44 / 51
43 リュウノスの継承者 2
しおりを挟む
「氷王よ、タイラスはそなたをご指名のようだ」
重臣達が集まった中、届けられた脅迫状を読み下したギーズは、最後尾で控えるレイツェルトにそう告げた。
たった数時間でギーズは目に見えて消耗していたが、その口調も態度もいつもと変わらない。
「明日の正午、お前を神殿の正門に吊るせと言ってきている」
「タイラスを取り逃したのは俺の咎だ」
レイツェルトは冷静に答えた。
すっかり陽が落ちてしまっている。明日の正午まで、あと半日だった。
「王女が救われるなら、俺に依存はない。ただ、俺が吊るされたからといって、王女が返される保証はない」
「問題はそこだな」
ギーズは手紙に添えられた、赤い髪を握りしめた。
「まったく、あの娘め……日頃から感情のままに行動するなと言って聞かせておったに、一人で宮を抜け出し、あまつさえ囚われるとは……」
近くにいた重臣達は王の手が震えているのを見た。
「だが、私のたった一人の娘なのだ。亡き妻の忘れ形見。私が吊るされて済むものなら、いくらでも吊るされてやるに」
「陛下! お気をしっかりお持ちください。今、民に紛れて市中をくまなく探索中です。ただ、戦の直後で物資や人流が錯綜しております。タイラスもそれに乗じて潜り込めたのだと」
「失礼いたします!」
その時、侍従が入ってきた。その顔に驚きが滲んでいる。
「巫女姫様が早急に陛下にお会いしたいとの仰せです」
侍従の声にレイツェルトは素早く開かれた扉へと向かう。ネネに片手を預けながら巫女姫がゆっくりと入ってきた。
「マリュー! どうした! 何かあったのか!」
レイツェルトの支えを断り、マリュリーサはギーズの前へと進む。
「御前会議の最中に失礼いたします」
「これは巫女姫殿! お見舞いはありがたいが、ただいま、ちと取り込んでいてな。すまんが……」
「アラベラ様の居場所がわかりました」
淡々と告げられた言葉に、一瞬ホールが静まり返った。
「な、なんと……?」
「アラベラ様は南の城壁近くにおられます。すぐにお迎えのご用意を」
「そ、そりゃまことか!? 巫女姫殿、あなたにはわかるのか!」
「はい。理由は後ほど。今は一刻を争います」
自信に満ちた言葉と態度は、その場の雰囲気を一変させた。
「わ、わかった! すぐに準備を整えよ! 半刻で出発する。氷王、そなたが作戦指揮を取れ! 私も参るほどに」
「承知」
「私も参ります」
「だめだ!」
マリュリーサの宣言を、レイツェルトは即座に却下した。
「いいえ、レイツェルト様。私でなければ、アラベラ様の居場所はわかりません」
「だめだ。視力の弱ったお前に無理をさせる訳にはいかない。場所を教えてくれたら、あとは俺がやる。お前はここにいろ!」
「いやよ! 正確な場所は近づかないと、はっきりとは言えないの。だから陛下! 私を連れていってください」
過保護な恋人を見限って、マリュリーサはギーズに向かって言った。
「わかった。では参る! アラベラを取り返すのだ!」
そして半刻後──。
闇を走る荷馬車があった。御者はフードを引っ被ったレイツェルトである。目立ってはいけないので、護衛の騎馬はつけられない。しかし馬車を取り囲むように彼の配下達が、壁をつたい、屋根を蹴って進んでいた。
幌の中にはギーズとエドガー、マリュリーサ、そしてエクィがいた。
「そろそろ近いです」
「そうか。では適切な場所で馬車を止めて歩くが、巫女姫様には大丈夫か」
「平気です。この辺りはとても入り組んでいるようですね。私でなければ場所は特定できません」
「……こんな時に尋ねるのもなんだが、どうしてあなたにアラベラの居場所がわかるのだ?」
「神樹が伝えてくれるのです」
「リュウノス神樹が? それはまたなぜ?」
「まだはっきりとは言えません。ですが以前、アラベラ様を神樹のもとにお連れした時、あの方は神樹と共感できる心をお持ちでした。だから、神樹はそれに答えてくれたのだと……今はそれしか言えません」
「……不思議なものだな」
ギーズは驚いたように巫女姫の言葉を聞いている。すぐ後ろの御者台にはレイツェルトがいて、マリュリーサを振り向いた。
「この辺りで停める」
「よし!」
そこは屋根と壁が残った空き家で、うまく馬車を隠せた。
すぐ向こうには都市を守る壁が、夜目にも黒々と聳え立っている。城壁の周りだけはさすがに建物はない。
