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「love」ってどう綴るんだっけ?
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学校から歩いて20分ぐらいの住宅街の中にあるカフェは、アール・デコ様式で建てられた民家を改修して造られたモダンな雰囲気が人気で、料金はそれなりにお高いけれど、その分、私たちみたいな女子高生があまり寄り付かないので、秘密の話をする時にはもってこいのお店だった。タマちゃんがフリー雑誌で見つけて、最近はお小遣いが支給された日とかに、私たちはちょっとした贅沢として利用していた。
「まず、佐和がそのエロい感じをなくすには、その怒涛のような濫読をやめることから始めたら?」
タマちゃんはカフェに着くなり、カフェモカを頼みながら、そう言った。
私はその言葉に肩をすくめながら、マンデリンのブラックを頼んだ。
なんと、その注文にまで注意してきた。
「あと、そうやってブラックを飲むのも」
「飲み物にまで文句言われてもね。ブラックのどこが悪いのよ」
「女子高生は可愛い飲み物しか飲みませーん」
可愛いは正義ですか。
窓辺のカウンター席を陣取り、マフラーとカバンを荷物入れのラックの中に入れる。秋の日差しが柔らかく注ぐその席は、私もタマちゃんもお気に入りの場所だ。
「・・・可愛くないのは仕方ないにしても、エロいって何なのかしらね?」
「そういう話し方とか、コーヒーカップを持つ仕草とか。何だろうねー、指先にも意志がある感じ」
「私はフィギュアスケーターじゃないわよ。自意識過剰ってことかしら?」
「うーん、そういうんじゃないのよねえ。下手に教養がある分、相手に何を話したらよいか考えさせちゃうところとか、ミステリアスっていうか、何を考えているのかわからない感じ?」
こら、さっきの指先の意志はどうしたのよ。考えがなくて悪かったわね。
「濫読なのは認めるけれど、教養はないわ。どちらかというと、自意識過剰が近いのかもね。プライドが高いともいうけれど」
「プライドが高いのは認めるけど、佐和は自意識過剰ではないよ。そうやって彼氏に会いに行こうかどうしようかでは悩むじゃん?」
むう、痛いところ突いてきたわね。
「それは・・・やっぱり嫌われたらとか、いろいろ考えるというか・・・」
「ははーん。佐和の彼氏って、結構年上でしょ?」
「・・・何でそう思うのよ?」
「だってさあ、佐和がそこまで考えるなんて、同い年とか大学生とかの男じゃ、あんまりなさそうだし」
当たってるけど、同世代の男の子からしたら、私、そこまで気難しい女の子なのかしら。
冷めないうちにマンデリンに口を付ける。ここのカフェのマンデリンは深煎りをしていないから、元々の酸味が残っていて好きだ。今度、本木先生の家に行く時に豆を買っていこう。きっとあの人も好きな味。
「無言ってことは、当たり?」
「そうね・・・社会人だから、いろいろと考えちゃうのかもね。向こうの都合とか」
「へえ!ねえ、どこで知り合ったのよ?」
どこで、かあ。さて、どこでなんでしょう。
「・・・いつもの本屋さんでナンパされたの」
「佐和をナンパするには最高の場所ねー。じゃあ、その人も佐和ぐらい本好きなんだ?」
「私より年上の分は読んでるんじゃない?」
「何歳年上なの?」
「・・・別に何歳でもいいでしょ?」
「何、10以上ぐらい上なの?」
「もう、うるさいなあ。私、年齢なんて気にしないし、大体、向こうの歳だって後で知ったんだから」
「うわー!佐和は絶対、年上と付き合うと思ってたけど、そこまでかー!」
本木先生、かわいそう。あんなに人気あるのに、引かれてるわよ。
「何よ、みんなだって、学校の先生とかにはまとわりついてるじゃない?」
「ああ、本木先生とか?」
「そう、本木先生とか」
タマちゃんはケタケタと笑いながら、カフェモカをぐっと一口飲み、唇についたクリームをペロリと舐めた。そういう仕草のほうが、エロティックだと思うけれど、それは違うのかしら?
