【完結】呪われ姫と名のない戦士は、互いを知らずに焦がれあう 〜愛とは知らずに愛していた、君・あなたを見つける物語〜

文野さと@ぷんにゃご

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55 君がいるから世界は 5(最終話)

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「あ、そうか……違ったかも」
 固まっているレーゼを見て、ナギは大真面目に言い直した。
「レーゼ、俺と結婚してください」
「……」
 さすがに今のレーゼは、結婚が何か理解している。
 愛し合った男女が、お互いを大切にしつつ生活を共にする、と誓い合う儀式だ。
 亡くなった自分の両親は政略結婚だったから、最初はわからなかったけれど、レーゼはこの一年で、結婚する恋人同士をいく組も見てきた。
 彼らは仲睦まじく暮らし、そのうちに女の人のお腹が大きくなり、子どもが生まれるということも知っている。
「レーゼ?」
「あー、びっくりした」
「嫌、なのか?」
「ううん。その反対。今すぐナギと結婚したい」
「……よかった」
 ナギはレーゼを胸に抱きこみながら言った。なぜか顔を見られなくなかったのだ。
 無意識に緊張していたようで、体が震えている。しかしその強張りは、腕の中の温もりで穏やかに溶ける。
 心が穏やかに凪いでいくのだ。
 彼をこんなに癒してくれるのは、この世にただ一人だった。その存在が無邪気に言った。
「えっと~。結婚ってまず、何か紙に署名するんだよね?」
「……ああ」
 それはきっと、結婚証明書のことだろう。
「その署名が二人が夫婦であることの、証明になる」
「なら、すぐにしましょうよ! どこにあるの?」
「えっと……実はまだないんだ」
 ナギはすまなそうに言った。
「俺、結婚ってことがよくわからなかったし、自分が結婚できるって考えもしなかったんだ。でも、前にカーネリアが結婚って言葉を使ってから、ずっと考えてた。こんな俺でも頑張れば、レーゼと結婚できるかもしれないって」
「頑張らなくてもできるよ」
「でも、王女様だし」
「家はもうないよ。あっても私、いらない子だったもの。だから大丈夫」
 大変お気楽にレーゼは請け合う。
「そうか。ただ……俺は絶対レーゼと結婚すると決めたけど、今朝このタイミングで言うとは、ついさっきまで思ってなかったから」
「何かあったの?」
「広場を見てたら、仲良く二人で過ごすブルーや、カーネリアたちがいた。そして羨ましいと思った。そしたら突然レーゼが空から降ってきたんだ」
「カールみたいに?」
 
 ギイ!

 ギセラが呼ばれたと思って、高みから返事をする。
 二人は微笑みを交わした。
「そう。俺の贈った服を着て、高いところから降ってきたレーゼを受け止めた時、伝えるのは今しかないって思った」
「嬉しい」
「でもレーゼ、結婚って生活なんだよ」
「知ってるわ」
「レーゼが望むのなら、子どもができるかも知れない」
「望むわよ。ナギは?」
「俺も。でも、ほんの少しだけ、レーゼを独り占めしたい。今までできなかったら」
「いいわよ。二人で同じ家に住むのね」
「ああ。それで同じ寝台に寝る」
「ああ、最初出会った時もそうしたね」
 それはレーゼがナギを助けた日のことだった。まるで遠い昔のことのように思える。
「……あの時は寝るだけだったけど、今はちょっと違うかも」
 ナギは言いにくそうに言った。
「知ってるわ。愛し合うのでしょう?」
「そう。どういうことするかわかる?」
「うん。少しは、女の子同士の話を聞いたから」
「……そか。それでレーゼはどう思った?」
「ナギは私の体のどこを触ってもいいと思った」
「……っ」
 無垢な言葉は、時に平気で心をえぐる武器だ。
「あ、ナギ真っ赤! 可愛い」
「レーゼ……」
 ナギは情けなさそうに言った。
「一緒にいようね」
「ああ。ずっと一緒だ」
 ナギは風に舞い上がるレーゼの髪を抑えながら言った。
「……あ」
 その口づけは、今までよりもずっと深い。
「ふぅ……っ」
 レーゼは自分の体のずっと奥まで、ナギに求められているような気がした。実際そうだったのだろう。彼の熱い舌がレーゼの口の中を味わっている。
 高みにいる二人を見ているのは、カールと空だけだ。
 古い王家の都だった街を見下ろして交わす口づけは、二人の新しい道行きのはじまり。
 風が二人を包みこむ。

