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第44話︰ランチ中のハプニング
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用意されていた席に向かい合って着いて、私たちは二人きりでランチを始める。
ステラさんは私の希望通りの準備をしておいてくれた。
私がアストラに食べてほしい新作サンドイッチや、サーニャ様オススメのスコーンなどが乗ったケーキスタンド。まだ空のままのティーカップ。
ティーポットがまだ熱々なあたり、セッティングのタイミングは完璧だったんだろう。
「では紅茶は私が入れましょう」
「お、嬉しいね。」
アストラにはお座りいただいて、侍女を真似た所作で彼の横につき、彼のティーカップに紅茶を注ぐ。
私は村にいた頃、みんなでご飯を食べようと集まる度にお酌を担当していたので、飲み物を注ぐのは得意だと日頃から言い張っている。
田舎でどんちゃん騒ぎながら飲まれる焼酎と貴族が嗜むお紅茶は、一緒にできるようなもんじゃないとは思うけども。
「本当は、セルバスさんのようにたっかいところから注いでみたいんだけどね。私がやると絶対テーブルがびしゃびしゃに…」
「はは、セルバスさんはプロだからね。…僕はあそこまで上手くとはいかないけれど、真似事くらいなら出来るよ」
「えっ本当?見たい」
「じゃあミコの分は僕が入れようか」
今度は私が席に着いて、アストラが立ち上がって私の分の紅茶を注いだ。
執事アストラ。それはあまりにも絵になる姿だった。
こんなにも見目麗しい執事がいてたまるかと、思わずテーブルを叩きかけたぐらいには素敵だった。
「はい、どうぞ。」
「ありがとうアストラ。紅茶を入れるという動作が似合いすぎていて荒ぶるところだったわ」
「うん、視界の端で君が一瞬拳を上げたのが見えたからちょっと焦ったよ正直」
執事アストラは眉ひとつ動かしてなかったが、焦っていたらしい。
アストラは相変わらず分かりづらい…出会った時からそこは変わらないんだから全くもう。動揺を一切見せない完璧なポーカーフェイスだなんて格好いいにも程が…
「………」
「…ん?ミコ?」
「…私、最近アストラのことを好きになりすぎてる気がする…」
「えっ、急にどうしたの…」
脳内で彼に惚れ込む言葉が止まらない自分に呆れながら私が言うと、よっぽど想定外の返しだったのか、アストラは貴重すぎる照れた顔を見せた。
ほんの少しだけ頬が赤い。完璧なポーカーフェイスが崩れた無理かわいい。格好良さの中に可愛さまで見出せるなんて無敵か私の夫は……ああ、いけない。紅茶が冷める。
「…ふふ、ダメになるくらい好きになってくれていいよ。」
「んぐっ」
つとめて優雅に紅茶を飲んでいたところに爆弾が投げ込まれたので、吹き出すのを堪えてむせる。
「の…飲んでる時の攻撃禁止…!」
「ごめんね、嬉しくてつい。愛してるよミコ」
「ねえ…!!」
「だって今飲んでなかったから」
からかうように、でも幸せそうに笑うアストラを見て、心臓が握り潰されるような…いやその表現はちょっとバイオレンスすぎるか。とにかく胸がギュンとなった。
(ホントに、好きすぎてダメになりそう…もうなってるのかもしれないけど…)
「ほ、ほら、折角ステラさんに用意してもらったんだから食べて。美味しいのよこれ」
「そうだね。いただこうか」
慌てて話を逸らして促した私を見てまた笑ってから、アストラは美しい所作でサンドイッチを食べ始めた。
麗らかな陽の光にあたりながら、綺麗な花が咲き誇る庭園の中でランチをする白皙の美青年貴族。私の夫である。眩しすぎる。
恋は盲目とはいうが、ちゃんと覚めた目で見た上でのコレなんだからもうどうしようもない。
彼は絵になる男だと今まで散々考えてきたけれど、これはもはや名だたる画家が再現に苦しみ筆を折るレベルなのでは。