「あんなの、近所の仲のいいお兄さんみたいな感じだよー。本気で付き合おうとか思う子なんていないでしょー?」
わお。高井さん全否定、そして私も全否定ときたか。
「ちょっと、タマちゃん。何か矛盾してない?それはなくて、先生が生徒を好きはありなの?」
「修造のことでしょ?それはあり」
「何でよ!」
「男は若い子が好きだからさー」
どこの妙齢の女性が言っているのよ。貴女、女子高生でしょ?
「タマちゃん、彼氏と何かあったの?そんなこと言って」
「馬鹿ねー、何もないわよ。私より若い女なんて、もう犯罪じゃん、それ。一般論として、もしくは人類繁栄の原則として、ね」
私、タマちゃんのほうがよっぽど教養があると思うんだけれど。そういう言い回しとかね。
「それで?松岡先生から、何か言われたんでしょ?」
「あっ!そうそう!すっかり忘れてた。修造から、佐和の噂の事、聞かれてさあ、本当に学校の先生なのかって。正直に『彼氏の事は知らないです』って言っておいたから。向こうは小宮先生を怪しんでたみたいだけどねー」
「・・・それはどうも。ねえ、タマちゃん。私、不思議なんだけれど、もし松岡先生が私が好きだとして、何で告白とかしないのかしら?私、そんなにとっつきにくい女なの?」
「おっ!言うねー。あんなにあからさまに構われといて」
「構われてないわよ!すごい注意ばかりされてたんですけど?」
「さあ?好きな子ほどイジメたくなるんじゃない?」
「そんな小学生みたいなこと、大人の男の人がするかしら?」
「修造にしたら、佐和に近づく方法がそれしかなかったんじゃない?なんか、男子校育ちって感じだもんね、あの先生」
「よくわからないけど、それじゃあ一生、好きな子には近づけないと思わない?」
「まあねー、振られるのが怖いから、安全圏から何とか気持ちを確かめたいっていうか、男ってそういうとこ、あるよねー」
まあ、本木先生も似たり寄ったりな感じだったけどね。タマちゃんの言う通り、男の人って、そんな感じなのかも。
「そんなことより、どうすんの?秋休み、彼氏んとこ行かないの?」
話の振り幅、大きくない?もとい、本題はそれだった。
「そうね・・・ねえ、タマちゃんだったら、どうする?」
「え?そんなの、向こうの予定聞いて、都合いい日に会うだけだよ。それ以外に何かある?」
潔くて、もう感心します。
「それはそうなんだけど・・・。都合のいい日っていっても、向こうが無理して時間を作ってたりしたら、迷惑じゃない?」
「何で?無理にでも会おうとしてくれるんなら、それでいいじゃん?迷惑なら、初めから時間空けないでしょ」
「そうなんだけど・・・。面倒だって思われない?」
「そう考えてる時点で、面倒なんだけど?」
何よ、相談に乗ってくれるって言ったじゃない!私ってそんなに面倒なの?
コーヒーカップの中の、半分まで減ったマンデリンはすっかり冷めている。そうね、こういう話をする時にブラックは合わないのかもね。
「タマちゃんは、彼氏に嫌われたらどうしようとか、考えたりしないの?自分の一挙一動に慎重になったりしない?」
「そりゃ考えるけど、そこまで慎重に考えて行動してたら、頭おかしくなるわよ。佐和はこれが初恋だから、振られるのが怖いんでしょ?大丈夫、初恋は実らないって言うからさー」
「全然、励ましになってない!」
「要するに、考えても無駄な事を考えるって、超非効率ってこと」
「そうだけど・・・。恋愛なんて、非効率の塊でしょ」
「それがわかってるんなら、さっさと彼氏に連絡して回答出しなよ。会えないって言われたんなら、どっか遊びに行こうよ。付き合ってあげるからさー」
「・・・そんな事言って、彼氏と予定が入ったら、そっち優先なんでしょ?」
「当然だよー。私だって、彼氏に嫌われたくないしねー」
