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Ⅷ.すれ違い、行き違い
26.後ろめたさに気が付かない。
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天城と別れた後、二木が『私の嘘、あなたの音』を誰に、どのような口上で勧めたのかということも、それを受け取った「二木の友人」が、どういう反応を示したのかも、その作品を読んだのか読まなかったのかも、もし読んだのだとしたならばどんな評価を下したのかも、全ては闇の中である。
天城が、そこにどのような過程があったのかを知るためには「二木の友人」全てに聞き取り調査をする必要があるし、そのためにはまず二木が誰に勧めたのかを知る必要がある。
しかし、あれ以降天城は、二木とは連絡を取っていない。一応名刺を貰っている訳だから全くの音信不通という訳では無いし、忙しい身ではあるはずなのだが、天城から連絡を取ればすぐに返事がきそうな予感もなんとなくあった。
ただ、実際には連絡を取っていないわけであり、当然事の経緯も知る由が無いわけなのだが、その結果だけはしっかりと届いていた。
「25ポイント……!」
そう。
二木との会談と雑談を足して二で割ったような出会いから数日後。久遠寺の書いた『私の嘘、あなたの音』に、いきなり複数の評価ポイントが入ったのである。
タイミングが近かったため、個々のポイント数は分からなかったが、その平均は割り出すことが出来た。増えたポイント数は13。評価者の数は3人。ということはその平均点は実に4点を超えているということになり、どうやら「二木の友人」たちは、鷹瀬の作品よりも、久遠寺の作品をより高く評価したらしかった。
そんな高評価を受けた久遠寺はと言えばなんとも挙動不審だった。本人はそのつもりは無いのだろうが、部室にいる間、数十分に一回はスマートフォンを取り出し、何らかの操作をしては、しまいこむという事をしていた。別に天城はその画面を見た訳では無いのだが、確信を持って言える。間違いなく自分の作品ページを眺めていたに違いないと。余りに何度も眺めているようなので、一度冷やかしてみたのだが、
「そりゃ、見るだろ。むしろ何でそんな冷静なんだ」
と、疑いと不思議が混ざった視線をぶつけられてしまったので、適当に流しておいた。別に久遠寺に他意はなかっただろうし、まさか評価ポイントが増えた理由が、鷹瀬のグレーな行いに対してバランスを図った為だとは思ってもいなかったのだろうとは思うのだが、核心をつかれたような気がしてひやりとした。
そんな一幕も過去になり、季節は秋から冬へと移り変わろうとしていた。
学校の部室、というのは扱いが難しい。
通常、授業などを行う教室なんかは、勉強に差支えがあってはいけないということで、冷暖房が完備されているところが多い。それはつまり授業は勉強であり、勉強は学生の本文であって、その助けとなる設備は揃えるべきであるという大義名分があるからに他ならない。
ところが、これが部活動となると、その立ち位置は微妙になる。
その活動内容は部活動によって様々であるし、ものによっては授業内で行われている「勉強」の延長線上にあるような活動をするところもあれば、全く関係のない、どちらかといえば「趣味」に近い活動をするところもある。
予算が潤沢な学校であれば、そんな事は考えずに一括で冷暖房を完備した最新の部室棟をぶったてて終わりなのだろうが、残念ながら天城たちの高校はそこまで潤沢な資金力を有していない。部室に冷暖房が完備されているかどうかがまちまちなのは、そういう事情もあっての事らしい。どうやら、毎年行われている部活動の予算会議を始めとするいくつかの話し合いの際、申請を出し、活動内容がそれにふさわしいとなれば、予算が落ちる、というシステムになっているらしかった。
と、なれば、当然活動内容も不明瞭な、ほぼほぼ星生の私物と化していた「現代文化研究部」なる得体のしれない部活動の部室には、冷暖房設備など、本来ならついているはずが無いのだが、
