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第27話:聞き込み、再び
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私は翌日からさっそく動き出した。
お茶会に関わっているということは、お茶会の日程や時間を把握しているということ。
把握しているなら…毎回ちょうどお茶会前に行動を起こす、ということだって出来るはず。
担当のパトリシアさん、セルバスさんは言わずもがな関わっている人だから、聞き込み対象だ。
(それから食べ物を用意する料理人、ティーセットを用意する準備役の使用人…)
「ミコ様、お身体の方は大丈夫でしょうか?」
「!セルバスさん」
考え事をしながら歩いていると、対象の一人セルバスさんと出くわした。
「大丈夫です、先日はご迷惑をおかけしました」
「いえいえ、ミコ様がご無事でしたら何よりでございます」
にっこり笑むと、優しそうにしわが目元に刻まれるセルバスさん。
今日も真っ白な髭がイケてる。もうおじいちゃんと言える年齢だと思うけれど、スタイル良く姿勢も良い。絵にかいたような素敵執事だ。
「セルバスさん。お聞きしたいことがあるんですが、いいですか?」
「ええ、もちろんです」
「ナターシャ様が、お茶会に遅刻されたことがあるという話を聞きまして…」
ナターシャ様の遅刻の話を出してもセルバスさんに動揺の色が見られなかったので、直球に聞いてみることにする。
「らしくないように思えますが、案外よくあることだったんですか?」
「そうですねえ。私も意外に思いましたが…しかし、どうも不思議だなとは思っておりまして」
「不思議とは?」
私が促すと、セルバスさんは顎に手を添えて続ける。
「お茶会が始まるよりずっと早い時間にナターシャ様をお見かけするのは、よくあることだったのですよ。しかしそんな日でも彼女はお茶会に遅刻を。」
「見かけてからその後、ナターシャ様が何をしているかとかは…?」
「私は厨房に指示を出したり、ティーセットのセッティング等をテオレアと行っておりますので…候補者の方々が王宮に到着してからお茶会が始まるまでの間のことは、分からないのです」
「…なるほど。すみませんお時間いただいて。ありがとうございます」
私は頭を下げて、セルバスさんと別れる。
(厨房から庭園まで移動して仕事をして…となると、セルバスさんが何か事を起こすのは難しそう)
厨房とテオレアさんからアリバイの証言が取れれば、セルバスさんの無実はかたそうだ。その辺りの聴取はアストラに頼んでおこう。
(ナターシャ様が王宮に到着するのが早いっていうのは、結構いい情報かも…待機中はどこにいるのか、知っている人はいるかしら)
そこまで考えて、ふと思い当たる。
そうだ。ナターシャ様は遅れてくる時、パトリシアさんに連れられて来ていた。
パトリシアさんならナターシャ様の待機場所が分かるかもしれない。
(でもパトリシアさん、私のこと嫌いだからな…)
ちゃんと質問に応じてくれるかは不安だけれど、とにかく尋ねてみよう。
✧
通りすがりの侍女からパトリシアさんの居場所を聞き、やって来たはいいものの。
パトリシアさんは私の姿をみるなり顔を険しいものにして、睨まれたと断言するには微妙な程度で鋭い目を向けてきた。まあいつものことだ。
「何か御用でしょうか?」
彼女の言葉に棘を感じつつ、私はおずおずと口を開く。
「ええと。お茶会の日、もし候補者の方が早く王宮にいらっしゃった場合はどうするのかお聞きしたいのですが」
「何故そんなことを…」
「アストラが知りたがっていたので」
「!」
一応、ある意味、嘘は言ってない。私はアストラに聞き込みを任されたのでギリギリ嘘は言ってない。
私が息をするようにアストラの名前を借りると、パトリシアさんはすぐに反応して渋々といった様子で口を開いた。チョロいものよ。
「……それぞれ客室にお通しします。」
「待機していただく部屋がある、ってことですね。…特に早くいらっしゃることが多かったらしいナターシャ様は、よく待機部屋に通されていたんですかね」
「!…ええ、そうですね。」
パトリシアさんは一瞬はっとしたような顔をしてから、微笑んで答えた。
…微笑んだというより、ただ口角を上げてみせたという感じだろうか。
(…………)
「…それなのに、遅刻が多かったんですよね。何かあったんですかね?」
「さあ…時計を見るのを忘れてしまっていたのでは?もしくは眠ってしまっていたとか。」
「そうですか。そうですね、きっとお忙しいでしょうから疲れていたのかもしれませんね」
「ええ。候補の辞退も、王太子妃候補という立場であることによる疲労の蓄積に耐え兼ねて…だったり。」
向こうの方から辞退の話題を出してくれた。誘導する手間が省けた。すかさず私はそれに乗っかる。
