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67 妻の役割 2
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ニーケに迎え入れられ、エルランドが大股で奥の部屋まで入ってきた。
「リザ! 熱があると聞いた! 具合は? 今朝はよく眠っていると思って、様子を見にいけなくてすまない」
「エルランド様……申し訳ありません。役目を怠ってしまいました」
彼の方を見ないように謝っても、エルランドの大きな手が額に添えられてしまう。リザは昨夜ウルリーケを抱いていた手に触れられたくなくて顔を背けようとしたが、彼の力強い手から逃れられない。
「役目? なんだそれは。今は体を労ることだ。寝ていなさい。額が熱い」
「大丈夫です。お客様が帰る頃には下に行きます」
「客達は勝手に三々五々帰る。俺がいるからリザの見送りは必要ない」
「私は必要ありませんか?」
「リザ……やっぱりあなたは昨日から何か変だ」
いつもより固い声にエルランドの眉が顰められてリザを見下ろした。リザは頑固に目を合わせようとしない。
「エルランド様、あの……」
ニーケがおずおずと言い出した。
「今夜から暖炉に火を入れてもらえませんでしょうか? この部屋は高いところにあるので寒いのです」
「……なに?」
エルランドはぐるりと首を回して寝室用の暖炉を見た。そこには古い灰が残っているばかりで、薪が入っていた形跡はない。
「暖炉を使っていなかったのか!」
彼は愕然となって叫んだ。
「……薪を使っていいものかどうかわからずに…… 昨日のうちに確認するべきでした……申し訳ございません!」
エルランドの剣幕に、ニーケが人形のように腰を折った。
「いや、大きな声を出してすまない。そうか……それで熱を出したのか……待っていろ!」
エルランドは素早く外に出て行くと、ちょうどウルリーケがアンテ達に付き添われて部屋に戻ってくるところだった。エルランドは二歩で立ち塞がった。
「アンテ! お前リザの部屋に薪と熾火を用意してやらなかったのか!」
「……え? 薪ならいつでも使えるように、厨房にたくさん用意してございましたが。リザ様はその事をご存知なかったのでしょうか?」
アンテはエルランドの勢いに、尻込みしながら言った。自分でもその言い訳が苦しいと思っているのだろう。
「リザがそんなことを知るわけなかろう! お前がわざと伝えなかったのだからな。本来なら誰かに頼んで運んでおいてやることができたはずだ。俺のリザは熱を出してしまったのだぞ!」
「まぁ! それは大変 私お見舞いに行ってまいりますわ!」
ウルリーケは険悪な雰囲気を読み取ったのか、敏捷に向きを変えてアンテを置いて行った。
「アンテ」
「は、はい」
アンテは最早蒼白になっている。
「確かお前には、リザの部屋と、ナント侯爵親子の客間の準備を頼んだはずだな」
「……左様でございます」
「客間を見せてもらおう」
エルランドはさっと踵を返した。アンテが慌てて後を追う。
「お、お待ちくださいお館様! どうかお待ちを!」
アンテの足が追い付かないほどエルランドの歩幅は大きい。彼は勢いよく突き当たりの部屋の扉を開けた。
「……」
その部屋は、まるで王都の貴族の部屋のようだった。
調度が高級品なのはもちろんだが、部屋には香が炊かれ、あちこちに置かれた花瓶には、秋の花や果実が美しく生けられている。また、床や窓、壁に使われている布地も真新しい最高級のものばかりだ。もちろん暖炉には赤々と火が燃えている。
昨夜はわざと暗くしてあったようだし、エルランドは大急ぎで部屋を出たので辺りを見る余裕がなかったが、これでは言い訳のしようがなかった。
「……なるほど。金はいくらかかってもいいと言ったが、お前はこいう風に使ったのだな。俺の妻の部屋よりも侯爵家を重視したわけだ」
「ですが! ナント侯爵様はイストラーダに今まで色々便宜を図ってくださった恩人です! 最高のおもてなしをするのが当然です! ウルリーケ様はそれに値するお方です! 突然やってきたあちらの方よりもずっと! お館様の後継の母君として!」
アンテは真っ青な顔で言い募った。
「あの小さな方に立派なお子が産めるとはとても思えません。きっとここの冬の厳しさに、王都に帰りたいと言い出すはずです!」
「……」
「ですから!」
「俺は一度警告した」
エルランドは冷えた視線でアンテを射抜いた。
「……も、申し訳……」
「出ていけ」
鞭を打つような冷たい声に、アンテはひっと体を竦ませた。
「お、お館さ……」
「出て行けと言ったのだ。今までの給料くらいは払ってやる。今日中にとっとと出て行くがいい!」
「そんな! 今まで私はこの城のため……エルランド様のために尽くしてまいりました!」
「今まではな。だが俺の妻のために同じ思いを捧げられぬのなら、俺には必要ない。失せろ」
「い、嫌でございます! リザ様には謝ります! どうかお許しを! お館様!」
「コル」
呼ばれてすぐにコルがやってくる。彼は憐むようにアンテを見つめた。
「聞いていたな」
「はい」
