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50 辺境騎士と妻 7
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「リザ様、エルランド様が入ってもよいか尋ねておられます」
廊下に顔を出していたニーケが中を振り返った。
「ええ、いいですわ。ちょうど今できたところですから」
パーセラは数歩下がって出来栄えを確かめた。視線の先には少し不安そうにしているリザが立っている。
「失礼する」
エルランドはニーケに室内に招き入れられ──立ち止まった。
「……」
リザは新しい服を着ていた。
それは衣類商人のウィルターが看板商品として持ってきた品で、絹ではないものの、最高級の柔らかい木綿を特殊な織り方で仕上げた地模様のある空色の衣裳だった。
襟ぐりと袖口には白いレースがあしらわれているが、全体的に着る者の曲線を美しく表す仕上がりだ。貴族の貴婦人が着る華やかなドレスには及ばないものの、こんな辺境では十分贅沢な品だった。
リザは肩のあたりで落っこちそうなふわふわの袖を気にしている。共布の帯は胸を高く持ち上げ、前で蝶結びになっていた。長さが足りない髪は根元から編み上げて華やかさを出し、後でレースでできた青い花の飾り櫛が黒髪を引き立てている。
髪も肌もいつもよりも艶めいて、うっすら化粧が施されていた。
「……エルランド様?」
リザは困ったように首を傾げた。
パーセラさんが色々してくださったけれど、変なのかしら?
すごく変な顔で見つめられてるんだけど……。
「ほら、ご領主さま。なにか言って差し上げないと。リザ様が困っていらっしゃいますわ」
パーセラの言葉で我に返ったエルランドは、大きくリザの前に歩み寄った。
「……綺麗だ」
とたんに背後で吹き出す音が二人分聞こえた。
パーセラにこりゃだめだ、と思われていることも知らず、エルランドはリザしか見えていなかった。
すんなり伸びた首をが目立つように広く刳れた襟ぐりに、立ち上がった短いレースが谷間と曲線を見え隠れさせてかえって男の目を引く。
エルランドは白い肌に艶と湿り気が宿り、吸い付いてみたい衝動に駆られた。
「どうかしたの? 変かしら?」
リザの声で、エルランドはリザの首筋に唇を寄せようとしていた自分に気がついた。
「い、いや……いつも可愛らしいと思っていたんだが、今日はなんだか別人を見ているようだと思って……」
「ああ、パーセラさんがこの服を貸してくださって、髪の結い方も教えてくれたの。でも、自分では絶対にできないわ。後ろが見えないもの」
「私が!」
ニーケが勢い込む。
「私がいたします! もう覚えました!」
しかし、そんなニーケをパーセラは、部屋の外へと引っ張り出した。
「今はお二人にしてあげましょう」
「いや、その……」
「はい?」
「……すまなかった」
「……」
リザは大きな瞳で背の高い男を見上げた。
「エルランド様はいつも私に謝られる。私は何も怒ってはいないのに。そりゃここに来る前はちょっと怒りましたけど……そんなに私はいつも不満そうにしていますか?」
「そうじゃない。リザがこんなに綺麗になることに、俺が気がついてやれなかったことを悔やんでいる」
「……意味が、ちょっと……わぁ!」
急に視界が高くなったのは、抱き上げられたからだ。抱え上げられて寝台の上に腰を下ろした、彼の膝の上に下ろされる。
「どうしたの?」
「軽い」
「元からよ」
「いや、前にも抱き上げたからわかる。冷たいものしか与えられていなかったそうだな。ターニャにも聞いた。冷めて固くなったものをほんの少しか運ばなかったと」
「私がたくさん残すから申し訳なくて、少しでいいと言ったからよ」
「それを悪意に受け取った奴がいる」
「気にしないわ」
「それに、女が使う品々を用意されていなかったとも」
「そんなの離宮にいた時からあんまり使ってなかったわ」
「……俺は長の傭兵暮らしで、そういうことに疎くて全部アンテ任せにしていた。だから配慮が足りなかったことを詫びている」
「そんなの構わないわ。アンテに好かれてないとは気がついていたけれど」
「俺が知っている女たちは、そんなことを気遣う必要はなかったんだ。皆、そういう意味では職業婦人だたから」
「私にだってないわよ。でも、職業婦人ってなあに? 女たちってどんな人たち?」
「その……つまり、戦いの前後は血を鎮めてくれるものが必要な時があるんだよ」
無邪気な質問だったが、エルランド正直に答えた。それがリザに向き合うことだと考えたからだ。
「戦い。きっと恐ろしいものなのね。怖い?」
「怖い。だから心や体が小舟のように荒れ狂うんだ。それを港で鎮める」
「……わかる気がする」
「ああ。そうだ、だから俺は……いつかリザが俺の港になって欲しい」
「……」
これはきっと例え話だから、具体には何をするのかわからない。
でも「港」と言う言葉は好きだわ。
私はここで待っていれば、エルランド様は安心するのかしら?
「私、港になれたらいいと思う」
たくましい腕がさっとリザに巻きつく。抱き寄せられると彼の顔はリザより高く、あの緑金色の瞳が見えない。
「……苦しい」
リザが身じろぐと、やっと腕が少し緩んだ。リザはその顔を見ようと、彼の首にしがみついた。エルランドは自分の頬をリザの頬に擦り付ける。
「こんなに頬が薄っぺらい」
「まぁひどい」
リザはぐいと腕を突っ張って顔を離す。これでやっと好きな瞳の色が見れた。リザは両手で彼の顔を挟んで言った。
「エルランド様だって、ほっぺたはとんがっているわ」
「俺は男だからいいんだ……今日からリザの食事は特別に用意させよう」
エルランドは自分を包む小さな手をそっと外し、再びリザを抱き寄せた。
「これからはしばらくそばにいる。リザが許してくれれば、だが」
「私と一緒にいてくれるの?」
「いや、俺が一緒にいたいんだ……リザ、その……」
「はい」
「口づけてもいいか?」
「いつもは何も言わずにしてるのに?」
「では何も言わずにおこう」
リザはいつものように、額や頬に口づけをされるものだと思っていた。それは遠い昔、母がしてくれたのと同じで、とても懐かしく安心できる感覚だった。
その瞬間──。
リザが驚いたことに、唇に熱いものが被さっていた。
廊下に顔を出していたニーケが中を振り返った。
「ええ、いいですわ。ちょうど今できたところですから」
パーセラは数歩下がって出来栄えを確かめた。視線の先には少し不安そうにしているリザが立っている。
「失礼する」
エルランドはニーケに室内に招き入れられ──立ち止まった。
「……」
リザは新しい服を着ていた。
それは衣類商人のウィルターが看板商品として持ってきた品で、絹ではないものの、最高級の柔らかい木綿を特殊な織り方で仕上げた地模様のある空色の衣裳だった。
襟ぐりと袖口には白いレースがあしらわれているが、全体的に着る者の曲線を美しく表す仕上がりだ。貴族の貴婦人が着る華やかなドレスには及ばないものの、こんな辺境では十分贅沢な品だった。
リザは肩のあたりで落っこちそうなふわふわの袖を気にしている。共布の帯は胸を高く持ち上げ、前で蝶結びになっていた。長さが足りない髪は根元から編み上げて華やかさを出し、後でレースでできた青い花の飾り櫛が黒髪を引き立てている。
髪も肌もいつもよりも艶めいて、うっすら化粧が施されていた。
「……エルランド様?」
リザは困ったように首を傾げた。
パーセラさんが色々してくださったけれど、変なのかしら?
すごく変な顔で見つめられてるんだけど……。
「ほら、ご領主さま。なにか言って差し上げないと。リザ様が困っていらっしゃいますわ」
パーセラの言葉で我に返ったエルランドは、大きくリザの前に歩み寄った。
「……綺麗だ」
とたんに背後で吹き出す音が二人分聞こえた。
パーセラにこりゃだめだ、と思われていることも知らず、エルランドはリザしか見えていなかった。
すんなり伸びた首をが目立つように広く刳れた襟ぐりに、立ち上がった短いレースが谷間と曲線を見え隠れさせてかえって男の目を引く。
エルランドは白い肌に艶と湿り気が宿り、吸い付いてみたい衝動に駆られた。
「どうかしたの? 変かしら?」
リザの声で、エルランドはリザの首筋に唇を寄せようとしていた自分に気がついた。
「い、いや……いつも可愛らしいと思っていたんだが、今日はなんだか別人を見ているようだと思って……」
「ああ、パーセラさんがこの服を貸してくださって、髪の結い方も教えてくれたの。でも、自分では絶対にできないわ。後ろが見えないもの」
「私が!」
ニーケが勢い込む。
「私がいたします! もう覚えました!」
しかし、そんなニーケをパーセラは、部屋の外へと引っ張り出した。
「今はお二人にしてあげましょう」
「いや、その……」
「はい?」
「……すまなかった」
「……」
リザは大きな瞳で背の高い男を見上げた。
「エルランド様はいつも私に謝られる。私は何も怒ってはいないのに。そりゃここに来る前はちょっと怒りましたけど……そんなに私はいつも不満そうにしていますか?」
「そうじゃない。リザがこんなに綺麗になることに、俺が気がついてやれなかったことを悔やんでいる」
「……意味が、ちょっと……わぁ!」
急に視界が高くなったのは、抱き上げられたからだ。抱え上げられて寝台の上に腰を下ろした、彼の膝の上に下ろされる。
「どうしたの?」
「軽い」
「元からよ」
「いや、前にも抱き上げたからわかる。冷たいものしか与えられていなかったそうだな。ターニャにも聞いた。冷めて固くなったものをほんの少しか運ばなかったと」
「私がたくさん残すから申し訳なくて、少しでいいと言ったからよ」
「それを悪意に受け取った奴がいる」
「気にしないわ」
「それに、女が使う品々を用意されていなかったとも」
「そんなの離宮にいた時からあんまり使ってなかったわ」
「……俺は長の傭兵暮らしで、そういうことに疎くて全部アンテ任せにしていた。だから配慮が足りなかったことを詫びている」
「そんなの構わないわ。アンテに好かれてないとは気がついていたけれど」
「俺が知っている女たちは、そんなことを気遣う必要はなかったんだ。皆、そういう意味では職業婦人だたから」
「私にだってないわよ。でも、職業婦人ってなあに? 女たちってどんな人たち?」
「その……つまり、戦いの前後は血を鎮めてくれるものが必要な時があるんだよ」
無邪気な質問だったが、エルランド正直に答えた。それがリザに向き合うことだと考えたからだ。
「戦い。きっと恐ろしいものなのね。怖い?」
「怖い。だから心や体が小舟のように荒れ狂うんだ。それを港で鎮める」
「……わかる気がする」
「ああ。そうだ、だから俺は……いつかリザが俺の港になって欲しい」
「……」
これはきっと例え話だから、具体には何をするのかわからない。
でも「港」と言う言葉は好きだわ。
私はここで待っていれば、エルランド様は安心するのかしら?
「私、港になれたらいいと思う」
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「……苦しい」
リザが身じろぐと、やっと腕が少し緩んだ。リザはその顔を見ようと、彼の首にしがみついた。エルランドは自分の頬をリザの頬に擦り付ける。
「こんなに頬が薄っぺらい」
「まぁひどい」
リザはぐいと腕を突っ張って顔を離す。これでやっと好きな瞳の色が見れた。リザは両手で彼の顔を挟んで言った。
「エルランド様だって、ほっぺたはとんがっているわ」
「俺は男だからいいんだ……今日からリザの食事は特別に用意させよう」
エルランドは自分を包む小さな手をそっと外し、再びリザを抱き寄せた。
「これからはしばらくそばにいる。リザが許してくれれば、だが」
「私と一緒にいてくれるの?」
「いや、俺が一緒にいたいんだ……リザ、その……」
「はい」
「口づけてもいいか?」
「いつもは何も言わずにしてるのに?」
「では何も言わずにおこう」
リザはいつものように、額や頬に口づけをされるものだと思っていた。それは遠い昔、母がしてくれたのと同じで、とても懐かしく安心できる感覚だった。
その瞬間──。
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