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年下男子が生意気です。恋慕
しおりを挟む────あの時、父が母を裏切っていたことを知ってもそれほどショックを受けなかったのは、私のそばに…沖君がいてくれたからだと思う────……
「一条君。この資料のデータ、去年のなんだけど?」
「も、申し訳ありません室長!早急にやり直しますっ!」
「一条さん。南海商事の社長にお出しするお茶菓子なんですが…確かあの方、あんこアレルギーでしたよね?」
「そ、そうだった!買い直してくるわっ!!」
海外出張から帰ってきた私は仕事でミスを連発していた。
出張中も、専務が夕食は蕎麦が食べたいと言い出したので日本料理の店を予約したつもりが、なぜか激辛料理のお店だったりした。
仕事中に沖君の顔が浮かぶどころか日に日に大きくなってきて、今ではど真ん中で居座っている。
「お口、あーんは?」
って言いながらキラキラ笑顔全開でウルトラスマイリングしてくる……
まずい。これは非常にとんでもなくまずいっ。
ワインバーで30分待っていると、ガラス張りの向こうから紗奈がやって来るのが見えた。
「まさか律子から男漁りに行こうだなんてお誘いくるとはぶったまげたわ~。」
だってもう男が苦手だとか言ってられないんだもんっ。
この頭の中の沖君をなんとか抹殺しないと仕事が出来ない!
逆ナンでも出会い系アプリでもホストクラブでもなんでも来いっ!!
「でもごめ~ん。私、結婚するから無理なんだわ~。」
はっ……?結婚?
誰が?………えっ、紗奈がっ?!
聞けばこないだ出会い系バーで会った鼻毛っシュと意気投合したらしく、トントン拍子に話が進んだらしいのだ。
「戸籍が汚れるだけだから止めなさい!」
「え~っ律子、おめでとうって言ってくれないの?凄く良い人なんだよ?」
あの鼻毛自体が良い人かはともかく、私はあんたが信用出来ないんだよっ!!
「あのね、紗奈。今までのこと思い出してみなさい?」
紗奈が思い留まるようにくどくどと説教をしていると、店のドアが開いて誰かが入ってきた。
「手術ドタキャンするし、その後も音沙汰無しってどういうつもり?」
この声は……
恐る恐る後ろを振り向くと、顔こそ営業スマイルはしているけれど、怒ってるオーラがダダ漏れの沖君が立っていた。
外から丸見えのガラス張りの店なんて選ぶんじゃなかった……
手術をブッチして以来だから会うのは三ヶ月ぶりだ。
沖君はカバンから紙を取り出すと、私の目の前にバサッと広げた。
近すぎてなにが書かれてあるのか全く読めない。
「沖君……なにこれ?」
「手術の予定表。」
……手術って、私のっ?
受け取って見てみると、前と同じ一泊二日の日程で、手術日が今月の24日になっていた。
今月は師走も走る12月だ。
つまり、24日は……
首を振ってキャンセルだと意思表示したのだが、この日以外は三ヶ月先まで予定が埋まっているらしい。
せっかくした術前検診も麻酔医からの説明も、半年を過ぎたらやり直さなきゃいけないのだと……
そうなったらお金も時間ももったいない。
確かにそうだけれども…沖君に手術をしてもらうのは………
「この日になんか予定でもあんの?」
ものすっごい圧のある態度で睨んできた。
ないです……ないけれど………
「なにもそんな日に手術の予定入れなくてもいいでしょ?沖君だって家でゆっくり過ごせばいいのに……」
どうせ私は28になってもクリスマスイヴを一緒に過ごす男性なんていませんよ。
だからって病院で一人過ごすだなんて惨め過ぎる。
自分は家で待つ奥さんがいるからいいのかもしれないけれど……
「家に帰ったってゆっくり過ごす相手がいない。」
「えっ……だって奥さんは?」
「いねえよ奥さんなんか!勘違いしたまま放ったらかしにしてんじゃねえわ!!」
沖君は私が頼んだボトルワインを手に持つと、グラスには注がずにそのまま口をつけた。
半分以上は入っていたのに一気に飲み干し、テーブルにガンと音を立てて置いた。
「しつこい患者には結婚してるんでって言ってやんわり断ってんだよ!無下にして変な噂でも流されたらたまったもんじゃないからな!!」
怒鳴るように説明された。
なんかどう見ても私が怒られてる感じなんだけど、これって私が悪いわけ?
