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6 傷ついた少年 忘れられた少女 5
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「気分はどうですか? よく眠っていましたよ。二人して」
ルビアは盆を傍に置きながら尋ねた。
「うん、なんだか気分がいいの。火を入れてくれたのね。あったかいわ。ありがとう」
「特別ですよ。風邪を引くといけないと思って……あんたはどう? 見たところ熱はなさそうだけど」
ルビアの問いに少年は答えなかった。
ひどく胡散臭そうな目つきだ、とルビアは思ったが、少年の肌に残る無数の傷痕を見ると、今までよほど酷い扱いを受けてきたのだと、容易に想像はついた。他人を信用できないのも無理はない。
「あんた、アルトア大陸じゃない、東の大陸の血を引く人だね。そういう肌の色は見たことがあるよ」
少し黄みがかかってはいるが、滑らかな少年の肌の色を見ながらルビアは言った。
「……」
「警戒するのはわかるけど、ここには私たちだけしかいないし、私もレーゼ様もなにもしないよ。でも無理強いはしない。嫌なら今すぐ服を着て出ていけばいい」
ルビアは乾かした服が置いてある椅子を示した。
その時、くぅと妙な音が近くで聞こえ、少年の眉が上がる。レーゼの腹が鳴ったのだ。
「ルビア、ご飯なのね。とてもいい匂い! それ、うさぎのシチューね」
「はいそうですよ。もう夕方です。よくお眠りになりましたからねぇ」
「早く食べたいわ!」
レーゼは素早く粗末な食卓に駆け寄り、慣れた手つきで食器棚から皿やスプーンを並べている。
「お腹ぺこぺこ。あなたも食べるでしょう?」
「!?」
レーゼにそう言われて、九十六号は初めて自分が空腹であることに気がついたように、ルビアが蓋を開けた鍋を見た。
鍋からは一気に湯気が広がり、部屋中にふわりと良い香りが広がって、育ち盛りの少年の胃と脳を刺激する。
「……」
「やっぱりあなたもお腹空いているようね。一緒に食べましょうよ」
レーゼは鍋の方を見ないようにして、うつむいている少年に声をかけたが、彼は顔を上げなかった。
「ねぇ。早くしてよ。私いおなかすいちゃったの! ほら!」
レーゼががたぴしとした椅子を持ち出し、座り込んだままの少年の腕を取るが、それは邪険に振り払われた。
「……え?」
「ちっ」
訳がわからないという様子のレーゼを見て、やっと彼は少し気持ちを変えたようだ。ルビアが見守っている中、少年は「自分で」とつぶやいて、ようやく立ち上がる。すると、腰のあたりに巻きついていた毛布がずれて落ちた。
「……あ!」
九十六号は自分が素裸だったことを忘れていた。
今まで裸になることなど、特に珍しくなかったのだ。下履きだけで訓練したり、服をむしり取られて殴られることもあったからだ。
しかし、今は気にしなければいけないような気がした。
目の前には久しぶりにみる異性がいるのだ。女の子は自分と体が違うことくらいの知識はある。
その上──。
俺は素裸で、この女に抱かれてぐっすり寝ていたのか?
