上 下
6 / 96

 5 灰色の結婚式 5

しおりを挟む
 短く簡素な儀式の後。
 通常より早い時間に祝賀の席が設けられた。
 出席者は婚礼の式典よりも多い。なぜなら、各々おのおのの出席者が夫人、あるいは娘を伴っているからだ。
 それでも王女の婚姻を祝う晩餐会としては小さすぎる。普通ならその後に行われる夜会や舞踏もない。
 まだ嫁いでいないリザのすぐ上の姉ナタリーはいたが、リザを見ると「このカラス! いい気になるんじゃないわよ」と、小さな声でののしり、さっさと自分の席に着き、二度と彼女の方を見ようとはしなかった。
 これは花婿花嫁を祝うというよりも、王の体裁のために催された晩餐会だったのだ。
 主役たるリザは、王の祝辞が終わるまで上座に置かれた花嫁の席に座っていた。夫となったエルランドは隣に座っている。
 装飾の多い花嫁衣装は着替えさせられ、ヴェールを取り去って色のあるドレスに替えていたが、こちらも体に合ったものではなく、リザは場違いな自分に居たたまれなさを募らせるばかりだ。
 目の前には食べたことのない料理が次々と供されたが、正式な作法を習った事もない上、周り中知らぬ人間ばかりで、食欲もわかず手をつける気にならなかった。
 本当は隣に座る男を見つめたい。
 式典の折、ヴェールを上げた折に見えた男に、思いのほかきつけられてしまった。
 長めの鉄色の髪の下に鋭く切れ上がった眉が伸びている。整った鼻梁の線に薄い唇。そして一番強く印象に残ったのは珍しい金緑色の瞳だった。それは春に生える新しい苔の色だった。リザの大好きな色だ。
 だがその瞳は、明らかな驚きを浮かべて自分を見つめていた。

 きっと私がカラスだったからびっくりしたんだわ。

 彼は低く「リザ姫」と名を呼んだ。その声もまた、耳に心地がよかった。
 もっと聞いていたかったくらいに。

 だけど今、話しかけるなんて無理だわ。何を言ったらいいのかわからないし、後で兄上に礼儀知らずだって怒られるに決まってる。
 
 仕方なくリザが招待客を眺めていると、不思議なことに気がついた。
 客達の中には若い女性も何人かいたが、彼女たちは皆、自分の隣の男を熱心に見つめているのだ。様子を伺うと、近くに座ったナタリーまでが彼を気にしているようだった。甘ったるい声で話しかける声が聞こえる。
「イストラーダってどんなところですの? ぜひ行ってみたいですわ」
「何もない荒涼としたところです。ただ山も森も深く美しい場所もあるそうです。」
「私、その南のノルトーダ州にはお友達がいますのよ。ナント侯爵様の令嬢で、ウルリーケ様とおっしゃるのです」
「ナント侯爵とは面識がありますが、ご令嬢は存じません」
 男は作法に反しないように丁寧に、しかし短く応じている。彼の声が聞けたのも嬉しかったが、これから自分が行くところについて興味を持つことができた。

 リザはなるべく目立たないように、隣の席に視線を滑らせた。
 見えたのは静かな横顔だ。
 彼もまた、食事にはほとんど手をつけず、ひたすら杯を傾けているようだった。

 ちっとも嬉しそうじゃないみたい。この方は何を思っているのかしら?

 リザが考えていると、ふと男と視線が合ってしまい、リザは大慌ててで目を反らした。その眼は憂鬱そうに曇っていたのだ。
 向かいの席に座っている娘達は、ひそひそと言葉を交わし、頬を染めてエルランドを見ている。そして、うって変わったきつい視線をリザにえるのだった。中には嘲笑あざわらうような仕草を見せる娘もいた。

 ……ああ、そうか。
 この方もあの人達と同じように、私をカラスだと思っているのだわ……。

 リザは食欲どころか、ますます気分が悪くなって俯いてしまった。
「……大丈夫ですか?」
 隣から低い声が聞こえる。見れば気遣わしげな目が自分を見ていた。さっきまでの憂いのある顔とは別人のようだ。
 何か言わなければ、とリザは焦ったが、それに応えることは叶わなかった。ナタリーが強引に話しかけ、彼の注意をそらしてしまったからだ。
 彼女は王都の舞踏会がいかに素晴らしものか熱心にしゃべり続け、もっと長く王宮に滞在するようエルランドに勧めている。エルランドがリザの方を見ようとする度、ナタリーはそれを邪魔するようにしゃべり続けた。
 もう誰もリザに話しかけるものはいない。
 気づまりな祝賀の席は、尚もだらだらと続いた。

 もう帰りたい。ニーケはどうしているかしら?
 
 あまりの不安と苦痛で気分が悪くなったリザが席から滑り落ちそうになった時、力強い腕がさっと伸びた。
「……え?」
 自分の無作法に気づいたリザが青くなって姿勢を整えた時、機を見るに聡いヴェセル王が立ち上がった。
「方々、今宵は我が末の妹の結婚祝いによくきてくれた。しかし、我が妹は世間慣れしていない控えめな性格なので、早めに失礼させたい。今夜にさわらぬようにな」
 最後の言葉を聞いた出席者の方から、奇妙な笑いが押し寄せる。リザはもう顔も上げられなかった。
 すぐさまさっきの女官達がやってくる。
 見かけは丁寧だが否応ない力によって、リザはあっという間に宴の席から退室させられてしまった。

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

うちの王族が詰んでると思うので、婚約を解消するか、白い結婚。そうじゃなければ、愛人を認めてくれるかしら?

