81 / 96
80 略奪者 5
しおりを挟む
「ひひひ……あの時よりも、だいぶ美味しくなっているみてぇだなぁ」
バルトロは身軽に壁を飛び降りた。
どうやら近くに立っていた樹木をよじ登り、飛び移ってきたようだ。
「俺はなぁ。あれからひでぇ目にあったんだ。牢獄に入れられて何度も鞭打たれて、殴られ蹴られてよぉ……あの方が脱獄させてくれなかったら、多分あのまま死んでたな」
「あの方? 脱獄?」
謎のような言葉をリザが聞きとがめる。
「どういうこと?」
「かなり上のお方さぁ。おおっと、これ以上は言えねぇぜ! さぁお嬢さん、こっちに来な!」
「!」
バルトロがリザを掴もうとしたが、そこにファルカが立ち塞がった。
「控えろ下郎! 奥方様に触るな!」
「おくがたさまぁ~?」
男はべろりと舌を出した。
「あんた。ここの領主、キーフェルの殿様の嫁さんなのか? こりゃあ驚きだ! わっはっは!」
「……」
「キーフェルの旦那にはずいぶんお世話になったからなぁ~! こりゃあいい仕返しができるぜ!」
「おのれ!」
「おっとと、邪魔なんだよぉ~」
バルトロは懐から小さな袋を取り出し、ファルカに向かって投げた。
「うわ! 目が!」
「目潰し玉さぁ! しばらく目が開かねぇぜ」
「リザ様、お逃げください! どうか! 早く!」
ファリカは剣をめちゃくちゃに振り回しながら叫んだ。その様子をバルトロはへらへら笑いながら見ている。そして、不意にその笑いが残忍なものに変わったと思うと、彼に向かって弓矢を構えた。
「ファルカ! 左によけて!」
ひゅうと放つ。近距離なので外しようがないが、リザの声で体を左へひねったために致命傷にはならなかった。
しかし、矢はファルカの肩に突き立ち、彼は激しく顔をしかめた。
「ちっ! けど、これで楽しみが増えたぜ」
バルトロは素早く二の矢をつがえて放った。今度は太ももに矢が刺さる。かなり深い。
ファルカは呻いて膝を落とした。バルトロはわざと急所を外し、なぶり殺しにするつもりなのだ。
「さぁ、まずはお前からだよ、兵隊さん。次はどこを狙ってやろうかなぁ。奥方様はそこで見物していな!」
そう言いながらバルトロは再び矢をつがえる。
しかし、その上半身に大きなショールが被さった。リザが自分が纏っていた毛糸のマントを投げたのだ。夜明けの風に乗って、それは見事にバルトロと弓矢に絡み付いた。
「このっ! 味な真似を!」
バルトロは風で絡む大きなマントと格闘している。
リザはその隙に傷ついたファルカを中に入れようとしていたが、弓矢ごとショールを毟り取ったバルトロが、怒りに顔を歪めて襲いかかってきた。
「このアマ! 今すぐここで犯してやる! あの時の続きだ!」
「あっ!」
リザは胸ぐらを掴まれ、宙吊りになった。そのまま、張り出しの鋸壁に背中を押しつけられる。
「このまま下に落としてやってもいいんだけどよぉ、この寒い中でやるってのもオツな話じゃねぇの」
「ひ、卑怯者!」
「いい泣き声だぜ。じゃあ、いただいます」
バルトロがリザのスカートをまくり上げる。
「エル……エルランド様! 私はここよ! ここにいるの!」
リザは自分の上に広がる紫色の空に向かって叫んだ。高い声が風に乗って大気中に散らばる。
「そんな、いもしねぇ男の名前を呼んだって……」
その時、大きな馬の嗎と蹄の音が戦場と化している前庭に響き渡った。
バルトロが下を見ると、大きな黒馬に乗った男がものすごい勢いで、斜めになったまま止まっている跳ね橋を駆け上がり、真ん中の空間を飛び越えたところだった。
「な……! 正気か!」
思わずリザを取り落として男は叫んだ。
