占い娘の波乱な嫁入り

桜よもぎ

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第33話:正しいビンタのやり方

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「そうですか。虐めて、分からせてあげたんですか。」
「あ……ち、ちが…違う」

 ついさっきまでの威勢が嘘のように、パトリシアさんは生気を失ったような顔をして、弱々しく否定の言葉を口にする。

「正直に言えて偉いですね。ありがとうございます。」

 私は彼女の前に更に進み出た。

「証拠が無かったので、早い段階で吐いてくれて助かりました。罪を自覚して白状していただけるのなら話は早いです」
「……は?証拠が無い…?…まさか、あんた、わざと私を煽って​───」
「…行きましょうか」

 先程の意図に勘づかれたところで、さっさと部屋の外に連れて行こうと促す。

 するとパトリシアさんは蒼白だった顔面に血の気を戻して、手を振りあげた。

 私はハッとしてその場から退こうとしたけれど、もう遅い。

​────パチンッ!

「っ……」

 パトリシアさんの手のひらが私の頬を叩き、鋭く小さい痛みが走った。

「そんなふざけた方法で私を追い詰めようとしたってわけ…!?汚いわね、東生まれの田舎者のくせに小賢しい…!!」
「田舎者は今関係ないのでは…」
「うるさい!あんたは元々みすぼらしい泥棒猫で気に入らなかったのよ!」

 今どき泥棒猫というフレーズを聞くことになるとは思わず内心驚く私の胸ぐらを掴んで、すっかり威勢を取り戻したパトリシアさんが再び声を荒げた。

「ああっ着物が崩れる…」
「その無愛想ヅラも腹が立つ!」
「すみませんこれは生まれつきで…」
「黙れって言ってるのがわからないの!?人を馬鹿にするのも大概にしなさいよ、もう許しておけない…!!」

 出会ったときから思い返しても一時も許された覚えは無いけれど、いま私を許しておけないパトリシアさんは私の胸ぐらを掴む力を強めて、いっそう大きな怒鳴り声を上げた。

「恐ろしくてここでの出来事を口外できなくなるぐらい、たっぷり痛めつけてあげる!!私を敵に回したこと、泣いて後悔するといいわ!!」
「………そうですか。」

 痛いのも泣いて後悔するのも嫌なので、私は胸ぐらを引っ張ってくる彼女の手を掴んで、力任せに引き剥がした。

「いった!?」

 痛がっているのはパトリシアさんである。
 彼女は目を丸くして、引き剥がした私の手を二度見した。

「え?え、あんた……」
「パトリシアさん。井戸の水を汲んだことはありますか?」
「は?」

 突然の私の場違いな問いに、パトリシアさんは気の抜けた声で聞き返す。

「米の袋を積んで運んだことは?くわを振り下ろして土を耕したことは?子どもたちを両腕に道無き道を駆け回ったことは?」
「なにを言って…」

 私がおもむろに片手を上げるのを見て、パトリシアさんはぎょっとしたような顔を見せる。

「私の方があなたよりも強いという話をしています。…小さな村では力仕事が尽きないんです」
「待っ」
「あなたはこの栄えた西側で、家柄よく不自由なく便利に過ごしてきたことでしょう。私とあなたでは育った環境が違う。───村生まれ村育ちの田舎者を舐めないで頂きたい。」
「は、話を……」

 先ほど暴言として使われた“田舎者”という称号を、今度は武器として振りかざす。

 私のこの表情筋が働かない顔と抑揚のない話し方は、今のパトリシアさんにとっては非常に威圧的なものに見えるだろう。

「ふん」
「へぶっ!?」

 バチィンッ!!と、さっきよりもずっと良い音がした。

 ビンタとはこうやるのだ。
 力(物理)の差をとくとご覧あれ。

 パトリシアさんは尻もちをついて、何が起こったか理解が追いついていないような顔で床に座りこんだまま、ひっぱたかれた頬を手で押さえている。

「な…なな、な!何するのよ!?」
「さっきのお返しです」
「お返しの強さじゃない!!」

 向こうが一発、こちらも一発。強さはどうあれ同じ一発である。これでおあいこ。

「よくも私の顔を…!」
「腫れた頬よりご自身の行く末を心配なさったらどうですか?」
「っ!」

 力強くこちらを睨みつけていたパトリシアさんは、私の言葉でびくりと肩を震わせて狼狽えた。

「自分が行ってきた今までの所業が、一体どういうものなのか。理解出来ないわけではないでしょう」

 怒りで真っ赤になっていた彼女の顔が、みるみるうちに血の気を失って青ざめていく。私がひっぱたいた左頬だけは赤いままだけど。思ったより良いのが入ったのでしばらくはそのままだと思われます。

「王太子妃候補である公爵家のご令嬢を虐げ、候補の辞退にまで追い込んだ。…それでいて今日まで何も知りませんよみたいな顔して平然とこの王宮にいられた、その化け物じみたメンタルは賞賛に値しますけどね。」

 面の皮何十センチどころの話じゃない。比喩に留まらず本当にバケモノだ。

 しかしそんな面の皮モンスターも今や、私を睨みつけようにも虚勢を張る元気は無いのか、わなわなと唇を震わせるだけ。

「私の方から直接、陛下に報告させていただきます。その首が明日にも繋がっていることを願っていますよ」
「……あんたの、言うことなんて…信じられるはずがない…あんたみたいな部外者の……」
「………」

 驚いた。威勢はすっかり剥がれ落ちているのに、その口はまだ強気のまま。

 (…この手はあまり使いたくなかったけれど)

「───私は国王陛下より命じられ、ラトナティアの王宮に平穏をもたらすという使命を授かっている“占い娘”。そしてあのアストラ・シルヴァートの妻であり彼に認められた女です。」
「!!」

 虎の威を剥ぎ取る勢いで借りて、胸に手を当て言い放つ。

「私の身を脅かすということは王宮の平穏を脅かすことと同義であり、私を侮辱することはそれ即ちアストラ・シルヴァートへの侮辱と言っても過言ではありません。」

 かなり過言だ。

 しかしここは冷静になっている場合ではないのである。暴論こじつけ上等。

 彼女に自身の敗北を知らしめ全てを諦めさせるためには、『堂々たる態度』そして『なんか強くて正しいこと言ってそうという雰囲気と勢い』が大事。
 トドメに、真顔の威圧でねじ伏せる。

「身分ではなく立場の話。あなたは喧嘩を売る相手を間違えたのです。…お分かりですか?」
「…………」

 顔をずいと近づけて念を押すように聞くと。

 今度こそ、パトリシアさんは魂が抜けていったような顔をして、ガクリと項垂れた。

 ────勝負ありだ。
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