年下男子が生意気です。

タニマリ

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年下男子が生意気です。出会い

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時はさかのぼり
高三、春────────



「えっ…付き合えないって、一条…俺のこと好きだよな?」

「いえ、全く。」


男性は女性に赤面されるとイコール好意だと思ってしまうのは単純すぎやしないだろうか。
私は赤面症だからそれは誤解ですと何度も説明しているのに、全然聞き入れてくれない。
きっと俺が告白すれば私が喜んで応じるものだと信じて疑わなかったのだろう……

 
「でも…あん時だって俺のこと意識してたよな?」
「私に触らないでっ!」


肩を触ろうとしてきたので払い除けた。
触れられたらまた赤くなってしまい、要らぬ期待を与えかねない。

「なんだよ……クソ女っ!!」

彼は泣きそうな顔で捨て台詞を吐くと走り去っていった。
思わせぶりな八方美人女とかってまた陰で言われるんだろうか。
もう、慣れているからいいけれど……



「ひでえ振り方するね。」


すぐ横の茂みから男子生徒がひょこっと顔を出した。
なにこの子…いつからそこにいたの?
襟元のバッチを確認したら一年生だった。
男子生徒は私の顔を見るなり指をさしてきた。

「その黒縁メガネ!なんか見たことあると思ったら入学式でしゃべってた人だっ!」

私はこの学校の生徒会長をやっている。
今年の一年生の入学式の時に、生徒代表で祝辞を述べたのは私だ。

「あん時のあの長ったらしい話さあ、清く正しく美しくとか学生は学業第一にすべきとかって堅すぎ!鉄で出来てんじゃねえかって笑ったわ~!」

なにこいつ……
人が二週間も考え抜いた祝辞をっ……!
腹立たしいので無視して立ち去ろうとしたら、向こうから女の子がやってくるのが見えた。

「あ~来た来た。俺もここに呼び出されてたんだよね。」

なるほど。この男子生徒も私と同じってことか……
茶髪でピアスと軽薄な身なりではあるけれど、琥珀色の瞳が印象的な可愛らしい顔立ちをしている。
性格は問題ありそうだけどね……

邪魔をしてはいけないと思い、彼女とは反対の方向に行こうとしたら、近くの茂みへドンと突き飛ばされた。

「ちょっとなにするのよ!」
「いいからそこで見てて。俺が手本見せてあげるから。」

得意げにニッと笑うと、彼女の方へと歩いて行った。
………手本?
手本てなによ……年下が偉そうにっ!



「私、沖君のことが好きなの…だから付き合って下さい。」


彼女の小さな震える声が聞こえてきた。
部外者がこんなところで隠れて見ていてもいいものなのだろうか……
でも今更出ていくことも出来やしない。
私は茂みで息を殺し、沖君と呼ばれた年下男子のお手本とやらの言葉を待った。


「ごめんね。俺、君のこと全然知らないんだ。」


意外にもきちんと謝る彼に驚いた。
でも、振る相手に中途半端な優しさを見せるのってどうなのだろう……
余計傷つけることになるんじゃないの?

「話したことも全然ないよね?俺のどこが好きなの?」

そう聞かれた彼女は黙り込んだ。
相手のことをよく知りもしないのに告白するだなんて勇気あるな。
いや、例え何年も仲良くしていたとしても……
相手に自分の気持ちを告白することは、それ自体とても勇気がいることなんだ。

さっきの彼も同じように声が震えていた。
今更ながら、キツく言いすぎてしまったと胸がチクリと痛んだ。



「でもま、OK!これから知っていけばいいんだもんね~。」



…………はい?

えっ……振るんじゃないのっ?
えっ、軽すぎやしないっ??


「俺今さあ彼女四人いるんだよね。五人目でもよければなんだけど。いい?」
「はい。もちろんっ!」


ええっ?いいのっ?!
ちょっと待って!なんなのこれ?
いろいろなんかおかしいでしょうっ!

