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29 新たな出発 5
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二日後の朝。
クロウとオーカー、そしてブルーは険しい山を登っていた。
「お前……よく軽々と登れるな」
大柄なオーカーがぼやく。
「だからもっと容易い道もあるって言っただろう?」
「何くそ! ガキの頃のお前が登れたんなら、俺だって!」
「無理するなよ。オーカー、そっちの足場の多い方を登れ」
ブルーも額の汗を拭いながら言った。
それはかつてクロウがシグルだった九十六号の頃、大人たちによって一番苦しい鍛錬の場とされた場所だった。今は灌木などの、足場が多くなって、以前より登りやすくなっているが、昔ここで何人もの子供たちが滑落して死んだ。
そういえば、彼らの遺体はどうなった?
あまりに傷んでいて、ギマにされずにすんだのだろうか?
考えても仕方がないことをクロウは思ったが、彼の手足はあの頃よりも早く、力強く、すいすいと急斜面を登っていく。
「この上だ」
クロウは軽々と、ブルーとオーカーは結構苦労して山の上に着いた時、陽はようやく向こうの山頂にかかり始めていた。
夜明けだ……。
頂上の岩肌も、昔と変わってはいない。
クロウが巨鳥ギセラに襲われて落下した亀裂もまだある。
以前よりも植物が茂り、岩肌をわかりにくくしているため、かえって危険かもしれない。
「ここらには深い裂け目があるから気をつけろよ」
「向こうは、なかなか剣呑な待ち合わせ場所を選んだようだな」
オーカーは剣先で藪を突いている。クロウは黒い口布を深く上げた。なぜだか知らない人間に、自分の顔を晒したくはなかったのだ。
「さて、おいでなすったようだぞ」
太陽を背にして二つの人影が現れた。
「……」
明け昇る陽が、クロウの目の前に立つ影を背後から照らしていく。
一人は長身の男、もう一人はそれよりもずっと小さく、すらりとした姿だ。長身の男が立ち止まり、小さい方の人影がこちらに立って向かってくる。
その人物は、白い鎧で全身を覆われていた。
「なんだあれ?」
オーカーが口の中で呟くのが聞こえた。
優雅な形の鎧は、よく見ると純白ではない。やや青みを帯びた色合い、白藍だ。植物のような模様が全身を覆う凝った作りで、防御力を疑うほど華奢な作りである。鎧というよりは装飾品のようにも見える。
面頬を下ろしているため、外からでは中の人物が男か女かもわからない。
その輪郭が陽の光で金色に輝いた。
「あ……」
細身の立ち姿に目を奪われる。
「呼び出しに応じて参上した。俺はデューンブレイドのリーダーで、ブルーと名乗っている。あなたが白藍の騎士か?」
ブルーが一歩前に出る。その人物はわずかに頷き、肯定を示した。
『ゼルという。こんなところにまでお呼びたてして申し訳ない』
その声は作為的に作られたものだった。
鎧の面頬に何か細工がしてあるものか、発音は滑らかだが平面的で、声を発する人物の性別や人柄までは推察できない。
「俺はオーカー。デューンブレイドのサブリーダーを務めている。こっちは戦士のクロウ」
「……」
クロウは黙って白い姿を見つめていた。
ゼルと名乗った騎士もクロウを見ていた。
もっとも、クロウは口布を上げているし、相手の鎧の面頬には隙間がないので、目が合うことはなかったが、確実に見られていると感じる。それも強く。
二人の間に奇妙な空気が流れた。
妙な雰囲気の人物だ……。
鎧には明らかに結界が張ってあり、中の人間を守っている。
それなのに、この滲み出る空気?……匂いは?
中にいるのは本当に、一人なのか?
