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37 ひとときの休息 1
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レジメントの共闘部隊は今、大陸東海岸の街、イスカに駐留していた。
ここで最後の休養と補給をするのだ。
この街は東部海岸で唯一、ギマの襲撃を受けていない街だった。
海岸からすぐの急峻な山脈が天然の要害の、山の斜面と海の間に発展した街で、出入りするには南の街道を使うか、船を利用するしかない、守りに特化した街である。
岸沿いに細長く伸びた街は、色とりどりの屋根が大変美しい。遠くに鳥が飛んでいる。上昇気流に乗っているのか、翼がほとんど動かない。
小さな湾がいくつも連なり、海産物も豊富だが、エニグマの拠点である大陸最東北に近いため、魔女やその眷属を警戒する風潮は強い。
魔女は美しいものや、豊かなものを嫌うので、イスカが次の標的となる可能性は高いのだ。
そのため、イスカでは守備隊のほかに海軍があり、外海からも街を守っている。兵士たちの山岳訓練や海洋訓練は苛烈で、守備隊というより、屈強な山男や漁師の集団のようだった。
先日の襲撃で、レジメントたちはかなりの数のギマを土に返した。以来つかの間の静けさが、夏の終わりの海辺の街に満ちている。
だから、ブルーやクチバたちレジメントの幹部は、このイスカの街を最後の拠点に据えたのだった。
最前線で戦った者たちには、しばしの休息が必要だ。
人としてあるために。
「そんなことがあったのか……」
レーゼの話を聞き終わったナギは、しばしその瞳を見つめた。
二人がいるのは街を囲み、海を見下ろす堤防だ。高いところを怖がらないのがレーゼとナギの共通点だ。
昔、一度見たことがある濁っていた瞳は、今は淡い藍色に澄んで、夜とナギを映している。
「うん。私も少しは強くなったのよ」
鎧を纏うことなった顛末を打ち明けたレーゼは、幼女のように素足をぶらぶらさせた。
鎧は今は元の宝石と変化し、ペンダントとしてレーゼの胸元に収まっている。大きい石と小さい石と、ふたつ。
二人は、街を見下ろす物見櫓に並んで座っていた。
ここからは街と海が一望できるのだ。
「イスカってほんとに綺麗なところね。私、海は初めてだから」
鮮やかだった木々の緑が、少し褪色し始めている。海は深い藍色だ。白い砂浜も見えて、イスカは落ち着いた色彩に包まれていた。
「綺麗だな」
ナギの目はレーゼを見ている。二十歳になった彼女の姿は、もう少女ではなく、今まで色恋に興味のなかった青年の目にも好ましく映る。
白い横顔、長い髪、細い首の下の優雅な曲線。
「私、大きくなったでしょ?」
レーゼは少し自慢そうに胸を張った。
「ああ、ほんとうに」
鎧から出た時は薄いシュミーズだけだったが、今ではイスカの市長の妻からもらった東国風の夏服を着けている。
それは細かい刺繍が施された美しいものだが、帯の位置が高く、胸が強調される形のため、ナギは視線のやり場に困った。
ナギが思うに、レーゼの見た目はともかく、中身はそれほど昔と変わっていない。鎧の中で、彼女の時間が止まってしまったのでは? と思うくらいに。
「あの鎧は、中の人間とともに成長するのか?」
「ビャクランはそう言ってた。彼を通じて私はいろんなことを知ったの」
「……彼?」
ナギは一つの言葉に引っかかった。
つまり、あの鎧──ビャクランは男で、長い間レーゼの肌にぴったり張り付いていたのだ。
そりゃ、それは実体を持たない思念だし、レーゼをずっと守っていてくれていたんだろうけど。
なぜだかナギは業腹だ。
レーゼに触れるのも、いろんなことを教えるのも全て自分でありたい。他の誰にもその役割を譲りたくない。
その感情が嫉妬であることもナギには自覚できていないが、とにかく非常に気分が悪い。
「レーゼ、今度からその鎧を着る時は、中に服を着るんだぞ」
「でも、感覚を共有するには、なるべく隔たりが少ない方がいいんだって」
「ううう」
「ナギ、どうしたの?」
「レーゼ、その石ちょっと見せて」