「不思議だ……」
「?」
天城の心からの呟きに、星生が首を傾げる。正直、天城の方が傾げたいくらいである。
結論から言えば、現代文化研究部室は冷暖房が完備されていた。それも、他の部室にあるものと比べても全く見劣りをしないどころか、完全にこちらの方が新しい型であるということが殆どだった。あまりその情報を外に漏らしすぎると、どこからか不満が飛んできそうな気がしたので、天城は柳に協力してもらい、他部室の冷暖房設備事情をひっそり、そしてざっくりと調べてみた。
その結果、現代文化研究部室よりも良い設備が付いているのは、古い本を大量保管しているため、どうしても空調設備が欠かせないという理由を抱える文芸部と、やはり古い資料を多く抱えている歴史研究部の二つのみだった。後は大体が型落ちのエアコンで、中には音がうるさいので余り使いたくないと不評の扇風機と、何代か前のOBが寄付したという一体いつのものなのかも見当が付かない石油ストーブの二つで寒暖をしのいでいるという部活動も存在した。
そんなわけで、一体誰がどんな魔法を使ったのかは分からないが、現代文化研究部は冬でも過ごしやすい快適な空間となっていた。
そして、その影響か、いつの間にか、天城も久遠寺も、用事があろうが無かろうがこの部室で時を過ごすようになっていた。特に久遠寺は、お湯を入れるポットを持ち込み、インスタントのコーヒーを入れては飲んでいた。なお、それを飲みながらやっていることと言えば大抵は宿題か、問題集だった。部活動はどこへいったのだろう。
そんな久遠寺も今日はいない。別に勝負が終わった訳では無いのだが、あれから久遠寺も鷹瀬もポイントが伸び悩んでおり、その上一気にポイントが入った事で逆転した久遠寺の優勢は変わらないものだから、いちいち集まって確認するまでもないだろうという共通認識が出来つつあったことや、そもそも久遠寺が――より正確に言うならば久遠寺の家族が――あまり部室に入り浸ることをよしとしなかったということもあり、最近は天城と星生だけという光景もたまに見るようになっていた。
そんな、何でもない冬の日、天城は妙なものを発見する。
「ん……?」
きっかけは本当に偶然だった。
伊織理からのメッセージに返事をした際、ふと思いついたのだ。
二木は言っていた。自分もNovel stageにアカウントを持っていると。
そして、久遠寺や鷹瀬の書いた作品を読んだとも言っていた。
さらに、その増え方を見る限り、恐らく両方の作品に評価ポイントを入れたはずである。
であるのならば、両方を評価している人間が二木や、その友人なのではないか。そんな事に思い至ったのだ。別にそれが分かったから何が出来る訳でもない。しかし、有能とされる編集者やその友人が、他にどんな作品を評価しているのかが少し気になったのだ。
という訳で、天城は二つの作品ページを同時に開いて、評価者の名前を比較してたのだが、
「なんだこれ?」
思わず疑問の声を漏らす。星生が絵を描いていた手を止めて、
「どうした?」
「ああ、いや、大したことじゃないんだが」
そう。
大したことではない。
鷹瀬の作品を評価したアカウントの一つを何となくチェックしたのだが、なんとも妙だった。事実だけを取り出せばたったそれだけのことだ。
フォローしているアカウントはひとつ。これは鷹瀬のものだった。そして、ブックマークしている作品もまたひとつ。これも『memories』――つまり鷹瀬の作品だった。ここまではまだ分かる。問題はその登録した日付である。Novel stageはアカウントを作成した時期が年月日まで表示され、自分のものだけではなく、他人のものまで確認することが出来るシステムになっている。正直なところ天城はそんなシステムのことはついさっきまで忘れていたし、気にすることもないと思っていたのだが、
(11月月30日……か)
補足をしておけば、天城が二木と会ったのがそれよりも少し前である。そして、現在は12月も一週間が経過し、そろそろ期末試験が気になってくるような時期であり、11月30日とはその間にあたる。