「皆の声が昇ってくるね」
「ここまま、ここにいたいけど……」
 ナギは名残惜しそうに唇を離した。
「皆が心配するもの」
「そうだな」
「そうよ。行こう」
 レーゼが手を引っ張って鐘楼を下っていく。ナギは彼女が転ばないように前に出ながら言った。
「レーゼ、証明書はまだないけど、住むところは決めてある」
「まぁ! それはどこなの?」
「俺たちが最初に出会ったところ、『忘却の塔』。前に行った時、住むならここしかないと感じた」
「でも、かなり痛んでいたわよ」
「それも、ジャルマの知り合いの職人とか、他にもつてで頼んでだいぶん修理できている。無論俺も手伝った。レーゼが居心地いいように、だいぶ整えたと思う。ここからはちょっと離れているから、不便かもだけど」
「そんなの平気よ。だって私、ずっとあそこで暮らしていたんだし、もう結界もないから、馬ならここから半日とかからない距離だわ。それ!」
 そう言いながらレーゼは、最後の階段を数段抜かして飛び降りた。
 二人で広場まで駆けていく。

「おーい! こっちだ」
 ブルーが笑いかけ、オーカーが手を振る。
「やっときた! 何やってたんだよ」
「何かあったわね!」
 目ざといカーネリアが、クチバを肘で突きながら言った。
「後で言うから」
 レーゼとナギの声が揃った。
「ふぅ~~ん。ま、いいわ! クチバ、踊りましょう!」
 カーネリアに引っ張られながら、クチバが二人を振り返る。
 ナギが幼い頃から知っている彼の厳しい顔は、このところだいぶん穏やかになっていた。
 広場には、笑い声と音楽が満ち溢れている。
 ナギは周囲を見渡した。
 そこには仲間がいた。
 サップやオーカーが可愛い娘と踊りの輪の中に入っている。他にもたくさんの見知った顔がある。
 ずっと一緒に過ごし、戦い、助け合ってきた人々だ。

 俺は一人じゃない。
 レーゼと二人きりでもない。

 今初めて心からそう思える。
「踊ろうよ、ナギ。 私、やったことないけど」
「俺もない。でも、かなり単純な動きだから」
 そう言ってナギは、レーゼの手を取って一番外側の輪に入った。確かなステップだ。
 最強の戦士にとってはダンスなど、少し見ただけで覚えられるらしい。
 娘たちのスカートが翻る。
 レーゼは自分を愛しげに見つめる藍の瞳越しに、空を見上げた。

 ああ、そうね。

 そこには、今はもういない人たちがいる。
 ルビアも、ジュリアも、父も母も、そして、アンジュレアルトが両手に双子の姉の手を取って踊っている。
 大地も空も、人々の心でいっぱいだ。
 レーゼは自分の手を包む大きな掌を握り返す。温かく頼もしい掌。この手は何度もレーゼを助けてくれた。
 大好きな手。
 大好きな人。

 最初からわかってた。
 この人が私の元に来るってことが、私には。
 冷たかった小さい手を、私が温めることができた。
 それからずっと、この人の手は温かいまま、私を守ってくれていた。

「ナギ、好き」
「俺も好き、レーゼ」

 君が俺に人生をくれた。

 あなたが私に世界をくれた。

 君がいるから俺は呼吸ができる。

 あなたがいるから私は未来が見えた。

「ナギ」「レーゼ」
 二人の声が重なった。
「あなたがいるから世界はこんなにも美しい」


  ***

お読みいただき、ありがとうございました。
良ければ最後まで共に走ってくださった方、足跡残してくださいませ。
お返事いたします。
次回作の構想はありますが、しばらくは近況報告に注目していてください。

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