紅い瞳の魔女

タニマリ

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儀式

約束の行方

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僕が記憶を取り戻し、特殊能力を使って再び人間に魔力を与えることが出来たら全ては丸く収まるのだろうか……

例えそう出来たとしても、人間と魔物との間にある溝は埋まらない。
これからも烈士団は魔物と分かれば容赦なく殺すのだろうし、魔物だってそんな人間には敵意しか抱かない……


歴史は繰り返されるだけだ。


だからといって今の僕になにか出来るわけじゃないし、他の是正案を思い付けるわけでもない。




僕はただ…母を殺した犯人を見つけて敵討ちをしたかっただけなのに──────……




とっくに消えてしまったお香をぼんやりと見つめていると、虚しさが込み上げてきた。








──────ツクモ…………





僕はどうしたらいい?

どうして……僕の側に居ないんだ………









廊下にいた見張りがうめき声を出して倒れる音が微かに聞こえてきた。
誰かが部屋の扉を開けて入ってきた気配を感じ、ツクモが助けに来てくれたのだと思ったのだが……
垂れ下がる布に浮かび上がる影を見て、その希望はあっさりと打ち砕かれた。
このシルエットはまさか……
まだ気だるさが残る体を無理やり動かし、座っていた椅子の後ろに身を隠した。

「ジョーカーも不用心だな。あんな弱い団員共に警護を任せてるんだから。」

間違いない。この声はまほろばだ……
この首にある玉のせいで魔法は使えないし、煙がまだ効いているせいで体も思うように動かせない。
息を殺して隠れるしかない僕の方へとまほろばは真っ直ぐに歩いてきた。

「見つけた。」

上から覗き込んできたまほろばがコバルトブルーの瞳を細めて爽やかに微笑むと、口に生えている牙が見えた。
怪しげに艷めく、二本の白く尖った牙………



この光景……前にもどこかで─────……




「シャオン助けに来たよ。怪我はないかい?」

優しく気遣う素振りが白々しかった。
僕がまほろばに対して明らかに怯えているのが分かってるくせに、気にも留めていない様子だ。


「まほろば……なぜあの時、あの場所にいた?」


わずかに残っていた記憶……
母が殺されたあの日、無惨な母の姿を見て一人で泣いていた僕に近寄ってきた人物がいた。
トムの記憶の影に隠れていたもう一人の人物……


「なんのことかな?」
「とぼけるな。今はっきりと思い出した。」


まほろばから少しでも離れようと、座った姿勢のままで後ろにずり下がった。
まほろばがあの場にいたのなら、ずっと胸に引っかかっていたことにも納得がいく……

母はトムに対して心を許していた。
僕には素っ気なく昔の知り合いだとか言ったけれど、それ以上の感情を抱いていることは幼い僕にも伝わってきた。
トムも、久しぶりに母と会えてとても嬉しそうだった。
あの時の二人には、嘘偽りなどなにもなかったはずだ。

なのにっ……─────────



「トムのことも…おまえが操っていたのか……?」



まほろばがまた爽やかに微笑んだ。
心臓が激しく波打つ……
まほろばの答えを聞くのが恐ろしかった。




「ざ~んねんっ。とうとうバレちゃったか。」




まほろばはあっさりと認めた。
イタズラが見つかってしまった子供みたいに、無邪気な言い方で……


──────信じられない……──────


僕がずっと追っていた男は本当の敵討ちの相手ではなかった。
今目の前にいるこの男こそ、本当に倒さなければならない相手だったのだ。




「リハンは人間にしては強かったからね。正当法でいくにはリスクが大きすぎた。」

なのに僕は、そんなことも知らずにこの男を信用し、助けてくれたことに対してお礼まで言っていた。

「トムとは10年前に偶然会ったんだ。私が本部の人間だと知ってリハンのことを聞いてきたんだよ。魔法学校時代の同級生だったらしい。二人の親しかった関係を聞いて、これは使えると思った。」

あれもこれも…親切心を装って本部に連れてきてくれたことも全部、僕を欺くための演技だったんだ。
自分の愚かさに、つくづく腹が立つっ……!