黒馬は、そのまま速度を緩めずこちらに突っ込んでくる。
男が鞍の上に立ち上がった。馬が大きく跳躍した瞬間、男は馬の背を蹴り、さっきバルトロがよじ登った樹木の枝を両手で掴む。その反動を利用して大きく体を振り子にすると、足の先から宙へ飛んだ。
「え?」
さっきまでリザの首を締め上げていた男が張り出しの床に伸びている。その顔には泥まみれの靴がめり込んでいた。
黒馬が現れてからわずか十数秒でのことだった。
「リザ!」
「エル! エルランド!」
「遅くなった」
リザは紫色の空を背景にした黒い男に取りすがる。エルランドほんの一瞬、片腕でリザを抱きしめたがすぐに、自分の背後に庇った。
「下がっていろ!」
「うおおおお……くそが!」
顔中泥まみれになったバルトロが、噴水のように鼻血を吹きながらよろよろと立ち上がった。手には剣を握っている。
「て……てめぇは山にいるはずじゃ……」
「いたさ。だが空を飛んで戻ってきたのさ。お前を二度と俺の妻に触れられないようにするためにな!」
エルランドはわずか半歩前に出ると、さっと剣を薙ぎ払った。リザの目には見えなかったが、何か小さなものがぱらぱらと床におちた気配がある。バルトロが叫んだのはその一秒後だった。
「ぎゃあああ! 指が! 指がぁっ!」
エルランドはバルトロの右手の指の先を斬り払ったのだ。
「もう一方も同じようにされたくなかったら、この企みの首謀者を吐け!」
「うううう……あああっ!」
エルランドの長剣が再び一閃する。
「ひぎやぁああああ!」
バルトロは今度は耳を押さえてのたうちまわった。耳たぶの一部を落とされたらしい。
「言う! 言うから! 殺さないでくれ!」
「誰だ?」
「あいつだ! メノム! 王宮筆頭侍従のメノムだ!」
バルトロは身軽に壁を飛び降りた。
どうやら近くに立っていた樹木をよじ登り、飛び移ってきたようだ。
「俺はなぁ。あれからひでぇ目にあったんだ。牢獄に入れられて何度も鞭打たれて、殴られ蹴られてよぉ……あの方が脱獄させてくれなかったら、多分あのまま死んでたな」
「あの方? 脱獄?」
謎のような言葉をリザが聞きとがめる。
「どういうこと?」
「かなり上のお方さぁ。おおっと、これ以上は言えねぇぜ! さぁお嬢さん、こっちに来な!」
「!」
バルトロがリザを掴もうとしたが、そこにファルカが立ち塞がった。
「控えろ下郎! 奥方様に触るな!」
「おくがたさまぁ~?」
男はべろりと舌を出した。
「あんた。ここの領主、キーフェルの殿様の嫁さんなのか? こりゃあ驚きだ! わっはっは!」
「……」
「キーフェルの旦那にはずいぶんお世話になったからなぁ~! こりゃあいい仕返しができるぜ!」
「おのれ!」
「おっとと、邪魔なんだよぉ~」
バルトロは懐から小さな袋を取り出し、ファルカに向かって投げた。
「うわ! 目が!」
「目潰し玉さぁ! しばらく目が開かねぇぜ」
「リザ様、お逃げください! どうか! 早く!」
ファリカは剣をめちゃくちゃに振り回しながら叫んだ。その様子をバルトロはへらへら笑いながら見ている。そして、不意にその笑いが残忍なものに変わったと思うと、彼に向かって弓矢を構えた。
「ファルカ! 左によけて!」
ひゅうと放つ。近距離なので外しようがないが、リザの声で体を左へひねったために致命傷にはならなかった。
しかし、矢はファルカの肩に突き立ち、彼は激しく顔をしかめた。
「ちっ! けど、これで楽しみが増えたぜ」
バルトロは素早く二の矢をつがえて放った。今度は太ももに矢が刺さる。かなり深い。
