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44 戦いの島へ 3
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「レーゼ!」
ナギは船室に駆け込んだ。
軍船の客室である。そこには小さな窓があり、レーゼはずっと外の様子を感じていたようだ。
「ナギ、行こう!」
レーゼは既に鎧を身に纏っている。
「どうもそれしかないようだ。だが本当にいいのか?」
ナギはこの後に及んで尋ねた。どこまでもレーゼが心配なのだ。
「大丈夫、ナギとビャクランが守ってくれる。それにカールが」
レーゼは若いギセラを痛ましそうに見つめた。
カールと名付けたこのギセラは、この種の鳥には珍しくレーゼに懐いているが、魔女の術の影響はカールにも出たようで、仲間の姿を見てかなり暴れたという。
「念のために、鳥籠の中に入れておいたからよかったけど、飛び立とうとして頭をぶつけて気を失ってしまったの」
レーゼは鳥籠というより檻といった方がふさわしい、鉄の籠の扉を開けた。カールはぐったりしているが、少し目を開けると、弱々しくギーと鳴いた。
「怪我はしてないようだ。ギセラ達も行ってしまったし。しばらくしたら元気になると思う」
ナギは若鳥の頭や骨を調べて言った。羽根に異常はないようだ、頭をぶつけて目を回してしまったのだろう。
「それならよかった。けど、エニグマはこんなに強力な魔法を使うのね。本当に恐ろしい魔法使いだわ。だけど彼女も必死なのよ」
鎧の中でレーゼが緊張しているのがナギに伝わる。
「レーゼ、顔を見せられるか?」
「ええ? できるけど……ビャクラン?」
レーゼが呼びかけると、白藍の鎧の面貌が音もなく持ち上がった。
「よかった。そんなにへこたれてはいないな」
ナギはレーゼの顔色を見て笑いかける。
「……っ! 当然よ! 私だって覚悟してここまできたんだから! ナギと共に戦うわ」
「そうだな。一緒に戦おう。まずは船を岸につけなければ」
「島まで少し距離があるみたいね」
「ああ。さて、どうするか」
海岸線には、船をつけられる都合の良い入江などない。
まだ少し遠くてわかりにくいが、黒い石がごろごろする醜い浜辺がだらだらと続き、その背後は斜面となって、暗い樹海へと続いている。
それはかつてナギがゾルーディアと戦った、イトスギの森を思い起こさせた。
「森の奥の山、あれがエーヴィルの塔だ」
鋭い山は、先ほどの砲撃で形が一部崩れている。
樹海にも所々隙間が空いているようだ。しかし、島中も不気味なほどの静けさに包まれていた。
船団は隊列を組み直し、岩礁を避けながら、できるだけ上陸できそうな地形を探していた。
あと少し、あと少しで、エニグマの喉に剣を突きつけられるのだ。
「レーゼ?」
「山から風が来る」
レーゼは真っ直ぐにエーヴィルの塔を見つめていた。
「……」
すぐにナギにもわかった。
見えないが、何か大きなものがこちらに向かってくる。すごい密度だと言うこともわかる。
「帆を下とせ! つむじ風がくるぞ! 他の船にも知らせろ!」
ナギは甲板の上から怒鳴った。
すぐに帆が落とされ、手旗で他の船にも伝えられたが、先ほどのギセラの襲撃で甲板員が負傷している船もある。風の方が早い。
「うわぁ!」
「吹き飛ばされる!」
「何かにつかまれ! 海に落ちたら魚の餌食だぞ!」
それは風というよりも、空気の塊だった。船やその周辺の海面をたたき、嵐のように船団を翻弄する。
その上──
非常な腐臭を放っている。
まるで、腐った死体が放つ穢れの匂い──ギマの匂いだ。
「うわぁ!」
「酷い匂いだ! 肺が腐る!」
腐った空気の塊が、どよんどよんと船にぶつかる。
このままでは船同士で衝突してしまうか、もっと悪くて岩礁に乗り上げて沈没するかもしれない。
「船尾から短艇を出せ! このまま上陸するぞ!」
ブルーも叫んだ。