呆気に取られる私の目の前で、二人はキスをし始めた。
悪い夢でも見ているのかと頭が痛くなってきた。
またね~と彼女がルンルン気分で去っていく……


「ま、こんな感じ。」
「はぁああ?!バッカじゃないの!!」

「なにが?」
「全部よ!今のやり取り全部!あんたもあの彼女も!!」


信じられない!これのなにが手本よふざけてる!!
憤慨する私の脇腹を沖君はツンとつついた。

「ちょっとなにすんのよ?!」
「わあホントだ。すぐ赤くなった。」

そういえばこいつは赤面症だという私の説明を聞いていたんだった。
「つつけばつつくほど赤くなってく。おっもしれ~。」
「止めなさいよ!私で遊ばないでっ!!」

こういう風にからかうヤツがいるから秘密にしてるのに!!




「今日、放課後、別館の三階奥の実験室。」



沖君は急に真剣な表情になると、私の耳元で囁くように伝えてきた。
……いきなりなにを言っているのだろう?
そこは今は使われてない空き教室だ。
真っ赤になっている私に、意味ありげに微笑んだ。


「女とHする予定だから来ないでね。」


なにを言われたのかがしばらく理解出来なかった。
聞き間違い…ではないよね……?

ペロッと舌を出して去っていく生意気な年下男子を、呆然と見送るしかなかった。




─────なっ……なんなのあいつ?!!




















────その日の放課後。
私は別館の三階にある空き教室へと急いでいた。

生徒会長である私に校則違反である不純異性交友を堂々と宣言するだなんて、宣戦布告としか言いようがない。
最初が肝心だ。ここはガツンと言ってやらねば……
息を切らせながら教室の前に着くと、扉が少しだけ開いていた。
まさかもう中で始まっているのだろうか……
さすがに真っ最中の男女の間に割って入ることは出来ない。
中の様子を伺おうと、隙間にコソッと顔を近づけた。


「なに人がHしてるとこ見ようとしてんの?」


扉がガラリと開くもんだから前につんのめって教室の中に転がり込んでしまった。

「りつ先輩ってヤ~ラシイ。」
「わ、私はあなた達を注意しに来ただけでっ……!」

夕日でオレンジ色に染まった教室にいたのは、沖君ひとりだけだった。
あれ、相手の女の子は?



「なにキョロキョロしてんの?俺の相手は元からりつ先輩だったんだけど?」



えっ……相手が私って………
沖君はそう言うなり扉の鍵をガチャりと閉めた。
なんの冗談だと思い鍵を開けようとしたのだが開かないっ。

「その鍵壊れてるから。開けるのにコツがいるんだよね。」
「ふざけてないで今すぐ開けて!」

力任せに鍵をこじ開けようとしていた私の手に沖君の手が重なる。


「う~ん、どうしよっかな~。」


すぐ後ろに立つ沖君の温かな息が首筋に当たった。
こんな密室で二人っきり。
放課後の人気のない校舎の端にある教室で叫んだところで、誰が気付いてくれるんだろう……



「りつ先輩、顔真っ赤。ねえそれって赤面症?それとも俺のこと誘ってる?」



私、騙されたんだ──────

後ろから腰に手を回してきたと思ったら、あっという間に机に押し倒されてしまった。
そのままキスをしてこようとしたので両手で口元をガードした。

「やだなあ、そんなに抵抗しないでよ。誰も見てないんだから楽しもうよっ。」

こんなことは愛し合う男女がしてこそお互いに分かち合えるものだ。
そもそも彼女が五人もいるくせに、なぜ今日知り合ったばかりの私なのかが理解出来ない。


「私はそんな軽いノリではしないから!今すぐどきなさいっ!」
「女なんてみんな同じでしょ?見栄えの良い男を連れて歩きたい。この人が彼氏だってSNSで自慢したい。別に中身は俺でなくったっていい。」


……なにを言っているんだろう………
本気でそんなことを思っているの……?