「いいわよ。はい」
レーゼは機嫌よく首から鎖を外してナギに手渡す。ナギは手に取った平たい宝石を睨みつけた。
「……」
『何かな? 若者』
「あんたがビャクランか?」
『そうだよ。最後のゴールディフロウの娘を守るもの』
「レーゼにぴったり張り付いて?」
「ん?」
レーゼは訳がわからないように二人のやりとりを眺めている。宝石は今ナギの手にあるから、レーゼにはビャクランの声は伝わらないのだ。
『仕方がなかろう。今レーゼが言った通りだ』
「よからぬ考えを抱いてはいないだろうな?」
『おや、やきもちかい? 見苦しいな。いや、当然と言えば当然か。若いものな。しかし、安心するがいい。私はただの残留思念。しかも死んだ時は老人だった。声は若いが、いまさら邪な感情を持ったりしないよ』
「本当だろうな」
『……無論』
「今、変な間があったぞ。言っとくが俺の方がレーゼと先に会って、誓い合ったんだからな」
「ナギ、さっきからどうしたの? ビャクランとお話をしているの?」
「いや、釘を刺しただけだ」
「なんで釘? ビャクランは二百年前のゴールディフロウの王族で、能力は高かったのに、病気で色相が替わったから皆に恐れられたって言ってたよ。だけど、負けずに頑張って、いろいろなものを作ったって」
「魔女とほとんど同時期の王族か……何か交流はあったのかな?」
「そのところはよく思い出せないって。まぁ私が行くまで二百年も眠り続けたんだから、記憶があいまいになっても不思議じゃないけど」
「うん……」
「でも、魔女もビャクランも、自分の色相が変化して、不吉だと決めつけられたことが不幸の源だった。それさえなければ、今世界はもっと平和だったと思う。すべてはゴールディフロウ王家の価値観と偏見の責任だわ。だから、私が何とかしなくちゃ」
レーゼはあまり似合わない、きりっとした表情で言った。
「俺はレーゼには戦ってほしくない」
「でも、私、感覚の範囲を広げられる。それにカールが手を貸してくれる。彼らの視界を借りられるわ」
「……カールってギセラの?」
「うん。一年前、親とはぐれた雛を助けたことがあって、そこから友達になったの。いつもは高い空を飛んでいるけど、呼べば来てくれる。カール!」
遠い空を旋回していたギセラが、ついと方向を変えて二人の座る堤防の近くに舞い降りた。若鳥だが、大人の体ほどもある。
「カール。お昼ご飯は食べた?」
ギイイ、とギセラは答え、再び空へと舞い上がる。
「……」
ナギは再び、複雑な顔をしている。
彼は昔、ギセラに襲われたことがあるから、実はあまりギセラに信頼が置けない。しかし、そのおかげでレーゼに会うことができたから恩もあるのだ。
ここはレーゼを信じるしかない、とナギは思った。
「私ね、すぐにわかった」
「なに?」
「ある夜、突然、私の呪いが解けた。ビャクランが解けて、鏡になってくれたの。その中で私は見たの。身体中の痣が消えて、髪が急に伸びたのを。そして古い殻を脱いだような気分になって、視界が急に開けた。その瞬間、ナギがゾルーディアを滅ぼしてくれたってわかったのよ」
「そうだったか……」
「私すごく嬉しかった。でも、ナギの気配も消えたから悲しかった」
レーゼはナギの手を取る。その手は昔以上に硬くて大きい。
「生きていてくれていて、本当に良かった」
「俺もそう思う」
「私ね、ゾルーディアに呪いをかけられたって思っていたけれど、もしかしたら彼女は本当に私に、情けをかけてくれたのかもしれないって思えたの」
「どうして?」
「彼女は悲憤の魔女。生きている間、ずっと悲しんで恨んできたのよ。あのまま離宮で暮らしていたら、病弱だった私は死んでいた気がするの。だから、彼女は呪いという縛りで、私を生かしてくれたのかもしれない」
「……」
「ゾルーディアは双子の妹にまで嫌われて、封じ込められた。私と同じように……でも、もし魔力がなくて、ただの娘として育ったら、彼女は普通の女の人になっていたと思う」
確かに、イトスギの森で見たゾルーディアの顔は、平凡な女の顔だとナギは思う。
「けど、あいつだって長い間、エニグマの片棒を担いで人を殺していたんだ。それは許されることじゃない。レーゼだって辛かっただろう」