大きな船では上陸できないことを予測して、船にはあらかじめ小船がいくつも積載されている。どの船も同じ判断をしたのだろう。
船尾の搬出口から、二十人乗りの短艇がいくつも降ろされ、兵士たちが乗り込んだ。
「気をつけろ! 母船に衝突するなよ!」
言ったそばから、背後の二艘の船首が衝突し、ばりばりと悲鳴を上げながら前方部分が崩壊していく。
「こげ! 思い切り漕ぐんだ! このまま波に乗って上陸するぞ!」
「レーゼ様!」
クチバが船室に転がり込んでくる。
「お探ししましたぞ! お姿を見失って申し訳ありません」
レーゼは兵士たちを先に脱出させ、ナギと共に最後に一つ残った一番小さな船に乗り込もうとしていたのだ。
「いいのよ。クチバは貴重な戦力だわ。私などに構わず戦ってちょうだい」
「レーゼには俺がいる! 必ず守る」
「クチバは他の船の様子を見て! カーネリアの船が心配だわ」
レーゼは毅然として命じた。
「は! 承知しました! ですが、できるだけ早く合流します! ナギ! レーゼ様を頼むぞ」
クチバの言葉に、ナギは当然だとばかりに視線を返した。
クチバはそのまま、すごい勢いで船首まで上り詰めると、こちらに船尾を向けながら、必死で舵を取ろうとしている船にロープを引っ掛け、するすると飛び移った。見事な身のこなしだ。
「レーゼ行くぞ! 短艇を下ろす! しっかり掴まれ!」
「はい!」
ざん!
と、小船は海上に出た。
大きな船が風に翻弄され、あちこちに不規則な波が沸き起こっている。中にはすれ違いざまぶつかる船もあって、海上は極めて危険な状態だ。
「巻き込まれるな、必死で漕ぐんだ!」
「陸地はもうすぐだぞ! 怯むな!」
上陸を予想して、短艇にはあらかじめ必要な物資を積み込んであるため、船脚は遅い。
だが、かえって安定しているので、ゆっくりとでも着実に陸地に近づいていた。馬専用の荷船もある。この日のためによく訓練された貴重な馬が、各船に数頭ずつ乗っているのだ。
ただ、やはり波や渦に飲まれたり、母船同士の衝突に巻き込まれたりして、転覆する船が出ている。
海に投げ出されたら最後、肉食の魚が襲いかかってくるのだ。泳いで他の船に助け上げてもらったものもいるが、何人かは犠牲になってしまった。
一方ナギとレーゼの乗った船は──。
「波を利用して、一気に上陸する! レーゼ! しっかりしがみついていろよ!」
「……」
レーゼは船縁にしがみついて、水面下に目を凝らしている。
「危ないぞ、海中には人喰い魚がいるんだ!」
「大丈夫よきっと……来てくれる」
「……?」
ナギは必死になってオールを動かしている。小さい船なのが幸いしているが、それでもすでに汗みずくだ。
だが、すっと腕が軽くなった。
「なんだ……何が起きている?」
ナギは思わず手を止めて、海面を覗き込んだ。何やら大型の魚が船を押してくれている。いや、これは魚ではなく、イルカという哺乳類だ。
「前に入江で見たでしょ? あれから海岸で何度か接触していたの」
「……レーゼはすごいな」
彼らの分厚い皮膚にも、小型の魚は食らいついていくが、もともと彼らは深海の住人なので、浅い水中では長い間活動できない。
魔力の限界が来たのか、普段は水圧に守られている内臓が口からはみ出て次々に腹を見せて浮いていった。イルカたちはそれを喰いながら、船をどんどん陸地へと押し泳いでいる。
「レーゼがやったのか?」
「うん……ビャクランも力を貸してくれた」
「……無理はするなよ。戦いは始まったばかりだ」
ナギは一瞬だけ複雑そうな顔をしたが、すぐに気持ちを切り替えた。
「さぁ! 上陸するぞ! 油断するな!」
同じように、他の短艇もイルカの助けを受けて、次々に黒い浜辺に乗り上げている。その中にはブルーもオーカーもいた。姿は見えないが、きっとカーネリアもサップもクチバもいるに違いない。
気味の悪い砂浜は、焼いた人間の骨でできているような色合いだ。
腐臭は少し弱まっているが、明らかな別の気配が正面の森から近づいてきていた。