それだけでは何の意味も持たないが、そのアカウントが「鷹瀬だけをフォロー」し、「『memories』だけをブックマーク」し、さらには「『memories』だけに評価ポイントを入れている」となれば、話は変わってくる。
全ては勝手な憶測であるし、容疑者の言い分も聞いていなければ、証拠もない。疑ってかかるには余りにも理由が足りなすぎるが、それでも天城には、ばらばらになった点が、一つの結論を示しているような気がしてならなかった。すなわち、
「鷹瀬ってさ、あれから何か言ってきたか?」
星生は首を横に振り、
「なんにも。それがどうした?」
「いや……」
迷った。
一応、評価ポイントの総数ではいまだに久遠寺が一歩リードしているのであり、このままにしておいてもそんなに大きな問題にはならないのではないかという思いは確かにあった。
一方で、作品の出来に関して優劣をはっきりされるという目的で始められたこの勝負に、これ以上の場外乱闘を持ち込みたくないという思いがあったことも否定は出来ない。
そして、天城はついに、その奥底に潜み続けていた、久遠寺に隠れて立ち回ることへの不安や罪悪感と言ったほの暗い感情についぞ気が付けなかった。
天城は様々な迷いを振り切るように、
「大したことじゃないんだけど、『memories』のページを見てもらっていいか?」
星生はこくりと頷き、指示に従う。
「んで、えーっと……Red0302ってアカウントを開いてくれるか」
星生は坦々とタブレット端末を操作し、
「……なるほど」
概ねの言いたいことを理解し、
「つまり征路は、このアカウントが何らかの不正にかかわっているんじゃないかと、そう言いたいわけだな?」
つまりはそういうことだ。
全ての点を違和感なく結んでいけば、この「Red0302」というアカウントは間違いなく鷹瀬の『memories』に評価ポイントを投じるためだけに作られたのではないかという疑念が浮上する。当然そこには何の証拠も無いが、流石にフォローもブックマークも鷹瀬だけとなれば疑うのは当然だろう。そんな天城の指摘を星生は、
「不正……というのはちょっと違うかもしれない」
一部否定した。
「この『Novelstage』は一応、複垢を禁止している」
「あ、そうなの?」
「そうだ。だから、もし、コンテストの最終選考に通りそうだとなれば、そのことは当然調べられる。もちろん、そんなに厳密には調べないが、あからさまなものはその分だけ評価は下げられるし、それによって他の作品が最終選考に残ることは十分考えられる。そして、そのことを紫乃が知らないはずはない」
「……だから、不正ではないってことか?」
ところが星生は首を横に振り、
「不正ではない、と言いきれるかどうかは分からない」
「何でだ?」
「征路は知っていると思うが、紫乃にはファンクラブのようなものが存在する」
「ああ」
思い出す。
その話は前にも少し話題になったはずだ。
「でも、鷹瀬はそのファンクラブの面々には作品を見せないだろうって話じゃなかったっけか?」
「自分もそう思っていたし、本人もそう言ってた。けど、今もそれが保たれているかは分からない」
「分からないって……」
星生は簡単にいうが、事態はそう単純ではない。
なにせあの鷹瀬である。プライドが高く、負けを認めたがらない彼女が、最初の宣言を反故にしたうえで、ひっそりとファンクラブの面々にアカウントを作らせ、サクラをやらせていたとしても全く不思議はない。そうなってくれば当然久遠寺は数の上で大きな不利となる。かといって、それを知る手段があるかといえば、
「Red0302……」
アカウント名に視線が行く。Redだけではなんのことか見当がつかないが、後ろの数字と組み合わせればおのずと結論は見えてくる。要は「赤」とか「紅」という漢字を名前に持つ、3月2日生まれの人間だ、ということだ。むろん、その情報だけではこの人物が何者であるのかは特定できるはずもないし、向こうもそう高を括ったうえでこの名前にした可能性は高い。
しかし、それは情報が「このアカウント名」しか存在しない場合である。
もし仮に、鷹瀬がなりふり構わなくなったのならば。