「そうだけど……でも魔女になった理由があるんだよ。何ごとにもきっと訳がある」
「だったら、俺たちが出会ったことにも理由があるに違いない」
「それは。絶対好きになるためね」
「……っ」
その時のナギの顔を、ブルーやオーカーが見たらなんと思うだろうか? 生まれて初めてナギは自分が赤面していることを自覚した。
「私たち二人とも再び会えると決まっていて、長いこと引き離されていたんだね。でも、ちゃんと見つけた」
「ああ」
ナギは頷いた。
「俺はレーゼを見つけた。実は、鎧の姿を見た時から、もしかしてって思ってはいたけど、ちょっとだけ自信がなかった」
「あ、それは私もよ。だって、あの頃のナギは細くて声も可愛らしかったのに……」
レーゼは改めて目の前の青年を見つめた。
「今じゃこんなに……」
ナギは背が高く引き締まった体つきをしており、声も低い。
彼はもう子どもではない。端正な佇まいの男性だ。額の傷は、かえって彼の魅力を高めている。
そして、その彼が自分を見て、なんだか微妙な顔つきになっている。
この人がナギなのね……。
「可愛いと言われて喜ぶ男はいないよ……」
「じゃあ訂正するわ。とても綺麗よ、ナギ。瞳と髪が宵闇の海の色だわ」
「可愛いも綺麗も同じだと思うけど」
綺麗という言葉は、レーゼのためにあるとナギは思っている。
「海が綺麗なのと、レーゼが綺麗なのはちょっと違う」
「そう。こんなに大きいものと私じゃ、比べようがないわね。このずっと向こうに東の大陸があるのね」
「ああ、そうだ」
ナギはその大陸の血を引く一族の末裔らしい。
「もっと近くで見てみたい」
「レジメントは、ここに数日滞在する。明日波が穏やかだったら、近くまで見にいこう」
「そうね。行きましょう」
「ああ。きっと」
レーゼもナギも全部言わなかったが、二人ともわかっていた。
この時間が、魔女を滅ぼすまでの最後の休息なのだ。
だからこそ、大切にしなければいけない。
二人の時間を。
***
現在に戻ります。
イスカの街はアマルフィのイメージです!
Twitterにイメージを上げてます!
ここで最後の休養と補給をするのだ。
この街は東部海岸で唯一、ギマの襲撃を受けていない街だった。
海岸からすぐの急峻な山脈が天然の要害の、山の斜面と海の間に発展した街で、出入りするには南の街道を使うか、船を利用するしかない、守りに特化した街である。
岸沿いに細長く伸びた街は、色とりどりの屋根が大変美しい。遠くに鳥が飛んでいる。上昇気流に乗っているのか、翼がほとんど動かない。
小さな湾がいくつも連なり、海産物も豊富だが、エニグマの拠点である大陸最東北に近いため、魔女やその眷属を警戒する風潮は強い。
魔女は美しいものや、豊かなものを嫌うので、イスカが次の標的となる可能性は高いのだ。
そのため、イスカでは守備隊のほかに海軍があり、外海からも街を守っている。兵士たちの山岳訓練や海洋訓練は苛烈で、守備隊というより、屈強な山男や漁師の集団のようだった。
先日の襲撃で、レジメントたちはかなりの数のギマを土に返した。以来つかの間の静けさが、夏の終わりの海辺の街に満ちている。
だから、ブルーやクチバたちレジメントの幹部は、このイスカの街を最後の拠点に据えたのだった。
最前線で戦った者たちには、しばしの休息が必要だ。
人としてあるために。
「そんなことがあったのか……」
レーゼの話を聞き終わったナギは、しばしその瞳を見つめた。
二人がいるのは街を囲み、海を見下ろす堤防だ。高いところを怖がらないのがレーゼとナギの共通点だ。
昔、一度見たことがある濁っていた瞳は、今は淡い藍色に澄んで、夜とナギを映している。
「うん。私も少しは強くなったのよ」
鎧を纏うことなった顛末を打ち明けたレーゼは、幼女のように素足をぶらぶらさせた。
鎧は今は元の宝石と変化し、ペンダントとしてレーゼの胸元に収まっている。大きい石と小さい石と、ふたつ。
二人は、街を見下ろす物見櫓に並んで座っていた。
ここからは街と海が一望できるのだ。
「イスカってほんとに綺麗なところね。私、海は初めてだから」