「ん、これは美味しい。」
「ふふん」
「なんでミコが得意げなの?」
まるで作り手のように胸を張っている私に、アストラがツッコミを入れたところで。
「…おや」
「あら…?」
誰かの声が少し遠くから聞こえてきた。
私たちは手を止めて、耳を澄ます。
…男性と女性の声。何やら言い争っているみたいだ。
(というか、この喧嘩声は…間違いなく…)
「いい加減にしてくれないか!お前の好き放題にはもうウンザリだ」
「あーあ、私はキミの頭の固さに呆れるよ…!」
見えたのは、黒髪の美少女と金髪の美少年…第二王子レオン殿下とロゼッタ様だ。
普段は歳のわりに大人びた雰囲気を持つ二人が声を荒げて、昨日よりもずっと険悪そうな様子で、あんな所で口論を繰り広げている。
「あのお二人…」
「…今日は特にひどい。困ったものだね」
本当にお互いが嫌いなんだな…と言いたいところだけど。
昨日のロゼッタ様のどこか寂しそうな顔や、去っていくロゼッタ様が遠くなるまで見つめるレオン殿下の様子が、私はずっと引っかかっている。
「…アストラ。レオン殿下とロゼッタ様は…仲が悪くても、お互いを嫌いあっているわけではないと思うんだけど」
「!…ああ、そうだね。そうだと思う。」
二人を眺めながら、アストラは小さく息をつく。
「どちらも言葉足らずで、素直じゃない。おかげですれ違って拗れてしまっているだけなんだよきっと。面倒だから、こちらとしては是非とも仲直りをしてほしいんだけどね」
『面倒だから』と包み隠さず言うのがとてもアストラらしい。王家の側近としては切実な願いだろう。
「ミコ、あれは何とか出来そう?」
「何とかって。難易度高……あっ」
アストラとの会話の途中で、ロゼッタ様がレオン殿下に「もういい!」と怒鳴って走り去ってしまった。
それを見た私が思わずガタッと立ち上がると、アストラは続いて静かに立ち上がる。
「後を追う?」
「…いいの?」
「うん。僕はレオン殿下の方へ行くから…ロゼッタ嬢の方を頼んだよ。」
ステラさんは私の希望通りの準備をしておいてくれた。
私がアストラに食べてほしい新作サンドイッチや、サーニャ様オススメのスコーンなどが乗ったケーキスタンド。まだ空のままのティーカップ。
ティーポットがまだ熱々なあたり、セッティングのタイミングは完璧だったんだろう。
「では紅茶は私が入れましょう」
「お、嬉しいね。」
アストラにはお座りいただいて、侍女を真似た所作で彼の横につき、彼のティーカップに紅茶を注ぐ。
私は村にいた頃、みんなでご飯を食べようと集まる度にお酌を担当していたので、飲み物を注ぐのは得意だと日頃から言い張っている。
田舎でどんちゃん騒ぎながら飲まれる焼酎と貴族が嗜むお紅茶は、一緒にできるようなもんじゃないとは思うけども。
「本当は、セルバスさんのようにたっかいところから注いでみたいんだけどね。私がやると絶対テーブルがびしゃびしゃに…」
「はは、セルバスさんはプロだからね。…僕はあそこまで上手くとはいかないけれど、真似事くらいなら出来るよ」
「えっ本当?見たい」
「じゃあミコの分は僕が入れようか」
今度は私が席に着いて、アストラが立ち上がって私の分の紅茶を注いだ。
執事アストラ。それはあまりにも絵になる姿だった。
こんなにも見目麗しい執事がいてたまるかと、思わずテーブルを叩きかけたぐらいには素敵だった。
「はい、どうぞ。」
「ありがとうアストラ。紅茶を入れるという動作が似合いすぎていて荒ぶるところだったわ」
「うん、視界の端で君が一瞬拳を上げたのが見えたからちょっと焦ったよ正直」
執事アストラは眉ひとつ動かしてなかったが、焦っていたらしい。
アストラは相変わらず分かりづらい…出会った時からそこは変わらないんだから全くもう。動揺を一切見せない完璧なポーカーフェイスだなんて格好いいにも程が…
