紅い瞳の魔女

タニマリ

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儀式

終焉

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体を六分割に切断されたツクモがムクリと起き上がり、関節をコキコキと鳴らしながら歩いてきた。
服がボロボロで血塗れなのが惨劇の凄まじさを物語っている……

「すっげえ痛かった~。シャオンてよくあんな無表情で俺の体をスパッと切れるよなあ?」
「ツクモが遠慮なくやれって言ったんだろ?!」

いくら超再生能力で直ぐにくっ付くからといっても怖くて躊躇《ちゅうちょ》していた僕に、目配せでヤレと圧をかけてきたのはツクモの方だ。
出来ることならこんなスプラッターなことはやりたくなかった……
しばらくはお肉が食べれそうにない。


まほろばが愕然とした顔で僕達のやり取りを見ていた。


「……どういうことだ?操られていたんじゃないのか?!」
「条件を満たしてないんだから僕を操られるわけがないだろ?」


ツクモが練った本物の策はただ一つ……
僕が操られた振りをしてまほろばに首輪を外させ、目障りな赤い玉を破壊することだった。

最初にした二つの策がまほろばに通じないことは分かっていた。
まほろばにもうこちらに手はないと思わせて油断させるために、あえて失敗してみせたのだ。


でもこの策には問題点があった。
赤い玉は魔女の魔力を封じる以外にも、この島を守ったように魔女から受ける魔法を無にしてしまう力もあった。

なにか別に、玉を破壊出来るような強力な武器が必要だった──────……



「まほろばが剣を用意してくれて助かったよ。おかげで玉をぶち壊せた。礼を言う。」



ツクモから筋違いな感謝をされてまほろばの体はわなわなと震えた。
納得がいかないとばかりに僕の方を睨んできた。


「心が折られてなかったって言うのか?なぜだっ!リハンを殺したのはシャオンなんだぞ?!」

「嘘を言うな。ツクモの言う通り、おまえの言うことは全部デタラメだ。」





───────あの日………

母は……トムのことを魔法によって跡形もなく吹き飛ばした。
少しでも痕跡を残してしまえば烈士団に足取りを知られてしまう。
こうするしか…仕方がなかったのだ……

湖畔の浮島の上で、自責の念に駆られ母は泣き崩れていた。
そんな母に向かって、後ろから冷たい氷の矢が無数に放たれた。
全くの無防備だった母はその卑劣な攻撃により、体に致命傷を負ってしまい倒れたのだ。


その瞬間を見てしまった僕は…動かなくなった母に向かって泣きながら何度も叫んだ。
そしてまほろばが僕に声をかけてきたんだ。


薄れゆく意識の中でそれに気付いた母は立ち上がり、最後の力を振り絞ってまほろばに特大のデンデを放った。



僕を救うために─────────……





「母を殺したのは僕じゃない。まほろば……おまえだ。」





母は僕を助けたあとに完全に力尽きてしまった。

その最後に残った魔力を使えば、母は自分に治癒魔法をかけて生き延びることが出来たんじゃないだろうか……



僕があの場にいたから母は自分のことよりも僕を優先せざるを得なくなった。

僕が母の言う通りにトンネルを引き返さずに目的地で待っていたら母は死ぬことはなかった。

僕が母の言いつけを守らなかったから母は死んだ。




そんなことばかりを考えて耐えきれなくなった僕は、記憶を途中で封印してしまったんだ。

ただ母に申し訳なくて………






でも……

今ならわかる。




母は僕を守るためだったから、死ぬ直前にあれだけの威力の魔法を出すことが出来たんだ。





僕は愛されていた。

母から凄く……愛されていたんだ──────……












ツクモが遠くに転がっていた十字架を拾ってきてくれた。


「母親の敵を討ってやれ。」


遂に訪れたこの瞬間───────……

あの日からずっと…一人ぼっちになった僕の生きる支えとなっていたのは、母を殺した相手をこの手で討ち取ることだった。
ツクモから受け取った十字架にズシリとした重さを感じた。
その切っ先を……まほろばへと静かに向けた。


まほろばは特に慌てる様子はなく、涼し気な表情で腕を組んでいた。


「赤い玉が破壊出来たからなんだ?私が強いことに変わりはない。残念だが…シャオンでは私を殺すなんて無理だよ。」


悔しいがまほろばの言う通りだ。
まほろばの心臓の中心を正確に貫くだなんて……今の僕では射程圏内に入ることさえ不可能だろう。

十字架を手の平に浮かび上がらせてそのまま空へと飛ばした。
空気を切る甲高い音を鳴らし、十字架はあっという間に遥か上空へと飛んでいった。

「空からの遠隔操作で狙うつもりか?近距離で刺し合うよりはまだ確率が高いと思っているんだろうが……」
まほろばはやれやれといった感じでため息をついた。


「あの十字架にはツクモの匂いが付いている。どこからどんなスピードで来ようが避けるなんて容易い。いい加減ムダなことは止めろ。」


ツクモがこの十字架を渡してくれた時、小声で僕にデカントをしろと呟いた。
デカントとは単一の物質で単純な形態のみに使うことが出来る拡大魔法だ。
空に漂う雲を押しのけながら、巨大な銀色の陰が広がっていく……
異常を察して空を見上げたまほろばは、そのあまりの光景に絶句した。
ようやく訪れたこのチャンスを……逃したりはしない。