項垂れる僕の周りをまほろばは、弾むように歩きながら喋り続けた。

「急に音信不通になった彼女を心配して探していたら烈士団の存在を知り、入団してきたんだって。彼は僕のことを信用してリハンとの思い出話をたくさんしてきたよ。聞きたい?」

まほろばは僕の前でぴたりと止まり、顔を近付けてきた。


「でもこの話は長くなるから、今度お茶でも飲んだ時にゆっくりと教えてあげる。」


お茶、だと……?
人のことをバカにしている。
僕の反応を楽しむかのようにまほろばはクスクスと肩を揺らした。


「しかし傑作だったなー。リハンもトムが操られていると分かったんだろうね。今のシャオンみたいに泣きそうな顔をしながら戦っていたよ。」
「………貴様っ!!」
こんな奴に僕の母は殺されたのか?
悲しみと怒りと絶望と苦しみが一気に胸に押し寄せてきた。


「なんでそんな酷いことをっ……なぜ母を殺したんだ?!」


まほろばの顔からスっと笑みが消え失せ、立ち上がれない僕の前に片膝を立てて腰を下ろした。



「……君だよ、シャオン。」



まほろばの真剣な目が、僕を射抜くように鋭く光った。



「魔女の力を手に入れるのに邪魔だったから殺した。あの時はあと一歩のところで逃してしまったが、次にチャンスが訪れた時は必ず我が物にしようと画策していた。」

10年前母が死に、幼い僕が一人でどうやってまほろばから逃れられたかの記憶がまるでない。
あの日からまほろばはずっと狙っていたんだ。次こそは逃がすまいと……
そのヘビのような執拗さに虫唾が走った。

「成長した君を見て直ぐに分かった。この魔女の美しさは隠せるものじゃないね……」

まほろばは僕のあごを指で引き上げると、首を傾けて唇を近付けてきた。
「何をするっ?なんのつもりだ?!」
両手でまほろばの体を押して必死に抵抗した。


「君の気持ちも、私のものにしようと思っている。」


一瞬なにを言われているのかが理解出来なかった。
大好きだった母をその手で奪っておいて言うセリフとは到底思えない。
こいつは頭がおかしいのかっ……?!

「誰がおまえなんかを好きになるか!僕から離れろっ!!」
「なるよ…だって私は心さえ操れるのだから。二人でこの世界の王になろう。」


……この世界の、王だって?


僕を見つめるまほろばの目には迷いなど微塵も無かった。
そんな荒唐無稽《こうとうむけい》なことを本気で言っているのか……?
だとしたら、狂っているとしか言い様がない。


「手始めに、千年前にかけた境目を解いてもらう。魔女であるシャオンになら出来るはずだ。」
「そんなことをしたらあちらの世界の魔物達に人間が滅ぼされてしまう!」

まほろばは頷きながら涼しげに微笑んだ。

まさかそれが狙いなのか……?
こんな奴に操られてそんなことをさせられるだなんて冗談じゃない!
ドラキュラの特殊能力……
相手を操るには唇を噛んで血を吸うだけじゃダメだと言っていた。


「操るには条件が必要なんだろ?」


確かややこしい条件があって時間もかかったはずだ。
それを満たしさえしなければ、ヴァンパイアの特殊能力など恐れる必要はない。

「ああ、条件なら二つある。ひとつは相手の魔力を使わすか奪うかして空っぽの状態にするんだ。」
まほろばは僕の首にある赤く揺らめく玉を人差し指でくるっと撫でた。

「やっとお目にかかれたよ…地下にある厳重警備な保管庫には近付くことさえ出来なかったからね。地上に出てくる機会をずっと伺っていた。魔女の壮大な魔力を空っぽにするなんて、普通じゃ出来ない。」