「ゼル様。ここからは私が」
騎士の背後から長身の男が進み出た。今までほとんど気配を隠していたようだが、いつの間にか騎士の背後に立っている。
クロウは彼に全く気が付かなかった。そのくらい騎士に気を取られていたのだ。
彼は四十に手が届くくらいの精悍な男だ。兜はなく、髪は灰色で顔にも古傷が走っている。動きに隙がない。一目でわかる歴戦の戦士だ。
こちらは使い古した古い鎧を付けている。
その男がクロウを見た時、驚愕に目を見開いた。
「お前は……!」
「え?」
だが、クロウもその声に聞き覚えがあるような気がする。男はかなり動揺していたが、すぐに気持ちを切り替えたように姿勢を正した。
「ゼル様、申し訳ありませんが、少し離れていてもらえませんか?」
「……クチバ?」
「私はこの者に少し話があるのです」
クチバはクロウの方を視線を流した。
『そうか』
ゼルは小さくうなずいて、声が届かない場所まで下がってゆく。後ろ姿はマントに隠れるが、流れるような所作だ。
「私はクチバという。ゼル様の副官で護衛だ」
「なんで騎士殿は面頬も上げられないんだ? こんなところに俺たちを呼びつけておいて。見かけからしてお貴族様のようだが、下々の者には目も合わせられないと?」
オーカーがクチバに嫌味を言う。
「それについては許してくれ。ゼル様には特別な事情があって、人前で素顔がさらせないのだ」
「あんたたちが東の魔女の砦、<亡者の牢獄>を襲撃したというのは本当か?」
性急に尋ねたのはクロウだ。
「そうだ」
「魔女はいたか?」
「いや。だが、多くのギマと、ギマにするために殺された人たちを土に還すことはできた」
「レーゼという娘を知らないか?」
「レーゼ?」
クチバはおうむ返しに繰り返した。
ブルー達も驚いてナギを振り返る。彼が他人について尋ねるのを聞くのは初めてだったのだ。
「そう。年齢は……そう二十歳くらいのはずだが、とても幼く見える少女だ。痩せていて、俺が知っていた頃は目がほとんど見えなくて、皮膚も弱いからほぼ全身に白い布を巻いていた。肌も白くて……でも、そう。唇だけはとても赤くて……体は丈夫じゃないけど、いつも前向きで強くて」
「クロウ! おい、クロウ!」
憑かれたように説明し続けるクロウを、オーカーが止めた。
「どうしたんだお前、いったい何の話をしてるんだ?」
「……っ!」
我に返ったように、クロウは口を閉ざした。オーカーもブルーも、いつもと違うクロウの様子に戸惑っている。
「……すまない」
「いや。少し驚いたが、その人はお前の大事な人だってことなのだな? 九十六号」
「そうだ。八号」
クロウは昔の呼び名で応じた。
あの頃の<シグル>の構成員たちは、ほとんど顔を隠していた。
だから、子どもだった彼に、唯一まともに接してくれた八号の顔も、よく知らなかったが、クチバの声を聞き、体つきや動きを見ていて確信に変わったのだ。
今度はブルー達が驚く番だった。
「お前達、知りあいだったのか!?」
「きゅうじゅうろくごう? なんだそりゃ」
「……かつての俺の番号だ。シグルとしての」
クチバはクロウを眺めて薄く笑った。
「あの高さから落ちて生きていたか」
「ああ。レーゼという少女に命を助けられた。だから俺は今、生きている」
「一体あんたらは、なんの話をしてるんだ!?」
たまりかねたようにオーカーが尋ねる。
「私とこの……今はクロウと言ったか……は、元<シグル>の構成員だった」
「<シグル>!? あの、なんかやばい組織とかっていう?」
「そうだ。俺たちは金さえもらえたらなんでもする組織で、構成員を減らさないように大陸中から子供を攫っては訓練していた。耐えきれずに逃げて殺されたり、訓練中に死んだ子どももいっぱいいる。人格を持ちにくいように番号で呼ばれ、この男は九十六号と呼ばれいた」
クチバの説明に二人は黙り込む。
「私が見た中では、彼が一番優秀だった。身体的な能力もそうだが、知力、胆力ともに群を抜いていた。将来お頭となっても不思議じゃなかった。だが、この山での訓練中に転落死したと思われていたんだ」
「クチバさんよぅ……じゃあ、白藍の使徒ってのは<シグル>の集まりなのか?」
オーカーの言葉にクチバは首を振る。
「違う。<シグル>は、九十六号がいなくなって程なく、魔女に壊滅させられて、ほとんどがギマとなるか、逃亡した。私は数少ない生き残りさ。惨めに死にかけているところをゼル様に拾われた。白藍の使徒の中では一番年長だから、作戦を立案したり、若いものを鍛えたりと色々やってる」
「へぇえ、不思議な巡り合わせだなぁ」
オーカーが感心しているが、クロウも驚いていた。
「あんたがそんなに喋るなんてな」
「そうだな。昔のことは悔いている。しかし魔女と一緒で、犯した罪は許されない……で、クロウ。お前の言う娘だが、少なくとも私はそんな様子の人間は見たことがない。『亡者の牢獄』にも、他のところでも」
「……そうか」
ナギは小さくつぶやいた。目を伏せたのは刹那のこと。
次の瞬間、彼の藍色の目が強くなる。
「俺の目的はレーゼを救い出すことだ。そしてエニグマを滅ぼす!」
「なら目指すところは一緒だ。クロウ、そしてブルー殿、オーカー殿。だから、できるだけ腹を割って話したい」
「ブルーでいい。俺もクチバと呼ぶ」
「わかった。あなたたちは悲憤の魔女、ゾルーディアを倒したと聞いた。それは大変なことだ。そして、白藍の使徒は今、厄災の魔女を追っている」