「未来の妃であるというのは非常に厳しい道ですからね。しかし正妃最有力候補だったという話も聞きますし、残念ですね」
「…彼女は少々気が弱く、妃に相応しい気丈さを持ち合わせているとは言えない方でしたので。未来の妃の座を降りてしまっても、仕方がないと言えばそうですよね」
“正妃最有力候補”というワードに反応して、パトリシアさんが少し饒舌に返してきた。
「そうかもしれませんが、やはり残念ですよ。殿下は大層悲しんでおられましたし…」
ナターシャ様が正妃最有力候補と言われていたのは、能力や性格がどうという話ではなく、単純に殿下と一番に親しかったから───言葉を選ばずに言うと“殿下に一番好かれていたから”。
レオヴィル殿下はちゃんと四人全員に大きな愛を注いでいたそうだし、それは本当だと思う。
けれど、一方で殿下も人間だから。多少愛情に偏りが生まれてしまうのは仕方がない。
そして、その愛情が偏った先というのがナターシャ様だったわけだ。
「………」
「殿下だけでなく、他の候補者の皆さまも悲しんでいるようでしたね。特にサーニャ様」
「!」
続けてサーニャ様の名前を出してみると、パトリシアさんは少し目を見開く反応を見せる。
「サーニャ様はナターシャ様ととても仲が良かったそうですね。そういえば今日のお茶会でも、ナターシャ様の名前を真っ先に出したのはサーニャ様でした。仲良しのお友達が離れていってしまったのはさぞ悲し…」
「サーニャちゃんは!」
私の言葉を遮って、パトリシアさんが少しだけ大きな声を上げた。私はすぐに口をつぐんで彼女の言葉を聞く。
「…サーニャちゃんは、ただでさえ現役学園生で殿下とお会いする時間が少ないのに、殿下がご贔屓になさるナターシャ様と一緒にいることが多かった。…言い方が悪くなりますがナターシャ様が辞退して下さった今の方が、サーニャちゃんは殿下に目を向けてもらえていると思います。」
「つまり…ナターシャ様の辞退は、王太子妃候補としてのサーニャ様にとっては都合が良いことだったと?」
「…………」
沈黙は肯定。パトリシアさんは私から目を逸らして黙り込んでいた。
「そうですか。───お時間いただきありがとうございました、パトリシアさん。」
「!……はい」
「少しお喋りしすぎてしまったかもしれませんね、すみません。では失礼します。」
引き際かなと思い、私はさっと礼を言って会話を切り上げる。
パトリシアさんは最後に何かを言いかけたけれど、飲み込むように口を結んだ。
それを横目で見ながら、私はその場を後にした。
お茶会に関わっているということは、お茶会の日程や時間を把握しているということ。
把握しているなら…毎回ちょうどお茶会前に行動を起こす、ということだって出来るはず。
担当のパトリシアさん、セルバスさんは言わずもがな関わっている人だから、聞き込み対象だ。
(それから食べ物を用意する料理人、ティーセットを用意する準備役の使用人…)
「ミコ様、お身体の方は大丈夫でしょうか?」
「!セルバスさん」
考え事をしながら歩いていると、対象の一人セルバスさんと出くわした。
「大丈夫です、先日はご迷惑をおかけしました」
「いえいえ、ミコ様がご無事でしたら何よりでございます」
にっこり笑むと、優しそうにしわが目元に刻まれるセルバスさん。
今日も真っ白な髭がイケてる。もうおじいちゃんと言える年齢だと思うけれど、スタイル良く姿勢も良い。絵にかいたような素敵執事だ。
「セルバスさん。お聞きしたいことがあるんですが、いいですか?」
「ええ、もちろんです」
「ナターシャ様が、お茶会に遅刻されたことがあるという話を聞きまして…」
ナターシャ様の遅刻の話を出してもセルバスさんに動揺の色が見られなかったので、直球に聞いてみることにする。
「らしくないように思えますが、案外よくあることだったんですか?」
「そうですねえ。私も意外に思いましたが…しかし、どうも不思議だなとは思っておりまして」
「不思議とは?」
私が促すと、セルバスさんは顎に手を添えて続ける。
「お茶会が始まるよりずっと早い時間にナターシャ様をお見かけするのは、よくあることだったのですよ。しかしそんな日でも彼女はお茶会に遅刻を。」
「見かけてからその後、ナターシャ様が何をしているかとかは…?」
「私は厨房に指示を出したり、ティーセットのセッティング等をテオレアと行っておりますので…候補者の方々が王宮に到着してからお茶会が始まるまでの間のことは、分からないのです」
「…なるほど。すみませんお時間いただいて。ありがとうございます」
私は頭を下げて、セルバスさんと別れる。
(厨房から庭園まで移動して仕事をして…となると、セルバスさんが何か事を起こすのは難しそう)
厨房とテオレアさんからアリバイの証言が取れれば、セルバスさんの無実はかたそうだ。その辺りの聴取はアストラに頼んでおこう。