女の友情はハムより薄いって言ってたの、誰だったかしらね。でも、タマちゃんの事だから、どこか時間を作って遊んでくれるんだろうな。
やっぱり、本木先生にダメ元で聞いてみよう。それで、無理だったらタマちゃんと遊べばいいんだし。
「そうね。ちょっと聞いてみる」
「よし!決心が揺らがないうちに、ラインしなよ」
タマちゃんがカウンターテーブルをタンタンと指で叩く。
「え!?今?」
「今。ここで連絡しちゃいな。佐和の事だから、一人になったらまた余計な事考えるでしょー?」
「で、でも!今、仕事中だし・・・」
「仕事中なら後で見るでしょ?ほれ、スマホ出しなよ」
タマちゃんは、どうも私が連絡するまでは許さないつもりらしい。しばらくウンウン唸って、観念した私は、スマホを取り出し、本木先生の予定を尋ねるべくメールを打ち始めた。
私も本木先生も、連絡にはラインを使わない。いろいろ失敗しないようにと、ショートメールを使うようにした。それに、間違えて友達登録が表示されても困るのだ。
できるだけ簡潔に用件だけ書き連ねる。あまり気持ちを込めて断りにくくしてしまったら迷惑だろうし、これで大丈夫、だと思うけれど。
お仕事中、ごめんなさい。明日から、私は秋休みです。できれば会いたいです。都合のいい日はありますか?無理なら大丈夫です。
これでいいかしら。チラッと、タマちゃんに視線を向ける。タマちゃんが満面の笑みで、送信ボタンを押すジェスチャーをした。さっさと連絡しろということらしい。
私は諦め悪く、しばらく逡巡し、えいっと送信を押した。それだけで、どっと疲れが出てカウンターに顔を伏せた。
タマちゃんがケタケタ笑って、背中を叩く。
「本当に頭で考える恋愛するねー。もう、見事だわー」
「うるさいなあ・・・仕方ないでしょ、そういう性格なんだから」
「でも、毎週は会ってくれるんでしょ?そこまで気を使う?」
「・・・それは、だって、毎週会ってくれるって付き合う時に約束してくれたから、そこは確約されてるもん」
「佐和って、そういうところはあんまり考えないよねー。約束してくれたっていっても、毎週っていうのもけっこうしんどいよ?それだけ努力してくれてる彼氏なら、別にそこまで悩まなくてもいいんじゃない?」
「えっ!?みんな、彼氏とは土日は毎週会うんじゃないの!?」
「はあ?会わない時もあるに決まってるじゃん?こっちも大変だっつーの。今はないけど、部活あった時とか、一ヶ月会わないとかあるしねー。社会人ならなおさらじゃない?」
ちょっと!今、メールしちゃったじゃない!
「タマちゃん!そういうのは先に言ってよ!それなら、土日まで待つわよ!」
「えー?別にいいんじゃない?佐和は会いたいんでしょ?会えなくても会いたいっていう気持ちを伝えてあげるのも大事だよー」
「何よ、それ・・・すごい重くない?」
「何を今さら。佐和がそんだけ会う会わないで考えまくってる時点で激烈に重いって。気持ちはどんどん伝えて、重くなる前に渡しちゃえば?それが重ければ、向こうが手放してくれるから。それ以上は重くならないでしょ?」
タマちゃんは時々、哲学者みたいな事を言う。私が濫読派なら、タマちゃんは一冊の本を何回も読み込むタイプだ。沢山の知識に溺れたりせず、一つの知見を磨く。恋愛の仕方もそうなんだろうな。
「ねえ、タマちゃん。タマちゃんの彼氏って、どんな人?」
タマちゃんは、急な質問に驚いたのか、飲みかけていたカフェモカを喉に詰まらせて咳き込んだ。
「・・・っ!ちょっと、カフェモカで死ぬとこだったじゃん!急に、どうしたの?」
「別に、深い意味はないんだけど。私ばっかり聞かれるのもなあって」
「えー?普通の大学生だよ。同じ塾だっただけ」
「そうなんだ。じゃあ、志望校って同じ大学なの?」