「そうか。俺たち一人ひとりは弱い。だが、かなりの人数が大陸中から集まっている。ゴールディフロウで体制を整えてから、北へと再進軍を開始するつもりだ」
ブルーの言葉にオーカーもうなずく。
「俺たちデューンブレイドは、必ず厄災の魔女を滅ぼす。そのためには、あんた達と手を組むこともやぶさかではない。俺たちの持っている情報は全て差し出そう。また、物資も供給される分は分かち合いたい」
「情報と物資共有は、我々白藍の使徒にも異存はない。共闘をお願いする。ただ、ゼル様は前線には立たれないんだ。そのことは先に申し上げておきたい」
「なんでだ。お貴族様だから戦えないのか?」
「違う。ゼル様は我々とは別のやり方で戦われる」
「ほう、どれはどんな?」
「これはなかなか信じてもらいないのだが、あの方は俯瞰で戦況がわかるのだ。そして状況を俺たちに伝えてくれる」
「まさかそんなことが」
「ああ。信じられない」
二人の若い戦士たちは、離れて佇む騎士を見つめた。確かに浮世離れした人物だとは思ったが、そんなことができるのだろうか?
「どう思う? クロウ」
「できるというなら、できるんだろう。俺も以前、似たような力を持つ人を知っていた」
騎士はクロウを見ている。クロウもまた、騎士を見ていた。
「……そうか。お前がいうんなら、そういう人もいるんだろう。そもそも魔女だって、そういう能力の突出した形だろうからな」
「では同盟成立だな」
クチバが前に出る。
「そうだ」
「おう」
「だがクロウ、お前はいいのか? 子どもだったお前を酷い目に合わせた私を信用できるか?」
クチバがクロウに問いかける。
「ああ。あの頃の俺を、わずかでも気にかけてくれたのは、あんただけだったからな」
クロウの目には、もう感情の乱れはない。
「俺は、エニグマを滅ぼすためならなんだってやる」
***
長くなってすみません。
この章はこれで終わりですが、明日も更新します!
よかったら応援してください。
Twitterに白藍の騎士のイメージがあります。
クロウとオーカー、そしてブルーは険しい山を登っていた。
「お前……よく軽々と登れるな」
大柄なオーカーがぼやく。
「だからもっと容易い道もあるって言っただろう?」
「何くそ! ガキの頃のお前が登れたんなら、俺だって!」
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ブルーも額の汗を拭いながら言った。
それはかつてクロウがシグルだった九十六号の頃、大人たちによって一番苦しい鍛錬の場とされた場所だった。今は灌木などの、足場が多くなって、以前より登りやすくなっているが、昔ここで何人もの子供たちが滑落して死んだ。
そういえば、彼らの遺体はどうなった?
あまりに傷んでいて、ギマにされずにすんだのだろうか?
考えても仕方がないことをクロウは思ったが、彼の手足はあの頃よりも早く、力強く、すいすいと急斜面を登っていく。
「この上だ」
クロウは軽々と、ブルーとオーカーは結構苦労して山の上に着いた時、陽はようやく向こうの山頂にかかり始めていた。
夜明けだ……。
頂上の岩肌も、昔と変わってはいない。
クロウが巨鳥ギセラに襲われて落下した亀裂もまだある。
以前よりも植物が茂り、岩肌をわかりにくくしているため、かえって危険かもしれない。
「ここらには深い裂け目があるから気をつけろよ」
「向こうは、なかなか剣呑な待ち合わせ場所を選んだようだな」
オーカーは剣先で藪を突いている。クロウは黒い口布を深く上げた。なぜだか知らない人間に、自分の顔を晒したくはなかったのだ。
「さて、おいでなすったようだぞ」
太陽を背にして二つの人影が現れた。
「……」
明け昇る陽が、クロウの目の前に立つ影を背後から照らしていく。
一人は長身の男、もう一人はそれよりもずっと小さく、すらりとした姿だ。長身の男が立ち止まり、小さい方の人影がこちらに立って向かってくる。
その人物は、白い鎧で全身を覆われていた。
「なんだあれ?」
オーカーが口の中で呟くのが聞こえた。
優雅な形の鎧は、よく見ると純白ではない。やや青みを帯びた色合い、白藍だ。植物のような模様が全身を覆う凝った作りで、防御力を疑うほど華奢な作りである。鎧というよりは装飾品のようにも見える。
面頬を下ろしているため、外からでは中の人物が男か女かもわからない。
その輪郭が陽の光で金色に輝いた。
「あ……」
細身の立ち姿に目を奪われる。
「呼び出しに応じて参上した。俺はデューンブレイドのリーダーで、ブルーと名乗っている。あなたが白藍の騎士か?」
ブルーが一歩前に出る。その人物はわずかに頷き、肯定を示した。
『ゼルという。こんなところにまでお呼びたてして申し訳ない』
その声は作為的に作られたものだった。
鎧の面頬に何か細工がしてあるものか、発音は滑らかだが平面的で、声を発する人物の性別や人柄までは推察できない。
「俺はオーカー。デューンブレイドのサブリーダーを務めている。こっちは戦士のクロウ」
「……」
クロウは黙って白い姿を見つめていた。
ゼルと名乗った騎士もクロウを見ていた。
もっとも、クロウは口布を上げているし、相手の鎧の面頬には隙間がないので、目が合うことはなかったが、確実に見られていると感じる。それも強く。
二人の間に奇妙な空気が流れた。
妙な雰囲気の人物だ……。
鎧には明らかに結界が張ってあり、中の人間を守っている。
それなのに、この滲み出る空気?……匂いは?
