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海の都 ラグーノニア

オカマと王子と薔薇と――

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「あぁ~美味しい! やっぱりみんなで一緒に囲むお茶は最高ね。準備して待っていた甲斐があったわ。」

「ハハハッ……そうですね。お招きいただきありがとうございます。」

 優雅な手つきで、上機嫌に女神アクアローラが紅茶を堪能している横で、ミコトも目の前のカップに口づける。たくましい二の腕に抱えられたハルちゃん号は、あれよあれよと海底都市まで連行され、ムキムキ筋肉人魚主催の深海ティーパーティーが始まった。

 ダンジョンの古代神殿と似ている雰囲気の石造りの都市。その一角の広場のような場所で、ドキッ! 男だらけの? お茶会が開催されている。女神の魔法なのかそもそもそういう場所なのか……ドーム状のキラキラ輝くバリアで覆われた海底都市は、海の中なのに空気があって、普通の陸のように過ごすことが出来る。

 渦に巻き込まれた時は夜だったのに、この場所は海上からの太陽の光が射しこみ、青く光って幻想的だ。海面の揺れに反射して、万華鏡のようにテーブルの上のお茶菓子を照らす光に見惚れていると、ふと辺りが暗くなった。上を見上げると、ドームの上を巨大なサメが光をさえぎって通り過ぎていくところで――再び乾いた笑いをしてしまった。

 闘技大会に出たらぶっちぎりで優勝しそうな筋肉をお持ちの方なのに、胸毛と貝殻に覆われた、彼?彼女?の胸の中に宿る乙女心のおかげか、テーブルの上に並んだお菓子はどれもファンシーでかわいい。主催者のインパクトで……手放しで楽しむことが出来ないのが悔やまれる。

(ユキちゃん、顔青すぎ!! ニッキーも引きつった愛想笑いやめなさい!! )

 若い子たちは未だに衝撃から立ち直れていないが、その点ジークとアルは見事なものだ。表情一つ変えずに優雅にお茶を嗜み……が出来ているのはジークだけだな。アルのポーカーフェイスに騙されたが、先ほどから微動だにしない。ギンッ! と鋭い目を女神から逸らさずに、口をうっすら開けた状態でフリーズしている。そのアルの様子に、違和感を、既視感を覚える。確か前の世界で――まさかっ!?

(フレーメン反応……っ!?)

 動画サイトでかわいすぎて何度も再生してしまった、ネコちゃんとアルが重なって見える! 臭くない、女神臭くないよ! むしろ爽やかでいいにおいがするよ!! フレーメン反応は臭いものに反応しているんじゃなくて、未知のものと遭遇した時に安全かどうか判断するためにしているって聞いたけど……確かに未知だけどね! 不可解な存在だけどね、オカマ女神は!! しっかりしてよ~アル!!

(いつも落ち着いているように見えるけど、よく見れば意外といろんな表情してるのかもなぁ……)

 海の都に来てから、アルはいろんな顔を見せてくれる。新しいアルを知れば知るほど胸をくすぐられて、甘酸っぱい気持ちになっちゃうから本当に勘弁してほしい。

 トキメキを振り払うかのように、目の前のクッキーに手を伸ばす。程よいバターの風味が口全体に広がり、サクサクした軽い触感でとても美味しい。さすがは女神が用意しただけのことはある。使えない男どもは自然回復することを祈って、自分の感情は気づかないふりをして、とりあえず目の前のお菓子たちを堪能することにした。

「お気に召したかしら? 」

「はい! 見るのも食べるのも楽しくて……最高です!! 」

 フサフサの髭を優雅に撫でていた、アクアローラから問いかけられた質問に満面の笑みで答える。オカマが一人増えたくらいどうってことない。むしろ美味しいものを食べさせてくれたからママンよりいいオカマだ。

「本当に、お茶もケーキもどれも絶品で美味しいですね。ほら、ニッキーも。これとか好きじゃないかな? 」

 ジークがニコリと王子スマイルで微笑みながら、未だに調子の出ないニッキーに一口サイズのロールケーキを勧める。確かにさっき食べたそれは、ふわふわ生地に甘すぎないクリームがマッチしていて絶品だった。恐る恐る口にいれたニッキーの顔が和らぐ。甘いものは正義だからね!

「あら、嬉しいわ~。頑張って作った甲斐があったわ! そのロールケーキ自信作なの~♪ 」

「ゲホッ!! 」

 なんとオカマ女神の手作りでしたか……。ニッキーが思わずむせ込み、この世の終わりのように呆然として顔を上げる。やめなさい、失礼でしょうが――っ!!

「ふわふわ生地にはメレンゲをしっかりたてるのが命だけど、腕が疲れちゃうのが困ったものよね~。」

 アクアローラが自分の腕に視線を落としながら、ふぅっと溜息を吐く。その腕だと3日くらいぶっ続けでメレンゲ作れそうですけどね!?

 もちろん、そんなことは言わない。

「わかります~、大変ですよね。俺はいつも電動ミキサーに頼ってしまいます。」

「まぁ! あなたの世界にはそんなものがあるの!? 」

 女神とお菓子作りの話で盛り上がる。さすが人魚、ファンシーな手作りお菓子に現れているように相当な女子力で、いろいろと勉強になった。絶品クッキーのレシピも教えてもらえたし大満足だ。

「あぁ楽しいわ。私一年に一度、こうやって誰かと話せるのが楽しみなのよ~。」

 フサフサの胸毛の前で手を合わせた乙女ポーズで女神が微笑む。その表情は本当に楽しそうだ。

「では、こうやって巫女と戦士と話すために渦を作って海底都市まで連れてきていたんですか? 」

 ジークが問いかける。顔は笑っているけど、その言葉は謎の本質を突いているからか緊張感があって思わず姿勢を正した。

「その質問にはイエスであり、ノーね。」

 アクアローラはいとも楽し気に、海の色をしたその瞳を細める。

「前の聖女ちゃんが自動浄化装置を作っちゃって、ここに来る人が誰もいなくなったから……退屈しのぎに戦士ちゃんと巫女ちゃんとお話出来るのは楽しかったわ。でも、渦を作ったのは私じゃない。」

 アクアローラは席を離れ、空気中を泳ぐように移動しながらジークの側までやってきて、その顎をクイッと持ち上げる。

「私は毎年渦に巻き込まれている、哀れな戦士ちゃんたちを助けて、そのついでにお茶会を楽しんでいただけ。賢いあなたなら察しはついているんでしょう。第3王子ジークフリートちゃん♪ 」

「宮廷魔導士シビス・マクラーレン――っ! 」

「お見事♪ 」

(大事な話なのはわかるけど――顎クイの意味は!? 今しなくてもよくない!? )

 シリアスな雰囲気が漂うお茶会で、薔薇聖女の脳内にムキムキマッチョと麗し王子の異種族間ローズが咲きほこったのは、必然的なことだった。


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