もし仮に、ファンクラブの中に条件と合致する人物が一人しかいなかったのならば。
「星生」
「なんだろうか?」
「もしかしたらこれ、誰のアカウントか分かるかもしれん」
たどり着くことは出来る。そう考えた。
天城が、そこにどのような過程があったのかを知るためには「二木の友人」全てに聞き取り調査をする必要があるし、そのためにはまず二木が誰に勧めたのかを知る必要がある。
しかし、あれ以降天城は、二木とは連絡を取っていない。一応名刺を貰っている訳だから全くの音信不通という訳では無いし、忙しい身ではあるはずなのだが、天城から連絡を取ればすぐに返事がきそうな予感もなんとなくあった。
ただ、実際には連絡を取っていないわけであり、当然事の経緯も知る由が無いわけなのだが、その結果だけはしっかりと届いていた。
「25ポイント……!」
そう。
二木との会談と雑談を足して二で割ったような出会いから数日後。久遠寺の書いた『私の嘘、あなたの音』に、いきなり複数の評価ポイントが入ったのである。
タイミングが近かったため、個々のポイント数は分からなかったが、その平均は割り出すことが出来た。増えたポイント数は13。評価者の数は3人。ということはその平均点は実に4点を超えているということになり、どうやら「二木の友人」たちは、鷹瀬の作品よりも、久遠寺の作品をより高く評価したらしかった。
そんな高評価を受けた久遠寺はと言えばなんとも挙動不審だった。本人はそのつもりは無いのだろうが、部室にいる間、数十分に一回はスマートフォンを取り出し、何らかの操作をしては、しまいこむという事をしていた。別に天城はその画面を見た訳では無いのだが、確信を持って言える。間違いなく自分の作品ページを眺めていたに違いないと。余りに何度も眺めているようなので、一度冷やかしてみたのだが、
「そりゃ、見るだろ。むしろ何でそんな冷静なんだ」
と、疑いと不思議が混ざった視線をぶつけられてしまったので、適当に流しておいた。別に久遠寺に他意はなかっただろうし、まさか評価ポイントが増えた理由が、鷹瀬のグレーな行いに対してバランスを図った為だとは思ってもいなかったのだろうとは思うのだが、核心をつかれたような気がしてひやりとした。
そんな一幕も過去になり、季節は秋から冬へと移り変わろうとしていた。
学校の部室、というのは扱いが難しい。
通常、授業などを行う教室なんかは、勉強に差支えがあってはいけないということで、冷暖房が完備されているところが多い。それはつまり授業は勉強であり、勉強は学生の本文であって、その助けとなる設備は揃えるべきであるという大義名分があるからに他ならない。
ところが、これが部活動となると、その立ち位置は微妙になる。
その活動内容は部活動によって様々であるし、ものによっては授業内で行われている「勉強」の延長線上にあるような活動をするところもあれば、全く関係のない、どちらかといえば「趣味」に近い活動をするところもある。
予算が潤沢な学校であれば、そんな事は考えずに一括で冷暖房を完備した最新の部室棟をぶったてて終わりなのだろうが、残念ながら天城たちの高校はそこまで潤沢な資金力を有していない。部室に冷暖房が完備されているかどうかがまちまちなのは、そういう事情もあっての事らしい。どうやら、毎年行われている部活動の予算会議を始めとするいくつかの話し合いの際、申請を出し、活動内容がそれにふさわしいとなれば、予算が落ちる、というシステムになっているらしかった。
と、なれば、当然活動内容も不明瞭な、ほぼほぼ星生の私物と化していた「現代文化研究部」なる得体のしれない部活動の部室には、冷暖房設備など、本来ならついているはずが無いのだが、
「不思議だ……」
「?」
天城の心からの呟きに、星生が首を傾げる。正直、天城の方が傾げたいくらいである。
結論から言えば、現代文化研究部室は冷暖房が完備されていた。それも、他の部室にあるものと比べても全く見劣りをしないどころか、完全にこちらの方が新しい型であるということが殆どだった。あまりその情報を外に漏らしすぎると、どこからか不満が飛んできそうな気がしたので、天城は柳に協力してもらい、他部室の冷暖房設備事情をひっそり、そしてざっくりと調べてみた。
