紅い瞳の魔女

タニマリ

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道標

オーバーヒート

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爽やかな小鳥のさえずりとガサゴソとした物音で目が覚めた。
ベッドから起き上がって見てみると、ココアが大きな箱からなにやら物騒なものを取り出していた。

「……ココア。なんだよそれ?」
「あ、おはようツクモ。ごめんね起こしちゃった?」

ココアはそれに股がると朝っぱらから元気一杯に答えた。


「なにを隠そうこれは、最新型の魔法のホウキなのだあ!」


魔法のホウキは木製のものが主流なのだがそれは太い鉄の塊で出来ていて先端部分がボコっと尖り、まるでロケットランチャーのようだった。
なんでも例のループ君を創った魔具創りの鬼才から、朝イチの便で届いたらしい。
どんだけ早く飛ぶのか興味はあるが、マダムの授業は受けたくない。

「あれ知らないの?マダム、昨日で学校辞めたんだよ。」
「は?辞めたってなんでだよ?」

「一身上の都合だって。昨日新しい先生が挨拶しに来たよ。僕らのクラスの担任もするんだって。」


新しい先生、だと?
昨日は一日中サボっていたから全然知らなかった。
このタイミングで教師交代だなんて怪しくないか……?


「おいココア。そいつ、どんな奴だった?」
「う~ん……一言でいうとクマ?」


…………クマ?












「魔具ってんのは元々魔力が込められている使い捨てタイプのもんと、自分の魔力さ入れて動かす放出タイプのもんと2種類あるだあ。」


訛りながら魔具について説明しているのは新任教師のクリマー先生だ。

「んで、空を飛べる魔具は人気あっから昔っからた~ぐさん創られてるんだな。ホウキってのは放出タイプで一番最初に創られたやづでえ……」

体重が200キロ以上あるんじゃないかというくらい大きくて丸く、アフロヘアーで髭や体毛が濃くて、全体的にもじゃもじゃとしていた。
お茶目な性格のようで生徒からは早速クマと呼ばれて親しまれていた。
魔具使いのエキスパートらしいがこの酷い訛りはどこの国のものだろうか……
メタリカーナ国の出身ではないようだ。


「ホウキはケツの穴痛くなるからワシは苦手なんだけんどな~。」

ぶつくさと文句を言っている。
どうやら前の授業の引き継ぎで仕方なしにホウキを扱うようだった。
もっさりとした見た目なのに靴だけは最新型のバッシュ型の飛行魔具を履いていた。

「こりの方が常備出来っからいざって時に直ぐ飛べるし、カッコイイからオススメだべ。」

リズム良くジャンプをすると巨体が空高く飛び上がった。
みんなはわーっと歓声を上げながらクマ先生が空中を歩くように飛ぶ姿を見上げていた。
魔具についてのセンスはマダムなんかより全然ありそうだ。
クマはみんなの前に降りてきてチャーミングにウインクをすると、盛大な屁をこいた。
こりゃ失敬と笑い飛ばす姿も豪快だ。

なんか気の抜けるオッサンだな……
こんなのが烈士団の団員だとしたらある意味ショックなんだが……


「まあとりあえずみんなホウキで飛んでみっぺ。」


放出タイプの魔具は魔力を操るセンスがある程度ないと上手く起動させることが出来ない。
俺はホウキのような魔具を使わなくても空を飛べる。
とりあえずホウキがいるというので、魔具でもなんでもない庭を掃くホウキを持ってきた。

魔法の場合は飛行魔法を使って飛ぶのが主流だが、俺は浮遊魔法で体を浮かしてから風を起こして進む。
飛行魔法で飛ぶよりこのやり方の方がスピードが出るからだ。
さらにスピードを出したい時なんかは攻撃魔法を合わせたりもする。

この学校で習う魔法は全部知っているし、当たり前過ぎてつまらない。




「皆さ~ん注目~!僕のこのホウキはかのメタリカーナ・デン国王が愛用したとされるホウキと同じデザインのものなんだよ。」

ボンボンがまた金持ち自慢をし始めた。
取り巻き達がチヤホヤするもんだから最近ますます調子に乗ってきている。
取り巻きといっても同じルームメイトの3人だけで、全員金の力で買収されたに違いない。