まほろばが危険を侵してまで烈士団本部の団員をしていたのはこの玉のため……?
この玉の前では僕の魔力はゼロの状態だ。無理に首輪を外そうとすれば爆発する……

「その首輪のカギなら入手済みだ。こんな物騒なものはキスをした後にちゃんと外してあげるからね。」

青ざめる僕を、まほろばは目を細めながら愛おしそうに見つめた。


「もうひとつは相手の心を折るんだ。」


……心を、折るって?
言っている意味が分からない……

「ひどく怖がらせるとか悲しませるとか、やり方はいくらでもある。でももう、シャオンの心は折れてしまっているよね?」

まほろばは人差し指を僕の胸に押し当てて耳元でささやいた。



「愛する人が目の前で死んでしまったんだから。」




………ツクモ───────……


ツクモの体が枯れていく光景が鮮明に浮かんだ。



「……死んでない。」
「いや、死んだ。」

「死んでない!」
「いいや、死んだんだ。」


あのツクモが死ぬわけない。 僕を一人残して死ぬわけないっ……
今も、きっとどこかで生きてる!

「今まで銀の十字架を胸に刺されて死ななかったヴァンパイアなどいない。」

だって約束したんだ。
僕を残してどこかに行くようなこと、もう二度としないって………

「シャオンだって本当は分かってるんだろ?死んだって認めたくないだけだ。」
嫌だっ、聞きたくない!!
僕はまほろばの言葉をさえぎるように首を左右に振って全否定した。



「じゃあなぜ泣く?」



僕の目からは……

ボロボロと、絶望の涙がこぼれ落ちてていた……






約束……


……したのに────────……







銀の十字架で心臓を貫かれたツクモは、瞬く間に水分が抜けてカラカラに干からびてしまった。
今までとは明らかに違う、命が途絶えていくツクモの衝撃的な姿を目の当たりにし、僕は為《な》す術もなく気を失ってしまった。



死んだ……

ツクモが……死んだ────────……





「いいねえその顔。綺麗な顔が悲痛に歪んだ表情をするのってすごくそそるよ。死んだツクモにも見せてやりたかったなあ。」


まほろばが小馬鹿にしたようにクスクスと笑った。
こいつの言動にはいちいち吐き気がするっ……

いつもの僕なら特大のデンデを食らわして一泡吹かせてやれるのに……
魔法も使えず、走って逃げることもままならず…ただ、黙って睨みつけることしか出来ない。
その目からも悔しくて涙がこぼれた。

今の僕はあまりにも無力だ……


「もう諦めて素直に受け入れろ。無駄に痛い思いはしたくないだろ?」


まほろばが、再び僕のあごを引き上げた。
もう……抵抗する気力もわかない………




「大丈夫。私が死ぬまでずっと、可愛がってあげるから……」




二人の唇が重ね合おうとした
まさにその時だった……


天窓のガラスが勢い良く砕け散る音がして、急降下してきた黒い影がまほろばの体を突き飛ばした。
大量になだれ込んできたそれは、またたく間に広い部屋を真っ黒に埋め尽くした。
バタバタと激しく飛び回っている……それは、今まで見たのとは比べものにならないほどの物凄い数のコウモリだった。

黒く渦巻く隙間を縫い、僕に向かって真っ直ぐに伸びてくる手が見えた。






「シャオン!!手を上に伸ばせっ!」







ピンクの髪をなびかせたその姿はまぎれもなく……



「……遅いぞ…バカ……」



……ツクモだった───────……





ちゃんと、約束を守ってくれた──────








「なんで貴様が生きているんだ?!」


まほろばはツクモの姿を見て目を見開きながら叫んだ。

「てめえはこれと遊んでろ。」

ツクモが指にはめていた指輪をまほろばに向かって投げつけると、目の前で破裂して白いパウダーが飛び出してきた。
モロに食らったまほろばは顔を抑えてもがき苦しんだ。
この独特の臭い匂いは…ニンニク?
ニンニクはヴァンパイアの弱点の内の一つだ。

僕が伸ばした手をツクモはしっかりと掴み、コウモリの上へと引き上げた。




「待たせて悪かった。ひとりでよく頑張ったな。」




……ツクモ………



ツクモは子供を褒めるみたいに僕の頭をクシャクシャと撫でると、今度は息苦しいくらいに強く抱きしめてきた。







みんな…魔女である僕を恐れたり、利用しようとしたりしてくる。





でもツクモは違う……





一人の女の子として


僕を、守ろうとしてくれるんだ───────……













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