認識したくはなかったが、その事実は非常に恥辱的なことのように思えた。
「ほら」
ルビアが再び座り込んでしまった少年に服を渡す。
痛ましい傷跡は、上半身だけでなく体中に走っていることに気が付いたが、そのことについては何も言わなかった。
「夕飯を食べるには少々不向きな服だけど、あんたの様子を見たら、今はこれしかないね」
「服着るの? 手伝おうか?」
「一人で着る! あっちを向いていろ!」
九十六号は服をひったくり、慌てて壁の方を向いて着込み始めた。
戦闘訓練用の丈夫な皮の服なので、少々着るのに手間がかかる。
彼は自分が赤くなっていることには気がついていないが、羞恥心は持っているようだとルビアは思った。
小さくて細いが体つきはしっかりしている。しかし、性毛は生えていないし、声もまだ高い。
この少年は、多分悪い子ではない。
今まで相当ひどい目にあってきたようだから、他人に猜疑心が強いのは仕方がない。
けど──まだ矯正できるかもしれない。
ルビアはそう判断して食卓を整える。
「ねぇ、まだなの?」
「見るなっ! あっちに行け!」
へらりと覗き込んだレーゼに怒鳴り返し、九十六号は急いで下ばきをはいて紐を結ぶ。
「さっきからなんで怒ってるの?」
「うるさい!」
「レーゼ様、男の子は女の子に見られたくないものがあるんですよ」
「だって、私は目が見えないのに」
「それでも、男の子はそういう生き物なんですよ。見ないでやってくださいませ」
ルビアはなんでもないように食卓を整えている。
「そうなの? わかった。もう見ないからごゆっくり」
「……」
九十六号は得体の知れない悔しさを味わう羽目になった。
だが、それよりも。
「俺の持ち物は?」
九十六号は鋭くルビアに聞いた。
少女に聞いても埒があかないと思ったのだ。
「あんたの持ち物は全部ちゃんと取ってある。悪さをしないなら、そのうち返してあげます」
ルビアは皿にシチューをよそいながら言った。
「……そのうち?」
「ええ、あんたが出ていく時にね」
「……」
九十六号の服には投擲用の暗器がいくつも仕込まれていた。それを見られたということは、<シグル>内の掟では殺していいことになっているのだ。
しかし、このルビアという女は訓練を受けたことがあるようで、動きに無駄がなかった。とはいえ、九十六号がその気になれば始末できぬ存在ではない。レーゼというか細い少女にいたっては、片手で首をへし折れるだろう。
「なら今すぐ出ていく。返せ」
身なりを整えた九十六号が前に出るが、レーゼが割って入った。
「え? 一緒にご飯を食べないの? せっかくのウサギのシチューなのに? ごちそうなのよ」
「……」
「ねぇ、私もうお腹ぺこぺこ、早く食べましょうよ」
「そうですね。あんたもこの椅子に座りなさい。出ていくのは、食べてからでも遅くはないでしょう? お腹空いてるはずよ」
「……」
九十六号はしばらくレーゼとルビア、そして鍋の中のシチューを見ていたが、黙って示された椅子に座った。
見えなくてもわかるのか、レーゼはまめまめしく九十六号に、木のスプーンと水の入ったコップを渡してくれた。確かにこの少女なら、それほど警戒しなくてもよさそうだ。
食卓の中央には湯気を放つ鍋と器。そして小さなパンが三つ置かれた皿がある。
「こんな熱湯のようなものを食わすのか?」
何かの拷問かもしれないと、再び九十六号は身構えた。分厚い土器の中身は盛んにぐつぐつ言っている。
「熱湯? これはシチューよ」
「……しちゅー?」
九十六号は、そんな食べ物など聞いたことがなかった。
食事といえば酸っぱい干し肉と硬いパン。鍛錬中は数粒含めば腹が膨れる丸薬を飲むだけだったのだ。
「美味しいのよ。私を信じて?」
レーゼが小首を傾げた。
「さぁ、いただきますよ」
そう言ってまずルビアが食べ始め、レーゼもスプーンに山盛りにしたシチューを唇を尖らせて冷ましている。毒などは入っていないようだ。
「わぁ! 今日のはたくさんお肉が入っているのね。一昨日ルビアが獲ったものでしょ?」
「はい。男の子がいるので、奮発してみました」
「そういえば、あなた男の子だったわね?」
もちろんレーゼは性別に男と女があることは知っている。
父や祖父、それに城の衛兵達がそうだったからだ。しかしその記憶は遠く、ましてや自分と同じ年頃の少年などレーゼは見たことがなかった。
「あなた男の子どもなの?」
その男の子は、スプーンを口に突っ込んだまま呆然としている。
なんだこれ。ものすごく美味いじゃないか。
これが食い物の味なのか? やっぱり毒じゃないのか?
「美味しい?」
九十六号がふと見ると、レーゼが自分をのぞきこんでいた。
顔の上半分が覆われているのに、嬉しそうな様子が伝わるのはどうしてだろう?
