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海の都 ラグーノニア
アルパワーは偉大です
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1人になった部屋で泣き続ける。ジークの言い分はもっともだ。もし事前に聞かされていたら私はきっと、不自然になって誘拐犯から警戒されてしまっていた。そして作戦はうまくいかずに……あの子たちはもっと酷い目に合うことになっていた。1人だけ作戦の仲間外れにされたのは……自分のせいだ。私がジークだったとしても同じ判断をするだろう。
(だけど、それでも……信じてもらいたかったなぁ……)
作戦を隠されていたことのショック、この国について何も知らずに呑気に過ごしていたことの不甲斐なさ、微弱で頼りない自分自身の情けなさ――混乱した頭で考えていると、自然に溢れてくる涙を抑えることが出来ない。
(信じてほしいって……嘘つきまくっている自分のどの口が言うんだか……)
荒れた感情と感情の波間に、ふとそのことに気づいた。性別も年齢も偽り、自分を隠しているんだから、信じてもらえないのは当たり前だ。ジークの対応はミコトの性格をよく見抜いて、12歳の少年に対する計画としてなら完璧だった。ただ、敵が予想以上の変態だったことが誤算だ。
(23歳の大人としては、腹立たしいけどね……)
ベッドの上に大の字になって、目覚めたときは温かかったのに、今は無機質にミコトを見下ろしてくる天井の木目を力なく見つめる。木の成長と共に規則正しく刻まれていった年輪は、時折なぜそこに出来たかわからない節目によって歪にゆがむ。
(まるでこの世界の私みたいだ……)
あの年輪がもしもミコトの心の流れだとしたら、時々ある歪なしこりは、心の奥に引っかかっている女神から頼まれた嘘だ。
それか年輪がこの世界を表しているとしたら、周りとうまく溶け込んでいるようで溶け込め切れていない、嘘と偽りを笑顔で隠して振舞っている、この世界の異分子である私だ。
(自分は隠しているくせに……ジークたちには話してほしいなんて……都合がよすぎるなぁ)
「ハハハ……」
無理やり出してみた笑い声は、驚くくらい軽くて中身がない。明日にはもう少し元気になっているのだろうか。
(もう疲れた……)
いろいろなことがあった1日だった。そのまま頭と身体のだるさに身を任せ、ミコトは意識を手放した。
♢♢♢
夢を見た。
目の前に迫りくる黒い手。首筋に纏わりついて絞めつける。1人だけではない。何人も何重にも――酸欠で朦朧とし、苦しくなったミコトに語り掛ける声。
“お前のせいだ”
“もっと早く至宝を見つけてくれれば”
“私たちは苦しむことにならなかったのに”
“役立たず”
「………ト。…………ミコトッ!! 」
ハッと目が覚める。揺さぶられた肩に添えられた手。心配そうに覗き込む顔。
「……アル。」
「大丈夫か? うなされていた。」
「ちょっと……怖い夢を見て………」
そっと自分の首に手を当てる。何もそこにはないのに、今も誰かに絞めつけられているような――
「……水、いるか? 」
アルがそっと水の入ったコップを差し出す。
「ありがとう。」
喉に流れ落ちる冷たい感覚が、激しくなった動悸を落ち着かせる。
夢を見ては、アルに起こされる――その晩も次の日も――――そんな夜が続いた。
♢♢♢
「いよいよ明日だ。ミコトとユキちゃんはそれぞれお供え物を、アルが松明、ニッキーが貢ぎ物の酒を持って、闘技場からこの道を通って……」
海絆祭前日の夜、ジークから祭りの進行について説明を受ける。あまり夜眠れてなくて……と言い訳して、あの日からずっと部屋に引きこもっていたので、こうやって5人で集まるのは久しぶりだ。ミコトを心配して、それぞれお見舞いに来てくれたが、ついそっけない態度で対応してしまったため、いまだに気まずい。
(いい大人なんだから、ちゃんと対応しないと……)
頭ではわかっているけど、心が思うようにいかない。早く仲直りしないと――こんなバラバラのままでは何が起こるかわからない、海底都市で支障をきたしてしまう。ただでさえ足手まといな上に、場の雰囲気を悪くしている自分が――心底嫌いだ。無意識に拳に力が入る。
「明日着る予定の巫女装束を渡しておくね――」
そう言ってジークが手渡した袋の中には、軽やかなワンピースドレスと――貝殻のネックレスが入っていた。
(最悪だ……! )
「……話し終わった? 俺、疲れたからもう休むね。」
「……わかった。ゆっくり休んで。」
部屋に急いで戻り、ドアを閉める。
そっと紙袋の中から貝殻のネックレスを取り出す。金の鎖に白やピンクの貝や真珠をあしらったネックレスは巫女のドレスをより華やかに演出する。普段のミコトならテンションが上がっていたはずだ。
(でも今は……)
恐る恐る首元に手を持って行って、軽く力を籠める。自分でしていることなのに、それだけで背筋が振るえ呼吸が浅くなる。
