上 下
10 / 35

 9 誰を好きでもいいんです 少尉さん

しおりを挟む
 それからのアンは、パーティのことで頭がいっぱいになった。
 授業中、先生にあてられて幾度も答えに詰まり、ひどい時にはあてられたことさえ気がつかない有様で、友達のソフィやローリエが心配したほどだ。
「ちょっと! 最近ひどいわよ、アン」
 学生食堂で向かい合わせに座ったソフィが、しかめ面をしている。
 ソフィは首都で布商人の一人娘だった。軍にもたくさんの物資を卸している。
 その隣のローリエの父は、有名な薬学博士で女子の高等教育の推奨者である。
 三人の前には湯気を立てているシチューが置かれていた。学生食堂の煮物はたくさん作るため、熱くて美味しいのだ。
「ごめん、さっきは背中つついてくれてありがと。また失敗しちゃうところだった」
「いいけど……パーティのこと考えてるの?」
「うん、まぁ」
「あんなに出たくないって言ってたのに、何があったのよ」
「ま、まぁ……いろいろとね。お母さまも何事も経験だって言ってくれたし」
「ふぅん……で? 誰と行くの?」
「ぶはっ!」
 アンはシチューにむせた。
「ヨアキムに誘われてたでしょう? 彼と行くの?」
「いっ、行かないわ!」
 アンはぶんぶんと首を振った。
「あの人、いつもからかってくるんだもの。さすがに昔みたいに、あからさまじゃないけど。今回私を誘ったのだって、私の服とか髪をからかって楽しむために決まっているわ」
「……ヨアキムも気の毒にねぇ」
 ローリエが感慨深げに言った。
「どう言う意味?」
 アンが食べる手を止めて尋ねる。
「ええ……わからないならいいわよ。そこまで野暮じゃないし……で、じゃあヨアキムじゃないなら誰と行くの?」
「……お父様のお知り合い」
「フリューゲル様の? じゃあ、近衛の方?」
「……まぁ、そうなる……かな」
「素敵じゃない!」
「近衛の方なんて憧れだわ!」
 ソフィとローリエが声をそろえた。
「……まぁ、お父さまの手前、お義理で申し出てくれたんだけどね」
「それでも、私たちの初めてのパーティなんだし、慣れた方にエスコートしてもらうのっていいじゃない。私なんてお兄さまよ」
「ローリエのお兄さまだって素敵よ」
「私はお父さん。げっそりだわ」
 ソフィも続く。
「ソフィのお父様は、立派な布商人じゃない。この学校の制服も作っているわ。パーティのドレスだって、たくさん作ってる有名人じゃない」
「アンも注文してくれたの?」
「ええ。お母様が特別だからって、カタログを取り寄せて」
 ソフィもローリエも商人の家だが、フリューゲル家も貴族としては下級だから、アンは身分など気にしたことがない。二人ともアンの少ない大切な友人だった。
「よぅ。素敵な話をしているじゃないか」
 後ろから割り込んできたのは、ヨアキムだ。
「お前、パーティには行かないって断ったくせに、やっぱり行く気になったのか?」
「ええ……まぁ。お母様が最初のパーティは大切だって……それにお父様の部下の方が連れて行ってくれることになって……」
「ふぅん……行かないっていってたくせに」
 ヨアキムの下目づかいは割と迫力がある。
「最初は本当に行く気じゃなかったの。嘘じゃないわ、だって私は地味女で、クジで仕方なくでしょ」
 アンはかつての悪口を使って応戦した。
「別にいいさ、俺はお前じゃなくても構わないし。クジだって、ただのゲームだし。ああ、そうだ。お前、ちょっと来いよ」
「なんで? お昼ご飯食べてるし」
「じゃあ、十分待ってやる。中庭の天使像のところだ」
 そういうと、ヨアキムはさっさと食堂を出て行った。
「え~、嫌だって言おうとしたのに」
 アンはげっそりといったが、ソフィはぽんと肩を叩いた。
「いいじゃない、行っておあげなさいよ。別にとって食われたりしないわよ」
「でも、絶対嫌味言われるし」
「まぁ、でも聞いてあげたら? 私たちは教室で待ってるわ」
 思慮深いローレルまでもがそう言うので、アンは仕方なくまだ熱いシチューに手をつけた。

「お前、あいつと行くんだろう?」
 冬薔薇に囲まれれた中庭の天使像は、微笑みながら二人を見下ろしている。
「あいつって?」
「あいつだよ。あの有名人! フュルーゲル閣下の側近の色男!」
「色男って……レイルダー少尉さんのことを言ってるの? うん、そう。両親に気を遣ってくださって誘ってくださったの。あの方はパーティに慣れてらっしゃるから」
「そうだ。わかっているじゃないか。あいつは慣れてんだよ。お前じゃ相手にもならない」
「知ってるわ」
 底意地の悪いヨアキムに対し、我ながら平然と振る舞えている、とアンは自分を誉めた。

