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43 リュウノスの継承者 2

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「氷王よ、タイラスはそなたをご指名のようだ」
 重臣達が集まった中、届けられた脅迫状を読み下したギーズは、最後尾で控えるレイツェルトにそう告げた。
 たった数時間でギーズは目に見えて消耗していたが、その口調も態度もいつもと変わらない。
「明日の正午、お前を神殿の正門に吊るせと言ってきている」
「タイラスを取り逃したのは俺のとがだ」
 レイツェルトは冷静に答えた。
 すっかり陽が落ちてしまっている。明日の正午まで、あと半日だった。
「王女が救われるなら、俺に依存はない。ただ、俺が吊るされたからといって、王女が返される保証はない」
「問題はそこだな」
 ギーズは手紙に添えられた、赤い髪を握りしめた。
「まったく、あの娘め……日頃から感情のままに行動するなと言って聞かせておったに、一人で宮を抜け出し、あまつさえ囚われるとは……」
 近くにいた重臣達は王の手が震えているのを見た。
「だが、私のたった一人の娘なのだ。亡き妻の忘れ形見。私が吊るされて済むものなら、いくらでも吊るされてやるに」
「陛下! お気をしっかりお持ちください。今、民に紛れて市中をくまなく探索中です。ただ、戦の直後で物資や人流が錯綜さくそうしております。タイラスもそれに乗じて潜り込めたのだと」
「失礼いたします!」
 その時、侍従が入ってきた。その顔に驚きが滲んでいる。
「巫女姫様が早急に陛下にお会いしたいとの仰せです」
 侍従の声にレイツェルトは素早く開かれた扉へと向かう。ネネに片手を預けながら巫女姫がゆっくりと入ってきた。
「マリュー! どうした! 何かあったのか!」
 レイツェルトの支えを断り、マリュリーサはギーズの前へと進む。
「御前会議の最中に失礼いたします」
「これは巫女姫殿! お見舞いはありがたいが、ただいま、ちと取り込んでいてな。すまんが……」
「アラベラ様の居場所がわかりました」
 淡々と告げられた言葉に、一瞬ホールが静まり返った。
「な、なんと……?」
「アラベラ様は南の城壁近くにおられます。すぐにお迎えのご用意を」
「そ、そりゃまことか!? 巫女姫殿、あなたにはわかるのか!」
「はい。理由は後ほど。今は一刻を争います」 
 自信に満ちた言葉と態度は、その場の雰囲気を一変させた。
「わ、わかった! すぐに準備を整えよ! 半刻で出発する。氷王、そなたが作戦指揮を取れ! 私も参るほどに」
「承知」
「私も参ります」
「だめだ!」
 マリュリーサの宣言を、レイツェルトは即座に却下した。
「いいえ、レイツェルト様。私でなければ、アラベラ様の居場所はわかりません」
「だめだ。視力の弱ったお前に無理をさせる訳にはいかない。場所を教えてくれたら、あとは俺がやる。お前はここにいろ!」
「いやよ! 正確な場所は近づかないと、はっきりとは言えないの。だから陛下! 私を連れていってください」
 過保護な恋人を見限って、マリュリーサはギーズに向かって言った。
「わかった。では参る! アラベラを取り返すのだ!」

 そして半刻後──。
 闇を走る荷馬車があった。御者はフードを引っ被ったレイツェルトである。目立ってはいけないので、護衛の騎馬はつけられない。しかし馬車を取り囲むように彼の配下達が、壁をつたい、屋根を蹴って進んでいた。
 ほろの中にはギーズとエドガー、マリュリーサ、そしてエクィがいた。
「そろそろ近いです」
「そうか。では適切な場所で馬車を止めて歩くが、巫女姫様には大丈夫か」
「平気です。この辺りはとても入り組んでいるようですね。私でなければ場所は特定できません」
「……こんな時に尋ねるのもなんだが、どうしてあなたにアラベラの居場所がわかるのだ?」
「神樹が伝えてくれるのです」
「リュウノス神樹が? それはまたなぜ?」
「まだはっきりとは言えません。ですが以前、アラベラ様を神樹のもとにお連れした時、あの方は神樹と共感できる心をお持ちでした。だから、神樹はそれに答えてくれたのだと……今はそれしか言えません」
「……不思議なものだな」
 ギーズは驚いたように巫女姫の言葉を聞いている。すぐ後ろの御者台にはレイツェルトがいて、マリュリーサを振り向いた。
「この辺りで停める」
「よし!」
 そこは屋根と壁が残った空き家で、うまく馬車を隠せた。
 すぐ向こうには都市を守る壁が、夜目にも黒々と聳え立っている。城壁の周りだけはさすがに建物はない。
 エクィに手を取られて馬車を降りたマリュリーサは、しばらく目を閉じていたが、やがて城壁近くの建物を指さした。
「あの方向です。もっと近づきましょう」
「わかった。参るぞ!」
 ギーズが剣を携えて倉庫を出た。
「マリュリーサはここにいろ」
 レイツェルトは再びマリュリーサを止めた。
 気丈に振る舞ってはいるが、本当は弱っている彼女にこれ以上、無理はさせたくなかったのだ。
「いいえ。もっと正確にわかるまでついて行きます。止めても無駄よ、レイ」
「……」
「急ぐの。わかって」
「くそ! お前はいつも俺より強い」
「氷王にお褒めいただき光栄です」
 黒いフードのエクィがマリュリーサを守るように側に付き従う。彼女の気配はすでにかつての暗殺者のそれだった。
 時刻は真夜中に近い。今夜は半月のはずだが、雲が多く、月は見えたり隠れたりしている。
 慎重に注意を払いながら、それでもじりじりと包囲はせばまっていった。
「姫様はあの建物の中です」
 マリュリーサが指したのは、斜め前にある三階建ての古い石造りの建屋だった。一階は元々家畜用の飼料倉庫だったらしく、幅と奥行きのある建物だ。弱い月明かりの中だが、木製の雨戸がしっかり閉じられているのが見えた。
 レイツェルトは建物をざっと見聞して、中にいるのは少なくとも十人くらいだと予想する。しかし、建物と建物の間に路地があるので、そこから新手が来るのかもしれなかった。
「……真ん中くらいにおられるようです」
 マリュリーサは集中しているのか、目を閉じたまま言った。
「二階か」
 レイツェルトは部下に合図して、屋根から攻めるように指示を出した。ギーズとエドガーは正面扉から迫る。
 月がまた隠れた。
「俺もゆく。マリュリーサはここから絶対に動くな。エクィ、頼む」
 そう言って、彼もまた闇に紛れた。



***************


この項を書くにあたり、41話を修正いたしました。

「氷王の最愛」は、この日曜日、17日に完結予定です。
どうか、最後まで見届けてくださいませ。
そして、応援してやってください。
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