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第15話:夫婦らしい会話
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「では行きましょうか。」
「すこーし歩いたら帰りますからね」
「ふふ、わかっていますとも。」
「…わかっている顔じゃないですよそれは」
ステラさんが部屋の扉を開ける。
私は少しためらってから、腹を括って足を踏み出す。
まだ数歩しか歩いていないのに、さっそく私を見つけた通りすがりの使用人が声を上げた。
「ミコ様!?とんでもない美人になってるじゃないですか!」
「声が大きい…」
その声を聞き付けて、また別の使用人がなんだなんだとやってくる。
「まあっミコ様!そのお召し物は東のものですか?とってもステキ!」
「…ありがとう、ございます」
歩いて人とすれ違う度、たくさんの反応をもらった。
元々良く接してくれていた人たちは、私を見るなり目を丸くしてべた褒めしてくれる。
あまりにも褒めてもらえるから、調子に乗ってしまいそう。
そう思ったところで、パトリシアさんを筆頭とするミコ・シルヴァートのアンチ勢力に思いっきり睨みつけられて、冷静になるなどする。
「ミコ様、あれは単なる大人げない嫉妬です。無視してしまっていいんですよ」
「案外言いますよねステラさん」
アンチ勢力からささっと逃れてひと息ついたところで、「ミコ様」と呼びかけてきたステラさんが両手を合わせて、にっこり。
含みしかない笑顔だ。嫌な予感がして私は一歩後ずさるが、多分もう手遅れ。
「その姿を一番見せるべきお相手がいますよね?」
「…故郷の…みんな…?」
ステラさんが言っているのは絶対そうじゃないけど、見せるべきという話では間違ってない。
きっと故郷のみんなは今の私の姿を見たら「立派になって…」と涙してくれることだろう。
「それもそうですけど違います。アストラ様ですよ!」
すぐに部屋に戻ろう。
「逃がしません」
「なっ……!」
袖を翻そうとした私の行く手をステラさんが阻む。速い。なんて俊敏な動きだ。着物ではこちらが圧倒的に不利。
「妻であるミコ様がこんなにお綺麗になったんですから、アストラ様もきっとびっくりされますよ」
「服が変わったぐらいじゃアストラは動じませんよ絶対」
「そんなの見せてみなければわかりません!」
「ええ…急にやる気にならないで…」
アストラのことだから褒めてはくれるだろうけれど、眉目秀麗の権化のような彼に「見て見てー」をしに行くのは何よりいっちばん恥ずかしい。
仮に、もし仮に今の私が美しくなれていたとしても、彼は美しい人間など鏡で見慣れているに決まってるわけで。
「ほ、ほら、お仕事の邪魔をしてはいけないですし。なにもこれを着るのが今日きりなわけじゃないんですから、アストラに見せるのはまた明日でも…」
「……ミコ?」
「え」
よく聞き慣れた声に名前を呼ばれた。
私を呼び捨てで呼ぶ男性なんて、ここには一人しかいない。
数秒固まってから、私はぎこちなく振り返って、声の主を視界に捉えた。
「………アストラ…」
なんて間が悪い。こちらが渋っても向こうから来てしまった。
今すぐここから駆け出したくなった衝動を全力でこらえて、姿勢を整えて向き直る。
「…お疲れさまです。」
「ああ…」
「アストラ様、手配し直した和服が届きましたよ。ご覧になってください!ミコ様のこの」
「ステラさん余計なこと言わなくていいですから本当に」
咄嗟に遮ると、ステラさんから不満げな目を向けられたので、バツが悪くて顔を逸らす。
すると、今度はアストラの横についていた使用人の男性と目が合う。この人の名前は…確かウィリスといったはず。
ウィリスさんは私と目が合うと少し赤くなった。一体どうしたのかと思って首をかしげると、彼は完全に顔を蒸気させて目を泳がせる。
女性と目が合っただけで照れてしまうくらいシャイな人なのかもしれない。
可愛いなと思って、からかうつもりでわざとウィリスさんを見つめ続けていると。
アストラが突然私の元まで歩いてきて、私の肩を抱いた。