月白ヤトヒコ
恋愛
「婚約を解消するか、白い結婚。そうじゃなければ、愛人を認めてくれるかしら?」 わたしは、婚約者にそう切り出した。 「どうして、と聞いても?」 「……うちの王族って、詰んでると思うのよねぇ」 わたしは、重い口を開いた。 愛だけでは、どうにもならない問題があるの。お願いだから、わかってちょうだい。 設定はふわっと。

妹からお仕置きされる姉

塔波よるは
大衆娯楽
出来損ないの姉である由莉(ゆり)はいつも親からお仕置きを受けていた。優秀な妹の陽菜(ひな)と比べられ劣等感を感じつつも変わることが出来ない由莉へ、ある日いつもと違ったお仕置きが行われる。

伯爵令嬢は婚約者として認められたい

Hkei
恋愛
伯爵令嬢ソフィアとエドワード第2王子の婚約はソフィアが産まれた時に約束されたが、15年たった今まだ正式には発表されていない エドワードのことが大好きなソフィアは婚約者と認めて貰うため ふさわしくなるために日々努力を惜しまない

【R18】だったら私が貰います!婚約破棄からはじめる溺愛婚(希望)

春瀬湖子
恋愛
「婚約破棄の宣言がされるのなんて待ってられないわ!」 シエラ・ビスターは第一王子であり王太子であるアレクシス・ルーカンの婚約者候補筆頭なのだが、アレクシス殿下は男爵令嬢にコロッと落とされているようでエスコートすらされない日々。 しかもその男爵令嬢にも婚約者がいて⋯ 我慢の限界だったシエラは父である公爵の許可が出たのをキッカケに、夜会で高らかに宣言した。 「婚約破棄してください!!」 いらないのなら私が貰うわ、と勢いのまま男爵令嬢の婚約者だったバルフにプロポーズしたシエラと、訳がわからないまま拐われるように結婚したバルフは⋯? 婚約破棄されたばかりの子爵令息×欲しいものは手に入れるタイプの公爵令嬢のラブコメです。 《2022.9.6追記》 二人の初夜の後を番外編として更新致しました! 念願の初夜を迎えた二人はー⋯? 《2022.9.24追記》 バルフ視点を更新しました! 前半でその時バルフは何を考えて⋯?のお話を。 また、後半は続編のその後のお話を更新しております。 《2023.1.1》 2人のその後の連載を始めるべくキャラ紹介を追加しました(キャサリン主人公のスピンオフが別タイトルである為) こちらもどうぞよろしくお願いいたします。 ※他サイト様にも投稿しております

【完結】財閥御曹司は最愛の君と極上の愛を奏でる

雪野宮みぞれ
恋愛
ピアノ講師として働く三宅衣都の想い人は、四季杜財閥の御曹司である四季杜響。実らぬ初恋だと覚悟を決めていたはずなのに、彼が婚約すると聞いた衣都は……。 「お願いです……。今日だけでいいから……恋人みたいに愛して欲しいの」 恋人のような甘いひとときを過ごした翌日。衣都を待っていたのは、思いもよらない出来事で!? 「後悔しないと頷いたのは君だ」 貴方が奏でる極上の音色が、耳から離れてくれない。 ※他サイトで連載していたものに加筆修正を行い、転載しております。 2024/2/20 完結しました!

嫌われ婚約者は恋心を捨て去りたい

マチバリ
恋愛
 アルリナは婚約者であるシュルトへの恋心を諦める決意をした。元より子爵家と伯爵家というつり合いの取れぬ婚約だった。いつまでも自分を嫌い冷たい態度しかとらぬシュルトにアルリナはもう限界だと感じ「もうやめる」と婚約破棄を告げると、何故か強引に彼女の純潔が散らされることに‥

婚約破棄!? ならわかっているよね?

Giovenassi
恋愛
突然の理不尽な婚約破棄などゆるされるわけがないっ!

途中闇堕ちしますが、愛しの護衛騎士は何度でもわたしを愛します

りつ
恋愛
 セレスト公国の公女リュシエンヌは引っ込み思案で、できるだけ人と関わるのを避けるように生活していた。彼女が心から許せるのは幼い頃から仕えてくれる護衛騎士のランスロットだけ。ノワール帝国の皇帝から結婚を申し込まれても、絶対に嫌だと断り、彼女はランスロットと結婚する。  優しい夫や家族に甘やかされて新婚生活を送っていたリュシエンヌだが、結婚を断ったことを理由に帝国から兵が差し向けられる。セレスト公国の安全は脅かされ、自分を捕える兵たちから逃げるためにランスロットと城を出るが、追いつかれ、ランスロットはリュシエンヌを守って命を落としてしまう。彼の亡骸を抱きしめて絶望した瞬間、リュシエンヌは過去へと――彼の婚約者になる前に戻っていた。  今度こそランスロットや自分の国を守るため、リュシエンヌは帝国へ嫁ぐことを決めたが……。 ※他サイトにも掲載しています

処理中です...