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1章 魔女 扉を開ける
19 魔女と王都の生活 4
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「しょし?」
言葉の意味がわからずにザザは首を傾げた。
「庶子ってのはね、お母上が違うと言うことです。ご兄弟は兄君と弟君がいらっしゃるんですけれど、ギディオン様だけがお母様が違うのです」
「……本当のお母さまは?」
「ギディオン様を伯爵家に託して、出ていかれたそうです。私は存じ上げないのですけど」
ザザが真剣に聞いているので興が乗ってきたのか、メイサは語り始める。
「当家の奥方さまはもう亡くなっておられるのですが、ギディオン様とご兄弟とは差をつけて接しておられて。お父上の伯爵さまはあまり家にいないしで、寂しい御幼少時代たったかと。あ、でもご兄弟の仲はよろしいのですよ。嫡男のセナース様も、弟気味のリッツァ様も良い方達ですし」
「セナースさまに、リッツァさま……」
それがギディオンの母違いの兄弟の名前なのだ。
「でも、ギディオン様は兄君にも弟君にも遠慮なさって、成人する前に軍隊にお入りになったのです」
「遠慮すると軍隊に入るということになるのですか?」
「家督にも、領地や財産にも興味はないという、あの方なりの意思表示ということですよ」
「……なるほど」
貴族の家のしがらみが、実はよくわからなかったザザだが、ギディオンが実家と距離を置いている事情があることはなんとなく理解できた。
「でもね、ザザさん。私は喜んでいるのです。ザザさんはギディオン様が初めて、私に世話をしてくれと頼んだ人ですから。今まで、そんな風に気にかけられた人はいなかったのです」
「それは私が世間のことをよく知らないからかと。今までたくさんのご迷惑をかけてしまって……」
「あの方は責任感はお強いですが、他人を家に入れるような人ではなかったですからね。しかも、小さな女の子を!」
「ちいさなおんなのこ……」
確かに体は大きくはない。
「悪く取らないでくださいましね、ザザさん。私最初にギディオン様にご意見申し上げたんですよ。いくら幼くたって婚姻前の若い男女が一緒に住むのは世間的にはよろしくないと」
「……よろしくないのですか?」
世間の理屈がまだザザにはよくわからない。ザザが思うのは主と決めた彼にひたすら仕えたいだけで、その為には側にいることが必然なのだ。
「ええ、勿論。でもギディオン様は、ザザさんが世間のことを知らないから外に出す前に、もう少し猶予期間を置いてやりたいと強くおっしゃるので、私も折れてしまったんです。ギディオン様はああ見えて本当は誠実な方ですから、ザザさんは安心な吸っていいと思います。それに私は存じないですが、あのかたの大人の男性ですからそう言うお相手くらい、いらっしゃるでしょうから。まぁ心配ないかと」
外に出す? そう言うお相手……?
メイサの話を理解しようとザザは必死で頭を絞った。
つまり、若い男女が一緒に住むのは本当はまずいんだけど、私はいずれ追い出されるような存在だから心配ない。それにお相手は別にいるって……お相手? なんの? そう言うってどう言う意味?