その結果、現代文化研究部室よりも良い設備が付いているのは、古い本を大量保管しているため、どうしても空調設備が欠かせないという理由を抱える文芸部と、やはり古い資料を多く抱えている歴史研究部の二つのみだった。後は大体が型落ちのエアコンで、中には音がうるさいので余り使いたくないと不評の扇風機と、何代か前のOBが寄付したという一体いつのものなのかも見当が付かない石油ストーブの二つで寒暖をしのいでいるという部活動も存在した。
そんなわけで、一体誰がどんな魔法を使ったのかは分からないが、現代文化研究部は冬でも過ごしやすい快適な空間となっていた。
そして、その影響か、いつの間にか、天城も久遠寺も、用事があろうが無かろうがこの部室で時を過ごすようになっていた。特に久遠寺は、お湯を入れるポットを持ち込み、インスタントのコーヒーを入れては飲んでいた。なお、それを飲みながらやっていることと言えば大抵は宿題か、問題集だった。部活動はどこへいったのだろう。
そんな久遠寺も今日はいない。別に勝負が終わった訳では無いのだが、あれから久遠寺も鷹瀬もポイントが伸び悩んでおり、その上一気にポイントが入った事で逆転した久遠寺の優勢は変わらないものだから、いちいち集まって確認するまでもないだろうという共通認識が出来つつあったことや、そもそも久遠寺が――より正確に言うならば久遠寺の家族が――あまり部室に入り浸ることをよしとしなかったということもあり、最近は天城と星生だけという光景もたまに見るようになっていた。
そんな、何でもない冬の日、天城は妙なものを発見する。
「ん……?」
きっかけは本当に偶然だった。
伊織理からのメッセージに返事をした際、ふと思いついたのだ。
二木は言っていた。自分もNovel stageにアカウントを持っていると。
そして、久遠寺や鷹瀬の書いた作品を読んだとも言っていた。
さらに、その増え方を見る限り、恐らく両方の作品に評価ポイントを入れたはずである。
であるのならば、両方を評価している人間が二木や、その友人なのではないか。そんな事に思い至ったのだ。別にそれが分かったから何が出来る訳でもない。しかし、有能とされる編集者やその友人が、他にどんな作品を評価しているのかが少し気になったのだ。
という訳で、天城は二つの作品ページを同時に開いて、評価者の名前を比較してたのだが、
「なんだこれ?」
思わず疑問の声を漏らす。星生が絵を描いていた手を止めて、
「どうした?」
「ああ、いや、大したことじゃないんだが」
そう。
大したことではない。
鷹瀬の作品を評価したアカウントの一つを何となくチェックしたのだが、なんとも妙だった。事実だけを取り出せばたったそれだけのことだ。
フォローしているアカウントはひとつ。これは鷹瀬のものだった。そして、ブックマークしている作品もまたひとつ。これも『memories』――つまり鷹瀬の作品だった。ここまではまだ分かる。問題はその登録した日付である。Novel stageはアカウントを作成した時期が年月日まで表示され、自分のものだけではなく、他人のものまで確認することが出来るシステムになっている。正直なところ天城はそんなシステムのことはついさっきまで忘れていたし、気にすることもないと思っていたのだが、
(11月月30日……か)
補足をしておけば、天城が二木と会ったのがそれよりも少し前である。そして、現在は12月も一週間が経過し、そろそろ期末試験が気になってくるような時期であり、11月30日とはその間にあたる。
それだけでは何の意味も持たないが、そのアカウントが「鷹瀬だけをフォロー」し、「『memories』だけをブックマーク」し、さらには「『memories』だけに評価ポイントを入れている」となれば、話は変わってくる。
全ては勝手な憶測であるし、容疑者の言い分も聞いていなければ、証拠もない。疑ってかかるには余りにも理由が足りなすぎるが、それでも天城には、ばらばらになった点が、一つの結論を示しているような気がしてならなかった。すなわち、