「いや、違うよー。私、英文だし、向こうは理系だし」
「そうなんだ。ねえ、デートとかってどこに行くの?」
矢継ぎ早に聞くと、タマちゃんはまたケタケタと笑った。よほど、私が恋愛の話をするのが面白いらしい。
「君はどこかの中学生か!興味津々だねー!そんなの、どっちも学生だし、お金がかからない所で遊ぶんだよ。私らと一緒だよー」
「ふうん。そうなんだ。じゃあ、私も変わらないかなぁ」
「そうなの?佐和の彼氏は社会人じゃん?どっか連れてってくれないの?旅行とかさー」
「別に・・・私は部屋で過ごすほうが好きだし、向こうも出かけようとか言わないし・・・」
「老夫婦かよ。ランドとか行けばー?佐和、行った事ないでしょー?」
そうなのだ。私は珍しくも、この歳まで一度も夢の国に行ったことがない。私の両親は遊園地やテーマパークにあまり興味がなく、休みの日は美術館や博物館、演劇やクラシックコンサートなど、何とも文化的な外出先が多かった。だから、私もあまり興味が持てずに、友達に誘われてもスルーしてきたのだ。
でもね、タマちゃん。私と本木先生がランドとかシーとか、もう想像しただけで笑っちゃうの。どちらかと言えば、鄙びた温泉街のほうが似合ってるの。確かに、何だかお年寄りみたい。
「うーん・・・。じゃあ、タマちゃん、私がミニーちゃんのカチューシャ付けてるの、想像できる?」
「やだー!超ウケるわー!全然、似合わない!」
「話振っておいて、笑わないでよ!私だって、自分で想像して笑っちゃうんだから!」
「あー、ごめん、ごめん!でも、シーとかなら、合いそうじゃない?まあ、せっかく彼氏できたんだし、誘ってみたら?」
「・・・やめときます。大人しく、美術館とかに行きます・・・」
「まあ、そうだよねー。そっちが佐和には似合ってるかなー。ま、向き不向きがあるから、人には」
「ランドやシーに、向き不向きがあるなんて、初めて知りましたけど?」
「佐和だけ、特別ね!」
そう言って、タマちゃんはウィンクをして笑った。
私、タマちゃんみたいなキュートな女の子に生まれたかったなあ。
窓の外の優しい秋の光は、少しずつ陰りを落とし始めている。ふと、壁に掛かっている柱時計を見ると、午後17時を過ぎていた。
女の子のおしゃべりって、本当に時間がいくらあっても足りないぐらいだわ。特に、お互い恋をしている時にはね。
カフェを出て、来た道を少し戻り、最寄りの駅まで歩く。タマちゃんは、歩きながらスマホでラインを飛ばしているようだ。きっと、私と同じように彼氏の都合を聞いているのだろう。
本木先生は、さっきのメールを見て、どう思うだろうか。忙しいのに、ちょっと悪い事をしたかな。やっぱりいいですって、返しておいたほうがいいかしら。
恋人ができてからの私の頭は、いつにも増してうまく回らない。本木先生といる時はそうでもないのだけれど、タマちゃんの言うとおり、一人になった途端に、急に頼りなくなってしまう。今だって、スマホを見る事が怖くてできない。
タマちゃんみたいに楽しそうに恋愛ができるようになるには、どれぐらいの経験を積めばいいのかしら。
隣のタマちゃんを見る。よし、と小さな声で言い、カバンにスマホをしまっていた。どうやら彼氏と上手く予定を合わせる事ができたみたいだ。
「何か楽しそうね。彼氏の予定、大丈夫だったの?」
「まあねー。向こうはバイト入れてるから、さすがに毎日じゃないけどねー」
「じゃあ、彼氏と会わない日は、どこか遊びに行こうよ。遊んでくれるんてしょ?」
「まあ、佐和の予定次第だねー。上手くいくように星に願っておくからさー」
そう言って、タマちゃんは薄暗くなった秋空を指差した。
星は、まだ月しか見えなかった。