エクィに手を取られて馬車を降りたマリュリーサは、しばらく目を閉じていたが、やがて城壁近くの建物を指さした。
「あの方向です。もっと近づきましょう」
「わかった。参るぞ!」
ギーズが剣を携えて倉庫を出た。
「マリュリーサはここにいろ」
レイツェルトは再びマリュリーサを止めた。
気丈に振る舞ってはいるが、本当は弱っている彼女にこれ以上、無理はさせたくなかったのだ。
「いいえ。もっと正確にわかるまでついて行きます。止めても無駄よ、レイ」
「……」
「急ぐの。わかって」
「くそ! お前はいつも俺より強い」
「氷王にお褒めいただき光栄です」
黒いフードのエクィがマリュリーサを守るように側に付き従う。彼女の気配はすでにかつての暗殺者のそれだった。
時刻は真夜中に近い。今夜は半月のはずだが、雲が多く、月は見えたり隠れたりしている。
慎重に注意を払いながら、それでもじりじりと包囲は狭まっていった。
「姫様はあの建物の中です」
マリュリーサが指したのは、斜め前にある三階建ての古い石造りの建屋だった。一階は元々家畜用の飼料倉庫だったらしく、幅と奥行きのある建物だ。弱い月明かりの中だが、木製の雨戸がしっかり閉じられているのが見えた。
レイツェルトは建物をざっと見聞して、中にいるのは少なくとも十人くらいだと予想する。しかし、建物と建物の間に路地があるので、そこから新手が来るのかもしれなかった。
「……真ん中くらいにおられるようです」
マリュリーサは集中しているのか、目を閉じたまま言った。
「二階か」
レイツェルトは部下に合図して、屋根から攻めるように指示を出した。ギーズとエドガーは正面扉から迫る。
月がまた隠れた。
「俺もゆく。マリュリーサはここから絶対に動くな。エクィ、頼む」
そう言って、彼もまた闇に紛れた。
***************
この項を書くにあたり、41話を修正いたしました。
「氷王の最愛」は、この日曜日、17日に完結予定です。
どうか、最後まで見届けてくださいませ。
そして、応援してやってください。
重臣達が集まった中、届けられた脅迫状を読み下したギーズは、最後尾で控えるレイツェルトにそう告げた。
たった数時間でギーズは目に見えて消耗していたが、その口調も態度もいつもと変わらない。
「明日の正午、お前を神殿の正門に吊るせと言ってきている」
「タイラスを取り逃したのは俺の咎だ」
レイツェルトは冷静に答えた。
すっかり陽が落ちてしまっている。明日の正午まで、あと半日だった。
「王女が救われるなら、俺に依存はない。ただ、俺が吊るされたからといって、王女が返される保証はない」
「問題はそこだな」
ギーズは手紙に添えられた、赤い髪を握りしめた。
「まったく、あの娘め……日頃から感情のままに行動するなと言って聞かせておったに、一人で宮を抜け出し、あまつさえ囚われるとは……」
近くにいた重臣達は王の手が震えているのを見た。
「だが、私のたった一人の娘なのだ。亡き妻の忘れ形見。私が吊るされて済むものなら、いくらでも吊るされてやるに」
「陛下! お気をしっかりお持ちください。今、民に紛れて市中をくまなく探索中です。ただ、戦の直後で物資や人流が錯綜しております。タイラスもそれに乗じて潜り込めたのだと」
「失礼いたします!」
その時、侍従が入ってきた。その顔に驚きが滲んでいる。
「巫女姫様が早急に陛下にお会いしたいとの仰せです」
侍従の声にレイツェルトは素早く開かれた扉へと向かう。ネネに片手を預けながら巫女姫がゆっくりと入ってきた。
「マリュー! どうした! 何かあったのか!」
レイツェルトの支えを断り、マリュリーサはギーズの前へと進む。
「御前会議の最中に失礼いたします」
「これは巫女姫殿! お見舞いはありがたいが、ただいま、ちと取り込んでいてな。すまんが……」
「アラベラ様の居場所がわかりました」
淡々と告げられた言葉に、一瞬ホールが静まり返った。
「な、なんと……?」
「アラベラ様は南の城壁近くにおられます。すぐにお迎えのご用意を」
「そ、そりゃまことか!? 巫女姫殿、あなたにはわかるのか!」
「はい。理由は後ほど。今は一刻を争います」
自信に満ちた言葉と態度は、その場の雰囲気を一変させた。
「わ、わかった! すぐに準備を整えよ! 半刻で出発する。氷王、そなたが作戦指揮を取れ! 私も参るほどに」