「避けきれるのなら避けてみろ。」



山のように巨大な十字架が、まほろば目掛けて音を立てながら落ちてきた。



「まほろば…おまえは誰かのことを必死で守ろうとしたことがあるか?」



なぜまほろばではなくツクモが長に選ばれたのかが僕には分かる。
強さで言えばまほろばの方が長には相応しいのだろう……
でも、魔法を上手く扱えることだけが強さなんかじゃない。
相手を思いやる心──────……
その思いこそが、本当の意味での強さを手に入れることに繋がるんだ。




「おまえの強さは偽りだ。そんな薄っぺらい器では、最初から上に立つ資格なんて無かったんだ。」




まほろばは歯を食いしばりながら悔しそうに僕を睨んだ。





「あの世で母に詫びろ。」





巨大な十字架はまほろばの体を押しつぶし、地面を激しく揺さぶりながら地中深くに突き刺さっていった。









───────終わった…………







頬には涙が伝っていた。
これは…なんの涙なんだろう……

やっと母の敵討ちが出来たことへの嬉し涙なのだろうか……
それとも、長年の苦労が報われてホッとした……?
まさか、悲しいとでもいうのだろうか……


「やったな。シャオン。」


いや、そうじゃないか……

一人じゃとても無理だった。
ツクモがいたから……
成し遂げることが出来たんだ───────




「……ありがとう…ツクモ。」



 
これは…ツクモに対する感謝の涙だ。
こんな涙や言葉では、ツクモへの溢れる思いをとても伝えきれない……

「……ツクモ、僕は……」

言葉に詰まってボロボロと流れる涙を、ツクモが指先でそっと…拭ってくれた。


「俺のクソ兄貴が迷惑かけた。本当に申し訳ない……まほろばのことは嫌いだろうけど、俺のことまで嫌いになんなよ?」


ツクモがおどけた表情で言うもんだから笑ってしまった。
ツクモのことを嫌いになんかなれるわけがないのに。
声を上げて笑ったらなんだかスッキリとしてきた。
ずっと続いていた悪夢からようやく目覚め…清々しい朝を迎えたような、ふわふわとした気持ちの良い気分だった。


「もう終わったんだから、これからはシャオンもいろんなことして楽しめよ。」


終わった……?
そう終わった。敵討ちに関しては──────

でもまだ、大事なことが解決していない。


「ツクモ、話があるんだが……」
「くそっ……!」


ツクモが舌打ちをして周りを見回した。
今の騒ぎで気付かれたのだろう……烈士団員達が続々と集まってきていたのだ。
物凄い数だ───────……




「しつこい奴らだな。逃げんぞシャオン。」
「ツクモすまない。僕は……」

ツクモが繋いできた手を僕は解いた。
すぐそばまできていたジョーカーの姿を見つけ、彼にも聞こえるようにツクモに話した。


「僕は自分の記憶を蘇らせるために烈士団に協力してもらおうと思っている。」


魔女にしか出来ないことがある──────……

世界を救うだなんて大それたことをしたいわけじゃない。
ただ…子供達が苦しみながら死んでいったあの残酷な儀式だけは二度と繰り返したくなかった。
魔女が生きている限り烈士団は何度でも繰り返すだろう……
それならば、記憶を戻した状態で特殊能力を使い、犠牲を出さずに魔力を授けてあげたい。
二千年前、特殊能力を使い適合者にだけに血を与えた魔女と同じように─────……

僕はツクモに、始まりの儀式によって七人の子供の尊い命が失われてしまったのだと話した。


「シャオン分かってんのか?特殊能力を使えば魔女は死ぬんだぞ?」
「ツクモのおかげで僕は目的を果たすことが出来た。これで死んだとしても悔いはない。」


僕を見つめるツクモは、怒りとも悲しみとも取れる唖然とした表情で言葉を失ってしまった。
ジョーカーが確かめるように問いただしてきた。


「記憶を呼び戻すためなら拷問のような仕打ちもいとわないが、耐えれるんだろうなあ?」
「ああ…煮るなり焼くなり好きにしろ。」


ジョーカーも本音では子供の命を犠牲にしたくはないはずだ。
自分の生い立ちをわざわざ明かしのは、僕からの協力を仰ぎたかったからなのだろう……



「その代わり約束してくれ。ツクモには金輪際手は出さないと。」



ツクモとならばこの烈士団に囲まれた難局からも逃げ遂せることが出来るだろう。

でも、その先は………?

