるべきだと思っている。

 ただ、それと、兄としての「助けになってあげたい」という感情は全くの別物だ。

 なので、

「大丈夫だよ。別に負けたからってどうにかなるわけじゃないしな」

 アプローチを変える。

「そりゃあまあ、俺に勝ったら陽菜は思いっきり煽ってくるとは思うよ。でも、それだって一瞬だ。中間テストになれば、また勝負する機会はやってくる。なんだったらもう一回野球で勝負を挑んだっていい」

 紅音はとうとうと、陽菜との勝負について語る。もちろん、優姫の懸案事項はそんなところにはない可能性が極めて高い。

だから、あえて語る。

語りつくす。

分かっている風を醸し出す。そうすればきっと優姫は痺れを切らして、自分から話してくれるはずだ。そう思い、

「まあ、別に挑まなくても良いんだけどな。そもそも経験者が俺みたいな素人に勝負を挑んで勝ち誇ること自体が大分おかしいからな。傍から冷静に見たらカッコ悪いぞ。だから、うん。そんな勝ち誇り方をしてても俺は別に、」

 その時だった。

 ほぼ、同時だったと思う。

「あの……っ!」

「紅音……?」

 聞きなれた声と、忘れかけていた声が、ほぼ同時に耳に届く。

 そして、それと同時に、視界に“ありえない人物”が映る。

「…………なんで、ここにいるんだ」

 紅音の視線はただ一点を見つめている。

 二人の変えるべき場所。実家。我が家。マイホーム。

 その前に、本来ならばここにいるべきで、絶対にいてはならない人間が立っている。

 西園寺いろは

 紅音と優姫の、母親である。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

俯く俺たちに告ぐ

青春
【第13回ドリーム小説大賞優秀賞受賞しました。有難う御座います!】 仕事に悩む翔には、唯一頼りにしている八代先輩がいた。 ある朝聞いたのは八代先輩の訃報。しかし、葬式の帰り、自分の部屋には八代先輩(幽霊)が! 幽霊になっても頼もしい先輩とともに、仕事を次々に突っ走り前を向くまでの青春社会人ストーリー。

俺たちの共同学園生活

雪風 セツナ
青春
初めて執筆した作品ですので至らない点が多々あると思いますがよろしくお願いします。 2XXX年、日本では婚姻率の低下による出生率の低下が問題視されていた。そこで政府は、大人による婚姻をしなくなっていく風潮から若者の意識を改革しようとした。そこて、日本本島から離れたところに東京都所有の人工島を作り上げ高校生たちに対して特別な制度を用いた高校生活をおくらせることにした。 しかしその高校は一般的な高校のルールに当てはまることなく数々の難題を生徒たちに仕向けてくる。時には友人と協力し、時には敵対して競い合う。 そんな高校に入学することにした新庄 蒼雪。 蒼雪、相棒・友人は待ち受ける多くの試験を乗り越え、無事に学園生活を送ることができるのか!?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

切り札の男

古野ジョン
青春
野球への未練から、毎日のようにバッティングセンターに通う高校一年生の久保雄大。 ある日、野球部のマネージャーだという滝川まなに野球部に入るよう頼まれる。 理由を聞くと、「三年の兄をプロ野球選手にするため、少しでも大会で勝ち上がりたい」のだという。 そんな簡単にプロ野球に入れるわけがない。そう思った久保は、つい彼女と口論してしまう。 その結果、「兄の球を打ってみろ」とけしかけられてしまった。 彼はその挑発に乗ってしまうが…… 小説家になろう・カクヨム・ハーメルンにも掲載しています。

「南風の頃に」~ノダケンとその仲間達~

kitamitio
青春
合格するはずのなかった札幌の超難関高に入学してしまった野球少年の野田賢治は、野球部員たちの執拗な勧誘を逃れ陸上部に入部する。北海道の海沿いの田舎町で育った彼は仲間たちの優秀さに引け目を感じる生活を送っていたが、長年続けて来た野球との違いに戸惑いながらも陸上競技にのめりこんでいく。「自主自律」を校訓とする私服の学校に敢えて詰襟の学生服を着ていくことで自分自身の存在を主張しようとしていた野田賢治。それでも新しい仲間が広がっていく中で少しずつ変わっていくものがあった。そして、隠していた野田賢治自身の過去について少しずつ知らされていく……。

GIVEN〜与えられた者〜

菅田刈乃
青春
囲碁棋士になった女の子が『どこでもドア』を作るまでの話。

令和の中学生がファミコンやってみた

矢木羽研
青春
令和5年度の新中学生男子が、ファミコン好きの同級生女子と中古屋で遭遇。レトロゲーム×(ボーイミーツガール + 友情 + 家族愛) 。懐かしくも新鮮なゲーム体験をあなたに。ファミコン世代もそうでない世代も楽しめる、みずみずしく優しい青春物語です!  第一部・完! 今後の展開にご期待ください。カクヨムにも同時掲載。

処理中です...