「あの、お相手とは、なんのお相手でしょうか?」
ザザは勇気を出して尋ねた。とにかく何も知らないのだから聞く他はない。
「まぁ、ごめんなさい。私ったら持って回った言い方をしてしまいました。つまり、親しくお付き合いするご婦人という意味です」
「お付き合い」
「ええ、恋人っていえばわかりやすいですか?」
「……」
わからなかった。
お付き合いも、恋人の意味も。
すごく気になるのだが、メイサの口調から察してこれ以上しつこく聞くことも禁忌のような気がする。
ザザは諦めて質問を変えた。
「それであの……外に出すって、わたしがここから出るということでしょうか?」
「そうですよ。ザザさんだって、いつまでもこちらにはいられないでしょう? 都の暮らしがわかったら、然るべきところに預けられると思います。きっと良いお家を紹介してくださいますよ。それまで私が少しはお手伝いさせていただきます。一緒に頑張りましょう」
「……はい」
ザザはよくわからないながら、メイサは自分のことを心配してくれているのだと受け止めて、素直に頷いてみせた。
メイサが帰った後、ザザはこれからの自分の身の振り方について考えた。
自分はいずれギディオンの元を離れなければならないのは、どうやらメイサの中では決定事項のように思える。そのことを思うと、心が重く沈んだ。
ギディオン様もそう望まれるのならば、わたしはお言いつけ通りにしなければならないのだわ。外に出ろというなら、出ていかなければ。
それに。
恋人と言う、親しいご婦人がいらっしゃるのなら、私がいるのはよくないことなのかも。
はっきりわかることが一つもない。
薬を調合するのならば、帳面に薬草の種類や分量がきっちり記されているから、その通りにすればいいのに。人との関係はどうしてこう、曖昧なことが多いのかしら?
知らず、ザザは大きなため息をついた。
「わからないことはいずれ解決していけばいい。私は今できることをしないといけないわ」
『大きくなれ』
それはザザが初めてもらったギディオンからの命である。
ザザの知る魔女は師匠のドルカと、ドルカが教えてくれた伝説の魔女や書物の中の有名な魔女だけだが、ザザの知る限り、どの魔女も鶴のように痩せていたと言う。身体の欲求を極限まで抑えた結果だと、ドルカは教えた。
しかし、それがなんであろうか。主人が大きくなれといったからには、大きくならないといけないのだ。体を大きくするためには食べなければ。
次の日からザザは一日三食食べるようになった。
メイサの用意してくれる食事の他に、余った材料で自分でも料理を作って食べた。食べたくなくても、苦しくなっても。
そうして、夜になると堪えきれなくなって吐いた。それでも食べ続けた。
ある夜、帰ってきたギディオンが見つけたのは、台所に倒れている魔女の娘だった。
言葉の意味がわからずにザザは首を傾げた。
「庶子ってのはね、お母上が違うと言うことです。ご兄弟は兄君と弟君がいらっしゃるんですけれど、ギディオン様だけがお母様が違うのです」
「……本当のお母さまは?」
「ギディオン様を伯爵家に託して、出ていかれたそうです。私は存じ上げないのですけど」
ザザが真剣に聞いているので興が乗ってきたのか、メイサは語り始める。
「当家の奥方さまはもう亡くなっておられるのですが、ギディオン様とご兄弟とは差をつけて接しておられて。お父上の伯爵さまはあまり家にいないしで、寂しい御幼少時代たったかと。あ、でもご兄弟の仲はよろしいのですよ。嫡男のセナース様も、弟気味のリッツァ様も良い方達ですし」
「セナースさまに、リッツァさま……」
それがギディオンの母違いの兄弟の名前なのだ。
「でも、ギディオン様は兄君にも弟君にも遠慮なさって、成人する前に軍隊にお入りになったのです」
「遠慮すると軍隊に入るということになるのですか?」
「家督にも、領地や財産にも興味はないという、あの方なりの意思表示ということですよ」
「……なるほど」
貴族の家のしがらみが、実はよくわからなかったザザだが、ギディオンが実家と距離を置いている事情があることはなんとなく理解できた。
「でもね、ザザさん。私は喜んでいるのです。ザザさんはギディオン様が初めて、私に世話をしてくれと頼んだ人ですから。今まで、そんな風に気にかけられた人はいなかったのです」
「それは私が世間のことをよく知らないからかと。今までたくさんのご迷惑をかけてしまって……」
「あの方は責任感はお強いですが、他人を家に入れるような人ではなかったですからね。しかも、小さな女の子を!」
「ちいさなおんなのこ……」
確かに体は大きくはない。
「悪く取らないでくださいましね、ザザさん。私最初にギディオン様にご意見申し上げたんですよ。いくら幼くたって婚姻前の若い男女が一緒に住むのは世間的にはよろしくないと」
「……よろしくないのですか?」
世間の理屈がまだザザにはよくわからない。ザザが思うのは主と決めた彼にひたすら仕えたいだけで、その為には側にいることが必然なのだ。
「ええ、勿論。でもギディオン様は、ザザさんが世間のことを知らないから外に出す前に、もう少し猶予期間を置いてやりたいと強くおっしゃるので、私も折れてしまったんです。ギディオン様はああ見えて本当は誠実な方ですから、ザザさんは安心な吸っていいと思います。それに私は存じないですが、あのかたの大人の男性ですからそう言うお相手くらい、いらっしゃるでしょうから。まぁ心配ないかと」
外に出す? そう言うお相手……?