鮮やかだった木々の緑が、少し褪色し始めている。海は深い藍色だ。白い砂浜も見えて、イスカは落ち着いた色彩に包まれていた。
「綺麗だな」
ナギの目はレーゼを見ている。二十歳になった彼女の姿は、もう少女ではなく、今まで色恋に興味のなかった青年の目にも好ましく映る。
白い横顔、長い髪、細い首の下の優雅な曲線。
「私、大きくなったでしょ?」
レーゼは少し自慢そうに胸を張った。
「ああ、ほんとうに」
鎧から出た時は薄いシュミーズだけだったが、今ではイスカの市長の妻からもらった東国風の夏服を着けている。
それは細かい刺繍が施された美しいものだが、帯の位置が高く、胸が強調される形のため、ナギは視線のやり場に困った。
ナギが思うに、レーゼの見た目はともかく、中身はそれほど昔と変わっていない。鎧の中で、彼女の時間が止まってしまったのでは? と思うくらいに。
「あの鎧は、中の人間とともに成長するのか?」
「ビャクランはそう言ってた。彼を通じて私はいろんなことを知ったの」
「……彼?」
ナギは一つの言葉に引っかかった。
つまり、あの鎧──ビャクランは男で、長い間レーゼの肌にぴったり張り付いていたのだ。
そりゃ、それは実体を持たない思念だし、レーゼをずっと守っていてくれていたんだろうけど。
なぜだかナギは業腹だ。
レーゼに触れるのも、いろんなことを教えるのも全て自分でありたい。他の誰にもその役割を譲りたくない。
その感情が嫉妬であることもナギには自覚できていないが、とにかく非常に気分が悪い。
「レーゼ、今度からその鎧を着る時は、中に服を着るんだぞ」
「でも、感覚を共有するには、なるべく隔たりが少ない方がいいんだって」
「ううう」
「ナギ、どうしたの?」
「レーゼ、その石ちょっと見せて」
「いいわよ。はい」
レーゼは機嫌よく首から鎖を外してナギに手渡す。ナギは手に取った平たい宝石を睨みつけた。
「……」
『何かな? 若者』
「あんたがビャクランか?」
『そうだよ。最後のゴールディフロウの娘を守るもの』
「レーゼにぴったり張り付いて?」
「ん?」
レーゼは訳がわからないように二人のやりとりを眺めている。宝石は今ナギの手にあるから、レーゼにはビャクランの声は伝わらないのだ。
『仕方がなかろう。今レーゼが言った通りだ』
「よからぬ考えを抱いてはいないだろうな?」
『おや、やきもちかい? 見苦しいな。いや、当然と言えば当然か。若いものな。しかし、安心するがいい。私はただの残留思念。しかも死んだ時は老人だった。声は若いが、いまさら邪な感情を持ったりしないよ』
「本当だろうな」
『……無論』
「今、変な間があったぞ。言っとくが俺の方がレーゼと先に会って、誓い合ったんだからな」
「ナギ、さっきからどうしたの? ビャクランとお話をしているの?」
「いや、釘を刺しただけだ」
「なんで釘? ビャクランは二百年前のゴールディフロウの王族で、能力は高かったのに、病気で色相が替わったから皆に恐れられたって言ってたよ。だけど、負けずに頑張って、いろいろなものを作ったって」
「魔女とほとんど同時期の王族か……何か交流はあったのかな?」
「そのところはよく思い出せないって。まぁ私が行くまで二百年も眠り続けたんだから、記憶があいまいになっても不思議じゃないけど」
「うん……」
「でも、魔女もビャクランも、自分の色相が変化して、不吉だと決めつけられたことが不幸の源だった。それさえなければ、今世界はもっと平和だったと思う。すべてはゴールディフロウ王家の価値観と偏見の責任だわ。だから、私が何とかしなくちゃ」
レーゼはあまり似合わない、きりっとした表情で言った。
「俺はレーゼには戦ってほしくない」
「でも、私、感覚の範囲を広げられる。それにカールが手を貸してくれる。彼らの視界を借りられるわ」
「……カールってギセラの?」
「うん。一年前、親とはぐれた雛を助けたことがあって、そこから友達になったの。いつもは高い空を飛んでいるけど、呼べば来てくれる。カール!」
遠い空を旋回していたギセラが、ついと方向を変えて二人の座る堤防の近くに舞い降りた。若鳥だが、大人の体ほどもある。