(ナターシャ様が王宮に到着するのが早いっていうのは、結構いい情報かも…待機中はどこにいるのか、知っている人はいるかしら)
そこまで考えて、ふと思い当たる。
そうだ。ナターシャ様は遅れてくる時、パトリシアさんに連れられて来ていた。
パトリシアさんならナターシャ様の待機場所が分かるかもしれない。
(でもパトリシアさん、私のこと嫌いだからな…)
ちゃんと質問に応じてくれるかは不安だけれど、とにかく尋ねてみよう。
✧
通りすがりの侍女からパトリシアさんの居場所を聞き、やって来たはいいものの。
パトリシアさんは私の姿をみるなり顔を険しいものにして、睨まれたと断言するには微妙な程度で鋭い目を向けてきた。まあいつものことだ。
「何か御用でしょうか?」
彼女の言葉に棘を感じつつ、私はおずおずと口を開く。
「ええと。お茶会の日、もし候補者の方が早く王宮にいらっしゃった場合はどうするのかお聞きしたいのですが」
「何故そんなことを…」
「アストラが知りたがっていたので」
「!」
一応、ある意味、嘘は言ってない。私はアストラに聞き込みを任されたのでギリギリ嘘は言ってない。
私が息をするようにアストラの名前を借りると、パトリシアさんはすぐに反応して渋々といった様子で口を開いた。チョロいものよ。
「……それぞれ客室にお通しします。」
「待機していただく部屋がある、ってことですね。…特に早くいらっしゃることが多かったらしいナターシャ様は、よく待機部屋に通されていたんですかね」
「!…ええ、そうですね。」
パトリシアさんは一瞬はっとしたような顔をしてから、微笑んで答えた。
…微笑んだというより、ただ口角を上げてみせたという感じだろうか。
(…………)
「…それなのに、遅刻が多かったんですよね。何かあったんですかね?」
「さあ…時計を見るのを忘れてしまっていたのでは?もしくは眠ってしまっていたとか。」
「そうですか。そうですね、きっとお忙しいでしょうから疲れていたのかもしれませんね」
「ええ。候補の辞退も、王太子妃候補という立場であることによる疲労の蓄積に耐え兼ねて…だったり。」
向こうの方から辞退の話題を出してくれた。誘導する手間が省けた。すかさず私はそれに乗っかる。
「未来の妃であるというのは非常に厳しい道ですからね。しかし正妃最有力候補だったという話も聞きますし、残念ですね」
「…彼女は少々気が弱く、妃に相応しい気丈さを持ち合わせているとは言えない方でしたので。未来の妃の座を降りてしまっても、仕方がないと言えばそうですよね」
“正妃最有力候補”というワードに反応して、パトリシアさんが少し饒舌に返してきた。
「そうかもしれませんが、やはり残念ですよ。殿下は大層悲しんでおられましたし…」
ナターシャ様が正妃最有力候補と言われていたのは、能力や性格がどうという話ではなく、単純に殿下と一番に親しかったから───言葉を選ばずに言うと“殿下に一番好かれていたから”。
レオヴィル殿下はちゃんと四人全員に大きな愛を注いでいたそうだし、それは本当だと思う。
けれど、一方で殿下も人間だから。多少愛情に偏りが生まれてしまうのは仕方がない。
そして、その愛情が偏った先というのがナターシャ様だったわけだ。
「………」
「殿下だけでなく、他の候補者の皆さまも悲しんでいるようでしたね。特にサーニャ様」
「!」
続けてサーニャ様の名前を出してみると、パトリシアさんは少し目を見開く反応を見せる。
「サーニャ様はナターシャ様ととても仲が良かったそうですね。そういえば今日のお茶会でも、ナターシャ様の名前を真っ先に出したのはサーニャ様でした。仲良しのお友達が離れていってしまったのはさぞ悲し…」
「サーニャちゃんは!」
私の言葉を遮って、パトリシアさんが少しだけ大きな声を上げた。私はすぐに口をつぐんで彼女の言葉を聞く。
「…サーニャちゃんは、ただでさえ現役学園生で殿下とお会いする時間が少ないのに、殿下がご贔屓になさるナターシャ様と一緒にいることが多かった。…言い方が悪くなりますがナターシャ様が辞退して下さった今の方が、サーニャちゃんは殿下に目を向けてもらえていると思います。」
「つまり…ナターシャ様の辞退は、王太子妃候補としてのサーニャ様にとっては都合が良いことだったと?」
「…………」
沈黙は肯定。パトリシアさんは私から目を逸らして黙り込んでいた。
「そうですか。───お時間いただきありがとうございました、パトリシアさん。」
「!……はい」
「少しお喋りしすぎてしまったかもしれませんね、すみません。では失礼します。」
引き際かなと思い、私はさっと礼を言って会話を切り上げる。
パトリシアさんは最後に何かを言いかけたけれど、飲み込むように口を結んだ。
それを横目で見ながら、私はその場を後にした。
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