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47 故郷グリンフィルド 1 

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 翌朝。
 ミザリーは、旅立ちを見送る子爵夫妻と、ルナールの前に立った。
 馬が二頭用意されている。急いで帰るために馬車ではなく、馬に乗って行くのだ。冬といえども、まだそれほど寒い季節ではないし、大丈夫だと判断したユルディスの提案だった。
 お供のケイトは、あとから馬車で追いかける事になっている。彼女はミザリーについていきたいむねを熱心に子爵に伝え、了承されたのだ。
「君に次いで香草に詳しくなっているケイトを、出すのは正直厳しいのだが、君の恩に少しでも報いたいのでな」
「ありがとう。お義父様」
 ミザリーは特別に作らせた、男ものの乗馬服を身につけている。南の街道は比較的治安がいいが、万が一の用心のためだ。
「道中気をつけて。グリンフィルド殿に、くれぐれもお大事に、とお伝えしてくれ」
「わかりました。ありがとうございます」
 家令の知らせによると、ミザリーの祖父バルファスは、秋の終わり頃にひいた風邪が治り切らぬ内に、領地の視察に出てしまい、ある村で倒れたということだった。
 祖父らしいとミザリーは思ったが、いくら頑健がんけんなバルファスと言えど、七十を超える年齢なので、放っておくわけにもいかない。
 祖父とは披露宴が終わった時に別れたきりなのだ。故郷にはルナールとの結婚以来、一度も帰っていない。
「ミザリー」
 進み出たのは、ルナールだった。
「今まで、俺は自分のことばかりで、君の故郷ふるさとのことを思ってやれなくて、すまなかった。だが……」
 彼はそこで言葉を切り、しばらく言葉を探していたが、やがてミザリーの手を取った。
「帰ってくるのだろうな」
「……祖父の容態次第ですが、少なくとも一度はこちらに戻らねばと考えてはいます。春ごろになるかもしれませんが……多分」
「春! そんなにかかるのか?」
「予想です。グリンフィルドの冬は山に近い分、エルトレーの領地より厳しいのですよ」
「……」
「でも、諸手続きのこともありますし、事情が整えば戻ることになるでしょう」
「事情が整えば……」
 それが何を意味するのかは明白だった。
「ともかく、できれば頻繁ひんぱんに知らせを送って欲しい。お爺様のことも心配だ。俺からも送るから」
「承知しました。帳簿や取引のことは大体お伝えしましたが、わからない事があればいつでも手紙をどうぞ。とにかく顔をつなぐことです」
「……わかった。仕事のこともだが、君の様子も知りたい」
「わかりました」
「ミザリー様、馬の用意が整いました」
 ユルディスが正面扉から顔を出す。
「ありがとうユール。では行きます」
 ミザリーは長靴のかかとを鳴らしてホールを出た。
 婦人用の乗馬服ではないので、引き締まった腰や形の良い臀部でんぶがルナールの目に晒される。
 外は寒くはないが、空は冬らしくどんよりと曇っていた。
 待ち構えていたユルディスがミザリーに分厚い外套を着せかける。あっという間にミザリーは馬上の人となった。
「では!」
 馬に拍車をくれてミザリーは駆け出した。
「ミザリー!」
 ルナールが思わず叫ぶのへ一度だけ振り返ると、ミザリーは帽子に手をやり、ユルディスと共に屋敷の外へと消えていった。
 三階の窓からはクレーネが見つめている。
「私の可愛い赤ちゃん、どうか早く生まれてきてね。あの邪魔な女がいないうちに」
 薄い唇はそう呟いていた。

 グリンフィルドまで四日の旅である。
 途中、エルトレーの領地で一泊することになっていて、そこでケイトと合流する予定だ。
「エルトレーでは、私の事情も直接伝えないとだわね。気が重いわ」
「そうですね。しかし、ミザリー様の口から伝えたほうがいいでしょう」
「あと、宿屋では部屋は別ですからね」
 ミザリーは悪戯いたずらっぽく眉を上げて言った。
「承知しております」
 ユルディスは残念そうに苦笑し、ミザリーは笑った。

 確かに。
 おじいさまのことは心配だけれど、久しぶりにこうして馬を駆れるのは嬉しいわ。
 ここのところずっと、お屋敷でルナール様や、クレーネさんに気を遣って暮らしていたから。
 私は今、久しぶりに自由を感じてる。

「はいっ!」
 街道は葉を落とした並木がずっと遠くまで続いている。曇り空の下を悠々と飛ぶ大きな鳥は、鷹だろうか?
 故郷へ──。
 後れ毛をなびかせながら馬を急かす背中には、熱い視線が注がれていた。

 悪いが、あなたが都に帰ることはもうない。
 今度こそ、全てを俺の腕の中に閉じ込める。
 心も、その体も、そして人生も。

 そして舞台はグリンフィルドへ、そして更に遠くへと移っていくのだった。


      *****


舞台はグリンフィルドへ、そして──。
ミザリー、三度目の旅立ちとなります。
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