「………」
「…ん?ミコ?」
「…私、最近アストラのことを好きになりすぎてる気がする…」
「えっ、急にどうしたの…」
脳内で彼に惚れ込む言葉が止まらない自分に呆れながら私が言うと、よっぽど想定外の返しだったのか、アストラは貴重すぎる照れた顔を見せた。
ほんの少しだけ頬が赤い。完璧なポーカーフェイスが崩れた無理かわいい。格好良さの中に可愛さまで見出せるなんて無敵か私の夫は……ああ、いけない。紅茶が冷める。
「…ふふ、ダメになるくらい好きになってくれていいよ。」
「んぐっ」
つとめて優雅に紅茶を飲んでいたところに爆弾が投げ込まれたので、吹き出すのを堪えてむせる。
「の…飲んでる時の攻撃禁止…!」
「ごめんね、嬉しくてつい。愛してるよミコ」
「ねえ…!!」
「だって今飲んでなかったから」
からかうように、でも幸せそうに笑うアストラを見て、心臓が握り潰されるような…いやその表現はちょっとバイオレンスすぎるか。とにかく胸がギュンとなった。
(ホントに、好きすぎてダメになりそう…もうなってるのかもしれないけど…)
「ほ、ほら、折角ステラさんに用意してもらったんだから食べて。美味しいのよこれ」
「そうだね。いただこうか」
慌てて話を逸らして促した私を見てまた笑ってから、アストラは美しい所作でサンドイッチを食べ始めた。
麗らかな陽の光にあたりながら、綺麗な花が咲き誇る庭園の中でランチをする白皙の美青年貴族。私の夫である。眩しすぎる。
恋は盲目とはいうが、ちゃんと覚めた目で見た上でのコレなんだからもうどうしようもない。
彼は絵になる男だと今まで散々考えてきたけれど、これはもはや名だたる画家が再現に苦しみ筆を折るレベルなのでは。
「ん、これは美味しい。」
「ふふん」
「なんでミコが得意げなの?」
まるで作り手のように胸を張っている私に、アストラがツッコミを入れたところで。
「…おや」
「あら…?」
誰かの声が少し遠くから聞こえてきた。
私たちは手を止めて、耳を澄ます。
…男性と女性の声。何やら言い争っているみたいだ。
(というか、この喧嘩声は…間違いなく…)
「いい加減にしてくれないか!お前の好き放題にはもうウンザリだ」
「あーあ、私はキミの頭の固さに呆れるよ…!」
見えたのは、黒髪の美少女と金髪の美少年…第二王子レオン殿下とロゼッタ様だ。
普段は歳のわりに大人びた雰囲気を持つ二人が声を荒げて、昨日よりもずっと険悪そうな様子で、あんな所で口論を繰り広げている。
「あのお二人…」
「…今日は特にひどい。困ったものだね」
本当にお互いが嫌いなんだな…と言いたいところだけど。
昨日のロゼッタ様のどこか寂しそうな顔や、去っていくロゼッタ様が遠くなるまで見つめるレオン殿下の様子が、私はずっと引っかかっている。
「…アストラ。レオン殿下とロゼッタ様は…仲が悪くても、お互いを嫌いあっているわけではないと思うんだけど」
「!…ああ、そうだね。そうだと思う。」
二人を眺めながら、アストラは小さく息をつく。
「どちらも言葉足らずで、素直じゃない。おかげですれ違って拗れてしまっているだけなんだよきっと。面倒だから、こちらとしては是非とも仲直りをしてほしいんだけどね」
『面倒だから』と包み隠さず言うのがとてもアストラらしい。王家の側近としては切実な願いだろう。
「ミコ、あれは何とか出来そう?」
「何とかって。難易度高……あっ」
アストラとの会話の途中で、ロゼッタ様がレオン殿下に「もういい!」と怒鳴って走り去ってしまった。
それを見た私が思わずガタッと立ち上がると、アストラは続いて静かに立ち上がる。
「後を追う?」
「…いいの?」
「うん。僕はレオン殿下の方へ行くから…ロゼッタ嬢の方を頼んだよ。」
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