中にいるのは本当に、一人なのか?
「ゼル様。ここからは私が」
騎士の背後から長身の男が進み出た。今までほとんど気配を隠していたようだが、いつの間にか騎士の背後に立っている。
クロウは彼に全く気が付かなかった。そのくらい騎士に気を取られていたのだ。
彼は四十に手が届くくらいの精悍な男だ。兜はなく、髪は灰色で顔にも古傷が走っている。動きに隙がない。一目でわかる歴戦の戦士だ。
こちらは使い古した古い鎧を付けている。
その男がクロウを見た時、驚愕に目を見開いた。
「お前は……!」
「え?」
だが、クロウもその声に聞き覚えがあるような気がする。男はかなり動揺していたが、すぐに気持ちを切り替えたように姿勢を正した。
「ゼル様、申し訳ありませんが、少し離れていてもらえませんか?」
「……クチバ?」
「私はこの者に少し話があるのです」
クチバはクロウの方を視線を流した。
『そうか』
ゼルは小さくうなずいて、声が届かない場所まで下がってゆく。後ろ姿はマントに隠れるが、流れるような所作だ。
「私はクチバという。ゼル様の副官で護衛だ」
「なんで騎士殿は面頬も上げられないんだ? こんなところに俺たちを呼びつけておいて。見かけからしてお貴族様のようだが、下々の者には目も合わせられないと?」
オーカーがクチバに嫌味を言う。
「それについては許してくれ。ゼル様には特別な事情があって、人前で素顔がさらせないのだ」
「あんたたちが東の魔女の砦、<亡者の牢獄>を襲撃したというのは本当か?」
性急に尋ねたのはクロウだ。
「そうだ」
「魔女はいたか?」
「いや。だが、多くのギマと、ギマにするために殺された人たちを土に還すことはできた」
「レーゼという娘を知らないか?」
「レーゼ?」
クチバはおうむ返しに繰り返した。
ブルー達も驚いてナギを振り返る。彼が他人について尋ねるのを聞くのは初めてだったのだ。
「そう。年齢は……そう二十歳くらいのはずだが、とても幼く見える少女だ。痩せていて、俺が知っていた頃は目がほとんど見えなくて、皮膚も弱いからほぼ全身に白い布を巻いていた。肌も白くて……でも、そう。唇だけはとても赤くて……体は丈夫じゃないけど、いつも前向きで強くて」
「クロウ! おい、クロウ!」
憑かれたように説明し続けるクロウを、オーカーが止めた。
「どうしたんだお前、いったい何の話をしてるんだ?」
「……っ!」
我に返ったように、クロウは口を閉ざした。オーカーもブルーも、いつもと違うクロウの様子に戸惑っている。
「……すまない」
「いや。少し驚いたが、その人はお前の大事な人だってことなのだな? 九十六号」
「そうだ。八号」
クロウは昔の呼び名で応じた。
あの頃の<シグル>の構成員たちは、ほとんど顔を隠していた。
だから、子どもだった彼に、唯一まともに接してくれた八号の顔も、よく知らなかったが、クチバの声を聞き、体つきや動きを見ていて確信に変わったのだ。
今度はブルー達が驚く番だった。
「お前達、知りあいだったのか!?」
「きゅうじゅうろくごう? なんだそりゃ」
「……かつての俺の番号だ。シグルとしての」
クチバはクロウを眺めて薄く笑った。
「あの高さから落ちて生きていたか」
「ああ。レーゼという少女に命を助けられた。だから俺は今、生きている」
「一体あんたらは、なんの話をしてるんだ!?」
たまりかねたようにオーカーが尋ねる。
「私とこの……今はクロウと言ったか……は、元<シグル>の構成員だった」
「<シグル>!? あの、なんかやばい組織とかっていう?」
「そうだ。俺たちは金さえもらえたらなんでもする組織で、構成員を減らさないように大陸中から子供を攫っては訓練していた。耐えきれずに逃げて殺されたり、訓練中に死んだ子どももいっぱいいる。人格を持ちにくいように番号で呼ばれ、この男は九十六号と呼ばれいた」
