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14 聖なる滝の内側で 2

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 ああ……これはなに?
 私は何をされているの?

 耳に滑り込むのは、サラサラと流れ落ちる滝の音。そして湿り気を帯びた全く別の水音。
 それはすぐ近くから聞こえる。
 熱く濡れたものが、自分の耳をむさぼっている。聞いたことのない粘性のある音と、くすぐったいような、むず痒いような感触に手足が痺れる。
「……つっ!」
 熱い息が吹きかけられたかと思うと、かりりと耳たぶを噛まれた。
「覚えているか、この感覚を」
 びくりと跳ね上がった肩を見て、男が間近で笑った。
「……」
 マリュリーサは混乱を瞳に浮かべるだけで精一杯だ。
「ああ、その瞳……以前はもっと濃い金色だった……そうだ、この髪も」
 レイツェルトは長い髪をすくい上げる。密やかに光る淡い金髪は、素直に男の指にかれて流れた。
「太陽の光を浴びて、輝くような蜂蜜色だった。こんな弱々しい色ではなく」
「え……?」
 古い記憶を辿ると、 確かに今より髪が短かった頃は、もっと濃い色だったような気がする。その頃はまだ自分で髪を梳いていたのだ。
「閉塞感に満ちたあの島で、お前は俺の光だった」
 思わず自分の毛先を眺めたマリュリーサを、レイツェルトは熱く見つめる。
いろどりは弱くなった……だが、体は大人になった」
「……」
「全部、見たい」
「え? あ!」
 胸元に指がかかったかと思うと、絹が一気に引き裂かれる。巫女姫のあかしの絹の白い装束しょうぞくはあっという間に、ただの布切れになった。
 あまりのことに言葉も出ないマリュリーサの体をつくづくと眺め、レイツェルトはため息をついた。既に余裕の表情は失われ、瞳の奥には欲望の炎がともっている。
「なんという白さだ……昔はもっと陽に焼けていたが」
「や……やめ」
 男の視線は容赦なく、上から下へとめるように注がれ、左の鎖骨の上にある聖樹の印の上で止まる。そこは先日、彼によって噛まれた部分だ。無論その痕はもう消えている。
「この印……俺にとっては憎むべきものだ」
「でもこれは、神樹の」
「この紋様が表れて、お前はいなくなった」
 マリュリーサの言葉を遮ったレイツェルトは、指先でその印に触れた。円を描くように、丸くゆっくりと。
「し、知らない……」
 緩やかな刺激に気を取られないよう、マリュリーサは首を振る。
「ではこれはどうだ?」
 そう言うと、レイツェルトは自分の服の胸元をくつろげた。マリュリーサとほぼ同じ場所、心臓の上に黒い紋様が現れる。
「そ、それは!」
 黒い薔薇の刺青だった。
 マリュリーサの聖樹の印よりも、ずっと精巧で禍々しい。レイツェルトは自分の紋様を見せつけるように突き出す。
「これはとっくの昔に滅んだグレイシュローズ王家の紋章だ。もっとも、これはお前のものと違い、ただの刺青いれずみだ。最初は黒い染みのように見えたが、成長するにつれて皮膚が伸びてこのような形になった。大した技術だ」
「これが、刺青……」
 マリュリーサは食い入るように、黒い薔薇を見つめた。
「誰がこんなことを?」
「さぁ、大陸のどこかに古い技術の継承者がいて、母はそこに俺を連れて行ったのだろう。だが、その場所も人も覚えていないし、どうでもいい。今俺たちはここにいる。そのことがすべてだ」
 胸と胸が合わさる。
「かつて、俺たちはお互いの胸にあるこの痣をり合わせた。こんな風に」
「ああ!」
 二つの紋様が重なり合った。
 裸の胸同士を押し付けられ、互いの突起をこすりあわされて、さっきとはまた違う感覚が全身を駆け巡る。
「あ……あ! 嫌です、こんなことは……」
 あらがう声は弱い。硬い突起がくりくりと擦れ合うたびに、あろうことか下腹に熱が溜まっていくのだ。
「俺たちは島の秘密の場所で、知られてはならない遊びを覚えた。だが、ここは以前より豊かになった」
「ひぁ!」
 突然胸の頂をたっぷりと含まれて、体が跳ねる。
 細かい水滴で冷たくなった肌なのに、触れられている部分だけが異様に熱い。

 い、いや! なに、この感覚は!

 直接神経に伝わる刺激で、思考にかすみががかる。とんでもないことだと思えるのに、身をゆだねてしまいたい誘惑が染み出してくるのだ。
「……っあ!」
 強く吸い上げられ、半身が浮いたところに腕が回って上体が抱き起こされた。
 背中を支える硬いものは、おそらく彼の膝なのだろう。赤ん坊のように抱き込まれている。
「マリュー……、俺のマリュー……」
 耳から流れこむ、かすれた囁き。
 まるで幼児のように抱かれ、口づけを繰り返され、胸を掴まれている。

 ああ……これ……この感覚、いつかどこかで……。

 マリュリーサはぼんやりとした頭で思った。
 絶え間なく聞こえる水音。
 木漏れ日。
 背後から光を受けて透ける銀髪と、よく光る青い目。
 冷たい容貌の中の熱い欲望。

「んっ! だ、だめ!」
 硬い指先がもう一方の蕾を摘む。あふれる心地よさと、背後の罪の意識にさいなまれ、マリュリーサは体を捻って抗うも、一際きつく吸い上げられる。
「あああああ!」
 たかまりに耐えかね、腰がしなった。
「胸だけでいったか?」
「……い、いく?」
 どこへ行くと言うのだろうか? 
「お前はどこも感じやすかった」
「こ、こんなことを、私はしていた……の?」
「ああ、幾度も」
「そんな……」
 体が異様に熱かった。熱いのは嫌いではないが、こんな熱さは知らない。
 その──はずだった。
「お願い……もうこれ以上は……」
「聞けない。昔のお前はもっと奔放だった」
「だったら、私はどうして巫女姫になったの? リュウノスの巫女姫は清らかな存在のはず!」
「罪も罰も後から与えられた概念だ。そもそも樹木にそんな概念はないはず。神樹と巫女に、共鳴する特殊な力があることは認めるが、あとは神官達が作り上げたものだ」
「……」
「だから、俺たちはこれからをする」
「つづき……があるのですか?」
「あるとも。さぁ……マリュリーサ、足を開け」 
「あ、足を?」
 思わずマリュリーサは身をすくめる。
 見られたくない、知られたくもない。
 そこは体中で最も熱く、柔らかい部分だったから。

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