戦士達は上陸を果たした。
ここが決戦の島だった。
ナギは船室に駆け込んだ。
軍船の客室である。そこには小さな窓があり、レーゼはずっと外の様子を感じていたようだ。
「ナギ、行こう!」
レーゼは既に鎧を身に纏っている。
「どうもそれしかないようだ。だが本当にいいのか?」
ナギはこの後に及んで尋ねた。どこまでもレーゼが心配なのだ。
「大丈夫、ナギとビャクランが守ってくれる。それにカールが」
レーゼは若いギセラを痛ましそうに見つめた。
カールと名付けたこのギセラは、この種の鳥には珍しくレーゼに懐いているが、魔女の術の影響はカールにも出たようで、仲間の姿を見てかなり暴れたという。
「念のために、鳥籠の中に入れておいたからよかったけど、飛び立とうとして頭をぶつけて気を失ってしまったの」
レーゼは鳥籠というより檻といった方がふさわしい、鉄の籠の扉を開けた。カールはぐったりしているが、少し目を開けると、弱々しくギーと鳴いた。
「怪我はしてないようだ。ギセラ達も行ってしまったし。しばらくしたら元気になると思う」
ナギは若鳥の頭や骨を調べて言った。羽根に異常はないようだ、頭をぶつけて目を回してしまったのだろう。
「それならよかった。けど、エニグマはこんなに強力な魔法を使うのね。本当に恐ろしい魔法使いだわ。だけど彼女も必死なのよ」
鎧の中でレーゼが緊張しているのがナギに伝わる。
「レーゼ、顔を見せられるか?」
「ええ? できるけど……ビャクラン?」
レーゼが呼びかけると、白藍の鎧の面貌が音もなく持ち上がった。
「よかった。そんなにへこたれてはいないな」
ナギはレーゼの顔色を見て笑いかける。
「……っ! 当然よ! 私だって覚悟してここまできたんだから! ナギと共に戦うわ」
「そうだな。一緒に戦おう。まずは船を岸につけなければ」
「島まで少し距離があるみたいね」
「ああ。さて、どうするか」
海岸線には、船をつけられる都合の良い入江などない。
まだ少し遠くてわかりにくいが、黒い石がごろごろする醜い浜辺がだらだらと続き、その背後は斜面となって、暗い樹海へと続いている。
それはかつてナギがゾルーディアと戦った、イトスギの森を思い起こさせた。
「森の奥の山、あれがエーヴィルの塔だ」
鋭い山は、先ほどの砲撃で形が一部崩れている。
樹海にも所々隙間が空いているようだ。しかし、島中も不気味なほどの静けさに包まれていた。
船団は隊列を組み直し、岩礁を避けながら、できるだけ上陸できそうな地形を探していた。
あと少し、あと少しで、エニグマの喉に剣を突きつけられるのだ。
「レーゼ?」
「山から風が来る」
レーゼは真っ直ぐにエーヴィルの塔を見つめていた。
「……」
すぐにナギにもわかった。
見えないが、何か大きなものがこちらに向かってくる。すごい密度だと言うこともわかる。
「帆を下とせ! つむじ風がくるぞ! 他の船にも知らせろ!」
ナギは甲板の上から怒鳴った。
すぐに帆が落とされ、手旗で他の船にも伝えられたが、先ほどのギセラの襲撃で甲板員が負傷している船もある。風の方が早い。
「うわぁ!」
「吹き飛ばされる!」
「何かにつかまれ! 海に落ちたら魚の餌食だぞ!」
それは風というよりも、空気の塊だった。船やその周辺の海面をたたき、嵐のように船団を翻弄する。
その上──
非常な腐臭を放っている。
まるで、腐った死体が放つ穢れの匂い──ギマの匂いだ。
「うわぁ!」
「酷い匂いだ! 肺が腐る!」
腐った空気の塊が、どよんどよんと船にぶつかる。
このままでは船同士で衝突してしまうか、もっと悪くて岩礁に乗り上げて沈没するかもしれない。
「船尾から短艇を出せ! このまま上陸するぞ!」
ブルーも叫んだ。
大きな船では上陸できないことを予測して、船にはあらかじめ小船がいくつも積載されている。どの船も同じ判断をしたのだろう。
船尾の搬出口から、二十人乗りの短艇がいくつも降ろされ、兵士たちが乗り込んだ。