ファルカは呻いて膝を落とした。バルトロはわざと急所を外し、なぶり殺しにするつもりなのだ。
「さぁ、まずはお前からだよ、兵隊さん。次はどこを狙ってやろうかなぁ。奥方様はそこで見物していな!」
そう言いながらバルトロは再び矢をつがえる。
しかし、その上半身に大きなショールが被さった。リザが自分が纏っていた毛糸のマントを投げたのだ。夜明けの風に乗って、それは見事にバルトロと弓矢に絡み付いた。
「このっ! 味な真似を!」
バルトロは風で絡む大きなマントと格闘している。
リザはその隙に傷ついたファルカを中に入れようとしていたが、弓矢ごとショールを毟り取ったバルトロが、怒りに顔を歪めて襲いかかってきた。
「このアマ! 今すぐここで犯してやる! あの時の続きだ!」
「あっ!」
リザは胸ぐらを掴まれ、宙吊りになった。そのまま、張り出しの鋸壁に背中を押しつけられる。
「このまま下に落としてやってもいいんだけどよぉ、この寒い中でやるってのもオツな話じゃねぇの」
「ひ、卑怯者!」
「いい泣き声だぜ。じゃあ、いただいます」
バルトロがリザのスカートをまくり上げる。
「エル……エルランド様! 私はここよ! ここにいるの!」
リザは自分の上に広がる紫色の空に向かって叫んだ。高い声が風に乗って大気中に散らばる。
「そんな、いもしねぇ男の名前を呼んだって……」
その時、大きな馬の嗎と蹄の音が戦場と化している前庭に響き渡った。
バルトロが下を見ると、大きな黒馬に乗った男がものすごい勢いで、斜めになったまま止まっている跳ね橋を駆け上がり、真ん中の空間を飛び越えたところだった。
「な……! 正気か!」
思わずリザを取り落として男は叫んだ。
黒馬は、そのまま速度を緩めずこちらに突っ込んでくる。
男が鞍の上に立ち上がった。馬が大きく跳躍した瞬間、男は馬の背を蹴り、さっきバルトロがよじ登った樹木の枝を両手で掴む。その反動を利用して大きく体を振り子にすると、足の先から宙へ飛んだ。
「え?」
さっきまでリザの首を締め上げていた男が張り出しの床に伸びている。その顔には泥まみれの靴がめり込んでいた。
黒馬が現れてからわずか十数秒でのことだった。
「リザ!」
「エル! エルランド!」
「遅くなった」
リザは紫色の空を背景にした黒い男に取りすがる。エルランドほんの一瞬、片腕でリザを抱きしめたがすぐに、自分の背後に庇った。
「下がっていろ!」
「うおおおお……くそが!」
顔中泥まみれになったバルトロが、噴水のように鼻血を吹きながらよろよろと立ち上がった。手には剣を握っている。
「て……てめぇは山にいるはずじゃ……」
「いたさ。だが空を飛んで戻ってきたのさ。お前を二度と俺の妻に触れられないようにするためにな!」
エルランドはわずか半歩前に出ると、さっと剣を薙ぎ払った。リザの目には見えなかったが、何か小さなものがぱらぱらと床におちた気配がある。バルトロが叫んだのはその一秒後だった。
「ぎゃあああ! 指が! 指がぁっ!」
エルランドはバルトロの右手の指の先を斬り払ったのだ。
「もう一方も同じようにされたくなかったら、この企みの首謀者を吐け!」
「うううう……あああっ!」
エルランドの長剣が再び一閃する。
「ひぎやぁああああ!」
バルトロは今度は耳を押さえてのたうちまわった。耳たぶの一部を落とされたらしい。
「言う! 言うから! 殺さないでくれ!」
「誰だ?」
「あいつだ! メノム! 王宮筆頭侍従のメノムだ!」
20
お気に入りに追加
524
あなたにおすすめの小説
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる