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27 裏街道の拐引 1
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「靴はとても入りそうにないわね。やっぱりやめた方が……」
まだ暗い室内で、ロウソクの明かりに照らされたニーケの足首は、まだ通常よりも程遠い。
「いいえ! リザ様、一度御決心されたことを止めるのは不吉です! 私なら大丈夫です。ほら、こうして……」
ニーケはまだ腫れが引かない足首にボロ布をぐるぐる巻き付けた。脛から下は包帯で固定されているから、これが靴の代わりである。
「でも、まだ痛そうよ」
「昨日に比べたらよほどマシです。寝る前に取り替えた薬がまだ効いていますもの。さぁ早く! ぐずぐずしていては、宿のも者が起きてきますわ。まだ暗いうちに出発しなければ!」
ニーケは勇ましく部屋を出ていく。リザは慌ててその後を追った。
階段をそろそろと下り、表の扉の閂を外す。
「申し訳ないけれど、外からは閉められないわ。泥棒が入ってこないことを祈るしかないわね」
「まだ、外は真っ暗ですわ。明かりを持ってきてよかった」
それはセローが貸してくれたカンテラである。灯りを持ってきていなかった二人は、悪いこととは知りつつ部屋から持ち出してきたのだ。
「置いてきたお金に気がついてくれるといいけど」
「大丈夫ですよ、きっと」
足を痛めたニーケの方が腹を括ってしまったらしく、暗い街道を東へと進んでいく。秋の初めだと言うのに、夜明け前は冷え込んでいた。
「ニーケ! 無理をしないで。もう少しゆっくり行かないと痛みが振り返すわ」
「はい。でも、今が一番痛くないと思うんです。陽が昇るまでに出来るだけ遠くに行かないと」
「わかったわ。でも辛くなったら言ってね。朝になって荷馬車が通りかかってくれたら、助かるんだけど……」
しかし、そんな幸運はやってはこなかった。
明るくなってからは用心して、整備された街道から少し離れた旧街道を選んだので尚更だ。本当は人通りの少ない旧街道を、若い二人連れがよろよろ歩いている方が目立つのだが、世間知らずの二人にはわからなかったのだ。
出発して一時間後にはニーケの足は徐々に痛みだし、道端で拾った棒切れを杖代わりにしてやっと歩いている状態になった。街道脇の小屋や木の影で休憩をとりながら、ゆっくり進むのだが、ニーケが痛みを我慢していることが額に浮いている汗からわかる。
すっかり夜が明けてしまった。
ここからニーケの叔母の家のあるハーリ村まで、後まだ二十ルーメルくらいある。この速さでは、日暮れまでに到着できるか怪しくなってきた。
「もしもし、大丈夫ですか?」
声をかけてきたのは、ついさっきすれ違った男だった。
その時は急いでいる風体だったので、二人は特に注意を払わなかったのだが、今は余裕があるように見える。
「私は先ほど通りかかった者ですが、どうもあなた方が気になって引き返してきたのですよ。みれば、そちらのお嬢様は怪我をされているようですね」
男は人の良さそうな微笑みを浮かべて話しかけてきた。
「ええ、少し」
リザは用心して答えた。
「ああ、私はこの先のハーリの村に住んでいる、ジャーニンという者です。この少し先に共同の農具倉庫がありまして、そこに行けば荷車があります。人力ですが、お嬢さんの一人くらいは乗せられますよ。私がハーリまで乗せていってあげましょう」
「本当ですか?」
「リオ」
ニーケが目配せを送る。用心しろと言うことだ。
「わかっています。でも、このままじゃあ身動きができません。ジャーニンさん、すみませんがお礼はいたしますから、その荷車をここまで持ってきてくださいませんか? 僕が引きます」
「いや、それよりも私がそこまでおぶって行きましょう。その方が無駄がない。私もちょうど村まで引き返す予定でしたしね」
「でも、あなたはこの先のラガースの町までお急ぎだったのでは?」
「え? ええ。ですが、ただの買い出しです。明日でもいいんですよ。さぁ、どうぞ。これでも力自慢なのですよ」
ジャーニンはニーケに背を向けてしゃがみ込んだ。
ここまでされては断りにくい、リザとニーケは目を見交わし合った。
ジャーニンは肩に荷袋を担いでいたが、中身は何も入っている様子はない。買い出しに行くという話は本当のようだ。
「じゃあ……お願いします」
ニーケは躊躇いながらジャーニンの背中に寄り掛かった。
リザはニーケの持っていた棒を受け取った。何かあればこれを武器にすればいいと即座に心に決める。辺りにはまだ人影はなかったが、一度だけ干し草を束ねている少年と目があった。
男の話は本当で、程なく平家建ての倉庫が見えた。古そうだが、想像していたものよりも大きい。そばに干し草の束があった。
「ここですよ」
ジャーニンはそう言って扉を開け、先にリザを押し込んだ。
「おう、ジャーニン戻ったか? 早かったな。食い物は?」
暗い倉庫の中に大勢の男の気配がした。
「食い物より、もっといいものを持ってきたぜ。女だ。見目もいいガキもいる」
「……え?」
リザの背後で扉が閉められた。
まだ暗い室内で、ロウソクの明かりに照らされたニーケの足首は、まだ通常よりも程遠い。
「いいえ! リザ様、一度御決心されたことを止めるのは不吉です! 私なら大丈夫です。ほら、こうして……」
ニーケはまだ腫れが引かない足首にボロ布をぐるぐる巻き付けた。脛から下は包帯で固定されているから、これが靴の代わりである。
「でも、まだ痛そうよ」
「昨日に比べたらよほどマシです。寝る前に取り替えた薬がまだ効いていますもの。さぁ早く! ぐずぐずしていては、宿のも者が起きてきますわ。まだ暗いうちに出発しなければ!」
ニーケは勇ましく部屋を出ていく。リザは慌ててその後を追った。
階段をそろそろと下り、表の扉の閂を外す。
「申し訳ないけれど、外からは閉められないわ。泥棒が入ってこないことを祈るしかないわね」
「まだ、外は真っ暗ですわ。明かりを持ってきてよかった」
それはセローが貸してくれたカンテラである。灯りを持ってきていなかった二人は、悪いこととは知りつつ部屋から持ち出してきたのだ。
「置いてきたお金に気がついてくれるといいけど」
「大丈夫ですよ、きっと」
足を痛めたニーケの方が腹を括ってしまったらしく、暗い街道を東へと進んでいく。秋の初めだと言うのに、夜明け前は冷え込んでいた。
「ニーケ! 無理をしないで。もう少しゆっくり行かないと痛みが振り返すわ」
「はい。でも、今が一番痛くないと思うんです。陽が昇るまでに出来るだけ遠くに行かないと」
「わかったわ。でも辛くなったら言ってね。朝になって荷馬車が通りかかってくれたら、助かるんだけど……」
しかし、そんな幸運はやってはこなかった。
明るくなってからは用心して、整備された街道から少し離れた旧街道を選んだので尚更だ。本当は人通りの少ない旧街道を、若い二人連れがよろよろ歩いている方が目立つのだが、世間知らずの二人にはわからなかったのだ。
出発して一時間後にはニーケの足は徐々に痛みだし、道端で拾った棒切れを杖代わりにしてやっと歩いている状態になった。街道脇の小屋や木の影で休憩をとりながら、ゆっくり進むのだが、ニーケが痛みを我慢していることが額に浮いている汗からわかる。
すっかり夜が明けてしまった。
ここからニーケの叔母の家のあるハーリ村まで、後まだ二十ルーメルくらいある。この速さでは、日暮れまでに到着できるか怪しくなってきた。
「もしもし、大丈夫ですか?」
声をかけてきたのは、ついさっきすれ違った男だった。
その時は急いでいる風体だったので、二人は特に注意を払わなかったのだが、今は余裕があるように見える。
「私は先ほど通りかかった者ですが、どうもあなた方が気になって引き返してきたのですよ。みれば、そちらのお嬢様は怪我をされているようですね」
男は人の良さそうな微笑みを浮かべて話しかけてきた。
「ええ、少し」
リザは用心して答えた。
「ああ、私はこの先のハーリの村に住んでいる、ジャーニンという者です。この少し先に共同の農具倉庫がありまして、そこに行けば荷車があります。人力ですが、お嬢さんの一人くらいは乗せられますよ。私がハーリまで乗せていってあげましょう」
「本当ですか?」
「リオ」
ニーケが目配せを送る。用心しろと言うことだ。
「わかっています。でも、このままじゃあ身動きができません。ジャーニンさん、すみませんがお礼はいたしますから、その荷車をここまで持ってきてくださいませんか? 僕が引きます」
「いや、それよりも私がそこまでおぶって行きましょう。その方が無駄がない。私もちょうど村まで引き返す予定でしたしね」
「でも、あなたはこの先のラガースの町までお急ぎだったのでは?」
「え? ええ。ですが、ただの買い出しです。明日でもいいんですよ。さぁ、どうぞ。これでも力自慢なのですよ」
ジャーニンはニーケに背を向けてしゃがみ込んだ。
ここまでされては断りにくい、リザとニーケは目を見交わし合った。
ジャーニンは肩に荷袋を担いでいたが、中身は何も入っている様子はない。買い出しに行くという話は本当のようだ。
「じゃあ……お願いします」
ニーケは躊躇いながらジャーニンの背中に寄り掛かった。
リザはニーケの持っていた棒を受け取った。何かあればこれを武器にすればいいと即座に心に決める。辺りにはまだ人影はなかったが、一度だけ干し草を束ねている少年と目があった。
男の話は本当で、程なく平家建ての倉庫が見えた。古そうだが、想像していたものよりも大きい。そばに干し草の束があった。
「ここですよ」
ジャーニンはそう言って扉を開け、先にリザを押し込んだ。
「おう、ジャーニン戻ったか? 早かったな。食い物は?」
暗い倉庫の中に大勢の男の気配がした。
「食い物より、もっといいものを持ってきたぜ。女だ。見目もいいガキもいる」
「……え?」
リザの背後で扉が閉められた。
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