「まず、佐和がそのエロい感じをなくすには、その怒涛のような濫読をやめることから始めたら?」
タマちゃんはカフェに着くなり、カフェモカを頼みながら、そう言った。
私はその言葉に肩をすくめながら、マンデリンのブラックを頼んだ。
なんと、その注文にまで注意してきた。
「あと、そうやってブラックを飲むのも」
「飲み物にまで文句言われてもね。ブラックのどこが悪いのよ」
「女子高生は可愛い飲み物しか飲みませーん」
可愛いは正義ですか。
窓辺のカウンター席を陣取り、マフラーとカバンを荷物入れのラックの中に入れる。秋の日差しが柔らかく注ぐその席は、私もタマちゃんもお気に入りの場所だ。
「・・・可愛くないのは仕方ないにしても、エロいって何なのかしらね?」
「そういう話し方とか、コーヒーカップを持つ仕草とか。何だろうねー、指先にも意志がある感じ」
「私はフィギュアスケーターじゃないわよ。自意識過剰ってことかしら?」
「うーん、そういうんじゃないのよねえ。下手に教養がある分、相手に何を話したらよいか考えさせちゃうところとか、ミステリアスっていうか、何を考えているのかわからない感じ?」
こら、さっきの指先の意志はどうしたのよ。考えがなくて悪かったわね。
「濫読なのは認めるけれど、教養はないわ。どちらかというと、自意識過剰が近いのかもね。プライドが高いともいうけれど」
「プライドが高いのは認めるけど、佐和は自意識過剰ではないよ。そうやって彼氏に会いに行こうかどうしようかでは悩むじゃん?」
むう、痛いところ突いてきたわね。
「それは・・・やっぱり嫌われたらとか、いろいろ考えるというか・・・」
「ははーん。佐和の彼氏って、結構年上でしょ?」
「・・・何でそう思うのよ?」
「だってさあ、佐和がそこまで考えるなんて、同い年とか大学生とかの男じゃ、あんまりなさそうだし」
当たってるけど、同世代の男の子からしたら、私、そこまで気難しい女の子なのかしら。
冷めないうちにマンデリンに口を付ける。ここのカフェのマンデリンは深煎りをしていないから、元々の酸味が残っていて好きだ。今度、本木先生の家に行く時に豆を買っていこう。きっとあの人も好きな味。
「無言ってことは、当たり?」
「そうね・・・社会人だから、いろいろと考えちゃうのかもね。向こうの都合とか」
「へえ!ねえ、どこで知り合ったのよ?」
どこで、かあ。さて、どこでなんでしょう。
「・・・いつもの本屋さんでナンパされたの」
「佐和をナンパするには最高の場所ねー。じゃあ、その人も佐和ぐらい本好きなんだ?」
「私より年上の分は読んでるんじゃない?」
「何歳年上なの?」
「・・・別に何歳でもいいでしょ?」
「何、10以上ぐらい上なの?」
「もう、うるさいなあ。私、年齢なんて気にしないし、大体、向こうの歳だって後で知ったんだから」
「うわー!佐和は絶対、年上と付き合うと思ってたけど、そこまでかー!」
本木先生、かわいそう。あんなに人気あるのに、引かれてるわよ。
「何よ、みんなだって、学校の先生とかにはまとわりついてるじゃない?」
「ああ、本木先生とか?」
「そう、本木先生とか」
タマちゃんはケタケタと笑いながら、カフェモカをぐっと一口飲み、唇についたクリームをペロリと舐めた。そういう仕草のほうが、エロティックだと思うけれど、それは違うのかしら?
「あんなの、近所の仲のいいお兄さんみたいな感じだよー。本気で付き合おうとか思う子なんていないでしょー?」
わお。高井さん全否定、そして私も全否定ときたか。
「ちょっと、タマちゃん。何か矛盾してない?それはなくて、先生が生徒を好きはありなの?」
「修造のことでしょ?それはあり」
「何でよ!」
「男は若い子が好きだからさー」
どこの妙齢の女性が言っているのよ。貴女、女子高生でしょ?