メイサの話を理解しようとザザは必死で頭を絞った。
つまり、若い男女が一緒に住むのは本当はまずいんだけど、私はいずれ追い出されるような存在だから心配ない。それにお相手は別にいるって……お相手? なんの? そう言うってどう言う意味?
「あの、お相手とは、なんのお相手でしょうか?」
ザザは勇気を出して尋ねた。とにかく何も知らないのだから聞く他はない。
「まぁ、ごめんなさい。私ったら持って回った言い方をしてしまいました。つまり、親しくお付き合いするご婦人という意味です」
「お付き合い」
「ええ、恋人っていえばわかりやすいですか?」
「……」
わからなかった。
お付き合いも、恋人の意味も。
すごく気になるのだが、メイサの口調から察してこれ以上しつこく聞くことも禁忌のような気がする。
ザザは諦めて質問を変えた。
「それであの……外に出すって、わたしがここから出るということでしょうか?」
「そうですよ。ザザさんだって、いつまでもこちらにはいられないでしょう? 都の暮らしがわかったら、然るべきところに預けられると思います。きっと良いお家を紹介してくださいますよ。それまで私が少しはお手伝いさせていただきます。一緒に頑張りましょう」
「……はい」
ザザはよくわからないながら、メイサは自分のことを心配してくれているのだと受け止めて、素直に頷いてみせた。
メイサが帰った後、ザザはこれからの自分の身の振り方について考えた。
自分はいずれギディオンの元を離れなければならないのは、どうやらメイサの中では決定事項のように思える。そのことを思うと、心が重く沈んだ。
ギディオン様もそう望まれるのならば、わたしはお言いつけ通りにしなければならないのだわ。外に出ろというなら、出ていかなければ。
それに。
恋人と言う、親しいご婦人がいらっしゃるのなら、私がいるのはよくないことなのかも。
はっきりわかることが一つもない。
薬を調合するのならば、帳面に薬草の種類や分量がきっちり記されているから、その通りにすればいいのに。人との関係はどうしてこう、曖昧なことが多いのかしら?
知らず、ザザは大きなため息をついた。
「わからないことはいずれ解決していけばいい。私は今できることをしないといけないわ」
『大きくなれ』
それはザザが初めてもらったギディオンからの命である。
ザザの知る魔女は師匠のドルカと、ドルカが教えてくれた伝説の魔女や書物の中の有名な魔女だけだが、ザザの知る限り、どの魔女も鶴のように痩せていたと言う。身体の欲求を極限まで抑えた結果だと、ドルカは教えた。
しかし、それがなんであろうか。主人が大きくなれといったからには、大きくならないといけないのだ。体を大きくするためには食べなければ。
次の日からザザは一日三食食べるようになった。
メイサの用意してくれる食事の他に、余った材料で自分でも料理を作って食べた。食べたくなくても、苦しくなっても。
そうして、夜になると堪えきれなくなって吐いた。それでも食べ続けた。
ある夜、帰ってきたギディオンが見つけたのは、台所に倒れている魔女の娘だった。
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