紅い瞳の魔女

タニマリ

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儀式

ワガママで良い

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……違う……
この人もこの人も、この人も…違う………


中肉中背。
髪も目の色もありふれたダークブラウン。
目はパッチリと大きいわけではないが小さいというほどでもない。
鼻も高くもなく低くもなく…口だってなんの特徴もない。
つまり、どこにでも居そうな平凡な男だった。

昔の知り合いというのもあったのだろうけれど、そんな大それたことなんて絶対しそうにないタイプだった。


だからこそあの母が油断してしまったんだ──────





烈士団員全員が魔女が潜む洞窟のある石灰岩地帯を取り囲むようにして待機していた。
夜明けの合図と共に魔女狩りは始まる……
僕は限られた時間の中でその一帯を密かに飛び回っていた。
露岩が隆起する暗闇の中を、目を凝らしながら一人一人の顔を確認していくのは思ったよりも神経が擦り減る。
まだ、四分の一ほどだろうか……
立ち止まってふと空を見上げると、雲の隙間からまあるい月が顔を出した。

あの日と同じ満月の夜だ──────……

まさか10年前のあの光景を再び突きつけられるとは思いもしなかった。
スクリーンに映し出された母の姿が満月と重なり、頭の中の消したい記憶が鮮明に蘇る……


泣きながら母の姿を求めて森の中をさ迷い歩いていた。
木々の合間から漏れる月明かりだけでは暗くて……根っこに何度も足をとられては転んでしまった。
膝も腕も、身体中が痛くて痛くて……
それでも母に会いたくて、押しつぶされそうになる心を懸命に奮い立たせて探し続けた。
でも、幼い僕が見つけたのは─────……

胸の鼓動が速くなり、息が苦しくなったきた。


こんなところで立ち止まっている場合じゃないのに……




「誰かと思ったら美人の兄ちゃんじゃねえか。なんだ、本部からの見回りか?」


岩肌に反り立つ木々に寄りかかりながら歩いていると、昨日のBARで会った男が立ちションをしているところに出くわしてしまった。
モロに見てしまった…サイアクだ……

「ピンク頭の兄ちゃんには会えたか?べっぴんなのも大変だなあ兄ちゃん!」
なぜか背中をバンバン叩かれた。

名前はダンカンと言うらしく、脅かして悪かったなあと謝ってくれた。
長年支部長をしているから顔が広く、近隣の支部の団員のことも全員知っているのだという……
それならばと思いトムのことを聞いてみた。

「そういやそんな名前の団員なら隣の支部に居たなあ。兄ちゃんが言うように見た目は普っ通~の男だったぜ。」
「本当ですか?!会わせて下さいっ!!」

「いや、居たのは10年ほど前だ。変わった奴でさあ、女を探しに烈士団に入ったんだとか抜かしてたから覚えてたんだ。」

女?女って……
しかも10年前。もしかして母のことなのだろうか……

「入って直ぐに本部に引き抜かれたんだ。真面目で骨のある奴だったからそいつの支部長がえらく残念がってたんだよなあ。」
「本部に、ですか?」

本部に今も居るのならまほろばが知っているはずだ。
既に辞めてしまったのだろうか……
それとも──────……


「あの、そのトムという男は他にもなにかっ……」


近くの茂みから眩い光のあとにけたたましい爆発音が鳴り響いた。
偽魔女に動きでもあったのだろうか……
俺の支部がいる場所からだと言って慌てて戻ろうとするダンカンに付いて行った。





20人ほどの団員が一人の男を拘束していた。
捕らえられていたのはあのBARでダンカンと絡んできたもう一人の方だった。

「おまえら仲間になにやってんだ?!」
「こいつがいきなり攻撃してきたんです!!」

何人かが負傷して地面に倒れていた。酷い出血だ……
ダンカンが理由を男に問いかけても、虚ろな目をしたままずっと殺す殺すとうわ言のように繰り返している。
負傷者を治療していると、今度は別の団員が魔法を出して周りを無差別に攻撃し始めた。
遠くからも複数の攻撃音と共に悲鳴が聞こえてきた……
あちこちで同じようなことが起こっているようだった。

