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道標
不気味な静けさ
しおりを挟むこの世には人間が支配する世界と魔物が支配する世界がある。
大昔、世界はふたつに分かれた。
それより以前は人間と魔物はいがみ合いながらもひとつの世界に混在していた。
今から千年前……
俺がまだ生まれて間もない頃に地面が大きく揺らいだ。
ひとつだった大陸が真っ二つに引き裂かれ、その間には永遠に荒れ狂う海が横たわったのだ。
俺が今いるこちらの世界は数で勝っていた人間によって支配されることになった。
魔物などいないと、存在自体が否定されている世界だ……
今現在も、烈士団によりその数は減り続けている。
あちら側の魔物が支配する世界にも人間はいる。
どのような扱いを受けているかは想像を絶する……
一部の魔物にとっては人間は食料なのだとだけ言っておこう。
ヴァンパイアと人間の血を受け継ぐ俺はどちらの世界に行こうが同じだ。
どちらにも……
俺の居場所なんてない───────
昨日から降り続く雨で余計に気分が滅入る……
いつもなら校舎裏にある芝生で寝転がって昼寝をしている時間なのに。
薄暗い渡り廊下の手すりに腰をかけてプカリとタバコを吹かした。
「な~んで戻ってきちまったかな~……」
せっかくあの塀の外に出れて逃げれるチャンスだったっていうのに……
空から垂れ落ちる重たい雨粒を見上げながらため息が出た。
どうやら俺は、自分が思っている以上にシャオンのことが好きらしい。
信じられん……
そりゃ見た目は超どストライクだけどあのツンツン無愛想野郎にだぞ?
俺はどMかよって話だ。
でも……
いつもポーカーフェイスですましているシャオンが時折見せる感情的な表情が、とてつもなく可愛いかったりするんだよな~。
あいつ、狙ってやってんのか?
あんなもん反則だろ。
シャオンが執着している犯人探し……
全く気のりはしないが手伝うしかなさそうだ。
惚れちまった弱みというか……
シャオン1人だと危なっかしくて放ってはおけない。
自分が魔女だと言うことを知らなかったせいか、魔力の使い方もまるでなってないし……
──────あれから1週間。
特に変わった様子はない。
あれだけシャオンが派手にやらかしたのだから奴らが気付いていないはずはないのだが……
だいたいここは支部のはずなのに静か過ぎる。
烈士団のシンボルマークである欠けた星の印は特殊な魔法の糸で刺繍されており、魔力が特に長けた者にしか見えない仕組みになっている。
秘密組織である奴らは普段は普通の一般市民を装って暮らしている。
なので持ち物や服の裏地などにその印を小さく刺繍し、お互いに仲間だと確認し合う目印にしているのだが……
シャオンにそれを先に見つけられたら厄介なことになるから探しまくっているのに、ここにはその印を付けた者が見当たらないのだ。
残る該当者はあと一人。
一番怪しい人物がいるにはいるんだが……
俺は高くそびえ立つ校舎のテッペンにあるベル塔の真下に視線を向けた。
メタリカーナ国立魔法学校の校長
テンチム魔導師──────……
聞いたことがない名前だ。
噂によれば老婆らしいけれど……
ずっとあの高い場所にある校長室に篭っていて、入学式典にも体調不良で出席しなかったらしい……
この学校を取り巻く巨大な魔法もそいつの仕業なのだろうか?
なんとかして近付く方法はないのだろうか……
「ツクモ、こんなところにいたのか。」
俺を見つけたシャオンが珍しく話しかけてきた。
午後からは魔具を使った授業なのだろうか…シャオンの手には空飛ぶホウキが握られていた。
また随分と古臭い魔具を勉強するんだな……
「朝から医務室にいると聞いていたのだけれど、まだ痛むのか?」
ベッドを借りたくて具合の悪い振りをしていただけなのだけれど……放課後まで寝るつもりだったのに途中で仮病がバレて追い出されてしまった。
俺はある程度の種類の魔法は使いこなせる。
でも治癒魔法は初歩的なものしか知らなかった。
治癒魔法は特殊系の中でも格段に難しいから覚えるのが凄ぶる面倒くさい。
それにヴァンパイアは銀の十字架で胸を刺されない限り死なないので、今までは特に必要性を感じていなかった……
俺が黙ったままだったのでシャオンが心配そうに覗き込んできた。
顔が近いっ……!
