【完結】呪われ姫と名のない戦士は、互いを知らずに焦がれあう 〜愛とは知らずに愛していた、君・あなたを見つける物語〜

文野さと@ぷんにゃご

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18 デューンブレイド 5

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ジャルマの攻防から一年後。
 デューンブレイドは新たな仲間と装備を増やし、厳しい演習を重ねていよいよゾルーディアの元へ、大陸北へと進軍を開始する。
 北へ、北へ。
 魔女たちの本拠地は、大陸の最北だと言われている。つまり北へ近づくほど、ギマの数は多くなり、厳しい戦いになるのだった。
 進軍の合間もギマの襲撃はいつ来るかわからない。全くない日もあるが、立て続けに襲われる日もある。予測ができないのだ。
 ──そして。

 今日も、デューンブレイド達は戦っている。
 北に近い川沿いの水路の街、ウォーターロウの街での攻防戦だ。
「今日も今日とて、すげえギマの数だな。昼間でこれだったら、夜なんてとてもじゃねぇが勝てる気がしねぇ。今何もしてこないのが不思議なくらいだ」
 オーカーがうめき声を上げた。西日は山の端にかかろうとしている。戦闘さえなければ、それは穏やかな一日の終わりだ。
 ギマは街を守る運河の外にひしめいている。城壁からトウシングサで射かけて、いくらかは焼き払ったが、ギマはどこからか現れて一向に数が減らないのだ。
 ギマは眠らないので、夜も昼も関係なく襲いかかってくる。しかし人間はそういうわけにはいかない。
「オーカー、お前は今やデューンブレイドのリーダーの一人だ、リーダーが弱音を吐くな」
「わかってるよブルー。お前にだけだよ、愚痴れるのはよ。けど、この街は俺たちが守る」
 デューンブレイド隊に加わる若者達は、日に日に数を増やしていた。
 各地でのギマの討伐が噂になり、ギマを滅ぼしたい、あるいは戦えなくとも雑用を引き受けたいという人々がブルーの元に馳せ参じている。
 彼らはギマを倒しつつ前進し、大陸の北に近づいていた。魔女が好むという、寒く痩せた土地に。
「それにこの街は払いがいい。うまくいけば、ここが俺たちの本拠地になるかもしれない」
 魔女が現れてから、多くの王国や独立区が滅び、今や大陸は国単位ではなく、街や地域でギマと立ち向かっている。
「このウォーターロウで、新たに加わった仲間を訓練しつつ、魔女を追い詰める」
「魔女か……本当に実体として存在するのかな?」
 サップのつぶやきをブルーが捉えた。
「いる。俺は見たことがある。餓鬼の頃、暮らしてた街にギマが押し寄せてきた夜に、父親に抱かれて逃げながら、空を見上げたら大きな黒い影が、一瞬月を隠したんだ。あれは絶対魔女だった。目が真っ黒で光がなく、うつろに大きかった」
「それは確かに魔女なんすか?」
「ああ間違いない。すげえ恐怖だったよ。ただ、どっちかはわからない。魔女は姉妹なんだろう?」
「そう言われているな、厄災と、悲憤と。どっちにしたって厄介な存在だ」
「だから俺たちは滅ぼさなければいけない」
 ブルーとオーカーは二人してうなずき、サップは珍しく真面目な顔になる。
 彼らは若いデューンブレイドの中でも、最年長の方で二十代も後半に入ってきている。つまり、それだけ長く戦っているのだ。
「そうだ。それに今はクロウがいる。あいつの能力と度胸は心強い。俺でさえちょっと寒気がするほどだ」
「そうだな……」
「そうですよ! あの技は真似できない。それにあの人、戦っている時はほとんど誰の声も届いてないみたいなんです」
「だが、冷静さは失ってはいないぞ」
「ああ。ギマに対して非情なだけだ」
 ブルーも同意した。
 クロウはあどけなさを残す幼い子どもや、美しい微笑みを浮かべた娘のギマでさえ、容赦なく切り捨てていく。これはよほど練度を高めた戦士にしかできない、精神にくる戦闘だ。大抵は遠巻きにして火で焼き殺す。
 しかし、クロウはギマの戦法である囲い込みを切り崩すため、いつも先陣を切って、彼に任された精鋭を率いて討って出る。
「奴を仲間にした時、こいつは過去に何かあると思ったんだ。何かに取りかれたようにギマをほふる様子を見てるとさ、ますますそう思える」
「しかし存外、すんなり仲間に加わってくれたじゃないか。出会った時は孤高の戦士かと思ったが、戦闘以外では存外協調性もあるし。意外と気を使うし」
「酒は飲まんがなぁ」
 オーカーは笑った。勧めて痛い目を見たことがあるようだ。
「ああ。奴に心酔する奴も多い。戦闘訓練は厳しいが指導は丁寧だしな」
「いいのか? ブルー」
「何が?」
「カーネリアのことだよ。彼女はクロウのこと、かなり本気のようだぞ。彼女の気性じゃ、熱をあげる余り、判断を誤ったりしないかな?」
「……だが、クロウは距離を置きたがっているように見える。というか、俺たちも信頼関係はあるが、奴の心の中までは入っていけてない気がしている」
「それもそうだけど、特に女関係はストイックじゃないの。もしかして奴は女嫌いなんじゃないか? 街の娘達とも馴れ合わんし。お前と違ってな! サップ」
 オーカーは好奇心剥き出しに聞いている、若い仲間の背中をどやしつけた。
「ええ~、とばっちり。でも俺だったら、カーネリアさんに好かれたら喜んでなびくけどなぁ」
「けど、あいつは冷たいように見せて、案外情の深いところがあるぞ。助けられる仲間を見捨てたりしないし」
「そうだ。だからみんな奴を信用している」
「けど、奴だって男だ。そのうちカーネリアと……ってことにもなりかねないぞ」
「……それは本人達の問題だ。作戦に支障をきたさない限り俺は口を出さない」
「やれやれ、あんたは立派なリーダだよ。だが今はそれよりも」
 オーカーの顔が厳しくなった。
 三人は悍ましそうに濠の向こうに視線を飛ばす。そこには鈍く光る無数の目があった。一体どのくらいいるのか考えたくないギマの数だ。
「ぞっとしますね」
「ああ。奴ら、今はほりのお陰でこちらには渡って来れないが、クロウの言う通り、<指令者>がいるとしたら、今夜にでも何かが起きるだろう。また仲間の体で堀を埋めるか、もっと悪くて……」
 ブルーは柄にもなく、ぞっとしたように身をすくめた。
「魔女が直接……」
 その先は言葉に出せなかった。