「カール。お昼ご飯は食べた?」
ギイイ、とギセラは答え、再び空へと舞い上がる。
「……」
ナギは再び、複雑な顔をしている。
彼は昔、ギセラに襲われたことがあるから、実はあまりギセラに信頼が置けない。しかし、そのおかげでレーゼに会うことができたから恩もあるのだ。
ここはレーゼを信じるしかない、とナギは思った。
「私ね、すぐにわかった」
「なに?」
「ある夜、突然、私の呪いが解けた。ビャクランが解けて、鏡になってくれたの。その中で私は見たの。身体中の痣が消えて、髪が急に伸びたのを。そして古い殻を脱いだような気分になって、視界が急に開けた。その瞬間、ナギがゾルーディアを滅ぼしてくれたってわかったのよ」
「そうだったか……」
「私すごく嬉しかった。でも、ナギの気配も消えたから悲しかった」
レーゼはナギの手を取る。その手は昔以上に硬くて大きい。
「生きていてくれていて、本当に良かった」
「俺もそう思う」
「私ね、ゾルーディアに呪いをかけられたって思っていたけれど、もしかしたら彼女は本当に私に、情けをかけてくれたのかもしれないって思えたの」
「どうして?」
「彼女は悲憤の魔女。生きている間、ずっと悲しんで恨んできたのよ。あのまま離宮で暮らしていたら、病弱だった私は死んでいた気がするの。だから、彼女は呪いという縛りで、私を生かしてくれたのかもしれない」
「……」
「ゾルーディアは双子の妹にまで嫌われて、封じ込められた。私と同じように……でも、もし魔力がなくて、ただの娘として育ったら、彼女は普通の女の人になっていたと思う」
確かに、イトスギの森で見たゾルーディアの顔は、平凡な女の顔だとナギは思う。
「けど、あいつだって長い間、エニグマの片棒を担いで人を殺していたんだ。それは許されることじゃない。レーゼだって辛かっただろう」
「そうだけど……でも魔女になった理由があるんだよ。何ごとにもきっと訳がある」
「だったら、俺たちが出会ったことにも理由があるに違いない」
「それは。絶対好きになるためね」
「……っ」
その時のナギの顔を、ブルーやオーカーが見たらなんと思うだろうか? 生まれて初めてナギは自分が赤面していることを自覚した。
「私たち二人とも再び会えると決まっていて、長いこと引き離されていたんだね。でも、ちゃんと見つけた」
「ああ」
ナギは頷いた。
「俺はレーゼを見つけた。実は、鎧の姿を見た時から、もしかしてって思ってはいたけど、ちょっとだけ自信がなかった」
「あ、それは私もよ。だって、あの頃のナギは細くて声も可愛らしかったのに……」
レーゼは改めて目の前の青年を見つめた。
「今じゃこんなに……」
ナギは背が高く引き締まった体つきをしており、声も低い。
彼はもう子どもではない。端正な佇まいの男性だ。額の傷は、かえって彼の魅力を高めている。
そして、その彼が自分を見て、なんだか微妙な顔つきになっている。
この人がナギなのね……。
「可愛いと言われて喜ぶ男はいないよ……」
「じゃあ訂正するわ。とても綺麗よ、ナギ。瞳と髪が宵闇の海の色だわ」
「可愛いも綺麗も同じだと思うけど」
綺麗という言葉は、レーゼのためにあるとナギは思っている。
「海が綺麗なのと、レーゼが綺麗なのはちょっと違う」
「そう。こんなに大きいものと私じゃ、比べようがないわね。このずっと向こうに東の大陸があるのね」
「ああ、そうだ」
ナギはその大陸の血を引く一族の末裔らしい。
「もっと近くで見てみたい」
「レジメントは、ここに数日滞在する。明日波が穏やかだったら、近くまで見にいこう」
「そうね。行きましょう」
「ああ。きっと」
レーゼもナギも全部言わなかったが、二人ともわかっていた。
この時間が、魔女を滅ぼすまでの最後の休息なのだ。
だからこそ、大切にしなければいけない。
二人の時間を。
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現在に戻ります。
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