不意打ちを食らってドキっとしてしまった。
「顔が赤いな。熱でもあるのか?」
ちっきしょ~……
男のシャオンにはトキメクまいと思っているのに体がいうことをきいてくれない。
俺がそっちの道に進んじまったらシャオンのせいだからなっ。
「ああ、まだ本調子じゃない。」
本当はもう新しい治癒魔法を覚えて腹に空いた穴なんてとっくに完治させたから絶好調だ。
今後シャオンが怪我をしても治してあげられるようにと覚えたのだ。
俺がこんな健気な努力をしているだなんてシャオンは気付いてないんだろうな……
なんだか意地悪をしたくなってきて、俺はわざと腹を押さえて痛む振りをした。
「うっ…シャオン、ちょっと腹さすってくれ。」
「大丈夫かツクモ?」
「なんか倒れそうだからギュッて支えてくれ。」
「分かった。このまま医務室まで連れて行こうか?」
「いいよ。誰かさんが女の姿でキスしてくれたら一発で治るから……」
調子に乗りすぎたようで、シャオンが冷めた目で睨んできた。
こ、これはヤバいっ……
「……なんだ。心配して損した。」
シャオンは呆れたように俺の腹を軽く叩いた。
助かった…またあの〈デンデ〉をお見舞いされるかと思った。
近くで見るとシャオンの顔色が少し悪い。
犯人探しに煮詰まって焦っているのはわかるが、根を詰めすぎだ。
「シャオンの方が医務室行った方がいいんじゃねえか?」
「休んでいる暇はない。あれから新聞にも関連するような記事は見当たらないし、あの木にあった扉も跡形もなく消えていた。烈士団に関係する施設かどうかをもっと調べたかったのに……」
もう一度入り直そうとするだなんてまたムチャなことを考えやがる。
罠を仕掛けられてたり待ち構えられてたりしたらどうするんだ……ったく。
侵入されたから入口の場所を変えたか……
でも侵入者を探している様子は全く見受けられない。
こうも動きがないと逆に不気味だ……
俺としてはシャオンからも色々と情報を集めたいところなんだが、シャオンは自分のことを話したがらない。
この魔法学校にきたのは純粋に魔法を習いたかったからなんだそうな。
じゃあ何故あの木に地下の空間へと通じる扉があるのを知っていたのか……
疑問に思って尋ねたのだけれど、同じだったんだとしか答えてくれなかった。
とても辛い記憶なのだろう……
俺まで苦しくなるような悲痛な表情を浮かべるので、それ以上は聞くのを躊躇してしまった……
「ヴァンパイアについても少し調べてみたんだが……」
遠慮気味にそう言うとシャオンは口ごもり、俺から目を逸らした。
「なんだよ、聞きたいことがあるなら言えよ。」
「じゃあ聞くけど、人間の血を吸うというのは本当か?」
「吸うよ。特に若い女の血を好む。」
俺はすんなりと認めたのだが、シャオンはドン引きした。
なんだその態度は…自分から聞いといて感じ悪いな。
「一年に1回は人間の血を体内に吸収しないと急激に老化が進んで死ぬんだ。吸うといっても少しの量だけで良いし、俺は半分人間の血が流れてて必要ないから吸ったことはない。」
俺の説明にシャオンが安堵の表情を浮かべた。
まあ人間の血を吸ってる絵面なんて恐ろしいだけだよな。
普通ヴァンパイアはわざと血を吸わずにある程度の年令までは歳を重ねる。
生きることが辛くなってしまったら、血を絶って老衰で死を選んだりも出来る。
俺くらいだ。十代後半という大人になりきれない姿のままで生き続けなきゃならないのなんて……
午後からの授業が始まる予鈴のチャイムが鳴り響いた。
ツクモは行かないのかと聞かれたのだが、魔具の担当教師は俺のことをやたらと目の敵にしてくるマダムなので一回も出たことは無い。
あのおばさん……俺の顔見りゃ説教ばっかりしやがるんだよな。うるさいったらない。
「なあシャオン。また狼男みたいな危ないことするつもりなら俺のこと誘えよ。一緒に行ってやるから。」