「タマちゃん、彼氏と何かあったの?そんなこと言って」
「馬鹿ねー、何もないわよ。私より若い女なんて、もう犯罪じゃん、それ。一般論として、もしくは人類繁栄の原則として、ね」
私、タマちゃんのほうがよっぽど教養があると思うんだけれど。そういう言い回しとかね。
「それで?松岡先生から、何か言われたんでしょ?」
「あっ!そうそう!すっかり忘れてた。修造から、佐和の噂の事、聞かれてさあ、本当に学校の先生なのかって。正直に『彼氏の事は知らないです』って言っておいたから。向こうは小宮先生を怪しんでたみたいだけどねー」
「・・・それはどうも。ねえ、タマちゃん。私、不思議なんだけれど、もし松岡先生が私が好きだとして、何で告白とかしないのかしら?私、そんなにとっつきにくい女なの?」
「おっ!言うねー。あんなにあからさまに構われといて」
「構われてないわよ!すごい注意ばかりされてたんですけど?」
「さあ?好きな子ほどイジメたくなるんじゃない?」
「そんな小学生みたいなこと、大人の男の人がするかしら?」
「修造にしたら、佐和に近づく方法がそれしかなかったんじゃない?なんか、男子校育ちって感じだもんね、あの先生」
「よくわからないけど、それじゃあ一生、好きな子には近づけないと思わない?」
「まあねー、振られるのが怖いから、安全圏から何とか気持ちを確かめたいっていうか、男ってそういうとこ、あるよねー」
まあ、本木先生も似たり寄ったりな感じだったけどね。タマちゃんの言う通り、男の人って、そんな感じなのかも。
「そんなことより、どうすんの?秋休み、彼氏んとこ行かないの?」
話の振り幅、大きくない?もとい、本題はそれだった。
「そうね・・・ねえ、タマちゃんだったら、どうする?」
「え?そんなの、向こうの予定聞いて、都合いい日に会うだけだよ。それ以外に何かある?」
潔くて、もう感心します。
「それはそうなんだけど・・・。都合のいい日っていっても、向こうが無理して時間を作ってたりしたら、迷惑じゃない?」
「何で?無理にでも会おうとしてくれるんなら、それでいいじゃん?迷惑なら、初めから時間空けないでしょ」
「そうなんだけど・・・。面倒だって思われない?」
「そう考えてる時点で、面倒なんだけど?」
何よ、相談に乗ってくれるって言ったじゃない!私ってそんなに面倒なの?
コーヒーカップの中の、半分まで減ったマンデリンはすっかり冷めている。そうね、こういう話をする時にブラックは合わないのかもね。
「タマちゃんは、彼氏に嫌われたらどうしようとか、考えたりしないの?自分の一挙一動に慎重になったりしない?」
「そりゃ考えるけど、そこまで慎重に考えて行動してたら、頭おかしくなるわよ。佐和はこれが初恋だから、振られるのが怖いんでしょ?大丈夫、初恋は実らないって言うからさー」
「全然、励ましになってない!」
「要するに、考えても無駄な事を考えるって、超非効率ってこと」
「そうだけど・・・。恋愛なんて、非効率の塊でしょ」
「それがわかってるんなら、さっさと彼氏に連絡して回答出しなよ。会えないって言われたんなら、どっか遊びに行こうよ。付き合ってあげるからさー」
「・・・そんな事言って、彼氏と予定が入ったら、そっち優先なんでしょ?」
「当然だよー。私だって、彼氏に嫌われたくないしねー」
女の友情はハムより薄いって言ってたの、誰だったかしらね。でも、タマちゃんの事だから、どこか時間を作って遊んでくれるんだろうな。
やっぱり、本木先生にダメ元で聞いてみよう。それで、無理だったらタマちゃんと遊べばいいんだし。
「そうね。ちょっと聞いてみる」
「よし!決心が揺らがないうちに、ラインしなよ」
タマちゃんがカウンターテーブルをタンタンと指で叩く。
「え!?今?」
「今。ここで連絡しちゃいな。佐和の事だから、一人になったらまた余計な事考えるでしょー?」
「で、でも!今、仕事中だし・・・」
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タマちゃんは、どうも私が連絡するまでは許さないつもりらしい。しばらくウンウン唸って、観念した私は、スマホを取り出し、本木先生の予定を尋ねるべくメールを打ち始めた。
