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第29話:ナターシャとの対面
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私は応接間のソファに腰掛け、堂々たる姿勢で目の前のご令嬢を見据えていた。
彼女は私からの真っ直ぐな眼差しに完全に萎縮している様子で、若葉色の瞳を泳がせ桃色の髪を僅かに揺らす。
傍に控えている使用人の方々はそんな彼女を落ち着かせようと背中をさすったり紅茶を用意したりしながら、私に警戒した顔を向けていた。
「…そんなに身構えなくても大丈夫ですよ」
「は、はいっ……」
身構えなくて良いと言われ更にガチガチになって返事をするご令嬢────ナターシャ様の声はうわずっていた。
私は今、フィノン家にいる。
有言実行ということで次の日にすぐアポ無し突撃をし、出迎えるもあからさまに帰ってほしそうな顔をしていたフィノン家使用人にはアストラ・シルヴァートの名を使って通してもらい、それでも止めてくる他の使用人にはレオヴィル・リーザ・アルマンドの名を使って押し通った。
そして更に噂の“占い娘”の称号を突きつけ、トドメに“私はヴァネッサ様・エレーナ様・サーニャ様のお友達である”ということを声高に自称し、なんとかナターシャ様との対面に持ち込むことに成功した。
開始早々に切り札を使い切って今に至るが、ここまでは予定調和。なんか思ったよりも怖がらせてしまっているけど仕方がない。想定内である。
「無理やり乗り込んで来てしまって申し訳ございません。改めて、アストラ・シルヴァートの妻、ミコ・シルヴァートです。本日はお時間をいただきありがとうございます。」
お時間をいただいたと言うよりもぎ取ったと言う方が正しいだろうが、それはさておき。
「存じております…占い娘さんの噂は、よく耳にしています。…どのような、ご用件でしょうか」
ナターシャ様は姿勢を正して、しかし怯えたような瞳のまま、私に向かって口を開いた。
王宮での出来事のトラウマのせいか、王宮の人間であり更に初対面である私のことを警戒しているみたいだ。決してこの無表情顔のせいでかけてもいない圧を感じられて怖がられているとかそういうわけではないと思うけど。とっても警戒されている。
「ヴァネッサ様とエレーナ様、それからサーニャ様が、あなたのことをたいへん心配しておられましたので…お三方に代わって私が様子を見に参りました。」
「!…そうでしたか」
三人の名前を出すと、ナターシャ様は少し警戒を解いてくれた様子で、眉を下げて微笑んだ。
散々視た顔だ。この人はいつもこうして申し訳なさそうな、困ったような顔をして笑う。
「心配をおかけしてしまって…三人には、私は大丈夫です、とお伝えください」
「…どうして急に離れていってしまったのかと、皆さま悲しんでおられます。お三方はもちろん、殿下も。」
「…!……」
ナターシャ様は少し俯いて唇を結ぶ。
普通に聞き出すだけではやっぱり無理そうだ。
向こうから言い出してくれるように、なんとか誘導する必要がある。
(本当は何があったのか…過去を覗けば、全てバッチリわかることだけれど。)
私の目的は候補辞退の真相解明だけでなく、嫌がらせ事件の犯人を捕らえた上でナターシャ様が再び王太子妃候補の座に戻ってこられるようにすること。
この人は気が弱く心優しい。自分に対してひどい仕打ちをしてきた相手の名前を打ち明けることができないほどには。
そんな彼女が過去のトラウマから完全に解放されて、また王太子妃候補としてレオヴィル殿下の隣に立ちヴァネッサ様たちと笑い合うためには、ただこちらが勝手に事件を解決するだけでは駄目だろう。
(…犯人の正体や動機は、もうなんとなく察しがついているから…それらを踏まえて今大切なのは、解決までの筋書き。)
『辛かったことを吐き出してもらう。“助けてほしい”という旨の言葉をこの場でナターシャ様から引き出す。その言葉を直接受けた私が事件解決に動くことで、彼女は救われたような気持ちになる。』
(あとは「私はみんなの元に戻ってもいいんだ」と思ってくれるキッカケさえあればいいんだけど、そのキッカケを作るのは恐らく私の仕事ではないだろうから…)