「だから俺もそれなりの見返りが欲しいだけ。」



恋愛をゲームのように捉えているのだろうか?
だとしたら、なんて薄っぺらくて悲しい考え方なのだろう……


「……沖君の人生において、何らかの接点を持つ人は3万人もいるの。」


沖君の動きがピタリと止まった。
人が生きているうちにすれ違うだけの人を入れたら膨大な数になる。
3万人とは、一言二言、直接顔を見てコミュニケーションを交わしたことのある人数だ。

「そのうち近い関係が3000人。さらにそのうち親しく会話を持つのが300人。友人と呼べるのが30人。親友と呼べるのが3人。」

「えっ、と……なんの話?」
戸惑う沖君を無視して話を続けた。


「人生80年としてあなたはまだ出会うべき人の五分の一にも出会えてないわ。それだけで他人はこうだと決めつけてしまうのは、まだまだ早いってこと!」


沖君は驚いたような表情をした。
琥珀色の瞳が私を探るようにゆらゆらと揺れている……
日本人では数パーセントしかいない珍しい色の瞳だ。
それは夕日に照らされ、よりオレンジ味を増していた。

見惚れるほどとても綺麗な瞳……
凛としていて、それでいて淡くてもろい……

この瞳が、彼の全てを表しているように見えた。




「なんか…シラケた。」




ポツリとそう言うと、私の上から離れて扉の鍵を開けた。
沖君の気が変わらないうちに、扉のすぐそばに立つ彼の横をすり抜けようと思ったのだが─────


「───沖君。」


私が立ち止まって声をかけると、沖君の体がピクリと反応した。



「あなただけを一番に大切に思ってくれる女性に、早く出会えるといいわね。」



琥珀色の瞳がこぼれるんじゃないかと思うほど、目を見開いて私のことを見つめた。



「りつ先輩って…ホント堅いわ……」

「そうね。よく言われるわ。」




じゃあと言って教室をあとにした。





















思いがけず沖君と再開してしまったせいで、出会った日の夢を見てしまった。
忘れようとしていた記憶が鮮明に蘇ってくる……

記憶につられてあの頃の気持ちまでもが─────

まずい。これは非常にまずいっ。
やっほー寒いね~と言いながら紗奈が待ち合わせ場所までやって来た。
毎度のごとく人を30分以上も待たせているのになんにも気にする様子がない。
いつもなら私も30分以上説教を仕返してやるのだが、今日はそんな場合ではない!

「紗奈どうしよう!!私の封印が解かれるっ!!」
「なにそれ厨二病?魔法でも使えるようになった?」


出会った日に、私は沖君に「一番に大切に思ってくれる女性が早く見つかればいいわね」と言った。
そして最後の日に、沖君は私に「あんたみたいな女を一番大切に思ってくれる男なんていないから」と言ったんだ……

思い出す度に呪縛のように私の胸を鋭くエグる。
実際その通りになってるし……
ほら見たことかと思われているに違いない。
なんで私…よりにもよって沖君のいる歯医者に飛び込んだんだろう……
なんで沖君…歯医者さんになんかなってんのよ……


「あの沖君が?すっごい偶然。もはやデスティニーなんじゃない?」
「運命なんかじゃないわよ。ただの不運!」

「いい機会だから、守りに守ったその処女捧げなさいよ。」
「捧げないからっ!」

「ラストダンジョンって感じで萌えない?」
「その厨二病設定止めて!!」


落ち込む私を紗奈はカジュアルなバーに連れていってくれた。
立ち飲み屋スタイルで女性は千円、男性は三千円払えば時間無制限でお酒を楽しめるらしい。
店内は若い男女で賑わっていた。
「ねえ紗奈…ここって……」
「そう!出会いを求める男女が集まるスポットよっ!」
だから私は出会いは求めてないんだって……

紗奈なりに私を元気づけよとしてくれているのはわかる。その気持ちは非常にありがたい。
が、私が男を苦手なことを忘れてないかい?


「きゃあ律子あの人見て!超カッコイイ!!」

紗奈が言う方を見たら奥の壁際で何人かの女性に囲まれた長身の男性がいた。
薄暗い間接照明の中でも一際目立ち、かなりのイケメンなのが伝わってきた……って──────


───────沖君っ?!



