紅い瞳の魔女

タニマリ

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儀式

企み

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なにも考えたくない───────……



ぼんやりとしながら真っ暗な海を眺めていると、冷たい雨が降りそそいできた。
濡れた体から徐々に体温が奪われていく……
遠くにぽつんと明かりの付いているのを見つけて行ってみると、それは看板の出ていない小さなBARだった。
中に入ると薄暗い店内にはたくさんの客で賑わっていた。
温かい飲み物でも注文しよう……
カウンターに行きマスターに声をかけようとしたら、両脇に柄の悪そうな男二人が陣取った。

「兄ちゃん見ねえ顔だな。初めてだろ?」
「綺麗な顔してんなあ。兄ちゃんてより姉ちゃんだな!」

ウザい……なんなんだこいつら。
ジロジロと遠慮なく見てくる男達を睨み返すと、胸に見なれたあのマークがあった。
もしやと思い周りを見渡すと、全員背中や腕等に欠けた星が刺繍された各支部の戦闘服に身を包んでいた。

場末の酒場にしか見えないここが……烈士団本部?


「この店はよお、よっぽど魔力が高いもんじゃねえと入れない仕組みになってんだよ。兄ちゃん…俺達の仲間じゃあねえよなあ?」

着の身着のままで出てきてしまった…きっと本部結集の際は烈士団だと分かる戦闘服が必須なのだ。
仲間だと証明出来るものもなにも持っていない……
冷静に対処しようと思えば思うほど、動揺を隠しきれなくなってきた。

「仲間ならこのBARの名前言えるよな?言えないなら兄ちゃんてもしかして~……」

まずい…僕のことを魔物だと疑っている……




「彼は今日入団したばかりなんだ。あまり虐めないでやってくれないかな?」




後ろから来た人物が僕を庇うようにしてマントで覆った。
漆黒で光沢のある…黒くて長いマント─────
本部の戦闘服だ。

「こ、これはこれは…まほろばさんのお知り合いでしたか……」

……まほろば?まほろばって確か……

背中越しに覗き込んできたまほろばは涼し気なコバルトブルーの瞳を細めると、僕にだけ分かるようにシィーと人差し指を口の前に立てた。


「待たせてすまなかったね。行こう。」


まほろばは僕を連れてBARから出た。
良かった…助かった……
白雪姫の時といい、まほろばに助けられたのはこれで二回目だ。

「ありがとうございます。あの…僕はっ……」
「知ってる、シャオンだろ?外では誰が聞いているかわからない。二人っきりになれるところで話そう。」

まほろばと近くにあった宿の部屋にチェックインした。
あのBARは世界中に点在する烈士団が運営するミネルバという店らしい。
そして僕のように迷い込んでくる不運な魔物もたまにいるようだ。
この港に集まった烈士団員達は今夜はあのBARで待機し、明日の朝一で本部がある島へと向かうのだという……


「ツクモからは聞いてるだろ?私もヴァンパイアだ。」

まほろばは飲む?と言って備え付けのコーヒーを入れてくれた。
なぜ僕の名前を知っているのだろう……
ツクモは兄であるまほろばとは四百年会っていないと言っていた。
ツクモのあの様子だと、その後に連絡を取り合うという仲でもないように思えたのだが……

「私は鼻がとても利くんだ。君があの時の女性だってことも、ツクモが木の陰から覗いていたことも気付いていた。二人でメタリカーナ支部の団員をしてるんだろ?」
「……じゃあ、僕の正体も?」
まほろばはコーヒーを飲みながらフッと微笑んだ。


「もちろん。また会えて嬉しいよ…シャオン。」


凄いなこの人…なにもかもお見通しなんだ。
そう言えばあの時、また会えるようにと手の甲におまじないのキスをされたっけ……
思い出したらなんだか照れくさくなってきた。



「今回目撃された魔女は偽物だよ。大方、報酬に目が眩《くら》んだ誰かが偽装したんだろう。でもまさか…魔女本人がその狩りに出向いてくるとわね。驚いたよ。」

自分でもなんて大胆なことをしてしまったんだろうと思う……
冷静に考えることが出来ずに飛び出してきてしまった。


「なにか訳がありそうだね。良ければ話てごらん。力になれるかも知れない。」


甘えてもいいのだろうか……
でも、助けてくれたのなにも話さないというのも失礼かも知れない。
僕は育ての母が10年前に烈士団員のトムという男に殺され、敵を討つためにその男を探しにきたのだと話した。

「なるほどね…気持ちはわかる。けど…一人でこんなとこに来るのは無茶をしすぎだ。私がいなければ早々に正体がバレていたかも知れないからね。」

まほろばの言う通りだ。
所詮僕一人じゃなにもなにも出来ない。
いつもツクモに頼ってばかりだったから……



─────ツクモ………

なんで僕に黙っていたんだ……?
僕がどんな思いで情報を集めていたか、分かってくれてたんじゃなかったのか?
協力してくれてると思ってたのは僕だけだったのか?
ツクモだけは、どんな時でも僕の味方になってくれると思ってたのに……