とにかく今は、ナターシャ様自身の口から本音を聞ければいい。
その本音を聞くために、私は嘘をつくことにした。
彼女は私からの真っ直ぐな眼差しに完全に萎縮している様子で、若葉色の瞳を泳がせ桃色の髪を僅かに揺らす。
傍に控えている使用人の方々はそんな彼女を落ち着かせようと背中をさすったり紅茶を用意したりしながら、私に警戒した顔を向けていた。
「…そんなに身構えなくても大丈夫ですよ」
「は、はいっ……」
身構えなくて良いと言われ更にガチガチになって返事をするご令嬢────ナターシャ様の声はうわずっていた。
私は今、フィノン家にいる。
有言実行ということで次の日にすぐアポ無し突撃をし、出迎えるもあからさまに帰ってほしそうな顔をしていたフィノン家使用人にはアストラ・シルヴァートの名を使って通してもらい、それでも止めてくる他の使用人にはレオヴィル・リーザ・アルマンドの名を使って押し通った。
そして更に噂の“占い娘”の称号を突きつけ、トドメに“私はヴァネッサ様・エレーナ様・サーニャ様のお友達である”ということを声高に自称し、なんとかナターシャ様との対面に持ち込むことに成功した。
開始早々に切り札を使い切って今に至るが、ここまでは予定調和。なんか思ったよりも怖がらせてしまっているけど仕方がない。想定内である。
「無理やり乗り込んで来てしまって申し訳ございません。改めて、アストラ・シルヴァートの妻、ミコ・シルヴァートです。本日はお時間をいただきありがとうございます。」
お時間をいただいたと言うよりもぎ取ったと言う方が正しいだろうが、それはさておき。
「存じております…占い娘さんの噂は、よく耳にしています。…どのような、ご用件でしょうか」
ナターシャ様は姿勢を正して、しかし怯えたような瞳のまま、私に向かって口を開いた。
王宮での出来事のトラウマのせいか、王宮の人間であり更に初対面である私のことを警戒しているみたいだ。決してこの無表情顔のせいでかけてもいない圧を感じられて怖がられているとかそういうわけではないと思うけど。とっても警戒されている。
「ヴァネッサ様とエレーナ様、それからサーニャ様が、あなたのことをたいへん心配しておられましたので…お三方に代わって私が様子を見に参りました。」
「!…そうでしたか」
三人の名前を出すと、ナターシャ様は少し警戒を解いてくれた様子で、眉を下げて微笑んだ。
散々視た顔だ。この人はいつもこうして申し訳なさそうな、困ったような顔をして笑う。
「心配をおかけしてしまって…三人には、私は大丈夫です、とお伝えください」
「…どうして急に離れていってしまったのかと、皆さま悲しんでおられます。お三方はもちろん、殿下も。」
「…!……」
ナターシャ様は少し俯いて唇を結ぶ。
普通に聞き出すだけではやっぱり無理そうだ。
向こうから言い出してくれるように、なんとか誘導する必要がある。
(本当は何があったのか…過去を覗けば、全てバッチリわかることだけれど。)
私の目的は候補辞退の真相解明だけでなく、嫌がらせ事件の犯人を捕らえた上でナターシャ様が再び王太子妃候補の座に戻ってこられるようにすること。
この人は気が弱く心優しい。自分に対してひどい仕打ちをしてきた相手の名前を打ち明けることができないほどには。
そんな彼女が過去のトラウマから完全に解放されて、また王太子妃候補としてレオヴィル殿下の隣に立ちヴァネッサ様たちと笑い合うためには、ただこちらが勝手に事件を解決するだけでは駄目だろう。
(…犯人の正体や動機は、もうなんとなく察しがついているから…それらを踏まえて今大切なのは、解決までの筋書き。)
『辛かったことを吐き出してもらう。“助けてほしい”という旨の言葉をこの場でナターシャ様から引き出す。その言葉を直接受けた私が事件解決に動くことで、彼女は救われたような気持ちになる。』
(あとは「私はみんなの元に戻ってもいいんだ」と思ってくれるキッカケさえあればいいんだけど、そのキッカケを作るのは恐らく私の仕事ではないだろうから…)
とにかく今は、ナターシャ様自身の口から本音を聞ければいい。
その本音を聞くために、私は嘘をつくことにした。
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