 そんなこと言われなくても、とっくに知ってる。
 少尉さんは私のこと、お世話になってる上官の娘としか思ってないもの。

「私は少尉さんに、お義理でエスコートしてもらうだけ」
「……あいつが好きなんだろう? あの時のお前の顔、はっきり覚えてるぜ」
「あの時?」
「ほら昔、馬で競争した帰り道、車中からあいつを見かけたろ? あの時お前すごい顔してた」
「……すごい顔?」
「ああ、すごい泣きそうな不細工な顔」
「ぶさいく」

 そっか。
 確かにお母さまと比べるまでもなく、ぶさいくだよね私。
 少尉さんの周りには綺麗な人がいっぱい。そして少尉さんが一番綺麗なんだもの。
 私のことは可愛がってくださるけど、それはいつまでも子どもだって思われてるからで。
だから、少尉さんが誰を好きでも、誰とお付き合いしても、私のことは見てはくれない。
 どんなに大好きでも、絶対振り向いてもらえない。
 でも……! 

「それのなにが悪いのよ!?」
 アンは言い放って一歩踏み出した。
「え」
「私が好きなんだからそれでいいのよ。私のことは私が考える。責めるのも、泣くのも私がする。あなたには関係ない」
「……っ!」
「そんな話をするために、私を呼び出したの? あなたが私を嫌いなのはよくわかってるから、こんな話は無意味よ。じゃあ、午後の授業があるから!」
 言い放って、アンはヨアキムに背を向けた。涙目は見られたくなかった。
 天使像に背を向け、勢いだけで薔薇の中を歩いていく。
 立ち止まりたくはなかった。


   *****


つき詰めて書くのが好きな私ですが、今回は基本緩めの設定で書いてます。
変だなと思ったところはやんわりご指摘ください。
Twitterのフォローもよろしくです。たまにこぼれ話があります。
しおりを挟む
感想 49

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

お飾り公爵夫人の憂鬱

初瀬 叶
恋愛
空は澄み渡った雲1つない快晴。まるで今の私の心のようだわ。空を見上げた私はそう思った。 私の名前はステラ。ステラ・オーネット。夫の名前はディーン・オーネット……いえ、夫だった?と言った方が良いのかしら?だって、その夫だった人はたった今、私の足元に埋葬されようとしているのだから。 やっと!やっと私は自由よ!叫び出したい気分をグッと堪え、私は沈痛な面持ちで、黒い棺を見つめた。 そう自由……自由になるはずだったのに…… ※ 中世ヨーロッパ風ですが、私の頭の中の架空の異世界のお話です ※相変わらずのゆるふわ設定です。細かい事は気にしないよ!という読者の方向けかもしれません ※直接的な描写はありませんが、性的な表現が出てくる可能性があります

旦那様は大変忙しいお方なのです

あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。 しかし、その当人が結婚式に現れません。 侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」 呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。 相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。 我慢の限界が――来ました。 そちらがその気ならこちらにも考えがあります。 さあ。腕が鳴りますよ! ※視点がころころ変わります。 ※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

【12/29にて公開終了】愛するつもりなぞないんでしょうから

真朱
恋愛
この国の姫は公爵令息と婚約していたが、隣国との和睦のため、一転して隣国の王子の許へ嫁ぐことになった。余計ないざこざを防ぐべく、姫の元婚約者の公爵令息は王命でさくっと婚姻させられることになり、その相手として白羽の矢が立ったのは辺境伯家の二女・ディアナだった。「可憐な姫の後が、脳筋な辺境伯んとこの娘って、公爵令息かわいそうに…。これはあれでしょ?『お前を愛するつもりはない!』ってやつでしょ?」  期待も遠慮も捨ててる新妻ディアナと、好青年の仮面をひっ剥がされていく旦那様ラキルスの、『明日はどっちだ』な夫婦のお話。    ※なんちゃって異世界です。なんでもあり、ご都合主義をご容赦ください。  ※新婚夫婦のお話ですが色っぽさゼロです。Rは物騒な方です。  ※ざまあのお話ではありません。軽い読み物とご理解いただけると幸いです。 ※コミカライズにより12/29にて公開を終了させていただきます。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

強い祝福が原因だった

恋愛
大魔法使いと呼ばれる父と前公爵夫人である母の不貞により生まれた令嬢エイレーネー。 父を憎む義父や義父に同調する使用人達から冷遇されながらも、エイレーネーにしか姿が見えないうさぎのイヴのお陰で孤独にはならずに済んでいた。 大魔法使いを王国に留めておきたい王家の思惑により、王弟を父に持つソレイユ公爵家の公子ラウルと婚約関係にある。しかし、彼が愛情に満ち、優しく笑い合うのは義父の娘ガブリエルで。 愛される未来がないのなら、全てを捨てて実父の許へ行くと決意した。 ※「殿下が好きなのは私だった」と同じ世界観となりますが此方の話を読まなくても大丈夫です。 ※なろうさんにも公開しています。

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

処理中です...