(ネックレスが怖いなんて言えない……)
大きく溜息を吐く。海底都市に行って、聖女としての役割すら全う出来なかったら、自分自身の存在価値がない。もうこれ以上足を引っ張りたくないのに――
「最低じゃん私……」
また涙が零れきた。ぬぐっても、ぬぐっても、堰を切ったように溢れ出てくる。
――ガチャリ
「ミコト……」
タイミング悪くアルが部屋に入ってきた。泣いているミコトを見ては、苦しそうに顔をしかめ、そっと手を伸ばしてきた。
「いやっ!! 」
パシンッ――――
乾いた音が部屋に響く。
「あ、いや、違うんだ……」
アルが、アルはこんなことしないってわかっているのに、あの口臭男の影と、夢の影と重なって見えてしまった。アルの手と、あいつの手は全然違うのに――
「違う、違うのに……」
なんでアルの手をはたいてしまったか――自分の行動の訳が分からない。震えている自分自身を抱きしめながら、言い聞かせるように、おまじないのように、唱え続ける。
――ギュッ
下を向いていたから近づいてくるそれに気が付かなかった。温かくて力強い。フワッと香る優しいにおいはどこか落ち着く懐かしさ。
「アル……? 」
「………。」
アルはそのまま無言でミコトを抱きしめ続ける。少し痛いくらいの強さで抱きしめられているのにそれが却って心地よい。そのままその優しい腕に身を任せる。
どのくらいの時間、抱き合っていたのだろうか。いつの間にか2人の体温も鼓動のリズムも同じになっている。胸に耳を寄せ、呼吸を合わせてみると、まるでアルと1つになったみたいだ。
(いつぶりだろう……)
こんなに穏やかな気持ちになれたのは。久しく忘れてしまっていたような気がする。
「なんで、また泣いていた……」
アルの低くて、切なさを孕んだ声が鼓膜を揺らす。
「教えてくれ……」
(なんでアルの方が泣きそうになっているんだよ……)
込み上げてきた何かを隠したくて、密着していた身体を更に摺り寄せる。身体に回ったアルの腕により力が入ったのがわかった。
(あぁ……やっぱりあいつらとは全然違うじゃないか……)
こんなに優しくて温かい腕を何と勘違いしていたのだろう。誰よりも信頼できる、大好きな腕だ。
「あの日から――毎晩夢を見ていたんだ。多くの人に、首を絞められて、“お前のせいだ”って責められる夢。」
「……っ! 」
回されたアルの腕に更に力が入る。
「ジークやみんなに……最初は怒っていたけど、今はそんなことないんだ。ただ――自分自身が情けなくて……」
「もっと魔法が使えるようになりたい。もっと至宝を感じられるようになりたい。――ちゃんと聖女としての役割を果たしたい。足手まといにはなりたくないんだ。」
「……そんなこと思ったことはない! 」
アルが反論する。
「それでも、もっと役に立ちたいんだ。早く至宝を見つけて……困っている人の力になりたい。もうあんな怖い思いは誰にもしてほしくない。」
アルは抱きしめたまま、顔を頭に摺り寄せてきた。なんだかそれが少しかわいくて、思わず肩の力が抜けた。
「呑気なままではもういられない。ちゃんと教えてほしい。この国について――聖女としての役目を果たしたいから、子ども扱いしないでほしい。」
「わかった――」
自分の中でモヤモヤしていたことが口に出せたからか、少し元気になってきた。アルとの間にあった腕を、そっとアルの背中に回す。正面から抱き合っているみたいで――いつもなら恥ずかしくて絶対できないけど、今は雰囲気に流されてみる。
「誘拐事件のおとりに勝手にされたのは腹立つけど、もう終わったことだし……女の子たちを無事に救えたからそれでいいよ。」
アルの腕の中にいるとなんだか優しい気持ちになってきて、小さなことはどうでもよくなってくる。
「ちゃんと信頼してもらえるように、これから頑張っていけばいいかなって……」
自然と前向きな気持ちにもなる。1人で悩んでいるときは全くそうならなかったのに――アルパワー凄い。
「自分に今できること、巫女としての役割を果たしたいのに……衣装のネックレスが、首の周りに何かがあるのが怖くって……最低限のことも出来ないのかって情けなくなって泣いてた。」
「……首……ネックレス…………」
「ちゃんと、自分自身の義務は果たしたいんだ。任せっきりじゃなくて、俺もみんなの力になりたい。あの最低クソ野郎に植え付けられたトラウマになんて負けたくない。」
あいつに縛られて立ち止まるなんて馬鹿みたいだ。回した腕に力を込めて、アルの体温とエネルギーを全身で味わう。
「アルに……お願いがあるんだ。」
「なんだ? 」
ねぇ、アル。その優しい腕で、私が1歩踏み出すためのパワーを頂戴。
――トラウマ克服にはショック療法が有効だってよく言うよね。
「俺の首、絞めてほしい――」
「はぁあっ!? 」
せっかく体温の心地よさを堪能していたのに、ベリッと勢いよく剥がされた。驚いたアルの声は今まで聞いた中で一番低くて、顔を覗き込む視線はどの瞬間よりも獰猛で――
え? 私、殺られるんか?