「……熱い」
それだけを言うのがやっとだった。
「ね? あなた男の子どもなの?」
レーゼは辛抱強く尋ねた。
「そうだ」
「わぁ、男の子に会うのは初めてよ! 私は女の子なの。体が少し違うのね。足の間にやわらかい棒のようなものがくっついてたわ」
シチューを吹き出したのは、レーゼ以外の二人だ。二人とも、すごい勢いて口を拭いたり咳き込んだりしている。
「ねぇ、どうしたの?」
「レーゼ様、そのことは今は置いておきましょう。後でお話ししてあげます。今はご飯を食べて」
「……」
後で何を話すのか絶対に知りたくないと思いながら、九十六号はひたすら食べ続けた。耳まで真っ赤になっているのに、やはり本人はわかっていない。
「あなたの名前はなぁに?」
空気を少しも読まないでレーゼは尋ねる。この少女は本当に何も知らないようだと、九十六号は考えた。それでかえって気が楽になり、名乗る気になった。
九十六号はただの呼び名で、自分には名前などない。呼び名など知られたところで何も支障はないと思ったのだ。
「……九十六号と呼ばれてる」
シチューをかき込みながら九十六号は答えた。
「きゅうじゅうろくごう? それって名前なの? へんてこな感じね……あ、ごめんなさい。私、ずっとルビアと二人で暮らしてるから、外のことをあまり知らないの」
「二人だけでここに?」
今度は九十六号が尋ねる番だった。
「うん。小さい頃は、お爺さまやお父さま、お母さまがいて、ジュリア……妹よ、もいたけど……ゾルーディアとエニグマが来てみんな死んじゃった」
「ゾルーディアとエニグマ?」
「そう……知ってる?」
「……お前」
九十六号は驚いた。
知っているどころか、このアルトア大陸では、名前を出すのも恐ろしい存在なのだ。それは<シグル>の大人達でさえそうなのだ。
彼女達は自分達の名を呼ばれると、どこからでも耳を澄まして話を聞く。そして、名を呼んだ者には死よりも酷い運命をもたらす。
だから、誰もその名を呼んではいけない。この大陸ではそう信じられているのだ。
九十六号は答えた。
「知っている。双子の魔女たちだ」
***
レーゼと九十六号で、視点が変わって読みづらくはないですか?
おかしな点があれば、お聞かせくださいね。
連載二日め、いまだこの先続けていいものか、ドキドキしてます。
ルビアは盆を傍に置きながら尋ねた。
「うん、なんだか気分がいいの。火を入れてくれたのね。あったかいわ。ありがとう」
「特別ですよ。風邪を引くといけないと思って……あんたはどう? 見たところ熱はなさそうだけど」
ルビアの問いに少年は答えなかった。
ひどく胡散臭そうな目つきだ、とルビアは思ったが、少年の肌に残る無数の傷痕を見ると、今までよほど酷い扱いを受けてきたのだと、容易に想像はついた。他人を信用できないのも無理はない。
「あんた、アルトア大陸じゃない、東の大陸の血を引く人だね。そういう肌の色は見たことがあるよ」
少し黄みがかかってはいるが、滑らかな少年の肌の色を見ながらルビアは言った。
「……」
「警戒するのはわかるけど、ここには私たちだけしかいないし、私もレーゼ様もなにもしないよ。でも無理強いはしない。嫌なら今すぐ服を着て出ていけばいい」
ルビアは乾かした服が置いてある椅子を示した。
その時、くぅと妙な音が近くで聞こえ、少年の眉が上がる。レーゼの腹が鳴ったのだ。
「ルビア、ご飯なのね。とてもいい匂い! それ、うさぎのシチューね」
「はいそうですよ。もう夕方です。よくお眠りになりましたからねぇ」
「早く食べたいわ!」
レーゼは素早く粗末な食卓に駆け寄り、慣れた手つきで食器棚から皿やスプーンを並べている。
「お腹ぺこぺこ。あなたも食べるでしょう?」
「!?」
レーゼにそう言われて、九十六号は初めて自分が空腹であることに気がついたように、ルビアが蓋を開けた鍋を見た。
鍋からは一気に湯気が広がり、部屋中にふわりと良い香りが広がって、育ち盛りの少年の胃と脳を刺激する。
「……」
「やっぱりあなたもお腹空いているようね。一緒に食べましょうよ」
レーゼは鍋の方を見ないようにして、うつむいている少年に声をかけたが、彼は顔を上げなかった。
「ねぇ。早くしてよ。私いおなかすいちゃったの! ほら!」
レーゼががたぴしとした椅子を持ち出し、座り込んだままの少年の腕を取るが、それは邪険に振り払われた。
「……え?」
「ちっ」
訳がわからないという様子のレーゼを見て、やっと彼は少し気持ちを変えたようだ。ルビアが見守っている中、少年は「自分で」とつぶやいて、ようやく立ち上がる。すると、腰のあたりに巻きついていた毛布がずれて落ちた。
「……あ!」
九十六号は自分が素裸だったことを忘れていた。
今まで裸になることなど、特に珍しくなかったのだ。下履きだけで訓練したり、服をむしり取られて殴られることもあったからだ。
しかし、今は気にしなければいけないような気がした。
目の前には久しぶりにみる異性がいるのだ。女の子は自分と体が違うことくらいの知識はある。
その上──。
俺は素裸で、この女に抱かれてぐっすり寝ていたのか?
認識したくはなかったが、その事実は非常に恥辱的なことのように思えた。
「ほら」
ルビアが再び座り込んでしまった少年に服を渡す。
痛ましい傷跡は、上半身だけでなく体中に走っていることに気が付いたが、そのことについては何も言わなかった。
「夕飯を食べるには少々不向きな服だけど、あんたの様子を見たら、今はこれしかないね」
「服着るの? 手伝おうか?」
「一人で着る! あっちを向いていろ!」
九十六号は服をひったくり、慌てて壁の方を向いて着込み始めた。
戦闘訓練用の丈夫な皮の服なので、少々着るのに手間がかかる。
彼は自分が赤くなっていることには気がついていないが、羞恥心は持っているようだとルビアは思った。
小さくて細いが体つきはしっかりしている。しかし、性毛は生えていないし、声もまだ高い。
この少年は、多分悪い子ではない。
今まで相当ひどい目にあってきたようだから、他人に猜疑心が強いのは仕方がない。
けど──まだ矯正できるかもしれない。
ルビアはそう判断して食卓を整える。
「ねぇ、まだなの?」
「見るなっ! あっちに行け!」
へらりと覗き込んだレーゼに怒鳴り返し、九十六号は急いで下ばきをはいて紐を結ぶ。
「さっきからなんで怒ってるの?」
「うるさい!」
「レーゼ様、男の子は女の子に見られたくないものがあるんですよ」
「だって、私は目が見えないのに」
「それでも、男の子はそういう生き物なんですよ。見ないでやってくださいませ」
ルビアはなんでもないように食卓を整えている。
「そうなの? わかった。もう見ないからごゆっくり」
「……」
九十六号は得体の知れない悔しさを味わう羽目になった。
だが、それよりも。
「俺の持ち物は?」
九十六号は鋭くルビアに聞いた。
少女に聞いても埒があかないと思ったのだ。
「あんたの持ち物は全部ちゃんと取ってある。悪さをしないなら、そのうち返してあげます」
ルビアは皿にシチューをよそいながら言った。
「……そのうち?」
「ええ、あんたが出ていく時にね」
「……」
九十六号の服には投擲用の暗器がいくつも仕込まれていた。それを見られたということは、<シグル>内の掟では殺していいことになっているのだ。
しかし、このルビアという女は訓練を受けたことがあるようで、動きに無駄がなかった。とはいえ、九十六号がその気になれば始末できぬ存在ではない。レーゼというか細い少女にいたっては、片手で首をへし折れるだろう。
「なら今すぐ出ていく。返せ」
身なりを整えた九十六号が前に出るが、レーゼが割って入った。
「え? 一緒にご飯を食べないの? せっかくのウサギのシチューなのに? ごちそうなのよ」
「……」
「ねぇ、私もうお腹ぺこぺこ、早く食べましょうよ」
「そうですね。あんたもこの椅子に座りなさい。出ていくのは、食べてからでも遅くはないでしょう? お腹空いてるはずよ」
「……」
九十六号はしばらくレーゼとルビア、そして鍋の中のシチューを見ていたが、黙って示された椅子に座った。
見えなくてもわかるのか、レーゼはまめまめしく九十六号に、木のスプーンと水の入ったコップを渡してくれた。確かにこの少女なら、それほど警戒しなくてもよさそうだ。
食卓の中央には湯気を放つ鍋と器。そして小さなパンが三つ置かれた皿がある。
「こんな熱湯のようなものを食わすのか?」
何かの拷問かもしれないと、再び九十六号は身構えた。分厚い土器の中身は盛んにぐつぐつ言っている。
「熱湯? これはシチューよ」
「……しちゅー?」
九十六号は、そんな食べ物など聞いたことがなかった。
食事といえば酸っぱい干し肉と硬いパン。鍛錬中は数粒含めば腹が膨れる丸薬を飲むだけだったのだ。
「美味しいのよ。私を信じて?」
レーゼが小首を傾げた。
「さぁ、いただきますよ」
そう言ってまずルビアが食べ始め、レーゼもスプーンに山盛りにしたシチューを唇を尖らせて冷ましている。毒などは入っていないようだ。
「わぁ! 今日のはたくさんお肉が入っているのね。一昨日ルビアが獲ったものでしょ?」
「はい。男の子がいるので、奮発してみました」
「そういえば、あなた男の子だったわね?」
もちろんレーゼは性別に男と女があることは知っている。
父や祖父、それに城の衛兵達がそうだったからだ。しかしその記憶は遠く、ましてや自分と同じ年頃の少年などレーゼは見たことがなかった。
「あなた男の子どもなの?」
その男の子は、スプーンを口に突っ込んだまま呆然としている。
なんだこれ。ものすごく美味いじゃないか。
これが食い物の味なのか? やっぱり毒じゃないのか?
「美味しい?」
九十六号がふと見ると、レーゼが自分をのぞきこんでいた。
顔の上半分が覆われているのに、嬉しそうな様子が伝わるのはどうしてだろう?
「……熱い」
それだけを言うのがやっとだった。
「ね? あなた男の子どもなの?」
レーゼは辛抱強く尋ねた。
「そうだ」
「わぁ、男の子に会うのは初めてよ! 私は女の子なの。体が少し違うのね。足の間にやわらかい棒のようなものがくっついてたわ」
シチューを吹き出したのは、レーゼ以外の二人だ。二人とも、すごい勢いて口を拭いたり咳き込んだりしている。
「ねぇ、どうしたの?」
「レーゼ様、そのことは今は置いておきましょう。後でお話ししてあげます。今はご飯を食べて」
「……」
後で何を話すのか絶対に知りたくないと思いながら、九十六号はひたすら食べ続けた。耳まで真っ赤になっているのに、やはり本人はわかっていない。
「あなたの名前はなぁに?」
空気を少しも読まないでレーゼは尋ねる。この少女は本当に何も知らないようだと、九十六号は考えた。それでかえって気が楽になり、名乗る気になった。
九十六号はただの呼び名で、自分には名前などない。呼び名など知られたところで何も支障はないと思ったのだ。
「……九十六号と呼ばれてる」
シチューをかき込みながら九十六号は答えた。
「きゅうじゅうろくごう? それって名前なの? へんてこな感じね……あ、ごめんなさい。私、ずっとルビアと二人で暮らしてるから、外のことをあまり知らないの」
「二人だけでここに?」
今度は九十六号が尋ねる番だった。
「うん。小さい頃は、お爺さまやお父さま、お母さまがいて、ジュリア……妹よ、もいたけど……ゾルーディアとエニグマが来てみんな死んじゃった」
「ゾルーディアとエニグマ?」
「そう……知ってる?」
「……お前」
九十六号は驚いた。
知っているどころか、このアルトア大陸では、名前を出すのも恐ろしい存在なのだ。それは<シグル>の大人達でさえそうなのだ。
彼女達は自分達の名を呼ばれると、どこからでも耳を澄まして話を聞く。そして、名を呼んだ者には死よりも酷い運命をもたらす。
だから、誰もその名を呼んではいけない。この大陸ではそう信じられているのだ。
九十六号は答えた。
「知っている。双子の魔女たちだ」
***
レーゼと九十六号で、視点が変わって読みづらくはないですか?
おかしな点があれば、お聞かせくださいね。
連載二日め、いまだこの先続けていいものか、ドキドキしてます。
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