私も本木先生も、連絡にはラインを使わない。いろいろ失敗しないようにと、ショートメールを使うようにした。それに、間違えて友達登録が表示されても困るのだ。
できるだけ簡潔に用件だけ書き連ねる。あまり気持ちを込めて断りにくくしてしまったら迷惑だろうし、これで大丈夫、だと思うけれど。
お仕事中、ごめんなさい。明日から、私は秋休みです。できれば会いたいです。都合のいい日はありますか?無理なら大丈夫です。
これでいいかしら。チラッと、タマちゃんに視線を向ける。タマちゃんが満面の笑みで、送信ボタンを押すジェスチャーをした。さっさと連絡しろということらしい。
私は諦め悪く、しばらく逡巡し、えいっと送信を押した。それだけで、どっと疲れが出てカウンターに顔を伏せた。
タマちゃんがケタケタ笑って、背中を叩く。
「本当に頭で考える恋愛するねー。もう、見事だわー」
「うるさいなあ・・・仕方ないでしょ、そういう性格なんだから」
「でも、毎週は会ってくれるんでしょ?そこまで気を使う?」
「・・・それは、だって、毎週会ってくれるって付き合う時に約束してくれたから、そこは確約されてるもん」
「佐和って、そういうところはあんまり考えないよねー。約束してくれたっていっても、毎週っていうのもけっこうしんどいよ?それだけ努力してくれてる彼氏なら、別にそこまで悩まなくてもいいんじゃない?」
「えっ!?みんな、彼氏とは土日は毎週会うんじゃないの!?」
「はあ?会わない時もあるに決まってるじゃん?こっちも大変だっつーの。今はないけど、部活あった時とか、一ヶ月会わないとかあるしねー。社会人ならなおさらじゃない?」
ちょっと!今、メールしちゃったじゃない!
「タマちゃん!そういうのは先に言ってよ!それなら、土日まで待つわよ!」
「えー?別にいいんじゃない?佐和は会いたいんでしょ?会えなくても会いたいっていう気持ちを伝えてあげるのも大事だよー」
「何よ、それ・・・すごい重くない?」
「何を今さら。佐和がそんだけ会う会わないで考えまくってる時点で激烈に重いって。気持ちはどんどん伝えて、重くなる前に渡しちゃえば?それが重ければ、向こうが手放してくれるから。それ以上は重くならないでしょ?」
タマちゃんは時々、哲学者みたいな事を言う。私が濫読派なら、タマちゃんは一冊の本を何回も読み込むタイプだ。沢山の知識に溺れたりせず、一つの知見を磨く。恋愛の仕方もそうなんだろうな。
「ねえ、タマちゃん。タマちゃんの彼氏って、どんな人?」
タマちゃんは、急な質問に驚いたのか、飲みかけていたカフェモカを喉に詰まらせて咳き込んだ。
「・・・っ!ちょっと、カフェモカで死ぬとこだったじゃん!急に、どうしたの?」
「別に、深い意味はないんだけど。私ばっかり聞かれるのもなあって」
「えー?普通の大学生だよ。同じ塾だっただけ」
「そうなんだ。じゃあ、志望校って同じ大学なの?」
「いや、違うよー。私、英文だし、向こうは理系だし」
「そうなんだ。ねえ、デートとかってどこに行くの?」
矢継ぎ早に聞くと、タマちゃんはまたケタケタと笑った。よほど、私が恋愛の話をするのが面白いらしい。
「君はどこかの中学生か!興味津々だねー!そんなの、どっちも学生だし、お金がかからない所で遊ぶんだよ。私らと一緒だよー」
「ふうん。そうなんだ。じゃあ、私も変わらないかなぁ」
「そうなの?佐和の彼氏は社会人じゃん?どっか連れてってくれないの?旅行とかさー」
「別に・・・私は部屋で過ごすほうが好きだし、向こうも出かけようとか言わないし・・・」
「老夫婦かよ。ランドとか行けばー?佐和、行った事ないでしょー?」
そうなのだ。私は珍しくも、この歳まで一度も夢の国に行ったことがない。私の両親は遊園地やテーマパークにあまり興味がなく、休みの日は美術館や博物館、演劇やクラシックコンサートなど、何とも文化的な外出先が多かった。だから、私もあまり興味が持てずに、友達に誘われてもスルーしてきたのだ。
でもね、タマちゃん。私と本木先生がランドとかシーとか、もう想像しただけで笑っちゃうの。どちらかと言えば、鄙びた温泉街のほうが似合ってるの。確かに、何だかお年寄りみたい。