「だったらそう言ってくれたら良かったのにっ!」
「だから明日来いって言っただろ?!相変わらず勝手に思い込んでこちらの弁明も聞かずに逃げやがるっ……なんで成長してねえんだ?!俺に言い訳ぐらいさせろっ!!」
こんなに感情を露わにする沖君を見たのは初めてだ……
どうしよう…本当は結婚してないと聞いて凄く嬉しいのに、怒らせてしまった。
私から避けてはしまったけれど、こんな風に喧嘩をしたいわけじゃない……泣きそうだ。
沖君は苛立ちながらため息を付くと、俯く私の頭をくしゃくしゃっと無造作に撫でた。
「言っただろ、あの時……これからの俺を見てって。」
────── 切れることのない絆を頼りに、時間と空間を超えて……
「……沖君、それって……」
……ただ一人を愛し続ける───────
沖君は私のことをギロっと睨んだ。
「次逃げたらおまえの歯、全部引っこ抜いてやるからな。」
な、なんてことを?!
……冗談だよね?
でもこの剣幕……本気かも知れないっ!
ビビって青ざめる私に、沖君はブハッと吹き出した。
「赤くなってんのは散々見たけど、青くなったのは初めて見た。おっもしれ~。」
「これはだって、沖君がっ……」
沖君が……笑ってる………
それは大人になっても変わらない、あの頃と同じ、キラキラと輝くような眩しい笑顔だった。
沖君は私の頬っぺたを指でつねると、今度は必ず来なよと言い残して去っていった。
心臓がドキドキと激しく鼓動している……
「沖君て、まだ律子のこと好きなんだね~。」
「なに適当なこと言ってんの紗奈!だいたい高校の時も沖君は私のことは好きじゃなかったからっ!」
そう、私はからかわれていただけだ。
今だって私が沖君の患者だから気にかけてくれているだけ。
ああやって気のあるように振りまくのは沖君の悪い癖だ。
いちいち真に受けて舞い上がってちゃいけない。
私達は10年前にとっくに終わってるんだ。
──── あんたみたいな女、一番大切に思ってくれる男なんていないから。
今でもはっきりと思い出す。
最後に言われた、あの言葉を……
だから私は…沖君のことはずっと思い出さないようにしていたんだ。
ぐちゃぐちゃに散乱した床が……
頭の中でぐるぐると回る─────
……なんだろう…この記憶は………
そう言えばあの言葉を言われた前後の記憶がとても曖昧だ。
これはその時の記憶?
いや…違う……
これは、この記憶は──────────
そうだ……
あの日、酷いことを言ったのは
私の方だ──────────
沖君のことを学校でチラッと見かけただけでも、顔が赤く反応するようになってしまった。
ここまで症状が進行したことは今までになかった……
どうしちゃったの私の体?
「で、なんで律子は休み時間にこんなとこで勉強してんの?」
紗奈が呆れ顔で話しかけてきた。
ここは女子トイレ……そこに私はわざわざパイプ椅子を持ち込んで勉強をしているのだ。
だってここだと沖君に会わなくて済むんだもん。
「はあ~律子…なに逃げてんの?それ赤面症が悪化したんじゃないから。沖君に恋してんのよ。」
─────こ、恋……?
コイって……
鯉でもなく故意でもなく、私が沖君に好意をっ?!
「だだだダメでしょ?!私、受験生なのに!!」
「それ関係なくない?」
「私にとって沖君はあくまでも弟なの!弟なのにぃ!」
「大丈夫。あっちは姉だなんて1ミリも思ってないから。」
確かに沖君からは好きだの付き合ってだの言われた。
でもここで私まで好きになっちゃったらそれはお互いってことで二人はあーんなことやこーんなことをする恋仲になっちゃうってことで……
えっ……でも私達ってまだ高校生だよ?