「おいみんな落ち着け!無闇に魔法を使うなっ!!」

ダンカンの静止も聞かずにみんながパニックに陥っていた。
僕のすぐ背後で巨大な魔法が放たれ、その爆風により吹き飛ばされてしまった。


「大丈夫か…兄ちゃんっ。」


岩に叩きつけられる寸前、ダンカンが身を呈して守ってくれた。

「ダンカンさんの方こそケガはっ?」
「大丈夫だ。でもおっちゃんちょっとぎっくり腰。アイタタた。」
腰を痛めてしまったダンカンはしばらく動けそうにない。
安全な場所へと移動させるために肩を貸した。

「なにが起こっているんでしょうか?」
「どうやら何人か操られているようだな。魔女の仕業かもな。さすが最強の魔物…一筋縄じゃいかない相手だ。」

誰が操られているかなんて分からない。
団員達はいきなり豹変する仲間から身を守るために撃ち合いとなり、静かだった一帯が一気に戦場と化してしまった。



一人の体格の良い女の団員が、僕達の行方を遮るように降り立った。
右手に炎の剣、左手に氷の剣を持って殺気立っている……

「兄ちゃん逃げろっ!この女はヤバい。武闘派ですっげえ強いんだ、殺される!!」

ダンカンは僕を突き飛ばすと、土流魔法の土玉を出して女に放った。
女は炎の剣で軽くそれを真っ二つにし、そのままダンカンを切りつけてきた。
ダンカンは土の壁を創って剣を防いだ。
でも腰が痛くて踏ん張りが効かないのか、体制を崩すと土壁もサラサラと崩れだした。

「ダンカンさん危ないっ!!」

僕は自分に防御魔法のシールドをかけ、ダンカンが切られる直前に間に入りこんでなんとか守った。
「兄ちゃん無茶すんな!!」
剣がめり込んだシールドはメキメキと音を立てて今にも壊されそうだった。
このままでは二人とも真っ二つにされてしまう……

迷っている暇はない──────……

僕はペンダントに手をかけて変身を解いた。
魔女になったとたんに魔力が倍増したシールドはみるみる分厚くなり、剣を押し返して女ごと弾き飛ばした。

「えっ、兄ちゃん?えっ、えっ?!」

ダンカンが僕の赤い瞳を見て混乱してしまっているが説明している余裕などない。
女は剣を槍のように構えてスクリューのように突っ込んできた。
僕はギリギリのところで身を交わし、すれ違う瞬間に手の平に溜めた微量の電流を女の頭に流し込んだ。
女はそのままガクンと膝を落とすと気絶した。
良かった…分量を間違えたら殺してしまうところだった。

「ダンカンさん、大丈夫ですか?」

僕が近付くとダンカンは地面に座ったまま後ずさりをした。
怯えたように見えるのは気のせいなんかじゃない……
ダンカンは手足をばたつかせながら大声で騒ぎ始めた。


「お、おい誰かっ!ここに魔女がいるぞ!助けてくれえっ!」


僕が魔女だと分かったら、こんなにも態度が変わってしまうんだ……
心のどこかでダンカンにはバレても大丈夫なんじゃないかと甘く考えていた。
人間の魔女に対する認識をそう簡単には変えられるものじゃない。
助けてと怯えながら騒ぐこの姿こそが現実なんだ。

僕は……
極悪非道な魔物なんかじゃないのに……


その場を去ろうとしたのだが一足遅かったようで、駆けつけてきた団員達に取り囲まれてしまった。
今さら男の姿には戻れない。
でも魔女のままで戦っては今度こそ殺してしまうかも知れない……


烈士団なんて、非道な人間の集まりだと思っていた。
でも彼らにとっては……


僕の方こそが、悪なんだ─────────……





突然、みんなが白目をむいて倒れた。
なにが起きたのかと一瞬戸惑ったが、以前にも同じことがあったのを思い出した。
これは忘却魔法によるものだ。でも一体誰が……


「シャオン。」


この、声は………

「ここで魔女に会った記憶は消しておいたけど、余計なことだったかな?」

そう言って岩陰から現れたのはまほろばだった。


「ツクモと一緒だと思ってたんだが、まさかこんなところで魔女の姿で一人でいるとは驚いたよ。」
「助かりました。ありがとうございます!」


これで助けてもらうのは三度目だ。
いつも、僕の前にタイミングよく現れる……
なぜまほろばはここにいるのだろう。本部は一帯が見下ろせる高台の上で待機していたはずなのに……

「様子がおかしいから調べてこいと言われたんだ。他のとこもどうやら本部の団員が収めたようだね。」

周りも静けさを取り戻していた。
ここに駆け付けた本部の団員が偶然まほろばだったってことなのか?
あちこちで起きていたのに、僕がピンチに陥っていたここに来たのが…たまたま……?