翡翠のペンダントの力がが無いと僕は男には戻れない。
この魔女の姿ではどこに紛れようがどうしても目立ってしまう……

母はいつも疲れた表情をしていた。
毎日24時間365日……烈士団からのしつような追撃に気を休める暇なんてなかったからだ。
ツクモにはそんな思いをさせたくない……


ツクモは僕のことを守ってくれた。
今度は僕がツクモを守る番だ───────……



「俺はシャオンを連れ戻すために来たんだ。そんな交換条件、冗談じゃねえ!!」
「僕は戻る気などない。もう決めたんだ。」


ツクモと過ごしたこの一年は本当に楽しかった。
初めてツクモに会った時はなんて失礼な奴だと思った。
同じクラスで同じルームメイトと知った時は、これから三年間サイアクだと思った。

一人でいることなんて平気だったのに、今ではツクモがいない生活なんて考えられない。
いつの間に…僕の中でツクモの存在がこんなにも大きくなっていたんだろう……
叶うことなら三年間…ツクモとこのまま学校生活を過ごして一緒に卒業したかった。

でももう…ここでお別れだ。

「ツクモ……元気で。」
「待てよっまだ俺は全然納得なんかしてないっ!」

ツクモが生きてさえいてくれたらそれでいい……
僕はツクモから離れ、ジョーカーの元へと歩み寄った。


「いつもいつも……ちっとも俺の言うこと聞きやがらねえ…どんだけ自分勝手に育てられてんだてめえは?!」


このツクモの言葉に少しカチンときた。
もしかして今…母の育て方について文句を言ったのか……?
そうだとしたら聞き捨てならないっ。
歩みを止め、くるっとツクモの方へと向き直った。


「母はとても厳しく僕を育ててくれた。ツクモに僕の性格についてとやかく言われる筋合いはない。」
「はあっ?ガッチガチの石頭なこと気付いてねえのかよ?こんだけ人の意見聞かねえ娘に育てるなんて俺はどうかと思うけどな!!」


だったら僕にどうしろと言うんだ?
僕だって…悩みに悩んだんだ。
どうすればみんなにとって一番最善な道を選べるんだろうって……
それを、母の子育てが失敗したみたいに…言っていいことと悪いことがある!
ちょっと……いや、かなり頭にきた!!


「俺は散々シャオンのことを好きだ好きだって言ってんだから、これからは俺のためだけに生きろよ!」
「なんでツクモのためだけに生きなくちゃいけないんだ!そんなの断るに決まってるだろ!!」

「ここは素直にウンてうなづいて抱きしめ合う感動のラストシーンなんだよっ!空気ぐらい読め!!」
「ツクモは一度でも僕に真剣に好きだと言ったことがあったか?!他の女の子にも平気でデレデレするくせにっ……本気度が全然伝わってこない!!」

「そんなもんシャオンが鈍すぎなだけだろ?!誰がろくに好きでもない女に何回も命張るか!!」
「僕は鈍くなんかない!いつもいつも肝心な時にはぐらかしてきたのはツクモじゃないかっ!!」

「夜景の見えるレストランでワイン片手に好きだって言ったら信用すんのかよ?!じゃあ今から俺とデートしろっ!連れてってやらあ!!」
「そんなデリカシーのない誘い方をするなんてバカなのか?!そういうところがダメだって言ってるんだ!!」

「俺の目の前でまほろばなんかとキスしやがって!ファーストキスは俺にくれる約束だっただろーが!!」
「あれはツクモが考えた策だろ!それにっそんな約束をした覚えなど一切ないっ!!」












─────俺は一体なにを見せられてるんだ?


「どうされますか?ジョーカー総長……」

それはこっちが聞きたい……
二人の言い合いが収まるのをこのまま待てばいいのか?
それとも仲裁に入るべきなのか?
そもそも他人の痴話喧嘩をこんな大勢でガン見してても良いものなのか?
訳が分からなくなってきた……



「シャオンは無防備過ぎるんだっ!何度俺が襲いそうになったのを必死で堪えてきたと思ってんだ?!」
「それは僕のせいじゃないだろ!ツクモがスケベな目で見るからだっ!このどスケベ野郎!!」



しっかしよくもまあ、こんな危機的状況の中でこんな馬鹿げたことを……
あまりの場違いさに腹の底がふつふつとこしょばくなってきた。

「クレイジー過ぎだろ。あいつらおっもしれーっ!」
「総長…笑っておられる場合では……」



腹を抱えて笑っていたら、周りにいた団員達が慌てたように後ろを振り向いて最敬礼のお辞儀をし出した。

「なんだてめえら…俺にケツを向けてんじゃ……」

………って。
 群衆の間から一人の老婆が現れた。


「おもしろいでしょあの子達。仲が良いくせにケンカばっかりするのよ。」


なっ……なぜこの方がこんなところにっ?!
心臓がドクンと飛び跳ねるのを感じつつ、片膝をついて頭を下げた。
歴代総長の中で彼女の力は群を抜いていた。
噂通り…優雅な物腰なのに、威圧感が半端ない。

お目にかかるのはこれが初めてだった。













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