不謹慎にも、一瞬身の危険を感じてしまった。
(だけど、それでも……信じてもらいたかったなぁ……)
作戦を隠されていたことのショック、この国について何も知らずに呑気に過ごしていたことの不甲斐なさ、微弱で頼りない自分自身の情けなさ――混乱した頭で考えていると、自然に溢れてくる涙を抑えることが出来ない。
(信じてほしいって……嘘つきまくっている自分のどの口が言うんだか……)
荒れた感情と感情の波間に、ふとそのことに気づいた。性別も年齢も偽り、自分を隠しているんだから、信じてもらえないのは当たり前だ。ジークの対応はミコトの性格をよく見抜いて、12歳の少年に対する計画としてなら完璧だった。ただ、敵が予想以上の変態だったことが誤算だ。
(23歳の大人としては、腹立たしいけどね……)
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「ハハハ……」
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「………ト。…………ミコトッ!! 」
ハッと目が覚める。揺さぶられた肩に添えられた手。心配そうに覗き込む顔。
「……アル。」
「大丈夫か? うなされていた。」
「ちょっと……怖い夢を見て………」
そっと自分の首に手を当てる。何もそこにはないのに、今も誰かに絞めつけられているような――
「……水、いるか? 」
アルがそっと水の入ったコップを差し出す。
「ありがとう。」
喉に流れ落ちる冷たい感覚が、激しくなった動悸を落ち着かせる。
夢を見ては、アルに起こされる――その晩も次の日も――――そんな夜が続いた。
♢♢♢
「いよいよ明日だ。ミコトとユキちゃんはそれぞれお供え物を、アルが松明、ニッキーが貢ぎ物の酒を持って、闘技場からこの道を通って……」
海絆祭前日の夜、ジークから祭りの進行について説明を受ける。あまり夜眠れてなくて……と言い訳して、あの日からずっと部屋に引きこもっていたので、こうやって5人で集まるのは久しぶりだ。ミコトを心配して、それぞれお見舞いに来てくれたが、ついそっけない態度で対応してしまったため、いまだに気まずい。
(いい大人なんだから、ちゃんと対応しないと……)
頭ではわかっているけど、心が思うようにいかない。早く仲直りしないと――こんなバラバラのままでは何が起こるかわからない、海底都市で支障をきたしてしまう。ただでさえ足手まといな上に、場の雰囲気を悪くしている自分が――心底嫌いだ。無意識に拳に力が入る。
「明日着る予定の巫女装束を渡しておくね――」
そう言ってジークが手渡した袋の中には、軽やかなワンピースドレスと――貝殻のネックレスが入っていた。
(最悪だ……! )
「……話し終わった? 俺、疲れたからもう休むね。」
「……わかった。ゆっくり休んで。」
部屋に急いで戻り、ドアを閉める。
そっと紙袋の中から貝殻のネックレスを取り出す。金の鎖に白やピンクの貝や真珠をあしらったネックレスは巫女のドレスをより華やかに演出する。普段のミコトならテンションが上がっていたはずだ。
(でも今は……)
恐る恐る首元に手を持って行って、軽く力を籠める。自分でしていることなのに、それだけで背筋が振るえ呼吸が浅くなる。
(ネックレスが怖いなんて言えない……)
大きく溜息を吐く。海底都市に行って、聖女としての役割すら全う出来なかったら、自分自身の存在価値がない。もうこれ以上足を引っ張りたくないのに――
「最低じゃん私……」
また涙が零れきた。ぬぐっても、ぬぐっても、堰を切ったように溢れ出てくる。
――ガチャリ
「ミコト……」
タイミング悪くアルが部屋に入ってきた。泣いているミコトを見ては、苦しそうに顔をしかめ、そっと手を伸ばしてきた。
「いやっ!! 」
パシンッ――――
乾いた音が部屋に響く。
「あ、いや、違うんだ……」
アルが、アルはこんなことしないってわかっているのに、あの口臭男の影と、夢の影と重なって見えてしまった。アルの手と、あいつの手は全然違うのに――
「違う、違うのに……」