俺の協力的な言葉にシャオンは戸惑うような表情を見せた。
面倒くさいことはちゃっちゃと終わらせて、こんな危険な場所から一刻も早くシャオンを連れ出したいのだ。
「……それについてはツクモはもう関わらなくていい。もうあんな危ないことはしないから大丈夫だ。」
いつものポーカーフェイスでそう言うと、授業のある校庭へとプイッと行ってしまった。
………絶対ウソだ。
今までのシャオンの行動からして、どんなに危険なことでも手掛かりになりそうなことなら頭から突っ込んで行くはずだ。
なんだよ、協力してやるって言ってんのに。
俺のこと信用してないのかよ─────……
─────夜の自由時間。
寮の部屋のベッドで雑誌を読みながらゴロゴロしていると、お風呂から上がってきたココアがぴょんぴょん跳ねながら近付いてきた。
「ツっクモ~!今日ダルドも医務室いたでしょ?なんか一晩泊まるみたいなんだけど、そんなに体調悪そうだった?」
そう言えば隣のベッドでダルドが点滴を受けていたっけ……
大丈夫かと話しかけたのだが熟睡していたのか返事が返ってこなかった。
「そんなに心配なら見舞いに行ってやれば?」
「なんか交流会の時から不機嫌なんだよねー。やっぱ1人だけ置いてったのが不味かったのかな。」
ココアがやっちゃったって感じでペロっと舌を出した。
確かにあの日からダルドはえらく塞ぎ込んでいるように見えた……
「ダルドって常に人に優しく接しようとするじゃん?あれってあの厳つい見た目のせいで子供の頃から誤解されたトラウマからだと思うんだよね。だから多少ぞんざいな扱いを受けても笑って許してくれるって踏んでたんだけど、まさかこんなに拗ねられちゃうとはね~。」
ココアって…人間観察鋭いな。
ダルドの性格を細かく見抜く分析力に関心していると、ココアは俺を見てニッコリと笑った。
「ツクモは日頃の怠慢な態度を改めないとね。見た目も派手で目つきも悪いからみんなツクモのこと不良だと思ってるよ?背も高くて顔も整っててポテンシャルは高いのにもったいないよね。もっと素の自分を出してみたら?絶対女の子にモテると思うよ。」
長々と頼みもしないアドバイスを受けた挙句、頑張れとガッツポーズまでされてしまった。
うるせえよ……
「シャオンのことはどう思う?」
ついでに聞いてみたのだけれど、ココアはやっぱりね~と言いながらうぷぷぷっと嫌な笑い方をした。
「いいんじゃない?恋愛って人それぞれの形ってあるから。僕は応援する。」
これって完全にホモだと勘違いされたよな。
違うと否定するのも面倒くさい……
「う~ん。僕もシャオンについてはまだよくわかんないんだよね……ルームメイトだから話す機会は沢山あるにはあるんだけれど……」
先程までの饒舌さはどこへやら……
ココアは腕を組んで慎重に言葉を選んでいるようだった。
「なんだろう…わざと大きな壁を作ってるように感じる。でもシャオンて……本当は寂しがり屋だよね?」
思ってもみなかった答えが返ってきた。
……そう言われてみればシャオンて
寂しそうな顔をしている時があった────……
「どうしたらシャオンと仲良くなれるのかな?誰とでも仲良くなれるのが僕の特技だと思ってたんだけど、こんなの初めてだよ~っ。」
俺のことを頑なに突っぱねるのは、自分の中に入ってきて欲しくないからだと思っていた。
他人には無関心な奴なんだと、ずっと…思っていた……
なんで気付いてあげることが出来なかったんだろう。
必要以上に人を寄せ付けないようにしているあの態度……
シャオンはまた………
自分のせいで誰かが傷付くことが怖いんだ。
応援ありがとうございます!
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