「気をつけろ! 母船に衝突するなよ!」
言ったそばから、背後の二艘の船首が衝突し、ばりばりと悲鳴を上げながら前方部分が崩壊していく。
「こげ! 思い切り漕ぐんだ! このまま波に乗って上陸するぞ!」
「レーゼ様!」
クチバが船室に転がり込んでくる。
「お探ししましたぞ! お姿を見失って申し訳ありません」
レーゼは兵士たちを先に脱出させ、ナギと共に最後に一つ残った一番小さな船に乗り込もうとしていたのだ。
「いいのよ。クチバは貴重な戦力だわ。私などに構わず戦ってちょうだい」
「レーゼには俺がいる! 必ず守る」
「クチバは他の船の様子を見て! カーネリアの船が心配だわ」
レーゼは毅然として命じた。
「は! 承知しました! ですが、できるだけ早く合流します! ナギ! レーゼ様を頼むぞ」
クチバの言葉に、ナギは当然だとばかりに視線を返した。
クチバはそのまま、すごい勢いで船首まで上り詰めると、こちらに船尾を向けながら、必死で舵を取ろうとしている船にロープを引っ掛け、するすると飛び移った。見事な身のこなしだ。
「レーゼ行くぞ! 短艇を下ろす! しっかり掴まれ!」
「はい!」
ざん!
と、小船は海上に出た。
大きな船が風に翻弄され、あちこちに不規則な波が沸き起こっている。中にはすれ違いざまぶつかる船もあって、海上は極めて危険な状態だ。
「巻き込まれるな、必死で漕ぐんだ!」
「陸地はもうすぐだぞ! 怯むな!」
上陸を予想して、短艇にはあらかじめ必要な物資を積み込んであるため、船脚は遅い。
だが、かえって安定しているので、ゆっくりとでも着実に陸地に近づいていた。馬専用の荷船もある。この日のためによく訓練された貴重な馬が、各船に数頭ずつ乗っているのだ。
ただ、やはり波や渦に飲まれたり、母船同士の衝突に巻き込まれたりして、転覆する船が出ている。
海に投げ出されたら最後、肉食の魚が襲いかかってくるのだ。泳いで他の船に助け上げてもらったものもいるが、何人かは犠牲になってしまった。
一方ナギとレーゼの乗った船は──。
「波を利用して、一気に上陸する! レーゼ! しっかりしがみついていろよ!」
「……」
レーゼは船縁にしがみついて、水面下に目を凝らしている。
「危ないぞ、海中には人喰い魚がいるんだ!」
「大丈夫よきっと……来てくれる」
「……?」
ナギは必死になってオールを動かしている。小さい船なのが幸いしているが、それでもすでに汗みずくだ。
だが、すっと腕が軽くなった。
「なんだ……何が起きている?」
ナギは思わず手を止めて、海面を覗き込んだ。何やら大型の魚が船を押してくれている。いや、これは魚ではなく、イルカという哺乳類だ。
「前に入江で見たでしょ? あれから海岸で何度か接触していたの」
「……レーゼはすごいな」
彼らの分厚い皮膚にも、小型の魚は食らいついていくが、もともと彼らは深海の住人なので、浅い水中では長い間活動できない。
魔力の限界が来たのか、普段は水圧に守られている内臓が口からはみ出て次々に腹を見せて浮いていった。イルカたちはそれを喰いながら、船をどんどん陸地へと押し泳いでいる。
「レーゼがやったのか?」
「うん……ビャクランも力を貸してくれた」
「……無理はするなよ。戦いは始まったばかりだ」
ナギは一瞬だけ複雑そうな顔をしたが、すぐに気持ちを切り替えた。
「さぁ! 上陸するぞ! 油断するな!」
同じように、他の短艇もイルカの助けを受けて、次々に黒い浜辺に乗り上げている。その中にはブルーもオーカーもいた。姿は見えないが、きっとカーネリアもサップもクチバもいるに違いない。
気味の悪い砂浜は、焼いた人間の骨でできているような色合いだ。
腐臭は少し弱まっているが、明らかな別の気配が正面の森から近づいてきていた。
戦士達は上陸を果たした。
ここが決戦の島だった。
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