 同じ頃。
「やっぱりここにいた!」
 カーネリアは、濠の水量を調節する水門の上にたたずむクロウを見つけた。
 今日は一人ではない。彼の率いる先鋒隊の数人と、打ち合わせをしていたようだった。
「カーネリアさん、ご苦労様です!」
「この街はすごいですよ。見てくださいこの水!」
 ウォーターロウの街は、川から水路を引いて環濠かんごうにしているので、上から見ると、まるで川にできたこぶのように見える。
 水量は豊かで、そのお陰でこれほど北にありながら、今までギマの襲撃に遭わずにすんでいたのだった。
「本当すごい水量だわ」
 他の兵士たちは遠慮してか、水路を調べる様子で離れていく。
「そうだな」
「ここはいい眺めね。クロウは本当に高いところが好きね」
「……そうかな? そうかも」
「あれれ? 珍しく素直ね。高いところに、いい思い出でもあるの?」
「いや、別に。ただ見晴らしがいいんで」
「そう? でもいつも南の方を見てるわね? 故郷なの? 見かけは東の血を引いているみたいなのに」
「俺には故郷なんてない」
「まぁ、私たちはみんなそうだけどね。魔女やギマに故郷を奪われた」
「……」
「ねぇ、クロウ」
 娘の強い瞳がクロウを覗き込む。
「なに?」
「いよいよ、ゾル……魔女との決戦が始まるのでしょう?」
「そうなる」
「もし……この戦いが終わって……二人とも生き残ったら、私のことをもっと見てくれない?」
「見る? 今も見てるけど」
「もう! 鈍感な人ね! 私のことをもっと知ってって意味よ!」
 カーネリアの言葉にクロウは、はっとなった。それは以前、あの少女に言われた言葉と同じだった。

『ゆっくり私を知ってほしいの』

「知ってる……」
「ばか! 私はあなたが好きって言ってるの!」
 クロウの呟きに被せてカーネリアは言い返した。離れていた兵士たちが驚いてこちらを見ている。
「好き?」
 クロウは呆然と繰り返した。その言葉も知っている。使ったこともある。

 ああ。どうしても思い出してしまう……。
 レーゼ……会いたい。 

 つい昨日のことのように、思い出せる。
 普段は心の奥に封じ込めている愛しい記憶。
「俺には、しなくちゃいけないことがあるんだ」
「知ってるわ。あなたには何か使命があることも。本当はクロウって名前じゃないってことも」
「……」
「もし、生き延びたら、あなたの本当の名前だけでも、私に教えてくれない?」
「……魔女を倒したら、俺には行くところがある。その後でなら」
 クロウは南を見ている。
「……いいわ。南に残してきた人がいるのね?」
「ああ」
「戦いが終わったら、その人のところに行くの?」
「そうだ」
「わかった。じゃあ、とっとと魔女をやっつけてしまいましょう!」
 カーネリアは明るく言った。


   ***


現在の話に戻ります。
デューンブレイドの仲間の描写です。人間関係も必要なんです。
ウォーターロウ街の、立地のイメージがツィッターにあります。
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