まほろばの口にドラキュラの特徴である白く輝く牙が生えているのに気付いてゾクリとした。

「ああ、この方が魔法が使いやすいんだ。繊細な魔法の時なんかは特にね。」
「そう…なんですか……」


忘却魔法は脳を弄《いじく》るから確かに繊細な魔法だ。
かける人数が多いほどその難易度も増す……
でも、僕にはあることが引っかかった。



ドラキュラの特殊能力。

それは、人を操る力────────………





男に戻ろうとしたのだけれど、動揺しているせいか上手く出来ない。
考えれば考えるほど、まほろばに対する不信感が膨らんでいく……


「シャオン……トムの手がかりは見つかった?」
「いえ、まだ…次は向こう側を探しに行こうと思っているので失礼しますっ。」


まほろばから逃げるように背を向けた。
ツクモが牙を生やしてるのを見てもなんとも思わなかったのに、まほろばだと背筋が凍りつくような悪寒が走る。
凄く…怖い……
なぜまほろばだと恐ろしく感じてしまったのだろう……








まほろば去っていくシャオンの後ろ姿を見てクスっと笑った。


「バカだなあシャオン…変身の種明かしなんて、不用意に見せるもんじゃないよ。」











ペンダントに手を添えて念じてみてもいつものように男の姿になれない……
何度やっても結果は同じだった。
まさかと思いペンダントを見たら小さな傷が付いていた。
あの女からの攻撃は全て避けたのに、いつの間に傷なんて付いたのだろう……
復元魔法なんて僕には使えない。


この紅い瞳は暗闇でも良く目立つ。
四方八方を烈士団に取り囲まれた中で動き回るのは危険だ。
かといってこんな場所でじっとしていてもいずれは見つかってしまう……

みんな魔女狩りにきているんだ。
こんな姿で見つかれば恰好の餌食《えじき》だ……



どうしよう─────────……




ふいにツクモの顔が浮かんだ。
俺の言うことを聞かないからそんな目に合うんだと怒っているように見えた。


僕のことを心配して本部まで迎えにきてくれた。
自分だって見つかれば殺されてしまう可能性だってあったのに……



それなのに僕は
心にも無いことを言ってしまった……────







「シャオン!!」




低くて少しハスキーなこの声。
似てるけれど、全然似てない……
ツクモが僕を呼ぶ声はもっと、胸がジンてなるくらい温かいんだ……



そう……

こんな風に─────────……




声のした方を見上げると、岩石に立つツクモが僕を見下ろしていた。

「散々探させてんじゃねえ!女の姿でこんなとこウロウロしてるなんて死にてえのかっ?!」

当然のことなのかも知れないがすっごく怒っている……
目の前に飛び降りてきたツクモに殴られると身構えたのだが、ツクモは僕の肩に頭を乗せるとハア~っと長い息を吐いた。



「……良かった……」



呟くようにそう言ったツクモの声は微かに震えていた。
身体中に…ツクモの優しさが切ないほどに染み込んでくる……

「シャオン……嫌がることばっかりしてゴメンな。」

ツクモの体は凄く熱くて汗だくだった。
あれからずっと、僕のことを探してくれていたんだ……



「でもこれだけは信じて欲しい。シャオンを傷付けたかったんじゃない。守りたかったんだ。」



……ツクモ………


「僕も……ツクモに嘘を付いた……」

僕はなんでツクモのことを疑ってしまったんだろう。
出会った時から、ずっと…ツクモは僕のことを一番に考えてくれてたじゃないか……



「……大嫌いだとか言ったのは、嘘だから。」



ツクモの顔が一気に真っ赤になり、顔を抑えてそっぽを向いた。

「どうした、ツクモ?」
「いや…ちょっと、決壊しそうっ。」

ツクモは気を落ち着かせると言って深呼吸をし始めた。






「シャオン、早く男に戻れ。」
「それが……ペンダントが壊れてしまって戻れないんだ。」

ツクモは目を見開いて口をパクパクさせながら、ウ・ソ・だ・ろ?と、声にならない声を上げた。
自分の首にかけていたマフラーを慌てて取ると、僕の顔を隠すように巻き始めた。
こんなにグルグル巻にされたら息が出来ない