それってどこまで許されるもんなの?
ああっ!沖君は私を押し倒してきた前科があった!
それに不特定多数の彼女を作って遊んでたし……
もし私が好きだなんてなったら、それこそ速攻で……
「どどどどうしよう!どしたらいいっ?」
「とりあえず一発やっとけばスッキリするんじゃない?」
「紗奈あ!真面目に相談にのってえ!!」
一年生の下足室が騒がしくなってきた。
沖君のクラスももう終わったかな……
私の手には紗奈から譲ってもらったチケットが二枚握られていた。
私は使わないから沖君と一緒に行って来なよと……
二人で会ってちゃんと自分の気持ちに向き合いなさいと言われた。
「……プラネタリウムか。沖君好きかな……」
それにしても日付が明日だ。急に誘って迷惑ではないだろうか……
そもそも私から誘っていいのかな?
いつも沖君の方から寄ってきてたから、私から話しかけること自体が初めてだった。
「マコ明日どーすんの?」
「モテモテのマコが予定ないなんて珍しいよな~。」
「うちらのパーティに来なよ~!」
来た!沖君だっ……
なにやら明日の予定を聞かれているっぽい。
私も早く誘わないとと気持ちは焦るけれど、緊張しすぎて足が震える……
私がなに食わぬ顔で下足室から出て行ったら、いつものように沖君から呼び止めてくれるかも知れない。
わざとらしいかな…いやでも……
頭の中でゴチャゴチャと考えてたら隣が静かになっていた。
気付けば沖君の姿が遥か彼方に─────
なにやってんだっ私!!
ああ…ごめん紗奈。私には難易度が高すぎた……
だいたいこれ、カップルシートとか書いてあるし。
カップルでもないのにカップルシートとかおこがましいしぃ!!
「やっぱ、りつ先輩だ。こんなとこでしゃがんで何してんの?」
─────おお、沖君!!
「うん…なに?これ俺にくれんの?」
ビックリした勢いでチケットを無言で差し出した。
もう友達と門をくぐっていたのに、私に気付いて戻ってきてくれたんだ……
「これプラネタリウム?明日?」
「うん……沖君と、一緒に行きたいなと思って……」
顔が赤色を超えて焦げて黒くなってる気がする……
返事がこないのでチラッと沖君の方を見上げると、私に負けないくらい顔が赤くなっていた。
「俺…あんなことしたからりつ先輩に嫌われたと思ってた。最近避けられてたし……」
「き、嫌ってなんかないよ?」
あんなこととは私を抱きしめておでこにチュウしたことよね……?
思い出すだけで恥ずかしいのだけれど、嫌だったわけじゃない。むしろ、う…嬉しかったし。
でも避けていたのは事実なだけに後ろめたい。
このチケットは明日だけ上映される特別プログラムらしく、開始が午後8時からと遅い。
私は明日も夜まで予備校があるからこの時間でいいのだけれど、沖君はどうだろうか……
「全然大丈夫!りつ先輩からこんな特別な日にデートに誘ってくれたってことは、俺期待してもいい?」
特別な日……?
チケットの日付を見たら12月24日だった。
「おーいっマコ──!!置いてくぞーっ!」
「ごめんりつ先輩。送ってあげたいけど、今日は先にあいつらと約束しちゃった。」
クク、クリスマスイヴじゃん!!
最近はカレンダーを見てもセンター試験まで後何日とかしか気にしてなかったから、そんなビックイベントがあるだなんて頭からスポッと抜けていた!!
「このプラネタリウムのカップルシートってさあ、雲みたいな丸いソファの上で寝転がって見るやつだよね?」
そんなの知らないっ!ただの固い椅子だと思ってた!!
カップルでそんなシュチュエーションって……世の中の風紀はどうなってんのっ?!
紗奈のやつ……謀りやがったな!!
「俺、我慢出来ずに手ぇ出しちゃうかもだけど、ゴメンね。」
沖君はペロッと舌を出すと、友達が待つ方へと走って行った。
うっ……
手を出して欲しいとか思っちゃう私って
……ヤラシイ?
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