「!?え、あ…アストラ」
「すまないねウィリス、先に行っててくれるかな」
「…!は…はい」
「この子を借りていくよ、ステラ」
「はい、よろこんで!」
ステラさんは何故か嬉しそうに、居酒屋のような返事でアストラによる私の連行を許可した。
私は急展開に追いつけずアストラに待ったをかけようとした。
しかし悔しくも「おいで」のひと言でやられ、大人しく肩を抱かれて連れられて、自分たちの部屋に入っていく。彼が強すぎるのか私がチョロいのか。難解である。
バタン。
扉が完全に閉まって、二人きりの部屋には静寂が訪れる。
なんとなく向かい合っているけれど、なんて言おう。何を言おう。
「…その」
「驚いた。あんまりにも綺麗なものだから」
「!」
「とても素敵だし、似合ってるよ。けど…なんて言えばいいだろうね」
アストラは私の頬をするりと撫でて、どこか困ったように笑ってみせた。
「他の男が君に見惚れるのは、気に入らないな」
「………」
…その言葉がどういう意味なのか、聞き返そうと思ったのに。
頬が熱くて心臓がうるさくて、いつもとは少し違うような笑顔に目を奪われて、声が出ない。
…でも、何も返さないのは嫌だなと思った。
だから、私の頬に触れているアストラの手に、そっと自分の手を重ねてすり寄せた。
「…!…ミコ」
「……」
アストラは手を退けようとはしなかった。
私が手を離してからもすぐには退けずに、やがてゆっくりと下ろして、私の顔を静かに見つめる。
私たちはしばらく黙っていた。
不思議と、気まずさなどは感じなかった。
「…そろそろ、お仕事…戻らなくていいんですか」
「──ああ。そうだね。」
「…今日も、帰ってくるのは夜遅いですか」
「…いや。今日は早めに戻ってくるよ」
「じゃあ…待っていますね。」
「うん。」
夫婦にしてはぎこちない会話。けれどなんだか心地が良くて、今までの中で、一番夫婦らしく話せたような気がした。
「行ってらっしゃい」
いつものように、そう言って送り出す。
「行ってきます」と笑って応えるアストラは、こころなしか嬉しそうに見える。これもいつものことだった。
「すこーし歩いたら帰りますからね」
「ふふ、わかっていますとも。」
「…わかっている顔じゃないですよそれは」
ステラさんが部屋の扉を開ける。
私は少しためらってから、腹を括って足を踏み出す。
まだ数歩しか歩いていないのに、さっそく私を見つけた通りすがりの使用人が声を上げた。
「ミコ様!?とんでもない美人になってるじゃないですか!」
「声が大きい…」
その声を聞き付けて、また別の使用人がなんだなんだとやってくる。
「まあっミコ様!そのお召し物は東のものですか?とってもステキ!」
「…ありがとう、ございます」
歩いて人とすれ違う度、たくさんの反応をもらった。
元々良く接してくれていた人たちは、私を見るなり目を丸くしてべた褒めしてくれる。
あまりにも褒めてもらえるから、調子に乗ってしまいそう。
そう思ったところで、パトリシアさんを筆頭とするミコ・シルヴァートのアンチ勢力に思いっきり睨みつけられて、冷静になるなどする。
「ミコ様、あれは単なる大人げない嫉妬です。無視してしまっていいんですよ」
「案外言いますよねステラさん」
アンチ勢力からささっと逃れてひと息ついたところで、「ミコ様」と呼びかけてきたステラさんが両手を合わせて、にっこり。
含みしかない笑顔だ。嫌な予感がして私は一歩後ずさるが、多分もう手遅れ。
「その姿を一番見せるべきお相手がいますよね?」
「…故郷の…みんな…?」
ステラさんが言っているのは絶対そうじゃないけど、見せるべきという話では間違ってない。
きっと故郷のみんなは今の私の姿を見たら「立派になって…」と涙してくれることだろう。
「それもそうですけど違います。アストラ様ですよ!」
すぐに部屋に戻ろう。
「逃がしません」
「なっ……!」
袖を翻そうとした私の行く手をステラさんが阻む。速い。なんて俊敏な動きだ。着物ではこちらが圧倒的に不利。
「妻であるミコ様がこんなにお綺麗になったんですから、アストラ様もきっとびっくりされますよ」