実際にボンボンが使う魔法書や魔具は一流品なので学校での魔具を使用する教科の成績は優秀だった。
ああいう道具に頼っている奴がいざ本番となると真っ先にやられるのだが……
みんなから少し離れたところで優雅に飛んでいたシャオンにコソッと話しかけた。

「おいシャオン。ちょっとだけ本気出してあいつの鼻へし折ってくれ。」
「くだらない。自分でやれよ。」

相変わらずツンツンしてんな~。
俺を遠ざけようたってそうはいかないからなっ。



「ボンボン!僕と勝負しろ!!」


勇ましい声が辺りに響いた。
みんなが一斉に声の主に注目すると、それはココアだった。
掲げた手にはあのロケットランチャーみたいな魔具が握られていた。
とてもホウキには見えないのだが……

「ボンボンとは何だ君は。僕にはシュワレル・ラルレ・ロレル・ミュパミュル2世という立派な名前が……」
「長──いっ!そして言いづらい!今日からおまえはボンボンでよしっ。」

陰でボンボンと言われてイジられていることを当の本人は知らないのに、ココアはめちゃくちゃなことを言っている……
クマがココアのホウキを見て目を輝かせた。


「すんごいホウキだあ。こんなの見だことねえ。」
「僕の村に住んでいる魔具創りの鬼才が創ったものなんです。試運転したいのでボンボンと勝負させて下さい。」

「よーしっボンボン君も漢《おとこ》だべ。この勝負受けろい。」


先生のくせに止めなくていいのかよ……

コースは高くそびえ立つ校舎のはるか上空にあるベル塔をクルッと回って戻ってくることに決まった。
ベル塔までの直線距離は800mといったところか……
ココアとボンボンはそれぞれのホウキに股がり、スタートラインに並んだ。

「ボンボンめ。ギャフンと言わせてやるからな。」
「貧乏人が。後で吠え面かくなよ。」

二人の間にバチバチと火花が飛ぶ。
 


「では行っぐど~!」



クマがスタート代わりに指からピストルを放った。
その合図とともにココアのホウキからジェットエンジンのような強烈な炎が吹き出し、上へ──────

そう……進行方向の前方ではなく、真上へと打ち上げ花火のように飛んで行ってしまったのである。
そのまま大気圏まで突入しそうなほどの勢いだ。

「うわぁあ~大変だぁココアぐ~ん!!」

クマが大慌てで黒い点にしか見えなくなったココアを追いかけた。
魔具創りの鬼才……凄いんだか凄くないんだかよく分からなくなってきたな……



「さすがシュワレル様。戦わずして勝利ですね。」

取り巻き達があとに残されてぽつんと突っ立っていたボンボンをおだてた。

「残念だなあ。皆さんにこのホウキで颯爽と空を飛ぶ僕の勇姿を見せてあげたかったのに。」

誰もそんなものは見たくなかったと思うのだが、ボンボンはキザに髪をかきあげた。
あのチリチリ癖毛で爽やかに見せたいようだが無理がある。


「そうだ。よければ勝負しないかい?」


そう言ってボンボンが指名したのは────……



「シャオン君。」



シャオンばかりが女にモテているのが気に食わないのであろう……
勝てるぞと思ったのかここぞとばかりに勝負を挑んできた。
器の小さい男だ。


「悪いが断る。」


シャオンは眉ひとつ動かさずに速攻で断った。
そんなバカバカしい勝負にシャオンが乗るはずがない。

「負けるのが怖いのかよ?」
「スカしてるんじゃねえよ。格好つけやがって!」

取り巻き達がシャオンに向かって喚いたのだが、それを聞いた女子達が黙っちゃいなかった。

「そんな子供じみたことシャオン君がするわけないでしょ!」
「シャオン君がカッコイイからってひがんでんじゃないわよっバ~カ!」

なんだか大モメにもめ出したのだが、当事者であるシャオンは我関せずといった感じでシラッとしている。


「どこがいいんだ。あんな女みたいな奴……」


ボンボンがぼそっと呟やいたこのセリフに、シャオンの顔つきが一瞬で変わった。



「その勝負受けよう。」



シャオンが群衆から前に進み出た。
は……?マジで言ってんのか?
俺はシャオンの肩を後ろから掴んで引き止めた。

「落ち着けよシャオン、熱くなんな。」
「僕は冷静だ。」

どこがだよ…めらめら闘志みなぎってんじゃねえかっ。
今は目立つ行動したらヤバいんだよ。クマが烈士団かも知れないっていうのに……


「大丈夫、ギリギリの感じで勝つから。」


シャオンはつかつかと進むとボンボンの横でホウキに股がった。

俺はシャオンを掴んだ手に違和感を感じた。


なんか妙に熱かった……
シャオン、熱があるんじゃないか?