「承知」
「私も参ります」
「だめだ!」
マリュリーサの宣言を、レイツェルトは即座に却下した。
「いいえ、レイツェルト様。私でなければ、アラベラ様の居場所はわかりません」
「だめだ。視力の弱ったお前に無理をさせる訳にはいかない。場所を教えてくれたら、あとは俺がやる。お前はここにいろ!」
「いやよ! 正確な場所は近づかないと、はっきりとは言えないの。だから陛下! 私を連れていってください」
過保護な恋人を見限って、マリュリーサはギーズに向かって言った。
「わかった。では参る! アラベラを取り返すのだ!」
そして半刻後──。
闇を走る荷馬車があった。御者はフードを引っ被ったレイツェルトである。目立ってはいけないので、護衛の騎馬はつけられない。しかし馬車を取り囲むように彼の配下達が、壁をつたい、屋根を蹴って進んでいた。
幌の中にはギーズとエドガー、マリュリーサ、そしてエクィがいた。
「そろそろ近いです」
「そうか。では適切な場所で馬車を止めて歩くが、巫女姫様には大丈夫か」
「平気です。この辺りはとても入り組んでいるようですね。私でなければ場所は特定できません」
「……こんな時に尋ねるのもなんだが、どうしてあなたにアラベラの居場所がわかるのだ?」
「神樹が伝えてくれるのです」
「リュウノス神樹が? それはまたなぜ?」
「まだはっきりとは言えません。ですが以前、アラベラ様を神樹のもとにお連れした時、あの方は神樹と共感できる心をお持ちでした。だから、神樹はそれに答えてくれたのだと……今はそれしか言えません」
「……不思議なものだな」
ギーズは驚いたように巫女姫の言葉を聞いている。すぐ後ろの御者台にはレイツェルトがいて、マリュリーサを振り向いた。
「この辺りで停める」
「よし!」
そこは屋根と壁が残った空き家で、うまく馬車を隠せた。
すぐ向こうには都市を守る壁が、夜目にも黒々と聳え立っている。城壁の周りだけはさすがに建物はない。
エクィに手を取られて馬車を降りたマリュリーサは、しばらく目を閉じていたが、やがて城壁近くの建物を指さした。
「あの方向です。もっと近づきましょう」
「わかった。参るぞ!」
ギーズが剣を携えて倉庫を出た。
「マリュリーサはここにいろ」
レイツェルトは再びマリュリーサを止めた。
気丈に振る舞ってはいるが、本当は弱っている彼女にこれ以上、無理はさせたくなかったのだ。
「いいえ。もっと正確にわかるまでついて行きます。止めても無駄よ、レイ」
「……」
「急ぐの。わかって」
「くそ! お前はいつも俺より強い」
「氷王にお褒めいただき光栄です」
黒いフードのエクィがマリュリーサを守るように側に付き従う。彼女の気配はすでにかつての暗殺者のそれだった。
時刻は真夜中に近い。今夜は半月のはずだが、雲が多く、月は見えたり隠れたりしている。
慎重に注意を払いながら、それでもじりじりと包囲は狭まっていった。
「姫様はあの建物の中です」
マリュリーサが指したのは、斜め前にある三階建ての古い石造りの建屋だった。一階は元々家畜用の飼料倉庫だったらしく、幅と奥行きのある建物だ。弱い月明かりの中だが、木製の雨戸がしっかり閉じられているのが見えた。
レイツェルトは建物をざっと見聞して、中にいるのは少なくとも十人くらいだと予想する。しかし、建物と建物の間に路地があるので、そこから新手が来るのかもしれなかった。
「……真ん中くらいにおられるようです」
マリュリーサは集中しているのか、目を閉じたまま言った。
「二階か」
レイツェルトは部下に合図して、屋根から攻めるように指示を出した。ギーズとエドガーは正面扉から迫る。
月がまた隠れた。
「俺もゆく。マリュリーサはここから絶対に動くな。エクィ、頼む」
そう言って、彼もまた闇に紛れた。
***************
この項を書くにあたり、41話を修正いたしました。
「氷王の最愛」は、この日曜日、17日に完結予定です。
どうか、最後まで見届けてくださいませ。
そして、応援してやってください。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
180
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる