紅い瞳の魔女

タニマリ

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儀式

隠された真実

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ツクモは一体どこまでが本気でどこからが冗談かが分からない。


僕は今日も学校が始まる前に中庭のベンチに座って新聞を読んでいた。
庭にある時計塔にチラリと目をやる。そろそろかな……
そう思ったと同時にツクモがおはよっと言いながらやってきた。
二年生になってからツクモもこの時間に姿を現し、授業が始まるまでは一緒に過ごすようになっていた。

ヴァンパイアだから朝は苦手なはずなのに……
慢心だった心を入れ替えたのか、最近では真面目に授業を受けるようになっていた。


「今日もシャオンは可愛いな。」


当たり前のようにそう言うと僕の隣りに座って煙草を吸い始めた。
この時間、ツクモはやたらと僕をからかうようなことばかり言う……
男の姿の僕になにを言っているんだ?
もう雷を落とす気にもなれず、新聞を読む振りをしてツンと無視をした。

「……なんだよ。まだキスしたこと怒ってんのか?」
「その通りだ。だから話しかけるな。」

「で、結局シャオンはなんになりたいって書いたんだ?」
話しかけるなと言っているのに……

一晩考えてはみたけれど、将来なりたい職業なんて思い浮かばなかった。
大体僕は母の敵討ちをする為にこの学校に魔法を学びに来たんだ。
それが解決しない限り、その先のことなんて考える余裕なんてない。

そもそも、本当に解決なんてするのだろうか……?
まったくもって進展していないのに……

魔物絡みの大きな事件でも起こればいいんだ。
そうすれば他の支部と連携を取ったり、本部からも応援が来て有力な情報が聞き出せるかも知れないのに。
なんて…悪行まがいなことまで考えてしまう……


「あっそうだシャオン。アレも考えとけよ。」
「……アレって?」


「俺との新婚旅行先。」


……ほんっっとにこの男は!!
ツクモといると真面目に悩んでいるのがバカらしくなってくるっ!
ホームルームが始まる予鈴が鳴った。
もうそろそろ教室へと行かないといけない。



「……あっ。」


ツクモはなにかを見つけたのか、ベンチから立ち上がると木の根元へと駆け寄っていった。
それは力なくパタパタと動いていて、ツクモはしゃがみながらそっとすくい上げた。


あれは─────……
よく見かけるあの緑色の鳥だった。



「おまえ相変わらずこき使われてんだな。」
「……ツクモ、その鳥を知っているのか?」

「あ~…うん、まあな。」
ツクモはハッキリとしない歯切れの悪い返事をした。


「可哀想だしこいつのこと治療してやるわ。シャオンは教室に行っといてくれ。」


去っていく後ろ姿を見て僕の心はざわざわと騒ぎだした。
ツクモはあっと言ったあとにとても小さな声で、ばあさんの…と漏らしたのだ。
ツクモがばあさんと言うのはテンチム校長のことだ。
あの緑色の鳥はテンチム校長の鳥だったのか……?

気付けばいつも、あの鳥は僕のそばにいた。

この朝の時間は必ずと言っていいほどあの木に止まっているし、前に図書室で調べ物をしていた時もあの鳥はいた。
まるで僕のことを見張っているかのように……


それって…何のために───────?



頭の中のモヤが激しく渦をまく。

僕が今まで調べてきたものは全部、真実だったのだろうか………



本鈴のチャイムが鳴るのを無視して図書室へと向かった。














誰もいない図書室はシンと静まり返っていた。
幾度となく通った慣れた場所なのに、張り詰めるような緊張感が漂っていた。
椅子とテーブルが並んだ読書スペースを真っ直ぐに横切り、何万冊もの本で埋め尽くされた本棚から迷うことなく一冊の本を取り出した。
50年前のメタリカーナ国立魔法学校の卒業アルバム……
なぜだか僕には確信があった。
若々しい姿で写るテンチム校長の写真の下…以前はテンチム・バトラスと書かれていたが─────


そこにはテンチム・ドゥ・アルディと書かれていた。


「やはりそうだったのか……」


母とテンチム校長は親子だった─────……
母は自分の母親の旧姓を名乗っていたのだ。

一度はそうではないかと頭に過ぎったことだ。
冷静に受け止めることは出来た。
問題はなぜテンチム校長がこのことを隠したのかと言うことだ。
僕のせいで娘であるリハンは亡くなった。普通なら憎むはずだ。
烈士団に入団させたのは恨みをはらすためなのだろうか……?

でも……
テンチム校長から僕に発せられるものは、憎悪いうよりもむしろ愛情に近いものだった。
油断させる為の演技をしているとも受け取れるが……

……真意が分からない。


テンチム校長のことを詳しく知りたくて分厚い伝記をめくってみた。
そこにはまだ赤ちゃんだった頃の母を抱いて写る写真があった。

パラパラとページをめくる度に母は大きくなっていく……
初めて見る母の幼い姿に思わず微笑んでしまった。
まだ小さいのに、母の表情は年齢に似合わず凛としていた。
それは僕が良く知る母の表情でもあった。
写真を撮られているのにクスリとも笑っていない。全く媚びないところがあの母らしい。


あるページのところで指が止まる────……


母が7、8歳くらいの頃だろうか……
産まれたばかりの赤ん坊に頬を寄せ、とても嬉しそうな満面の笑顔で写真に収まっていたのだ。


写真の下には次女、アイリス誕生と書かれていた。


前に見た資料ではテンチム校長には娘は一人しかいないと書かれていた。
母についての記述や写真を偽っていたのは分かる。でもなぜこの次女の存在を完全に消す必要があったのだろうか……


不意にツクモが教えてくれた言葉が蘇る。


魔女に親はいない。
魔女ってのは人間の心の闇に入り込んで、その人間の腹を媒体にして生まれてくるんだ。


母はその妹と共にどんどん成長していく────
小さな妹に花の首飾りを作ってあげる母。
仲良くおままごと遊びに付き合う母。
海で浮き輪を押してあげている母……
そこには二人で遊ぶ仲睦まじい姿が写し出されていた。

この母の表情を見ればわかる……
この子をどんなに大切に思って愛していたのかが……


ツクモはもう1つ教えてくれた。


媒体になった人間は魔女を産み落とすと直ぐに死んじまうんだ。


「……そんな…まさか……」


僕が産まれるのと引き換えに失われた命があった。
そのことを忘れていた訳ではないけれど、それが誰なのかを考えたことはなかった。
自分とはなんの関係もない人物だと思い込んでいた。

ページをめくる手が震えるのを止めることが出来ない。
どうか…どうか間違いであって欲しい………



祈るようめくった次のページ……
それ以外の視界が溶けて真っ白になった。





20✕✕年、10月20日
次女   アイリス  死亡。

享年 13歳。





それは、僕が産まれた日だった───────





















知らない方がいいことも世の中にはあるわよね?
わざわざシャオンを悲しませるようなことをしたいの?



隠したかった真実は、一番最悪なタイミングで知られてしまった───────








「なんだよおまえ。腹減ってただけかよ。」


なんて人騒がせで間抜けな鳥なんだ……
治癒魔法をかけても元気にならないし保健室の先生に診てもらっても悪いところはないと言うので、もしかしてと思いエサをチラつかせたら食いついてきたのだ。
美味そうにガツガツと食べ散らかしやがって……
だからデブるんだよと言ったら尖ったクチバシで思いっきり突いてきやがった。

食うだけ食ってウトウトし始めた鳥を肩に乗せて、校舎の最上階にある校長室へと向かった。
俺が扉の前に立つと自動で開き始め、鳥は飼い主であるばあさんのところへと飛んで行った。

「いつまでその鳥をシャオンの周りでうろつかせる気だ?こき使われすぎて地面に倒れてたぞ。」
「そう、私もこの子ももう歳ね……」

ばあさんは鳥の体を感慨深げに撫でると鳥かごへと入れた。
単に腹が減ってぶっ倒れてただけなんだがな……
ばあさんがくれたエサをまたガツガツと食べている。
こいつ…絶対他所でも食いまくってるよな。

さて、こんなガキみたいな使いをするためだけにわざわざ来たんじゃあない。

「……なに?なにか聞きたそうね。質問には答えられないわよ。」
「ばあさんの立場上答えられないってのは分かってる。だから勝手にしゃべらせてもらうだけだ。」
ばあさんは露骨に嫌な顔をして俺を睨んだ。


「マフマディー教団の信者が大勢亡くなった日って、本当の日付はシャオンが産まれた日だろ?」


マフマディー教団を知れば知るほど、世間一般に知られていたカルト教団とはかけ離れたものだった。
神と尊ぶ魔女のことを、後世に正しく広めたいという純真な思いしか伝わってこなかったのだ。

ばあさんは大きなため息を付いた。


「あなたって…どこまで勘が鋭いのかしら。しかも一番嫌なところをついてくる……」
「そりゃどうも。褒め言葉として受け取っとく。」


集団自殺したことも狂気じみた集団だったってことも、烈士団によって真実をねじ曲げられて伝えられたものなのだろう。
16年前ならばあさんが本部の総長だったはずなのだが……

「マフマディーの生き残りはいるのか?」
「……いないわ。私が一人も逃がすなと命令したのだから。」

マフマディー教団の集団自殺をした写真が当時の新聞に載っていた。
爆弾による自爆と伝えられていたその現場は、黒焦げで手足が千切れた惨たらしいものだった。
なにがあったかは知らねえが、女も子供も巻き込んで皆殺しにした首謀者が本当にこのばあさんだっていうのか……?
烈士団が自分達にとって邪魔な人間に対しても容赦がないのは知ってはいたことだが……


「もういいでしょ?早く出て行ってちょうだい。」


今もこの教団が存続していたら、いざって時には利用出来るかと考えていたのだが……当てが外れてしまった。

「別にばあさんの過去になんて興味はねえよ。邪魔したな。」

今のばあさんを見ればわかる─────……
この閉め切った部屋で何年も、数え切れないほどの懺悔《ざんげ》と後悔を繰り返してきたのだろう……
俺に…ばあさんを攻める気なんて一切ない。


部屋を出ようとしたその時、大気を震わすような衝撃波が外から聞こえてきた。
慌てて窓から空を見上げると、巨大な隕石の火の玉……“火球”が南から東へと流れていくのが見えた。


「……本部からの緊急通達だわ。」
「はあ?通達?これがっ?」

通達ってのは普通は知らせたい相手にだけ伝えるもんだろ?
火球はその後も一定の間隔をあけて次から次へ飛んで来た。
モールス信号みたいなもんなんだろうが、いくらなんでもど派手過ぎるっ!
本部から世界中に飛ばされているようだった。


「……で、本部はなんて言ってんだ?」


ばあさんは真っ青な顔をしてブルブルと震えていた。

「嘘でしょ…どうして……」
「どしたばあさん…なんて言ってんだっ?」




「全団員、明日…本部に緊急集合……魔女狩りを行うって……」




……魔女狩り──────?!


今直ぐシャオンをと狼狽えながら部屋を出ようとするばあさんを引き止めた。

「落ち着けばあさん!シャオンは最近はずっと学校にいたんだ。見つけられるはずがない!」


……これはなにかの間違いだろう。
そう確信しつつも、一抹の不安が拭いきれえない……
もし仮に、何万人もの烈士団員に攻め込まれるなんてことになったら───────……


「俺が明日本部に乗り込んで調べてくる。ばあさんはもしものことを考えてシャオンの逃げ道を用意しといてくれ。」


ばあさんは眉間にシワを寄せながら本気なの?と尋ねてきた。
魔物である俺が本部に、しかも全団員が勢揃いするとこに行くんだ。
正気の沙汰じゃねえってことは十分に分かっている。

「情報が欲しい。今の本部のことで知ってることを全部俺に話してくれ。」



行って様子を見て帰って来るだけだ。なにも難しいことじゃあない。



この時はそう…思っていたのに………

















ばあさんからいろいろと聞き出した情報を整理し、寮の部屋に戻った頃には夜になっていた。
明日の朝早くに出発してしばらく留守になるかもしれないこと、シャオンにはどう言い訳しておこうか……
どう説明しても女絡みだと疑われそうだ。


「あれ?ツクモってシャオンとラブラブデートじゃなかったの?」

ココアが俺の顔を見るなり不思議そうに尋ねてきた。
そんな夢のようなことが出来る魔法があるなら今直ぐ教えてくれ……

「んなわけねえだろ。頬っぺにチュウしただけでキレられたってのに。」
「でも朝からシャオンといたんでしょ?ちょっとは二人の仲は進展した?」

「しねえよ……てか、シャオンが授業をサボるわけねえだろ。」
「今日はずっといなかったよ?な~んだあ、ツクモとデートするからループ君借りてったんだと思ったのにな~。」


……えっ……
今、なんて……?





シャオンが朝から授業に出ずに何をしていたのか。
全てを把握出来たのは、シャオンが学校を抜け出してから何時間も経ったあとだった────────














「ばあさんっ正門を開けてくれ!直ぐに出発するっ!!」


窓から不法侵入してきた俺を見て、食事中だったばあさんはゲンナリとした顔をした。

「何事なの?出発は明日の朝だったでしょ?」
「シャオンにあんたがついてた嘘がバレた!リハンが娘だってことも…アイリスのこともだ!!」
図書室で開けっ放しになっていた本をテンチム校長の机に投げつけた。


油断していた……
最近はシャオンと平凡な学園生活を送っていたからそれが当たり前になっていた。
シャオンもそれを望んでるんだって……
自分の願望をシャオンに押し付けていただけだったのにっ……

これを知った時、シャオンはどんなにショックを受けただろうか……
そばにいて寄り添ってあげなければならなかったのに、なにも気付かなかったどころか──────……

「くそっ…なにやってんだ俺は……」

シャオンは校長室に来て俺達の会話を聞いたんだ。
ばあさんに真意を確かめるために来たのに、自分だけが知らずに除け者にされていると思ったんだ。

傷付いているシャオンに、さらに追い打ちをかけるようなことをしてしまった……


そして……


明日本部で魔女狩りが行われることも
知ってしまったんだ───────……




「じゃあシャオンはどこに逃げたの?学校に居れば一番安全なのに……」
「違う…シャオンはそんな奴じゃない。」

シャオンは母を殺した犯人のことを忘れたことなどなかった。
分かっていたはずなのに……





「シャオンは…本部に向かったんだ。」




テンチム校長は震えながら床へとへたり込んでしまった。


あのシャオンのことだ。
団員が全員集まるならトムも現れると考えたのだろう。
シャオンにとってはまたとないチャンスだ。
周りが全員、シャオンのことを狙ってるっていうのに……


「ばあさん、門を開けてくれ。シャオンを連れ戻しに行く。」










鎮座するように固く閉ざされたメタリカーナ国立魔法学校の正門が……
ゆっくりと開いていく──────……



昼間は晴れていたのに、門が開くと外は恐ろしいほどの嵐だった。


「……あの日の夜もこんな嵐だったわ。」


テンチム校長がポツリと呟いた。

「……私は、大きな過ちを犯したの。」
「ばあさん、悪いがあんたの昔話を聞いてる余裕なんてない。」

ばあさんは自分の額に人差し指を押し付け念じ始めた。
そして指先に灯った光の玉を、俺の額へと押し当てた。
その日の記憶が映画のように、頭の中で次々と浮かんでは流れていった……


「お願い…シャオンは…娘達が命懸けで守った子なの……」


誰もが恐れたあのクィーン魔道士が、ヴァンパイアの俺の手を取り…涙ながらに哀願してきた。
ばあさんの思いの全てを受け止めるように、俺も強く握り返した。




「ああ…待ってなばあさん。必ず連れて帰る。」




真っ暗に荒れ狂う嵐の中へと、飛び込んだ。













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