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番外3 家令の休息
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「コル、とにかくゆっくり休んでくれ」
「そうよ。今まで働き過ぎだったのよ。セローもランディーも助けてくれるわ」
「そうですとも! 二人ならなんとかなります。コルさんは当分起きてこないでくださいね!」
「あとでお粥を持ってきます。他に欲しいものがあればおっしゃってください」
「眠れないなら、子守唄でも~」
「……まったく、みんなして人を重病人扱いしてから……」
領主夫妻と随身、侍女達が部屋を出て行ったあと、コルは深いため息をついた。
実は昨日から熱が出てしまい、平気だろうといつものように勤めていたら、今朝起き上がれないくらいのひどい眩暈でエルランドの朝稽古に付き添えなかったのだ。
コルが中庭に来ていないことを知ったエルランドは、すぐにセローを使わし、部屋で倒れている彼を発見したと言うわけだった。
イストラーダ城は静かな大騒ぎとなった。
エルランドがこの城に来て以来、コルがその禿頭を朝食の席に見せなかった日はないのだ。
すぐに着任したばかりの女性医師が呼ばれ、ただの風邪だとわかってからも、皆の動揺と心配は薄らがなかった。
コルはそれほど領主初め、城中の皆に信頼されその人柄を愛されてきたのだ。
部屋は早速エルランドとリザの近くに移された。
初夏だと言うのに、暖炉には火が焚かれ、かんかんと湯が沸かされる。
そして氷室から運ばせた氷を惜しげもなく砕き、氷枕を頭の下に敷かれたのだ。
「やれやれ、これでは幼児の扱いではないか……だが、まぁ」
コルはぼすんと、大きな枕に禿頭を埋めた。
「確かに疲れておったかもしれんなぁ。我ながらここ数年、よう働いた」
老人と言うには少しまだ間のある男はゆっくりと目を閉じる。
***
「……これで親父殿も亡くなられた。最後まで故郷を懐かしんでおられたな」
背の高い少年は墓標の代わりに建てた剣に花を捧げて言った。盛り上がった土饅頭が夕陽に照らされ、長い影が東に向かって伸びている。風が冷たい。
「親父殿が子どもの頃過ごしたという南の領地。俺は見たことすらない。だが、いつか必ず取り戻してみせる!コル、それまでついてきてくれるか? 今はまだ子どもだが俺はからなず、自分の領地を得る!」
年寄りも大人びたその横顔には涙のあとはなかった。
「陛下より、使者が使わされた。いよいよ王宮に乗り込むぞ! この度の俺たちの働きにきっと何かの褒賞があるに違いない。コルはどう考える?」
その問いにコルは難しい顔で答えた。
「確かに、期待のし過ぎは良くない。今までの経験で陛下が俺たち傭兵に冷淡なことはもうわかっている。だが、俺たちの軍も今や大所帯となった。この人数を養うにはいくさだけではもうダメだ。しっかしりした土地に根を下ろさないと……なに? 陛下から書状が?」
さらさらと文面を読み下していたエルランドはぎりぎりと唇を噛み締めた。
王は怒らせてはならない男を怒らせてしまったのだ。
「コル……コル、俺は過ちを犯してしまったのだろうか?」
若い戦士は珍しくその眉間に憂いをたぎらせている。
「俺は誠実であろうとした。無責任なことはしたくなかった。でも今ひどく後悔している。寄るべのない少女を、あのような王宮に残してしまったことを」
王都の門はすでに抜けた。
エルランドが自分で決めたことに迷いをはっきり示すのは、非常に珍しい。よほど自分の判断に逡巡があったのだろう。
「だが、俺はこれから捨て地でなんとか、残された仲間を養わねばならない。貧しく厳しいあの土地で……なんなら、もう一度戦を起すか? しかしそれでは反逆者だ、親父殿もお爺さまもそれは許さないだろう」
以前なら、怒りに任せて薙ぎ払っていたであろう、その剣には今や大勢の運命が委ねられている。戦士は今や、立派な統率者なのだ。
「くそ! くそくそくそっ! 綺麗ことを垂れ流したとしても、俺はあの少女を見殺しにしたのだ! あの不思議な目をした何も望まなかったあの娘を! 俺の意思で!」
その後の呟きを、コルはあえて聞かないようにした。
「リザ……愛しい娘……」
「また俺は間違えたてしまったか? リザは日に日に痩せていく。ゆっくり俺や、この地に馴染ませようとしたのはいけなかったのか?」
領主の苦悩は深い。若い頃は戦の度にたぎる血を鎮めるため、手当たり次第に春を買っていたあの頃の様子は微塵もない。
よほどあの娘に心を奪われたか。
コルの見るところ、あも小さな娘は決して弱くはない。ただ、物事をじっくり考える性質で、今まで不遇だったために人との関係を築くのに慣れていないだけなのだ。
そしてそれは領主とも共通している。
二人とも素直な感情をぶつけることに全く慣れていない。
特にリザが危うかった。諦めること、望まないことが魂に刷り込まれていて、付け入る隙がない。
そしてそれは鈍感という形の強さにもなっている。
エルランドの焦がれるような眼差しに気がつかないのだ。
「……俺はリザに嫌われてしまったかもしれない」
コルはうなだれる戦士の肩に手を置いた。
彼の視線の先には漂うように城内を歩く黒髪の娘がいる。
「お館様、大丈夫です。リザ様のお心は石のようだけど冷たくはない。ゆっくり温めて差し上げなさい。きっと中から豊かな土壌が出てきます。たくさん滋養を差し上げて育んであげてください。きっとあの方は美しい花を咲かせますよ」
そうして今。
コルの部屋の廊下の向こうから彼が愛してやまない二人の声がする。
「私が伝えます」
「いいや、俺だ。俺が話す。なんたって俺の方が付き合いが長いから」
「でも私から伝えた方がきっと喜ばれるわ! コルが聞けば絶対に元気になるもの!」
「リザは寝ているがいい。万が一、風邪がうつったらどうするつもりだ。コルの部屋には入らせない」
「そんなに虚弱なものですか! へいきよ!」
「リザの平気ほど当てにならないものはない! いいか。扉の外で見ているんだぞ」
「いやです、あっ! むぐ、もが……あぁん!」
「頼むから大人しくしておいてくれ。俺にとっては自分以上に大切な三人なのだから!」
──はははは! もう、お二人とも何をいちゃいちゃ喧嘩をしているんですか!」
コルは寝台の上で盛大に笑った。
──部屋に入る前からばれていますよ。しかし……確かに。
「確かに、おちおち寝ていられない知らせですな! お館様、リザ様!」
初夏の光が窓辺から差し込み、コルの禿頭を照らした。
*****
今日は富士山(223)の日。そして天皇陛下のお誕生日。こっそり文野の生まれた日でもあります。
ここに居ることを可能にしてくださった、両親と仲間、読者様に感謝いたします。
「そうよ。今まで働き過ぎだったのよ。セローもランディーも助けてくれるわ」
「そうですとも! 二人ならなんとかなります。コルさんは当分起きてこないでくださいね!」
「あとでお粥を持ってきます。他に欲しいものがあればおっしゃってください」
「眠れないなら、子守唄でも~」
「……まったく、みんなして人を重病人扱いしてから……」
領主夫妻と随身、侍女達が部屋を出て行ったあと、コルは深いため息をついた。
実は昨日から熱が出てしまい、平気だろうといつものように勤めていたら、今朝起き上がれないくらいのひどい眩暈でエルランドの朝稽古に付き添えなかったのだ。
コルが中庭に来ていないことを知ったエルランドは、すぐにセローを使わし、部屋で倒れている彼を発見したと言うわけだった。
イストラーダ城は静かな大騒ぎとなった。
エルランドがこの城に来て以来、コルがその禿頭を朝食の席に見せなかった日はないのだ。
すぐに着任したばかりの女性医師が呼ばれ、ただの風邪だとわかってからも、皆の動揺と心配は薄らがなかった。
コルはそれほど領主初め、城中の皆に信頼されその人柄を愛されてきたのだ。
部屋は早速エルランドとリザの近くに移された。
初夏だと言うのに、暖炉には火が焚かれ、かんかんと湯が沸かされる。
そして氷室から運ばせた氷を惜しげもなく砕き、氷枕を頭の下に敷かれたのだ。
「やれやれ、これでは幼児の扱いではないか……だが、まぁ」
コルはぼすんと、大きな枕に禿頭を埋めた。
「確かに疲れておったかもしれんなぁ。我ながらここ数年、よう働いた」
老人と言うには少しまだ間のある男はゆっくりと目を閉じる。
***
「……これで親父殿も亡くなられた。最後まで故郷を懐かしんでおられたな」
背の高い少年は墓標の代わりに建てた剣に花を捧げて言った。盛り上がった土饅頭が夕陽に照らされ、長い影が東に向かって伸びている。風が冷たい。
「親父殿が子どもの頃過ごしたという南の領地。俺は見たことすらない。だが、いつか必ず取り戻してみせる!コル、それまでついてきてくれるか? 今はまだ子どもだが俺はからなず、自分の領地を得る!」
年寄りも大人びたその横顔には涙のあとはなかった。
「陛下より、使者が使わされた。いよいよ王宮に乗り込むぞ! この度の俺たちの働きにきっと何かの褒賞があるに違いない。コルはどう考える?」
その問いにコルは難しい顔で答えた。
「確かに、期待のし過ぎは良くない。今までの経験で陛下が俺たち傭兵に冷淡なことはもうわかっている。だが、俺たちの軍も今や大所帯となった。この人数を養うにはいくさだけではもうダメだ。しっかしりした土地に根を下ろさないと……なに? 陛下から書状が?」
さらさらと文面を読み下していたエルランドはぎりぎりと唇を噛み締めた。
王は怒らせてはならない男を怒らせてしまったのだ。
「コル……コル、俺は過ちを犯してしまったのだろうか?」
若い戦士は珍しくその眉間に憂いをたぎらせている。
「俺は誠実であろうとした。無責任なことはしたくなかった。でも今ひどく後悔している。寄るべのない少女を、あのような王宮に残してしまったことを」
王都の門はすでに抜けた。
エルランドが自分で決めたことに迷いをはっきり示すのは、非常に珍しい。よほど自分の判断に逡巡があったのだろう。
「だが、俺はこれから捨て地でなんとか、残された仲間を養わねばならない。貧しく厳しいあの土地で……なんなら、もう一度戦を起すか? しかしそれでは反逆者だ、親父殿もお爺さまもそれは許さないだろう」
以前なら、怒りに任せて薙ぎ払っていたであろう、その剣には今や大勢の運命が委ねられている。戦士は今や、立派な統率者なのだ。
「くそ! くそくそくそっ! 綺麗ことを垂れ流したとしても、俺はあの少女を見殺しにしたのだ! あの不思議な目をした何も望まなかったあの娘を! 俺の意思で!」
その後の呟きを、コルはあえて聞かないようにした。
「リザ……愛しい娘……」
「また俺は間違えたてしまったか? リザは日に日に痩せていく。ゆっくり俺や、この地に馴染ませようとしたのはいけなかったのか?」
領主の苦悩は深い。若い頃は戦の度にたぎる血を鎮めるため、手当たり次第に春を買っていたあの頃の様子は微塵もない。
よほどあの娘に心を奪われたか。
コルの見るところ、あも小さな娘は決して弱くはない。ただ、物事をじっくり考える性質で、今まで不遇だったために人との関係を築くのに慣れていないだけなのだ。
そしてそれは領主とも共通している。
二人とも素直な感情をぶつけることに全く慣れていない。
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エルランドの焦がれるような眼差しに気がつかないのだ。
「……俺はリザに嫌われてしまったかもしれない」
コルはうなだれる戦士の肩に手を置いた。
彼の視線の先には漂うように城内を歩く黒髪の娘がいる。
「お館様、大丈夫です。リザ様のお心は石のようだけど冷たくはない。ゆっくり温めて差し上げなさい。きっと中から豊かな土壌が出てきます。たくさん滋養を差し上げて育んであげてください。きっとあの方は美しい花を咲かせますよ」
そうして今。
コルの部屋の廊下の向こうから彼が愛してやまない二人の声がする。
「私が伝えます」
「いいや、俺だ。俺が話す。なんたって俺の方が付き合いが長いから」
「でも私から伝えた方がきっと喜ばれるわ! コルが聞けば絶対に元気になるもの!」
「リザは寝ているがいい。万が一、風邪がうつったらどうするつもりだ。コルの部屋には入らせない」
「そんなに虚弱なものですか! へいきよ!」
「リザの平気ほど当てにならないものはない! いいか。扉の外で見ているんだぞ」
「いやです、あっ! むぐ、もが……あぁん!」
「頼むから大人しくしておいてくれ。俺にとっては自分以上に大切な三人なのだから!」
──はははは! もう、お二人とも何をいちゃいちゃ喧嘩をしているんですか!」
コルは寝台の上で盛大に笑った。
──部屋に入る前からばれていますよ。しかし……確かに。
「確かに、おちおち寝ていられない知らせですな! お館様、リザ様!」
初夏の光が窓辺から差し込み、コルの禿頭を照らした。
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今日は富士山(223)の日。そして天皇陛下のお誕生日。こっそり文野の生まれた日でもあります。
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