「シャオン君。コースはさっきと同じでいいかな?」
「構わない。」

シャオンはベル塔を見据えたまま短く答えた。

メタリカーナ国立魔法学校の校舎は古代人が造った城をそのまま利用している。
石造りのこの建物の規模は巨大で、彫刻や色の着いた石で飾られた姿はとても拡張高く、歴史の壮大さを感じさせるとても美しいものだった。

その校舎の一番高い位置にあるベル塔の先端には、この学校の校章であるダリアの花が描かれた旗が風でなびいていた。



「スタート!」


取り巻きの1人が勢いよくホウキを振り下ろした。
二人がベル塔を目指して飛んでいく……
シャオンはボンボンの後ろにぴったりとくっついていた。
最後に抜き去るつもりなんだろう。

「行けーっ!」
「頑張ってーっ!」

クラスの全員がこのレースにヒートアップしていた。
最初にベル塔に到達したボンボンは素早くUターンし、後ろからきたシャオンにすれ違いざまに何かを投げつけた。
シャオンの目の前で灰色の煙が拡散した。
魔具の一種である煙幕弾だ。
あの野郎…卑劣な手を使いやがって……!

シャオンは不意打ちを食らってまともに煙を浴びてしまい、両手で顔を覆いながら苦しそうにむせ返った。
バランスを崩して今にもホウキから落ちそうである。
女子達の悲痛な叫び声が響き渡った。

「油断大敵だよシャオン君!実戦では充分起こりうる事態さっ!」

ボンボンはもっともらしいことを言って自分のやったことを正当化していた。
あいつ、ゴールしたら女子から袋叩きに会うぞ……

ボンボンが取り巻き達だけからの喝采をあびながらゴールしようとした……


まさにその時───────


ボンボンと取り巻き達四人は突然の突風に煽られて派手にひっくり返った。


……いや、風じゃない。
余りにも早すぎて見えなかっただけだ……



その突風の正体はシャオンだった。



800mもの距離を一瞬で飛んできたのだ。
いくらなんでも速すぎる……
みんなはなにが起こったのかさえ分からずにキョトンとしていた。


シャオンはゴールからさらに数百m先で停車するとホウキからずり落ちた。
俺は形だけホウキに股がり、倒れ込むシャオンの元へと飛んでいった。

「おいっシャオンやりすぎだ!正体バレたらどうすんだ?!」

焦りながらシャオンの体を起こすと、燃えるように熱かった。


「……力のコントロールが…全く出来なかった……」


シャオンの額からは大量の汗が吹き出し、俺を見上げる瞳は赤く染まり始めていた。
なんだか心無しか体も丸みを帯びてきている……

これって……
女に戻りかけてる─────!!


クラスのみんながシャオンを心配して駆け寄ってきた。
やばいっ……こんな状態のシャオンを見せる訳にはいかない!!


「うわぁあああ~!!どいてっどいて~!!」



空からココアが火を吹きながらクラスの輪の中に突っ込んできた。
クマも後から続いて八の字で飛び回るもんだから、みんな逃げ惑って大パニックである。

「ココア、ナイスっ。」

俺はシャオンを抱かえ込んで一目散にその場から離れた。
シャオンのこの状態……考えられることはひとつだけだ。
俺は腕の中でぐったりしているシャオンに聞いた。


「シャオン、この学校に来てから変身を解いたのは何回だ?」
「……二回だ。前までは夜寝る時は戻っていたけれど…今は相部屋だから…戻れない……」


二回だけということは地下空間に侵入した時と狼男と戦った時か……
入学してもうすぐ四ヶ月が経つ。
その間ずっとシャオンは変身したままで大量の魔力を消費し続けていたのだ。
普通じゃ考えられない……
人目のつかないところで女に戻って体を休めているのだと思っていた。


「魔力の使いすぎによるオーバーヒートだな。」



シャオンはすっかり女の姿に戻っていた。













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