「鷹瀬ってさ、あれから何か言ってきたか?」
星生は首を横に振り、
「なんにも。それがどうした?」
「いや……」
迷った。
一応、評価ポイントの総数ではいまだに久遠寺が一歩リードしているのであり、このままにしておいてもそんなに大きな問題にはならないのではないかという思いは確かにあった。
一方で、作品の出来に関して優劣をはっきりされるという目的で始められたこの勝負に、これ以上の場外乱闘を持ち込みたくないという思いがあったことも否定は出来ない。
そして、天城はついに、その奥底に潜み続けていた、久遠寺に隠れて立ち回ることへの不安や罪悪感と言ったほの暗い感情についぞ気が付けなかった。
天城は様々な迷いを振り切るように、
「大したことじゃないんだけど、『memories』のページを見てもらっていいか?」
星生はこくりと頷き、指示に従う。
「んで、えーっと……Red0302ってアカウントを開いてくれるか」
星生は坦々とタブレット端末を操作し、
「……なるほど」
概ねの言いたいことを理解し、
「つまり征路は、このアカウントが何らかの不正にかかわっているんじゃないかと、そう言いたいわけだな?」
つまりはそういうことだ。
全ての点を違和感なく結んでいけば、この「Red0302」というアカウントは間違いなく鷹瀬の『memories』に評価ポイントを投じるためだけに作られたのではないかという疑念が浮上する。当然そこには何の証拠も無いが、流石にフォローもブックマークも鷹瀬だけとなれば疑うのは当然だろう。そんな天城の指摘を星生は、
「不正……というのはちょっと違うかもしれない」
一部否定した。
「この『Novelstage』は一応、複垢を禁止している」
「あ、そうなの?」
「そうだ。だから、もし、コンテストの最終選考に通りそうだとなれば、そのことは当然調べられる。もちろん、そんなに厳密には調べないが、あからさまなものはその分だけ評価は下げられるし、それによって他の作品が最終選考に残ることは十分考えられる。そして、そのことを紫乃が知らないはずはない」
「……だから、不正ではないってことか?」
ところが星生は首を横に振り、
「不正ではない、と言いきれるかどうかは分からない」
「何でだ?」
「征路は知っていると思うが、紫乃にはファンクラブのようなものが存在する」
「ああ」
思い出す。
その話は前にも少し話題になったはずだ。
「でも、鷹瀬はそのファンクラブの面々には作品を見せないだろうって話じゃなかったっけか?」
「自分もそう思っていたし、本人もそう言ってた。けど、今もそれが保たれているかは分からない」
「分からないって……」
星生は簡単にいうが、事態はそう単純ではない。
なにせあの鷹瀬である。プライドが高く、負けを認めたがらない彼女が、最初の宣言を反故にしたうえで、ひっそりとファンクラブの面々にアカウントを作らせ、サクラをやらせていたとしても全く不思議はない。そうなってくれば当然久遠寺は数の上で大きな不利となる。かといって、それを知る手段があるかといえば、
「Red0302……」
アカウント名に視線が行く。Redだけではなんのことか見当がつかないが、後ろの数字と組み合わせればおのずと結論は見えてくる。要は「赤」とか「紅」という漢字を名前に持つ、3月2日生まれの人間だ、ということだ。むろん、その情報だけではこの人物が何者であるのかは特定できるはずもないし、向こうもそう高を括ったうえでこの名前にした可能性は高い。
しかし、それは情報が「このアカウント名」しか存在しない場合である。
もし仮に、鷹瀬がなりふり構わなくなったのならば。
もし仮に、ファンクラブの中に条件と合致する人物が一人しかいなかったのならば。
「星生」
「なんだろうか?」
「もしかしたらこれ、誰のアカウントか分かるかもしれん」
たどり着くことは出来る。そう考えた。
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