「あとはお前に任せる。この女をつまみ出せ。俺は薪を取ってくる」
エルランドはそう言い捨てると、泣き叫ぶアンテの方は目もくれずに階段を下りた。
「リザ! 熱があると聞いた! 具合は? 今朝はよく眠っていると思って、様子を見にいけなくてすまない」
「エルランド様……申し訳ありません。役目を怠ってしまいました」
彼の方を見ないように謝っても、エルランドの大きな手が額に添えられてしまう。リザは昨夜ウルリーケを抱いていた手に触れられたくなくて顔を背けようとしたが、彼の力強い手から逃れられない。
「役目? なんだそれは。今は体を労ることだ。寝ていなさい。額が熱い」
「大丈夫です。お客様が帰る頃には下に行きます」
「客達は勝手に三々五々帰る。俺がいるからリザの見送りは必要ない」
「私は必要ありませんか?」
「リザ……やっぱりあなたは昨日から何か変だ」
いつもより固い声にエルランドの眉が顰められてリザを見下ろした。リザは頑固に目を合わせようとしない。
「エルランド様、あの……」
ニーケがおずおずと言い出した。
「今夜から暖炉に火を入れてもらえませんでしょうか? この部屋は高いところにあるので寒いのです」
「……なに?」
エルランドはぐるりと首を回して寝室用の暖炉を見た。そこには古い灰が残っているばかりで、薪が入っていた形跡はない。
「暖炉を使っていなかったのか!」
彼は愕然となって叫んだ。
「……薪を使っていいものかどうかわからずに…… 昨日のうちに確認するべきでした……申し訳ございません!」
エルランドの剣幕に、ニーケが人形のように腰を折った。
「いや、大きな声を出してすまない。そうか……それで熱を出したのか……待っていろ!」
エルランドは素早く外に出て行くと、ちょうどウルリーケがアンテ達に付き添われて部屋に戻ってくるところだった。エルランドは二歩で立ち塞がった。
「アンテ! お前リザの部屋に薪と熾火を用意してやらなかったのか!」
「……え? 薪ならいつでも使えるように、厨房にたくさん用意してございましたが。リザ様はその事をご存知なかったのでしょうか?」
アンテはエルランドの勢いに、尻込みしながら言った。自分でもその言い訳が苦しいと思っているのだろう。
「リザがそんなことを知るわけなかろう! お前がわざと伝えなかったのだからな。本来なら誰かに頼んで運んでおいてやることができたはずだ。俺のリザは熱を出してしまったのだぞ!」
「まぁ! それは大変 私お見舞いに行ってまいりますわ!」
ウルリーケは険悪な雰囲気を読み取ったのか、敏捷に向きを変えてアンテを置いて行った。
「アンテ」
「は、はい」
アンテは最早蒼白になっている。
「確かお前には、リザの部屋と、ナント侯爵親子の客間の準備を頼んだはずだな」
「……左様でございます」
「客間を見せてもらおう」
エルランドはさっと踵を返した。アンテが慌てて後を追う。
「お、お待ちくださいお館様! どうかお待ちを!」
アンテの足が追い付かないほどエルランドの歩幅は大きい。彼は勢いよく突き当たりの部屋の扉を開けた。
「……」
その部屋は、まるで王都の貴族の部屋のようだった。
調度が高級品なのはもちろんだが、部屋には香が炊かれ、あちこちに置かれた花瓶には、秋の花や果実が美しく生けられている。また、床や窓、壁に使われている布地も真新しい最高級のものばかりだ。もちろん暖炉には赤々と火が燃えている。
昨夜はわざと暗くしてあったようだし、エルランドは大急ぎで部屋を出たので辺りを見る余裕がなかったが、これでは言い訳のしようがなかった。
「……なるほど。金はいくらかかってもいいと言ったが、お前はこいう風に使ったのだな。俺の妻の部屋よりも侯爵家を重視したわけだ」
「ですが! ナント侯爵様はイストラーダに今まで色々便宜を図ってくださった恩人です! 最高のおもてなしをするのが当然です! ウルリーケ様はそれに値するお方です! 突然やってきたあちらの方よりもずっと! お館様の後継の母君として!」
アンテは真っ青な顔で言い募った。
「あの小さな方に立派なお子が産めるとはとても思えません。きっとここの冬の厳しさに、王都に帰りたいと言い出すはずです!」
「……」
「ですから!」
「俺は一度警告した」
エルランドは冷えた視線でアンテを射抜いた。
「……も、申し訳……」
「出ていけ」
鞭を打つような冷たい声に、アンテはひっと体を竦ませた。
「お、お館さ……」
「出て行けと言ったのだ。今までの給料くらいは払ってやる。今日中にとっとと出て行くがいい!」
「そんな! 今まで私はこの城のため……エルランド様のために尽くしてまいりました!」
「今まではな。だが俺の妻のために同じ思いを捧げられぬのなら、俺には必要ない。失せろ」
「い、嫌でございます! リザ様には謝ります! どうかお許しを! お館様!」
「コル」
呼ばれてすぐにコルがやってくる。彼は憐むようにアンテを見つめた。
「聞いていたな」
「はい」
「あとはお前に任せる。この女をつまみ出せ。俺は薪を取ってくる」
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