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51 おわりのかたち 2

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「ユルディス!」
「ただいま戻りました。今まで勝手に動いて申し訳ございません」
「また、お前か。草原の男」
 ルナールはうんざりしたように言った。
「ミザリー様のいるところが、俺のいるところだから。ここではお前の方が異邦人だ」
「なんだと!」
 ルナールが気色ばむ。
「いいからさっさと署名するがいい。ペンならそこにあるぞ」
「ユルディス、それはあまりに無礼です。それ以上はやめて」
「これは失礼を」
 ユルディスは素直に引き下がった。そこにマンリーが入ってくる。
「ミザリー様、お館様がお呼びです」
「お爺様が? すぐに行きます。二人はここで待っていて」
「それが……ベスが知らせたらしく、ルナール様とユルディス様、お二人とも来るようにとのことで……」
 マンリーは二人の男を見くらべながら言った。
「なんですって!? お爺樣がそんなことを?」
「私に依存はない。早速バルファス殿にお目にかかりに行こう」
「……わかりました。でもその前に薬水で消毒を。それからお医者様も同席します。後お爺様の前で言い争いは厳禁ですからね」

「失礼します」
 バルファスの部屋に、ミザリーと男達が集う。
「バルファス殿、お久しぶりでございます」
 ルナールが寝台の手前で頭を下げた。
「ああ、ルナール殿か。婚礼以来だな……あの宴は正直胸糞むなくそ悪かった。ミザリーを連れて帰ろうかと思ったほどには」
「返す言葉もございませぬ。あの頃の私は自分を過信し、うぬぼれ、何に価値があるのかわからなかったのです」
「……色々聞いてはいるよ。大変な苦労をしたそうだな」
「はい。人間のもろさを痛感しました。しかし、私は生まれ変わったと自負しております」
「そうか。しかし、人の本質は、そんなに簡単には変わらぬものだ。価値だけで人を測るのは、エルトレー家の悪いところだ。あんたの爺さんは立派な軍人で、付き合いもあったのだが、常にわしを下に見ていたな。理由は、わしが爵位がない田舎領主ということでな」
「祖父と私は違います」
「そうかもしれない。だがな、私は初めからこの婚姻に乗り気ではなかったのだ。ミザリーが受けるというので許したが……結局君は、ミザリーを大して幸せにはしなかっただろう」
「ですから、これから」
「一人の女を幸せにできない男は、他の女も大切にできない。わしも男だからな……わかるよ。生まれ変わったというのなら、君はその北の女と、子どもを守って立派に育てなさい……この話は、これで終わりだ」
 バルファスは疲れきったように、ベスに目で合図した。忠実な家令は何も言わずに、背中に枕をあてがい、主の身を助け起こす。
「お爺様」
 ミザリーが心配そうにその手を取った。
「ルナール殿、ミザリー。離縁の許可証に署名を。わしが立会人になろう」
 マンリーが大きな机に書紙を広げ、ペンとインク壺を用意する。
「さぁ、ルナール殿。エルトールの後継として、ふさわしい振る舞いをこの老人に見せてくだされ」
「……」
 ルナールはバルファスを見つめ、それから長いことミザリーを見つめた。ミザリーは彼の目の中に、たくさんの表情が浮かぶのを見た。最後に見えたのは諦めだ。
 ルナールは悲しげに微笑むと、ゆっくり机に向かった。
 腰を下ろし、しばらく目を閉じていたが、やがてペンをとりあげ、一気に署名をした。
「……」
 ルナールは立ち上がり、黙ってミザリーにペンを渡した。かつて美しいと見惚れたその瞳に、万感の想いが溢れている。ペンを渡す瞬間、指先同士が絡んだ。
「……ありがとうございます」
 ペンを受け取ったミザリーは、新たにペン先をインクに浸し、特徴のある字体で署名を終えた。
「すみました」
 インクが乾くのを待って、マンリーがバルファスに書面を見せる。
「よろしい。二人とも立派だった。これにてエルトレー子爵家とグリンフィルド家の縁は切れた」
「お爺様」
「ミザリー。よく頑張ったな。マンリー、すまぬが私の代理人として、ルナール殿と共に、その証明書を王宮に届けてくれないか」
「かしこまってございます」
 ユルディスはその間、何も言わず、ミザリーとルナールが部屋を出てから最後にバルファスを振り向いた。
「お計らい、感謝いたします」
「これでお前の望みは叶ったか?」
「はい。バルファス・グリンフィルド」
「なに、わしは孫娘可愛さでやっただけのこと」
「恐れ入ります」
「だが、そうまでしてミザリーを手に入れるのならば、必ずあの娘を幸せにしてやってくれ。あれは我慢強すぎる娘ゆえ」
「命にかえましても」
「ふふふ、あれが草原を馬で駆け回っている姿が目に浮かぶわ……頼んだぞ」
 バルファスはそう言うと目を閉じた。

 翌日、ルナールは都へと帰っていった。
 ミザリーは一人で見送ったが、驚くほどなんの感情も浮かばなかった。ミザリーの人生の一幕がこれで終わったのだった。
「さようなら、ルナール様。どうぞお元気で」

 バルファスがその人生に幕を下ろしたのは、その七日後だった。

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