「よしっ、律子!あの女共を蹴散らしに行くわよ!」
「待って待って待て!紗奈っ!どうどう!!」

鼻息の荒い紗奈を牛や馬にするみたいになだめた。
今まで10年も影も形もなかったのに、なんなのこのノーマルキャラ並の出現率は!!
私は紗奈を引っ張り、隣で飲んでいた男性二人の間に無理やりねじ込んだ。

「このイケメンさん達と飲もう!!」
「え~っ?ブッサイクじゃん。」

なに聞こえるように言ってんの!
確かに脂ギッシュで鼻毛出てっけど!!




「安静にしてるようにと言いませんでしたか?」




後ろから聞こえた穏やかな口調に、全身の血の気が引いていくのがわかった。
騒ぎすぎて気付かれてしまったようだ。なにしてんだ私……
酒も男も禁止と言われていた。
どちらもする気などなかったけれど、こんなところを見られて違うだなんて通じない。


「あれ?もしかしてあなた沖君?めっちゃカッコよくなってるじゃん!」
「あなたは確か紗奈先輩ですよね?お久しぶりです。相変わらず華やかでお美しい。」

なんて紳士的で女心をがっちりと掴む挨拶だろう。
紗奈が肘で私の腕をグリグリと押してきた。
「やだあ律子。沖君、めっちゃ良い感じに成長してるじゃない。」
紗奈、あんた騙されてるから。
今目の前でニコニコしているのは営業スマイルで、中身はな──んも変わってないからっ!


紗奈は鼻毛っシュと二人で飲むからと言って私のことを煙たそうにシッシッと追い払った。
紗奈のくせにそんな変な気遣わなくてもいいからっ。
沖君は行こうと言って私のことを半場無理やり店の外へと連れ出した。

沖君からピリピリとした空気を感じる……
患者である私が言うことを聞かなかったから怒っているのかも知れない……

人気のない公園に来ると、私をベンチに座らせた。
沖君は目の前に立つと、私を囲むようにしてベンチの背もたれに両手を広げた。
顔が近い……今にも唇がくっつきそうだ。


「口開けないと、してあげないよ?」


えっ……するってなにを?
まさかこれって…………
一気に顔が真っ赤になった。

「炎症の状態診るだけだから。はい、あーんは?」

ペンライトを私の口元に当ててクスっと笑った。
私に勘違いさせるためにわざと紛らわしいことをしやがったな……
本当に性格が悪いっ。


「あんなバーで男漁り?」


口の中を診ながら小馬鹿にしたように尋ねてきた。
「違うからっ!あれは紗奈が……」
「口閉じないで開けててもらえますかー?」
沖君だって同じでしょ?と、負けじとジェスチャーで伝えた。

「俺は知人に頼まれただけ。俺が行けば女がわんさか寄ってくるからって。昔から女に不自由してないの知ってるっしょ?」

そりゃ…昔よりさらにモテているでしょうね。
沖君はペンライトを消してクルッと回すと胸のポケットに入れた。


「沖君て…もしかしてまだ不特定多数の人と付き合ってるの?」
「……だったらなに?」

「いい加減にそんな薄っぺらい付き合い方をするのは……」
「りつ先輩こそいい加減に俺のこと年下扱いするの止めてくれない?」


少し強めの口調で私の言葉を遮った。
あの頃と同じ、琥珀色の瞳が鋭く光る─────





「高校の時の二歳差はデカかったけど、今はそんなの差のうちに入らないから。」


 

──────私達はあの頃とは違う。
そう線を引かれたような気がした。


確かに私は…今でも沖君は生意気な年下男子で、自分の方が上だと偉そうに考えていたのかも知れない。



「人生80歳としてとっくに三分の一が過ぎたけど、りつ先輩がまだ大切な人に出会えてないってのが笑ける。」


な、なんですってえ………!!

明らかに人を見下してきた沖君の態度に、腹の底からふつふつと怒りが沸いてきた。
おひとり様のなにが悪いの?
女が一人だと惨めだとか寂しそうだとか、勝手に決めつけられるのは腹が立つ!!
でも言い返す言葉がないっ!!

「帰る!!」
「腫れはもう引いてるから、予定通り術前検診と麻酔科医の説明を聞きに来なよ。」





記憶の中では、ただただ生意気な年下男子だった沖君が、上書きされる日がやってくるだなんて……


すっごく………悔しいっ!!










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