ずっとそばにいるって言ったくせに、どうして僕を遠ざけるようなことをするんだ。



ああ……
そうか────────……



僕は……隠されていた真実よりも、母が僕のことを本当はどう思っていたのかということよりも……




ツクモに裏切られたことの方が

ショックだったんだ……───────











コーヒーが苦い……
こんなに、苦い飲み物だったっけ……


「良ければ私が本部まで案内しようか?私のそばに居れば怪しまれることもない。」

それは……願ってもない提案だ。
でも…僕がまほろばを頼ったと知ったらツクモが怒ったりしないだろうか……
いや、別にツクモに遠慮する必要なんかない。

「是非、お願いしますっ!」

僕は椅子から立ち上がって頭を下げてお礼を言った。
平気で嘘を付くような奴のことなんて、もう知らないっ。


「でもそれって、トムだけでいいの?」


……えっ……

「トムは所詮烈士団のコマに過ぎない。本当に倒さなければならない相手は、烈士団そのものだとは思わないかい?」

確かに直接手を下したのはトムだったけれど、僕と母を執拗に追いかけ回していたのは烈士団だ。
でも何万人も団員のいる相手を倒すだなんて……


「君が真の力を発揮すれば不可能じゃない。私も力を貸す。」


本気で言っているのだろうか……
いや、それよりも……


「まほろばさんも、烈士団に恨みがあるんですか?」
「……そうだね。私の場合は烈士団も、かな。」


そう言って窓から見える真っ暗な海岸線に視線を向けた。
その遠い目をする儚げな横顔に見入ってしまった。
なぜ魔物であるまほろばが烈士団の、しかも本部にいるのか気にはなっていたけれど……

「まほろばさん……」 
尋ねようとした僕の口を遮るように、まほろばは人差し指を押し当ててきた。

「まほろばって呼び捨てでいい。“さん”は要らない。」

ニッコリと微笑むまほろばの顔が近過ぎてドキリとしてしまった。
なんだろう…ツクモといい、ヴァンパイアってみんなこうなのか?
やたらに人の心をかき乱してくる……


「シャオン……女の子に戻ったら?」


耳元でささやくように言われて後ろに仰け反ってしまった。

「見たところ、かなりの魔力を消費している感じだ。明日に備えて魔力は少しでも温存しておいた方がいい。」

そ、そういうことか。
勘違いして挙動不審な失礼な態度を取ってしまった。
全くその通りなんだけれど…今日はこの部屋で二人っきりなんだよな……


「私は弟の彼女に手を出したりはしないよ?」
「かっ、彼女なんかじゃないですっ!!」


両手で思いっきりテーブルを叩いたもんだからコーヒーカップがひっくり返ってしまった。
し、しまった!ついっ……
動揺する僕を見てまほろばが吹き出した。

「そんな全力で否定したら、ツクモが可哀想だ。」

自分でもムキになり過ぎたと恥ずかしくなってきた……
まほろばが僕に背を向けてさあどうぞと言うので、ペンダントを手に取って女へと戻った。




「もうお休みシャオン。心細いだろうけれど、今夜は私がずっと…そばにいてあげるから。」



……兄弟だからかな。
少し低いハスキーな声が、ツクモに似ていて……




とても……

落ち着く─────────……

















私がツクモの兄だからここまで無防備に寝れるのだろうか。
なんにせよ、他愛もない……


ぐっすりと眠るシャオンの、顔にかかる髪を指先で拭ってあげた。

こうしてじっくりと見ても…噂にたがわぬ美しさだ……
あの女好きのツクモがまだ手を出してないとは意外だな。
それだけ入れ込んでるということか……

私が今ここで無理やり弄《もてあそ》んだら、ツクモはどんな顔をするのだろうか。
泣いて悔しがる姿を想像したら笑えてきた。


シャオンのその美しくくびれたラインにそってゆっくりと指を動かした。

まあ…私の美学に反するようなそんな野蛮な行為はしないけどね。
それに、今シャオンに逃げられたら私が長年してきた苦労が全部水の泡になる。





私の目的はもっと上にある──────……




なぜ烈士団があんな断崖絶壁の孤島に本部を建てたのか……

千年前に魔女が大陸を二つに引き裂いた時、あの場所だけが凄まじい魔法から逃れることが出来た。
今もあの島の周りだけに穏やかな気候が続いている。荒れ狂う境目の真っ只中にあるのにだ。
あの島の下にはなにかが眠っている。
魔女の魔法を無にする何かが───────……

烈士団はそれをもう見つけ出している。
魔女が現れたとならば、必ずそれを持ち出してくるだろう……






ツクモもシャオンを追って本部にやってくるのは間違いない。
まさかこんなに早く好機が訪れるだなんて……

ツクモ……おまえには上手く立ち回ってもらうよ。
そしてたっぷり苦しんでもらう。
そうでないと、長年積もりに積もった私の気が収まらないからね……



なにも知らずにベットで眠るシャオンの頬を、優しく撫でた。



「シャオン…楽しみだよ。やっと君が手に入る……」













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