クチバの説明に二人は黙り込む。
「私が見た中では、彼が一番優秀だった。身体的な能力もそうだが、知力、胆力ともに群を抜いていた。将来お頭となっても不思議じゃなかった。だが、この山での訓練中に転落死したと思われていたんだ」
「クチバさんよぅ……じゃあ、白藍の使徒ってのは<シグル>の集まりなのか?」
オーカーの言葉にクチバは首を振る。
「違う。<シグル>は、九十六号がいなくなって程なく、魔女に壊滅させられて、ほとんどがギマとなるか、逃亡した。私は数少ない生き残りさ。惨めに死にかけているところをゼル様に拾われた。白藍の使徒の中では一番年長だから、作戦を立案したり、若いものを鍛えたりと色々やってる」
「へぇえ、不思議な巡り合わせだなぁ」
オーカーが感心しているが、クロウも驚いていた。
「あんたがそんなに喋るなんてな」
「そうだな。昔のことは悔いている。しかし魔女と一緒で、犯した罪は許されない……で、クロウ。お前の言う娘だが、少なくとも私はそんな様子の人間は見たことがない。『亡者の牢獄』にも、他のところでも」
「……そうか」
ナギは小さくつぶやいた。目を伏せたのは刹那のこと。
次の瞬間、彼の藍色の目が強くなる。
「俺の目的はレーゼを救い出すことだ。そしてエニグマを滅ぼす!」
「なら目指すところは一緒だ。クロウ、そしてブルー殿、オーカー殿。だから、できるだけ腹を割って話したい」
「ブルーでいい。俺もクチバと呼ぶ」
「わかった。あなたたちは悲憤の魔女、ゾルーディアを倒したと聞いた。それは大変なことだ。そして、白藍の使徒は今、厄災の魔女を追っている」
「そうか。俺たち一人ひとりは弱い。だが、かなりの人数が大陸中から集まっている。ゴールディフロウで体制を整えてから、北へと再進軍を開始するつもりだ」
ブルーの言葉にオーカーもうなずく。
「俺たちデューンブレイドは、必ず厄災の魔女を滅ぼす。そのためには、あんた達と手を組むこともやぶさかではない。俺たちの持っている情報は全て差し出そう。また、物資も供給される分は分かち合いたい」
「情報と物資共有は、我々白藍の使徒にも異存はない。共闘をお願いする。ただ、ゼル様は前線には立たれないんだ。そのことは先に申し上げておきたい」
「なんでだ。お貴族様だから戦えないのか?」
「違う。ゼル様は我々とは別のやり方で戦われる」
「ほう、どれはどんな?」
「これはなかなか信じてもらいないのだが、あの方は俯瞰で戦況がわかるのだ。そして状況を俺たちに伝えてくれる」
「まさかそんなことが」
「ああ。信じられない」
二人の若い戦士たちは、離れて佇む騎士を見つめた。確かに浮世離れした人物だとは思ったが、そんなことができるのだろうか?
「どう思う? クロウ」
「できるというなら、できるんだろう。俺も以前、似たような力を持つ人を知っていた」
騎士はクロウを見ている。クロウもまた、騎士を見ていた。
「……そうか。お前がいうんなら、そういう人もいるんだろう。そもそも魔女だって、そういう能力の突出した形だろうからな」
「では同盟成立だな」
クチバが前に出る。
「そうだ」
「おう」
「だがクロウ、お前はいいのか? 子どもだったお前を酷い目に合わせた私を信用できるか?」
クチバがクロウに問いかける。
「ああ。あの頃の俺を、わずかでも気にかけてくれたのは、あんただけだったからな」
クロウの目には、もう感情の乱れはない。
「俺は、エニグマを滅ぼすためならなんだってやる」
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