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57 熱情 2

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 ミザリーに用意された部屋は、先ほどの表に近い客間ではない、中庭の奥に面した広い部屋だった。
 草原地方の春は寒暖の差が激しく、昼は比較的暖かくても夜にはまだ火が必要だ。この部屋にも草原式の炭鉢があり、煙も出ずに快適だった。
 部屋は簡素だが、大きな低い寝台とクッションの他には、低い机と書棚があるだけだ。余計な飾りもなく、落ち着ける雰囲気でミザリーの趣味にあう。
「入浴の支度が整いました」
 先程は付かなかった女の使用人が風呂に案内してくれる。
 風呂の様式もグレイシアとは違い、大きな共同浴室になっている。先に女や子どもが使い、後から男が使う習慣のようだ。
「今夜はミザリー様に遠慮して、みんな後から入ります」
「そうなの? 申し訳ないわ。私は一緒でいいのに」
「いえ、今日は間に合いませんでしたが、明日からは別の浴室が用意されると思いますので」
 グレイシアの小さな浴槽と違って、綺麗なタイルが敷き詰められた浴室は、清潔で、とても目新しかった。ミザリーが栽培していた香草とは、また違った爽やかな香りが湯気に混じって、体がほぐれていく。
 髪も綺麗に洗い、清潔な夜着とガウンを着込むと、部屋に戻った。全て草原式の衣類で着心地が非常に良い。果実入りの寝酒までもらって、ミザリーはようやくひと心地がついた気分になる。

 今夜はよく眠れそう。

 柔らかなクッションの山に身を横たえると、酒を含む。それは甘くて濃く、温まった体をさらに熱くしてくれた。
 久しぶりに屋根の下で過ごす夜だ。
 明日は早くから結婚式の用意があるという。ユルディスの姿は見えなかったが、彼も家に戻ったばかりで忙しいのだろうと、ミザリーは自分も寝ようと身を起こした時、中庭に面した扉が音もなく開いた。
「ミザリー! 部屋に戻ったと今聞いた」
 先ほどの使用人が伝えたのだろう。ユルディスも着替えたらしく、楽な服装になっている。これも民族衣装風で、グレイシアの衣服のように、かっちりしていないところがいい。
「ええ。今から寝るところ」
 下ろした黒髪が素敵だといえない自分を意識しながら、ミザリーは何気ないふりを装った。
「俺も寝る。いや、寝ない!」
「そ、そう? どちらにしても、もう遅いからユールも自分の部屋に戻ったら? 明日はお互い忙しいでしょうし」
「俺の部屋はここです」
「え?」
「もう夫婦も同然だから、俺の部屋があなたの部屋だ。ミザリー」
 ユルディスはクッションの上からミザリーを掬い上げると、低く大きな寝台へと横たえた。
「あ、あのっ!」
 起こそうとした半身は、やすやすと抑え込まれる。
「ミザリー、ミザリー、ミザリー」
 名前を呼ばれるたびに口づけが深くなる。
「俺のミザリー」
「待って! あなた、さっきはお兄様に褒められていなかった?」
「ああ、褒められた。俺が耐えてきた道を。でももう耐えなくてよくなった。父に認められたから」
「そんな、都合のよい解釈を……うんっ!」
 深く抱き込まれて、骨張った掌が全身を這い回った。
「やっと、やっとだ! やっと全部俺のものだ!」
「ユール!」
「見せて。あなたの全てを」
 着心地のいい木綿の夜着が、あっという間にむしり取られる。
「綺麗だ……」
「見ないで」
「嫌だ」
 ユルディスは唇と手のひらで、ミザリーの身体中に触れた。ざらりとした唇や手のひらの硬い部分が敏感な部分にあたるたび、ミザリーの奥に眠っていた感覚が掘り起こされていく。
「あの夜を俺は忘れない。あなたが他の男に抱かれると知りながら、何もできなかったあの夜のことを」
 ユルディスは肌に落とす口づけの合間に、浮かされたように話し続ける。
「だってそれは!」
「嵐だった。だが、俺の中の嵐に比べたらなんでもなかった。一晩中、剣を振り回し、そこら中を叩き斬った! ミザリー!」
 ユルディスは突然、口づけを中断し、腰を反らせた。
「すみません。もっとゆっくりするつもりだったんだが、もう、堪えられない……今すぐあなたを貫く!」
 切羽詰まった表情の男は、苛立たしく片手で腰紐を解く。すぐに彼の大きな雄が飛び出し、ミザリーを怯えさせた。
「や、ユール! 待って」
「待たない。ずっと待っていた、もう待てない」
「く……あ!」
 いきなり非常な圧迫感がミザリーを飲み込む。それは痛いというより、苦しかった。何しろ二年ぶりにそこに異性を迎えるのだ。
「うう……こ、こんな……こんなだったのか」
 しばらくの間、ユルディスはきつい締め付けを堪能するように、ゆるく浅く腰を揺すっていたが、やはり堪らなくなったらしく、次第に激しい律動となった。
「よすぎるっ! 止められない!」
 男は夢中で体を揺すっている。穿うがたれるたびに、飛び散った汗がミザリーの肌に降りかかった。
「うっ……くぅっ!」
 不意に体内で暴れるものの質量が増し、ミザリーの中に大量の熱が放たれた。
 ユルディスの体がり上がるたびに、それは吹き上がる。
 最後に大きく背中をそらすと、ユルディスがどっと倒れ込む。ミザリーの胸も大きく弾んでいた。しばらく互いを密着させたまま、二人は息を整える。
 やがてユルディスがゆっくりと身を起こした。
「ミザリー、素晴らしい……」
「……」
 ミザリーはまだ口が聞けない。久しぶりに異性を受け入れた体の負担が大きすぎるのだ。
「でも、あなたは楽しめなかっただろうから……次はもっとゆっくりします」
「つ、次? あ!」
 突然体が解放され、体内がうつろになった。同時に体の中から熱いものが大量に流れ出す。
「随分汚してしまった……久しぶりだったもので」
「……久しぶり?」
 女の耳は聡く反応する。
「気になりますか?」
「……うん」
「かわいい」
 ユルディスはそう囁くと、音を立ててミザリーの唇を吸った。
 やっと息ができて油断していたミザリーは、再び覆いかぶされ、吸いつくされて、朦朧としかかったところでようやく放される。
「草原を出るまでは童貞でした。最初はグレイシアの南部の娼館だった。それからは遊んだり、禁欲したりを繰り返して、異性に対する耐性をつけましたね」
「ひどい話に聞こえるわ」
「確かに。あなたに会うまで、俺は女をめていたのです」
「本当?」
「あなたに会ってからは、この手が慰め役です。だがあの夜だけは怒りと嫉妬で、それすらもできなかった。体はいきり立っていたのに、剣をふるうことでなんとか自我を保っていたような状態だった」
「……そういえば、庭が荒れているって誰かが言ってたような」
「あれほど人を殺したいと思ったのは初めてだ……だが、もういい。何もかも今夜から始まるのだから」
 そう言うと、ユルディスは再びミザリーを抱きしめた。


     *****


ユルディスも作者も頑張ったので、褒めてください。
民族衣装のイメージを探してます。すごく楽しい!
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