【完結】呪われ姫と名のない戦士は、互いを知らずに焦がれあう 〜愛とは知らずに愛していた、君・あなたを見つける物語〜

文野さと@ぷんにゃご

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52 君がいるから世界は 2

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 かくしてアルトア大陸は、魔女と彼らの眷属の脅威から解き放たれたのだった。
 しかし、これで全てが解決したわけではない。
 この十数年で、多くの国や都市が壊滅した。
 壊滅はまぬがれた国や街も、かなりの痛手をこうむり、街道や耕作地は未だ荒れ果てている。
 それはすなわち、人心が荒れたということである。
 人間の裏組織<シグル>は、魔女によって消滅したが、小規模の盗賊団やならず者は、いつの時代にも湧いて出る。
 ここから人々は、立ち直らなければならないのだ。
 熟練の職人の街ジャルマ。
 水路が多く、豊かな穀倉地帯であったウォーターロウ。
 海運業が盛んな海辺の街イスカなど、この大陸には元々豊かな資源や、産業に溢れた国や街がある。
 それらの産業を立て直すには、人々が行き交うための主要な街道の整備から始めなくてはならないのだ。
 レーゼもナギも、彼らの望みに関わらず、関わらざるを得ないことになってしまっている。
 
 そして二ヶ月後。
 レジメントたちは、大陸南西でかつて栄えたゴールディフロウの街を拠点として活動していた。
 この国を豊かにしていた砂金や宝石は、もう採れない。しかし、今はその方がいいのだ。
 ここは大陸の街道が通作するところ。流通の要所で、人々や物の交流によって栄えるべきなのだ。
 彼らはまず城壁を修復し、大通りを整備した。
 実際に指揮しているのは、ブルーやクチバ達、レジメントの指揮官だった者達だが、共に戦った仲間である以上、ナギも彼らと関わらないわけにはいかなかったのだ。
「ナギ! 大通りの舗装に使う石が届いたわ!」
 カーネリアが敷石を満載した荷馬車を率いてやってくる。
「重いから、何回にも分けて運ばなけりゃだったけど、これが最後の荷よ! 全部私が指揮したのよ」
「ああ……すごい量だな……」
 今までに運ばれてきた分と、今運ばれてきた分の小山のような舗装用の石を見て、ナギはうんざりといった。
 戦闘や指揮の折では、あれほどの能力を見せるのに、それらに関係ないこの方な仕事になると、途端にナギはやる気を失う。
 いや実際の肉体労働はできるのだが、物資の手配や労働者の割り振り、報酬の分配など、事務的な段取りについては、ほぼ無能と言ってもよかった。
 レジメントでもずっと前衛部隊で、兵站には関わらなかったことが今になって影響している。
「じゃあ……古い石は退けておいたから、順番に並べてくれ。俺はここから見てる」
「そんなのダメよ!」
 カーネリアは、げっそりしているナギの前に詰めよった。
「敷石にだって、敷き方があるってクチバが言ってたわ! 上手に並べないと、轍ができて、人や馬車に負担がかかるのよ」
「そうよ、ナギ。あなただって、図書館に残ってた図録を見てたじゃない」
 ひょこっと顔を出したのはレーゼである。
 手には大きな本を持っていた。ナギはすばやく重そうな本をレーゼの腕から取り上げる。その様子を見て、クチバとカーネリアが苦笑した。
 ナギの本心は、面倒なことなど全て投げ捨てて、レーゼの世話をしたいのだ。
「ええっと、これ」
 レーゼは荷馬車の台の上で図録を広げた。
「ああ。これだな。道の舗装方法が残ってる。この敷石の大きさからみて、扇状の図形を繰り返して敷き詰めるのが、最も摩耗の少ないやり方みたいだ」
 ナギも図版入りの本をのぞき込んだ。保存状態はいい。
「こんなに綺麗に並べられるものなのね」
「そうだな。扇型の一番外側に、この色の変わった青い石を並べると、綺麗だと思う……こんな感じか」
 ナギはさらさらと、裏紙に図案を書いてみせた。元々手先は器用で、細かいものならなんでも作ってしまう男なのだ。
「いいね! こんなふうに並べよう。あと、こっち側は側溝にはまらないように、別の色を並べたり」
「なるほど。いいな」
「ちょっとあんたたち! 離れなさいよ!」
 カーネリアが割り込む。
「レーゼったら全然仕事しないくせに、口を出さないでよ。私はナギと喋りたいのよ!」
「あ、ごめんね……って、あれ?」
 離れようとするレーゼの手首をナギが掴んでいる。
「カーネリア。それは違うだろう? レーゼ様が仕事をしないんじゃなくて、ナギがさせないんだ」
「それはレーゼが仕事なんかしたら、怪我をするからで……」
「わかるよ。レーゼ様は危なっかしいからな」
「そうそう! だからあなたは引っ込んでなさ……もが」
 カーネリアの顔は、クチバの大きな手によって、ほとんど見えなくなっている。
「クチバ! ひどいわ! 私にだって、少しはできることがあるはずよ」
「レーゼ様、この大通りはかつて、さまざまな商店が軒を並べ、真ん中には広場もあって、毎朝いちが立っていたのです」
 クチバは、カーネリアの口を抑えながら言った。
「ええ、聞いたことがるわ。見たことはないけど」
「それを私たちで再現しましょう。あなたが見るはずだった街は、あなたが見る前に壊されてしまった。でも、人々が皆いなくなったわけじゃない。何年もかかって、大陸中のすべての国や街、街道を作り直して行けばいいのです」
「ええ。私はどんな役に立てばいい?」
「そうですね。レーゼ様は昔籠を作っていたことがあると言っていたでしょう?」
「ええ。蔓草でいろんな籠を編んだわよ」
「まずはそこから初めてはいかがです? 籠はものを運んだり、食べ物を洗ったりするのに役立ちます。これから需要が増えます」
「まぁ! それならきっとできるわ!」
 レーゼは自分にもできることがあると知って嬉しそうに言った。
「王宮はどうしますか? レーゼ様のお城でしょう?」
「ああ、お城。別に執着はないの。使える資材があるなら、なんでも持っていって。でも地下室の奥には入らないほうがいいわ。お墓なのよ」
「お墓?」
 ナギはレーゼの話を聞いたから、地下に何があるかを知っている。だがレーゼはナギへまばたきで返した。

 なるほど、地下の宝物庫には昔の王族が作った、力のある道具や、財宝があるからな。
 そういうものは、あまり人の目に触れない方がいいのだろう。
 せっかく魔女が滅びたのに争いの元は作らない方がいい。

「へぇ。お墓が地下にあるの?」
 カーネリアが少し興味を惹かれた様子で尋ねる。
「ええそうなの。大きな声では言えないけど、閉じ込められて、死んだ王族のお化けが出るのよ」
「きゃああ! 脅かさないでよ!」
 レーゼが声を顰めて言うので、カーネリアは思わず身震いした。
「そういえば、あんたも王族だったわね。だからそんなこと知ってるのね」
「そうなの。クチバ、王宮の地下を埋められる?」
「もちろんです。そもそもあの辺りは、かなり破壊されている。魔女の憎しみがよほど深かったのでしょう。幽霊の集団が出ても不思議じゃない」
「いやー! クチバも言わないで! そんなところに、絶対誰も近づかないわ!」
 カーネリアは青い顔でクチバにしがみついた。
「なるほど……やっぱり俺のレーゼは賢いな」
 ナギはそう言って、レーゼの頭の上に口づけを落とした。

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