なんでアルの手をはたいてしまったか――自分の行動の訳が分からない。震えている自分自身を抱きしめながら、言い聞かせるように、おまじないのように、唱え続ける。
――ギュッ
下を向いていたから近づいてくるそれに気が付かなかった。温かくて力強い。フワッと香る優しいにおいはどこか落ち着く懐かしさ。
「アル……? 」
「………。」
アルはそのまま無言でミコトを抱きしめ続ける。少し痛いくらいの強さで抱きしめられているのにそれが却って心地よい。そのままその優しい腕に身を任せる。
どのくらいの時間、抱き合っていたのだろうか。いつの間にか2人の体温も鼓動のリズムも同じになっている。胸に耳を寄せ、呼吸を合わせてみると、まるでアルと1つになったみたいだ。
(いつぶりだろう……)
こんなに穏やかな気持ちになれたのは。久しく忘れてしまっていたような気がする。
「なんで、また泣いていた……」
アルの低くて、切なさを孕んだ声が鼓膜を揺らす。
「教えてくれ……」
(なんでアルの方が泣きそうになっているんだよ……)
込み上げてきた何かを隠したくて、密着していた身体を更に摺り寄せる。身体に回ったアルの腕により力が入ったのがわかった。
(あぁ……やっぱりあいつらとは全然違うじゃないか……)
こんなに優しくて温かい腕を何と勘違いしていたのだろう。誰よりも信頼できる、大好きな腕だ。
「あの日から――毎晩夢を見ていたんだ。多くの人に、首を絞められて、“お前のせいだ”って責められる夢。」
「……っ! 」
回されたアルの腕に更に力が入る。
「ジークやみんなに……最初は怒っていたけど、今はそんなことないんだ。ただ――自分自身が情けなくて……」
「もっと魔法が使えるようになりたい。もっと至宝を感じられるようになりたい。――ちゃんと聖女としての役割を果たしたい。足手まといにはなりたくないんだ。」
「……そんなこと思ったことはない! 」
アルが反論する。
「それでも、もっと役に立ちたいんだ。早く至宝を見つけて……困っている人の力になりたい。もうあんな怖い思いは誰にもしてほしくない。」
アルは抱きしめたまま、顔を頭に摺り寄せてきた。なんだかそれが少しかわいくて、思わず肩の力が抜けた。
「呑気なままではもういられない。ちゃんと教えてほしい。この国について――聖女としての役目を果たしたいから、子ども扱いしないでほしい。」
「わかった――」
自分の中でモヤモヤしていたことが口に出せたからか、少し元気になってきた。アルとの間にあった腕を、そっとアルの背中に回す。正面から抱き合っているみたいで――いつもなら恥ずかしくて絶対できないけど、今は雰囲気に流されてみる。
「誘拐事件のおとりに勝手にされたのは腹立つけど、もう終わったことだし……女の子たちを無事に救えたからそれでいいよ。」
アルの腕の中にいるとなんだか優しい気持ちになってきて、小さなことはどうでもよくなってくる。
「ちゃんと信頼してもらえるように、これから頑張っていけばいいかなって……」
自然と前向きな気持ちにもなる。1人で悩んでいるときは全くそうならなかったのに――アルパワー凄い。
「自分に今できること、巫女としての役割を果たしたいのに……衣装のネックレスが、首の周りに何かがあるのが怖くって……最低限のことも出来ないのかって情けなくなって泣いてた。」
「……首……ネックレス…………」
「ちゃんと、自分自身の義務は果たしたいんだ。任せっきりじゃなくて、俺もみんなの力になりたい。あの最低クソ野郎に植え付けられたトラウマになんて負けたくない。」
あいつに縛られて立ち止まるなんて馬鹿みたいだ。回した腕に力を込めて、アルの体温とエネルギーを全身で味わう。
「アルに……お願いがあるんだ。」
「なんだ? 」
ねぇ、アル。その優しい腕で、私が1歩踏み出すためのパワーを頂戴。
――トラウマ克服にはショック療法が有効だってよく言うよね。
「俺の首、絞めてほしい――」
「はぁあっ!? 」
せっかく体温の心地よさを堪能していたのに、ベリッと勢いよく剥がされた。驚いたアルの声は今まで聞いた中で一番低くて、顔を覗き込む視線はどの瞬間よりも獰猛で――
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