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27 勤労娘が王宮に、そして!?

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「うわぁ~! 広い! 綺麗! まるでベルサイユ宮殿みたい! 行ったことないけど!」
 郊外にあるリュストレーの屋敷から下って、王都に差し掛かるあたりから、風景はがらりと変わった。
 街は冬の装いだが、オレンジ色の壁のある街並みや、放射線状に伸びる街路は中世ヨーロッパの街を想起させ、そこここに走る綺麗な水路や小さな橋の形、青空市場の様子などは日本の田舎などとにているところがある。
「ベルサイユ宮殿? ニホンの宮殿か?」
「あっ、日本のじゃないです。日本から遠く離れたフランスっていう国のお城なんですが、有名なんです。漫画や演劇の舞台にもなってるし」
「そのフランスとやらの文化に、この国は似ているのですか?」
 尋ねたのはユノである。彼は馬車で迎えにきてくれて、二人の真向かいに座っている。
「そうですね。全く同じというわけではないのですが、銀獅子国は見た感じ西洋八、東洋二って感じの文化みたいだから、日本よりは雰囲気似ているかも」
「ほう。私は一度ミレ様の話を、ゆっくりお伺いしたいのですよ。政治や国防についてなど」
「ミレはただのニホンの勤労少女だ。有能だが庶民だから、私の本に書いた以上のことはミレは知らない」
 美玲に変わってリュストレーが答えてくれた。
「でしたら、文化や風習の話などでもいいので」
「はぁ。私の知ってることでしたら、まぁ少しは」
 そうこうしているうちに、馬車はまるで森のような前庭を抜けて、滑るように優美な門をくぐった。これがお城の外門らしい。
 更にいくつかの門を潜ると、建物はどんどん優美で高層になっていく。
 真正面に見えるのが本丸だろうが、さすがにそこまでは向かわないだろう。
 少なくとも美玲は。

 ネズミの国のお城みたいだけど、やっぱりちょっと違う。塔屋根の形が違うし、建屋が斜めの渡り廊下で繋がっていて、渦巻きみたいな複雑な作りだ。
 この国には地震なんてないんだろうなぁ。

 大きな噴水の広場を左に曲がると、重厚な作りの建物群が見える。
「ここが官庁や、さまざまな役所があるところです。出版部門はこの奥です」
 程なく馬車は、頑丈そうな建物の前に停まった。
「こちらです。まずはお部屋にご案内いたします」
 案内された部屋は、さすが王宮というべきか、華美ではないが設備が整っていて、広さも明るさもある、立派な部屋だった。もちろん、美玲とリュストレーは別の部屋で、少し離れている。
「普段は宿泊するところではないのですが、締切の迫った書き手を一時、ここにとどめおくための部屋でございます」

 それって、いわゆるカンヅメではっ!
 この世界にもあったんですね!

「ミレ、どうした?」
「いえ、なんでも。じゃあ私はお部屋でしばらく休憩してます。リュストレー様もゆっくりしてください」
 いくら、離れていると言っても、ここは彼の実家の敷地の中なのである。門より入った時から、彼の様子が僅かに緊張していることに美玲は気がついていた。
「お昼には遅いのですが、すぐに食事をお持ちいたします。どなたか給仕を呼びましょうか?」
「いえ、一人の方が落ち着きますので」
「かしこまりました」
 リュストレーは美玲に視線を送りながらも、ユノと共に黙って出ていく。
 そして美玲は一人になった。
 すぐに食事が運ばれ、空腹だった美玲はありがたくいただいた。
 お茶も、果汁もふんだんにある。お茶も料理も上等で、珍しいものばかりだ。
 リュストレーのことが気になったが、彼は子どもではない。きっとユノと個人的な話でもあるのだろう。
「うわ~、一度やってみたかったんだよね! こういうの! テンプレ大好き!」
 食事を終えた美玲は、行儀が悪いとは思ったが、靴を脱ぐと大きな寝台にダイブした。いうまでもなくふわふわで、体をふんわりと包んでくれる。
 わずかに忍びよる心細さからは、あえて目を逸らせた。
 ここは知らないところで、いつも一緒にいる人が、どこにいるかわからない。

 ああ、気持ちいい。
 昼間っから贅沢だなぁ……。

『このガキ! 嫌味のように本ばっかり読みやがって! もっと役に立つことに時間を使え!』
『返して! それ図書館の本なのよ! やっと私の順番が回ってきたのに!』
『うるせぇ! 本を読んでるやつを見ると、ムカつくんだよ! おい、腹が減ったぞ! なにか買ってこい!』
『お金……』
『おい! 金だってよ! 出せよこら!』
 父は今度は今まで隣の部屋で見て見ぬふりをしていた、母に向かって怒鳴った。
『料理もできねぇクソ女が! コンビニ弁当でいいって言ってやってんだろ? さっさとガキに買いに行かせろ!』
 母がのろのろと財布を取り出す。
『お! 万札見っけ! お前は、これで買ってこい!』
 そう言って美玲に投げられたのは五百円玉二つだった。これでは父の腹を満たす分の食品を買うのがやっとだろう。
 美玲の父は、厳格な祖父のもとで厳しく教育されたが、祖父の望んだ国立の理系学部を三浪し、やっと入れた私学の経済学部からも脱落して、大学を退学すると実家を逃げ出した。
 そして、夜の仕事をしていた身寄りのない母と知り合い、なし崩しに籍だけ入れた。それだけが二人の夫婦の絆だった。
『自分の実家は名門なんだ、籍を入れてやっただけ光栄だと思え』というのが、父の口癖だった。
 そして働きもしないで家に引き篭っている。
 しかし、一年に一度、夏休みの数日間だけ、美玲を連れて実家に滞在するのだ。それはおそらく、若くして亡くなった父の母(つまり美玲の祖母)の墓参りと金の無心だろう。
 その時だけ父は、こざっぱりとした服装で、美玲に優しく接してくれた。
 誰にでも怖い顔を崩さない祖父は、とっくの昔に父のことを諦めたのか、父に何にも言わなかったが、美玲にはたまに声をかけてくれた。
 そして、田舎の広い家の中を自由に探索させてくれたのだ。美玲はここで読書を知り、古い図面や書き付け、道具を眺めるのが大好きだった。
 中三の夏休み、皮表紙のメモ帳のようなものを見つけて読んだ。難しい書体の漢字が使われていたが、文字は美しく内容から書いた人の息遣いまでが感じられ、美玲は夢中になった。
「それはお前の曽祖父の遺した記録だ。ほら、写真がそこに」
 いつの間にか覗き込んでいた祖父が教えてくれる。壁に掛けられた色褪せたポートレートには、軍服を着た美丈夫が軍刀を携えて映っていた。

 そういえば、あのクソ親父も顔だけは良かったっけ。爺さんもカッコよかったし、思えば美形の家系だったんだなぁ。
 クソ親父はどうでもいいけど、爺さんまだ生きてるのかな?

 いつの間にか美玲は眠ってしまったらしい。
 気がついた時には、案内された部屋とは別の場所だった。
 窓はなく、そばのテーブルにロウソクが一本灯っているだけである。ランプではなくロウソクだ。
 その頼りない明かりでも、この部屋が先ほどとは違い、最低限の設備だけの質素な部屋だと窺い知れた。
「ここ……どこ?」
「地下室です」
「誰!?」
 美玲は寝台から飛び降りて声のする方角に目を凝らす。
 どうやらそこには扉があって、四角く開けられた穴からぼんやりと光が漏れている。そこに男の顔がのぞいていた。
 ユノだった。

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