「服が変わったぐらいじゃアストラは動じませんよ絶対」
「そんなの見せてみなければわかりません!」
「ええ…急にやる気にならないで…」
アストラのことだから褒めてはくれるだろうけれど、眉目秀麗の権化のような彼に「見て見てー」をしに行くのは何よりいっちばん恥ずかしい。
仮に、もし仮に今の私が美しくなれていたとしても、彼は美しい人間など鏡で見慣れているに決まってるわけで。
「ほ、ほら、お仕事の邪魔をしてはいけないですし。なにもこれを着るのが今日きりなわけじゃないんですから、アストラに見せるのはまた明日でも…」
「……ミコ?」
「え」
よく聞き慣れた声に名前を呼ばれた。
私を呼び捨てで呼ぶ男性なんて、ここには一人しかいない。
数秒固まってから、私はぎこちなく振り返って、声の主を視界に捉えた。
「………アストラ…」
なんて間が悪い。こちらが渋っても向こうから来てしまった。
今すぐここから駆け出したくなった衝動を全力でこらえて、姿勢を整えて向き直る。
「…お疲れさまです。」
「ああ…」
「アストラ様、手配し直した和服が届きましたよ。ご覧になってください!ミコ様のこの」
「ステラさん余計なこと言わなくていいですから本当に」
咄嗟に遮ると、ステラさんから不満げな目を向けられたので、バツが悪くて顔を逸らす。
すると、今度はアストラの横についていた使用人の男性と目が合う。この人の名前は…確かウィリスといったはず。
ウィリスさんは私と目が合うと少し赤くなった。一体どうしたのかと思って首をかしげると、彼は完全に顔を蒸気させて目を泳がせる。
女性と目が合っただけで照れてしまうくらいシャイな人なのかもしれない。
可愛いなと思って、からかうつもりでわざとウィリスさんを見つめ続けていると。
アストラが突然私の元まで歩いてきて、私の肩を抱いた。
「!?え、あ…アストラ」
「すまないねウィリス、先に行っててくれるかな」
「…!は…はい」
「この子を借りていくよ、ステラ」
「はい、よろこんで!」
ステラさんは何故か嬉しそうに、居酒屋のような返事でアストラによる私の連行を許可した。
私は急展開に追いつけずアストラに待ったをかけようとした。
しかし悔しくも「おいで」のひと言でやられ、大人しく肩を抱かれて連れられて、自分たちの部屋に入っていく。彼が強すぎるのか私がチョロいのか。難解である。
バタン。
扉が完全に閉まって、二人きりの部屋には静寂が訪れる。
なんとなく向かい合っているけれど、なんて言おう。何を言おう。
「…その」
「驚いた。あんまりにも綺麗なものだから」
「!」
「とても素敵だし、似合ってるよ。けど…なんて言えばいいだろうね」
アストラは私の頬をするりと撫でて、どこか困ったように笑ってみせた。
「他の男が君に見惚れるのは、気に入らないな」
「………」
…その言葉がどういう意味なのか、聞き返そうと思ったのに。
頬が熱くて心臓がうるさくて、いつもとは少し違うような笑顔に目を奪われて、声が出ない。
…でも、何も返さないのは嫌だなと思った。
だから、私の頬に触れているアストラの手に、そっと自分の手を重ねてすり寄せた。
「…!…ミコ」
「……」
アストラは手を退けようとはしなかった。
私が手を離してからもすぐには退けずに、やがてゆっくりと下ろして、私の顔を静かに見つめる。
私たちはしばらく黙っていた。
不思議と、気まずさなどは感じなかった。
「…そろそろ、お仕事…戻らなくていいんですか」
「──ああ。そうだね。」
「…今日も、帰ってくるのは夜遅いですか」
「…いや。今日は早めに戻ってくるよ」
「じゃあ…待っていますね。」
「うん。」
夫婦にしてはぎこちない会話。けれどなんだか心地が良くて、今までの中で、一番夫婦らしく話せたような気がした。
「行ってらっしゃい」
いつものように、そう言って送り出す。
「行ってきます」と笑って応えるアストラは、こころなしか嬉しそうに見える。これもいつものことだった。
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