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海の都 ラグーノニア

聖女の仕事は暑苦しいです

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「そもそも魔力を高めるだけじゃ駄目なのよ聖女は。」

 気を取り直して、アクアローラが手ずから入れた新しい紅茶を飲みながら、聖女の力についてのレクチャーを受ける。

「王国に蔓延はびこる瘴気、これは生きるものから生み出される負の感情の積み重ねよ。人が増え、生命活動が盛んになっていくにつれて溢れてしまうのは仕方のない、避けられない事実。少量なら自然のエネルギーだけで浄化できるけど、1つの王国が出来るくらい……人口が増えてしまったことでそれが出来なくなったのよね。」

 ここでアクアローラは、一息ついて紅茶を味わう。髭の間からチラリと見える、綺麗なピンク色の唇が艶々していて妙に艶めかしい。いらんやろ、おっさんに赤ちゃんみたいなぷるぷるリップ。

「争いをやめ、1つになろうと愛し子たちが手を取り合っている姿を見て感動したママは、瘴気によって愛し子たちが苦しむことのないように、高濃度の自然エネルギーによる瘴気の浄化を考えたわ。それがいわゆる至宝と呼ばれるもの。」

「至宝は魔力の結晶体ではないのか!? 」

 ユキちゃんが椅子をひっくり返さんばかりの勢いで立ち上がるから、隣に座っていたニッキーが慌てて取り押さえる。

「落ち着きなさいウリボーイ。個人的質問は後よ。魔力と自然の力は似ていて非なるもの。勘違いするのも無理ないけどね。」

 人差し指をピンッと立てながら、アクアローラがユキちゃんに“めっ!!”をする。なんだその、いいお姉さん感。腹立つわ。

「話を戻すわね……風土も土地柄も異なる、元は別々の部族だった7つの都市に、それぞれ至宝を置くことで、上手くいっているように見えたわ。でもママは詰めが甘いの。至宝の浄化機能が50年で寿命を迎えたのよね。そこでまた、ママが考えたのが異世界からの聖女によるメンテナンス。」

「メンテナンス……」

 召喚のときにエルカラーレが言っていた言葉だ。

「そう、浄化機能をもう一度復活させるメンテナンス。それが、ジクボーイが知りたがっていた聖女の儀式の真相ね。」

「それは一体……どうやって!? 」

 ジークが真剣な顔で問いかける。その顔はとても必死そうに鬼気迫っていて……国のピンチをどうにかしたいって気持ちがヒシヒシと伝わってきた。

(脳内妄想すみませんでしたぁぁぁっ!! )

 いや、本当に申し訳ない。しばらくジークの顔を直視できません。

「魔力とは、内なる力。個人が体内に持つ魔力をいかに効率よく引き出して運用するか……元々の魔力量とセンスの問題ね。」

 センス――その言葉が不器用さんにはグサッと刺さる。

「それに対して自然のエネルギーとは目に見えない、外部の力。この世界の愛し子たちには感じることは出来ないけれど、異世界からそれを感じる力がある子をママが呼ぶの。異世界からの愛し子、聖女ちゃんたちは自分の魔力と自然の力を錬成して別の強大な力を生み出す。そうね――わかりやすく聖力とでも名付けるかしら。」

「聖力……」

 初耳ですけどぉっ!? それ絶対、転生時に教えておくべきことだったよね!? 新たな魔法の存在に目をキラキラ輝かせ、身を乗り出さんばかりの勢いのユキちゃんを、ニッキーが抑え込んでいるのが見えた。頑張れ、話を遮らすな!!

「ごめんなさいねぇ。うちのママおっちょこちょいで……その様子だとやっぱり知らなかったみたいね。ウィンデレーナ、風の都にいるキョウダイが、“聖女、聖力のこと知らなさそうよ~?”って言っていて、まさかとは思っていたんだけど……」

 おっちょこちょいが世界滅亡レベル!! オカマのてへぺろが脳内でリアルに再現された。

「異世界から呼ばれる聖女たちも多かれ少なかれ、魔力を持ってこの世界にやってくるわ。でも彼女たちはただ魔力を使うだけじゃない。自らの魔力と自然の力を練り合わせた聖力を使って、至宝をメンテナンスしているのよ。」

「なるほど……」

 少し話が難しくなってきたので、理解したような顔つきで適当に相槌を打つ。

「瘴気=魔力を取り込みすぎた至宝に、魔力と自然の力を錬成した聖力を通すことで、至宝内の崩れてしまった自然エネルギーと魔力のバランスを調整し……」

「待ってください、魔力で飽和状態の、至宝に聖力を通すことでなぜバランスが保たれる。聖力とは魔力と自然の力が1つになったものなのでしょう? 中の魔力を抜き取るのではなく更に加えてしまってどうするのですか。」

 ジークがアクアローラに質問する。胸毛人魚が言ってることもチンプンカンプンだけど、ジークが言っていることもイミフだ。とりあえず、私にはわかりますよって顔しておとなしく座っておこう。

「至宝自身を聖女が浄化するってよりは、至宝に浄化の方法を思い出させるって表現の方が正しいかしらね。魔力に傾いてしまった至宝に正しいバランスの聖力を通すことで……」

「あの――すみませんが、肝心のミコトがわかるように説明してあげてくれませんか。」

 ずっと黙っていたアルが、ここでとんでもない主張をした。

「な、なんで俺が理解できてないってわかるんだよ!! 」

「……わかりやすすぎんだよ。てめぇは。」

 あきれたような、でも何故か優しい目でこっちを見るアルに、一気に顔が赤くなる。けど、これは図星を言い当てられた恥ずかしさからの火照りだからセーフだセーフ!!

「あら、ごめんなさいね~フフフ♪ 」

 ニヤニヤしてんじゃねぇよ胸毛人魚!!

「う~ん……なんていうのかしらね。簡単に言えば、至宝に浄化の限界を超えさせるってかんじかしら? 」

 限界を超えさせる……!? つまりこういうことですか? もう無理~ってなっている至宝に

 ――頑張れ! お前ならやれる! 昨日より輝け! 本気を出せばあと50年くらい余裕だろう!! 自分を信じろぉぉぉぉっ!!!

(歴代聖女は松岡〇造――っ!? )

 なんてこったい。呼び出す神がそもそもへんてこりんなこの異世界転生は、聖女に求められる役割も想像の斜め上でした。

「わかったみたいでよかったわ。ミコガーr……いえ、ミコボーイ♪ 」

 エレガンスに微笑みながら胸毛人魚は、なぜこれでわかる!? と驚愕な目をした王子と鼻息荒く胸毛に飛び込みそうな勢いのウリ坊、抑え込む苦労人、エスパーライオン、死んだ目聖女に再び、新しい紅茶を注ぐのであった。
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