「うーん・・・。じゃあ、タマちゃん、私がミニーちゃんのカチューシャ付けてるの、想像できる?」
「やだー!超ウケるわー!全然、似合わない!」
「話振っておいて、笑わないでよ!私だって、自分で想像して笑っちゃうんだから!」
「あー、ごめん、ごめん!でも、シーとかなら、合いそうじゃない?まあ、せっかく彼氏できたんだし、誘ってみたら?」
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「まあ、そうだよねー。そっちが佐和には似合ってるかなー。ま、向き不向きがあるから、人には」
「ランドやシーに、向き不向きがあるなんて、初めて知りましたけど?」
「佐和だけ、特別ね!」
そう言って、タマちゃんはウィンクをして笑った。
私、タマちゃんみたいなキュートな女の子に生まれたかったなあ。
窓の外の優しい秋の光は、少しずつ陰りを落とし始めている。ふと、壁に掛かっている柱時計を見ると、午後17時を過ぎていた。
女の子のおしゃべりって、本当に時間がいくらあっても足りないぐらいだわ。特に、お互い恋をしている時にはね。
カフェを出て、来た道を少し戻り、最寄りの駅まで歩く。タマちゃんは、歩きながらスマホでラインを飛ばしているようだ。きっと、私と同じように彼氏の都合を聞いているのだろう。
本木先生は、さっきのメールを見て、どう思うだろうか。忙しいのに、ちょっと悪い事をしたかな。やっぱりいいですって、返しておいたほうがいいかしら。
恋人ができてからの私の頭は、いつにも増してうまく回らない。本木先生といる時はそうでもないのだけれど、タマちゃんの言うとおり、一人になった途端に、急に頼りなくなってしまう。今だって、スマホを見る事が怖くてできない。
タマちゃんみたいに楽しそうに恋愛ができるようになるには、どれぐらいの経験を積めばいいのかしら。
隣のタマちゃんを見る。よし、と小さな声で言い、カバンにスマホをしまっていた。どうやら彼氏と上手く予定を合わせる事ができたみたいだ。
「何か楽しそうね。彼氏の予定、大丈夫だったの?」
「まあねー。向こうはバイト入れてるから、さすがに毎日じゃないけどねー」
「じゃあ、彼氏と会わない日は、どこか遊びに行こうよ。遊んでくれるんてしょ?」
「まあ、佐和の予定次第だねー。上手くいくように星に願っておくからさー」
そう言って、タマちゃんは薄暗くなった秋空を指差した。
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ライト文芸
千葉県千葉市美浜区のとある地下街にある「コスチュームショップUG」でアルバイトする鹿島香澄には自身のファッションブランドを持つという夢があった。そして彼女はその夢を叶えるために日々努力していた。
そんなある日。香澄が通う花見川服飾専修学園(通称花見川高校)でいじめ問題が持ち上がった。そして香澄は図らずもそのいじめの真相に迫ることとなったーー。
前作「日給二万円の週末魔法少女」に登場した鹿島香澄を主役に服飾専門高校内のいじめ問題を描いた青春小説。
可不可 §ボーダーライン・シンドローム§ サイコサスペンス
竹比古
ライト文芸
先生、ぼくたちは幸福だったのに、異常だったのですか?
周りの身勝手な人たちは、不幸そうなのに正常だったのですか?
世の人々から、可ではなく、不可というレッテルを貼られ、まるで鴉(カフカ)を見るように厭な顔をされる精神病患者たち。
USA帰りの青年精神科医と、その秘書が、総合病院の一角たる精神科病棟で、或いは行く先々で、ボーダーラインの向こう側にいる人々と出会う。
可ではなく、不可をつけられた人たちとどう向き合い、接するのか。
何か事情がありそうな少年秘書と、青年精神科医の一話読みきりシリーズ。
大雑把な春名と、小舅のような仁の前に現れる、今日の患者は……。
※以前、他サイトで掲載していたものです。
※一部、性描写(必要描写です)があります。苦手な方はお気を付けください。
※表紙画:フリーイラストの加工です。
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