「どおすんだよ!!こんなもん復元魔法で直せるレベルじゃねえぞ?!」

ツクモの声を遮るように空を横切る火球が飛んだ。
本部からの通達だ。
でも、なんて言っているのだろう……


「仲間が死んでようが自分の腕が千切れてようが戻るな作戦続行。その場で待機しろ、だとよ。何がなんでも偽魔女を捕まえたいらしいな。」
ツクモがスラスラと通達の意味を教えてくれたのだけれど……

「え、なんで今の…分かったのか?!」
「一回見ただろ?あれで大体の法則なら理解出来た。」

誰かに習ったわけでもなく、一回見ただけで理解?
僕にはツクモの頭の中身が理解不能だ。





「夜明けになって作戦が動き出したら俺らはそれに紛れて帰んぞ。いいな?」


……こんな状況になってしまったんだ。
もっと調べたいだなんて思ってたとしても言えない。
でも…一度湧き出した不信感が拭えない。
ツクモに聞いてもらうくらいなら良いだろうか……

「……まほろばは、トムのことを知っているのかも知れない。」
「は?なんだよその話?」

まだなんの証拠もないし僕の仮定でしかないけれど……
ダンカンから聞いた話をツクモに話した。



「10年前に本部にいた可能性か……まほろばが里を出たのは12年前だから有り得るかもな。」
「さっきのもまほろばが特殊能力を使ってやったって可能性はないか?」

「さっきのって単なる内輪揉めみたいなのをか?中途半端過ぎてなにがしたかったんだか意味不明だっただろ?」
「でも誰かが操ってたんだろ?ドラキュラならキスしたら操れるって言ってたじゃないか。」

「相手の唇を噛んで血を吸うんだよ。でもその能力は事前に色々とややこしい条件がいるっつったろ?仕込むのに時間がかかるんだ。」
「10年前からいるのなら時間はたっぷりある!」


ツクモは黙り、難しい顔をして一点を見つめた。
まほろばはツクモにとっては兄だ。
四百年会ってなかったとはいえ、六百年間は一緒に過ごしてきたんだ。
「……ツクモの兄なのに疑ってすまない。」
仲が良い訳では無さそうだが、僕には分からない絆がきっとあるのだろう……


「それは気にすんな。あいつは腹黒で嘘付きのカス野郎だし、嫌味ったらしくスカしてていつも見下してきやがるから子供の頃から吐き気がするくらい大っ嫌いだった。」


……こんなにスラスラと悪口が出てくるもんなんだ。
想像していた以上に仲が悪かった……


数匹のコウモリが羽を羽ばたかせながらやって来るのが見えた。
ツクモの周りをキーキー言いながら飛び回るとまた空へと戻って行った。

「ツクモ…今のは?」
「行くぞ。」

行くって…もう帰るのだろうか。
でもまだ夜明けまで一時間はあるから魔女狩りは始まっていない。

「ツクモ、今動いたら見つかるだろ?」
「もしまほろばが関与してるんだったら、偽魔女をぶん殴って聞き出した方が手っ取り早い。」

「えっ…どうやって中に入るんだ?烈士団が周りを取り囲んでるんだぞ?」
「トムへの手がかりがちょっとでも欲しいんだろ?……んだよ。帰りたくないとかもっとワガママ言うかと思ってたのに。」

烈士団が見張っている箇所からはだいぶ離れたところにある草木をかき分けると、地面には人がやっと入れる大きさの空洞が広がっていた。
洞窟への入口だ────────……



「コウモリ使って洞窟の全体像を調べといたんだ。こっからなら烈士団を出し抜ける。」



そうだツクモは……

僕がどうしたいのかを言わなくても分かってくれる。
どんなに無謀なことでも、とことん付き合ってくれるんだ……




「……ツクモ、ありがとう……」




嬉しくて感謝の言葉を伝えたのに、ツクモは僕の髪の毛を思いっきりぐしゃぐしゃっとかき混ぜた。


「目を潤ませながら俺のこと見るんじゃねえ!せっかくなんとか収めたのにっ…またキスしたくなってきただろうがっ!」
「おまえはっ…こんな時にそんな不埒《ふらち》なことを考えていたのか!!」



呆れるくらいに安定のどスケベ野郎だ。











 

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